29話 戦果報告
ギルドに飛び込むように入ると受付に直行する。
「ナタリアさん、俺やりましたよ」
戦闘による高揚が覚めやらず、喜びも手伝ってかナタリアさんに言葉足らずに話しかけてしまう。
ナタリアさんは困ったような顔で頭に?マークを浮かべていたが、俺が喜んでいる姿から状況を察してくれたのか笑顔を見せて応対してくれた。
ナタリアさんの『まあ、落ち着いて下さい』の言葉を聞いて深呼吸をする。
「ええとですね、あの後武器屋の親父に相談して、クロスボウで戦う戦術を教えてもらったんです。それでまあ、千切っては投げ千切っては投げと魔物を倒すことができたんですよ」
「本当ですか? それは良かったです」
心配していたのか、ナタリアさんがほっとしたような顔をしてまるで自分の事のように喜んでくれる。
「そうだ、これナタリアさんにプレゼントしようと持ってきたんですよ」
「これは……髭モグラの髭ですか? 収賄になるので受け取れないですが、お気持ちだけ頂いておきますね」
髭モグラの髭をナタリアさんに渡すもやんわりと断られる。
ナタリアさんはクスクスと笑って『それに、髭モグラの髭を貰っても困りますよ』と楽しそうに答えていた。
そうだよね。
髭モグラの髭なんて貰っても困るだけじゃないか。
俺の馬鹿!
これはあれだな。
職場に花束をプレゼントで持っていく場の読めない人だ。
完全に浮かれて頭が回らなくなっていた。
頭を搔きつつ『ですよね』と笑って誤魔化す。
その後は、戦利品の髭モグラの髭はどうするのかといった話しになって、ギルドでも買い取りを行っているがロドリゲスさんに直接売ってあげた方が良いと教えられる。
何でも、髭モグラの髭は鎧を着ける時に使う紐やら何やらで武器屋としては需要は常に高いとのこと。
当然ながら、ギルドや素材屋から素材を購入すると割高になってしまうのだそうだ。
それなら、なるべく親父に直接売ってやるべきだよね。
ナタリアさんにお礼を言うと、意気揚々と武器屋へ向かった。
武器屋に入ると、親父がいつものポージングを決めていた。
驚かせてやろうと突然話し掛ける。
「親父、行ってきたぞ!」
「おお、その調子なら上手く行ったようだな。だが、調子に乗ってる時こそ油断して死ぬから、気を抜くんじゃねえぞ?」
何食わぬ顔で返事をしてきた親父に、そんな事はわかってるよと軽く答えると、親父は決めていたポージングを急に解除してなぜか難しい顔をしていた。
その後、親父に戦果を報告して髭モグラの髭を売る。
買い取り価格はギルドや素材屋でも同じで、髭は1つ200エルで左右の髭20個で4000エルだ。
親父は『こいつは助かるぜ』と本当に嬉しそうだったので、次からも親父の所のに持ってきて店の売り上げに協力しよう。
そして、苦戦したオオトカゲの話しをすると親父から鉄の矢が有効だとアドバイスをされる。
鉄と木では比重が20倍くらい違い、威力は重さ×速さになるので鉄の矢が良いと言う事である。
もっとも、ライトボウガンでは力が足りなくて鉄だと飛ばないらしい。
要するに、重ければいいと言うわけではなくて弓の強さとのバランスが大切だということだな。
そして、親父からライトボウガンで使えるベストな矢として、矢尻の部分が鉄で出来ている矢を勧められる。
価格が1本5000エルと少し高額だが、髭モグラ程度なら当たり所が良ければ1発で倒せるらしい。
金欠で懐具合は厳しいのだが是が非でも購入しよう。
最後に腹から出てきたホーンラビットの話しをすると親父は大爆笑だった。
「だーはっはっは! どうしてそうなるんだ」
「しょうがねえだろ? 解体するナイフを持ってなかったからロングソードで適当に切ったんだ」
そして、解体するナイフがないので購入したいと伝えると、相場は5万エルだと教えてくれる。
今は購入できないなと思っていると、親父は『いいか、こいつはあげるわけじゃあないぞ? 金が貯まったら払えよ』と解体用のナイフをくれた。
まったく、自分だって苦しいくせに親父には頭があがらねえぜ。
早速、店の裏手でホーンラビットの解体をしてみる。
どこからナイフを入れていいのかわからず適当に腹の辺りにナイフを突き刺していると、不器用な俺を見かねたのか親父が解体の基本を教えてくれた。
「まず、逆さに吊るす。次に足首の部分を切って血抜きした腹の部分から皮を削いでいくんだ。後は……ほれ!」
親父がそう言うと、まるで衣服を脱ぐ時みたいにスポンと皮が剥がれた。
「おお、すげえな」
「解体ができて毛皮を売れるか売れないかでは、お金の貯まり方はまるで違うぞ?」
見事な解体の手際に感嘆の声を出していると親父が含み笑いをしていた。
そして、魔物を倒す時はなるべく頭を潰せとアドバイスを受ける。
毛皮として価値がなくなるだけではなくて、食べる肉も痛むからだそうだ。
解体の仕方を教えて貰ったお礼に、今日取れた肉をご馳走すると親父に伝える。
「達坊! お前は心の友だ」
親父は大喜びだ。
どうやら肉が大好物らしい。
その後に、ミュルリから今日の晩御飯は抜きだと言われた経緯を話す。
「そういうわけなんで、ここで一緒に食っていっても言いか?」
「だははは、ミュルリちゃんも女の子だからな。ミュルリちゃんに、お詫びにご馳走すると言って呼んでこい。俺は鉄板を用意して待ってるからな」
親父は豪快に笑いながら言う。
どうやら料理は焼肉と決定しているらしい。
工房へと戻ると、親父に言われた通りに店番をしていたミュルリに謝罪する。
ミュルリは『もう、あんまり調子に乗っちゃだめなんだからね』と許してくれた。
なぜ俺が謝らねばならんのだ? という感情を抱きつつも仲直りできて良かったと安堵する。
親方にも一緒に食べようと伝えたのだが、工房に篭ったまま出て来ないからしょうがない。
ホーンラビットの角は薬の材料になるので売れる。
ミュルリに渡して3000エル貰うと、素材屋でホーンラビットの毛皮を3000エルで売る。
素材屋で解体も買い取りもやってくれるそうだが、その分素材屋に払う手数料が高くなってしまう。
大変になるけど自分でやらないと損だよね。
最後に肉屋にも寄って売却できる肉の値段を確認していると、ずいぶんと帰りが遅くなってしまった。
「お兄ちゃん遅い!」
武器屋まで戻ると怒ったミュルリが親父の家で待っていた。
親父の方は俺が帰ってきたタイミングで店の片付けを始める。
「悪い、もうちょっと待っててくれ」
今日の収入で親父から鉄の矢尻の矢を2本購入する。
お金がなくてカツカツなんだけどね。
それでも、この2本があれば効率がまるで違うだろうからな。
その後はみんなでわいわいと楽しく肉を食べまくる。
ちなみにステーキ屋さんに行くと1人前が120g~200g程度だが、親父は1人で2kgはぺろりと平らげていた。
化け物である。
ミュルリは『当分お肉は食べられそうにない』とお腹をさすっていた。
なので、残りは親父にあげることした。
親父は『だははは』と終始ご機嫌だ。
親父には世話になってるからな。
喜んでもらえて良かった。
これからも、たまには親父に肉を持って行ってあげよう。




