224話 孤高なる王
「其の方がロックドラゴンを倒したという者であるか?」
「いえ、私は弱っていたロックドラゴンに止めを刺しただけです」
「ほう、冒険者カードに明らかな討伐の証拠がありながら自ら倒したとは主張せぬと。確か其の方はグルニカ大使の補佐をしておった者だな? 今回の手柄を取引材料にはせぬのか?」
「はい。私が倒したわけではありませんので」
グラン王の何かを試すような視線にセリアが毅然とした態度で答える。
現在の俺達はモンド城内の謁見の間で、りっぱな玉座にふんぞり返って座っているグラン王からロックドラゴン討伐での褒美の言葉を賜っていた。
しかし、恩賞を賜っているはずが俺とセレナはセリアの数メートル先で跪くように頭を下げていて、まるで偉い人から訓示でも受けているような状態である。
「たっつん、セレナいつまで下を見てるのぅ?」
「俺がいいと言うまでだ。下手すると不敬罪で処刑なんてことになるかもしれないからな。頼むからじっとしててくれよ」
小声でセレナに注意を促すと、顔を下に向けたままちらりと目線だけを動かして盗み見るようにグラン王の様子を確認する。
あれがグラン王か?
うーん、寡黙でおっかない顔をしてるな。
ティアが狡猾で油断のならない相手だと言ってたけど、さすがと言うか、あれは完全にセリアがロックドラゴンを倒したということを疑っている……よな?
やれやれ、どうやらこのまますんなりとは行かないようだ。
グラン王とセリアのやりとりを傍観していると、グラン王の傍に宰相の男が近づいて何やらぼそぼそと耳うちしていた。
「うむ、ロックドラゴンの簡単な検視が先程終わったそうだ。セリアと申したか? 止めとなったのは其の方の槍での一撃で間違いないそうだが、その前に何かの強大な力でロックドラゴンは致命傷を負っていたそうだ」
グラン王が大きな声でセリアに伝えると、謁見の間に整列していた偉そうな人達からドッとざわめきが起きる。
「なんてことだ! そんな強大な力を持った者がこのモンド王国に潜んでいると言うのか?」
「いったい何者が?」
「静粛に! 王の御前である」
謁見の間を警備していた衛兵が声を上げると、ピタリとざわめきが止まって静かになる。
「ふむ。事実はどうあれ、其の方がロックドラゴンに止めを刺したことには代わらぬ。そこでじゃ、今回のロックドラゴン討伐をグルニカからの使者の者による功績として、我がモンド王国はグルニカ王国への支援としてドラゴンナイトを派遣する事とする」
「おお! それは素晴らしい!」
「これでモンド王国とグルニカ王国は、今以上の友好国となりましょうぞ」
「静粛に! 王の御前である」
再びお偉いさん方からざわめきが起きると、まるで予定調和であったかのように衛兵が声を上げてピタリと静かになる。
違和感を覚えてちらりと衛兵の顔を見ると、怒っていないと言うか、まるで予め決められていたタイミングで発言したかのような感じだった。
なーんか、やらせ臭いよな。
本来ならロックドラゴンを討伐した褒美として大金とか授与されるはずなのに、それが初めから決まっているグルニカへの支援が褒美の代わりみたいになってる。
最初からそのつもりだっただろこれ?
「セリアと申したな? 其の方もそれで良いな?」
「はい、よろしくお願いします」
セリアがグラン王に恭しくお辞儀をすると、俺とセレナの居る場所まで戻ってきた。
これで終わりかな?
ふぃー、緊張したぜ。
「セリア、良かったのか? ロックドラゴンを討伐したのに褒章金とか貰えなくて」
「そうね……私が倒したのなら納得がいかない所だけど、もともと私が倒したわけじゃないから」
「そうか」
まあ、セリアがそれでいいならいいか。
戻ってきたセリアと一緒に一礼してから玉座に背を向けると、グラン王があくまでもついでといった感じでセリアに話し掛けてきた。
「ああ、もう一つだけ其の方に聞きたいことがあった」
「はい、何でしょうか?」
「勇者ヒュッケを育てたのは其の方か?」
「いえ、私はずっとこちらで公務の方に携わっていたもので」
「ほう、では……そちらの御仁か?」
訝しげな顔をして俺の方を振り返ったセリアと同時に、グラン王がギラリとした視線を俺に向けてきた。
グラン王のまるですべてを見透かすような鋭い眼光にドキリと心臓が跳ね上がりそうになる。
少しヒュッケのやつを鍛えすぎたか?
あいつは鍛えれば鍛えただけ無限に強くなるからな。
どうする?
下手な嘘はすべて見抜かれちまうぞ?
それにしても、謁見が終わったと気が抜けたタイミングで聞いてくるなんて、聞いてた通りのとんだ食わせ者の爺さんだぜ。
「ちょっと、達也早く答えなさいよ」
「え? ああ、そうだな」
どうするかを考えているとセリアが脇を突いて小声で急かしてきた。
ここは正直に答えるべきだ。
別にモンド王国に仇を成すわけじゃないからな。
「はい、確かに私がいろいろな事を教えました。ですが、私が教えた事は戦うための心構えだけです。強くなったのは勇者ヒュッケの紛れも無い努力の結果です」
「なるほどな……その眼光は勇者ヒュッケと同じ物……いや、そこからさらに磨きを掛けて練磨した姿か。そうか……そうであったか。すべて其の方の助力であったのだな。……感謝を」
モンド王の目を真っ向から見据えて真摯に答えると、モンド王が玉座から立ち上がって恭しく俺に向けて頭を垂れた。
次の瞬間に、ドッ! と今日一番のざわめきが起きる。
ちらりと横目で衛兵の様子を確認すると、謁見の間のざわめきを止める事をせずに目を白黒とさせていた。
どうやら、これは予定に無かった本物のイレギュラーらしい。
「なんてことだ……私が宰相になって陛下にお仕えしてから50年、ただの一度たりとて他者に頭を下げた事は無いのだぞ? あのエル帝国の皇帝相手ですら無かったのだ」
「あ、あの陛下が頭を下げるだと?……。おい、あの男は何者だ?」
「わからん。だが、まだずいぶんと若いぞ」
「せ、静粛にぃ!」
衛兵の男の声が裏返っていた。
まだ、相当動揺しているようだ。
「其の方は、達也と申したな? そちと落ち着いた場所で話しがしたいのだが? かまわぬか?」
命令すればこちらに拒否権は無いのだが、グラン王は威圧的な態度は一切見せずにまるで友人に頼むかのように俺に訊ねてきた。
こちらも最大限の礼儀を持って答える。
「はい、私なら問題ありません」
「そうか、ではわしに付いてまいれ。他の者は解散するがよい」
目をぱちくりさせていたセリアに目配せしてから、グラン王の後に黙って付いていく。
なんだろう?
グラン王からは親近感と言うか、何か似た物同士にしかわからないような匂いみたいなものを感じるんだよね。
普通なら何を企んでいるのかと疑う所なんだけど、なぜかグラン王の言葉には他意は無いと確信できるんだ。
まあ、少なくともノイズは聞こえないから大丈夫だろ。
宰相と数人の衛兵を伴って、グラン王に城にある静かな客間の一室に案内された。
「ここでならゆっくりと話もできよう。そこにあるソファに掛けるがいい」
「失礼します」
グラン王がテーブルの対面にあるソファに座るのを確認してからソファに腰を掛ける。
「さて、お互いに聞きたい事が山ほどあると思うが、なぜわれが其の方に便宜を図るか分かるか? 薄々とではあろうが其の方も感じておるのではないか?」
「はい。恐れ多いとは思いますが、私とグラン陛下とは何か近しい物を感じます」
「くっくっく」
笑いを堪えたような顔で訊ねてきたグラン王に思った事を正直に伝えると、グラン王が心底愉快だといった感じで含み笑いをする。
「貴様! 自らを陛下と同じとは無礼な」
「黙れ!」
「ひっ、ひぃいいいい」
グラン王の脇に控えるように佇んでいた衛兵が俺に咎めるように叫ぶと、途端にグラン王が烈火の如く怒りだした。
どうやら、衛兵の男の位置からはグラン王が愉快そうに笑っていた顔が見えなかったようだ。
「貴様は何をしたのかわかっておるのか! われが同格と認めて招いた客人を侮辱して、この王たるわれの面子を潰して辱めたのだぞ?」
「申し訳ございません。陛下お許しを! どうかお許しを」
衛兵の男がグラン王の前で跪いて泣きながら許しを請う。
ちらりと他の衛兵達と宰相の様子を確認するも、グラン王の剣幕を前に恐怖で縮み上がったような顔で憮然と佇んでいるだけだった。
おそらくはグラン王の怒りの矛先が自分に向かないように、必死に息を潜めているのだろう。
やれやれ、これは俺が止めに入らないとこの衛兵は確実に処刑されるだろうな。
「グラン陛下、私ならば気にしてはおりません」
「む? だが、それではわれの面子が保てぬ」
グラン王は怒りが収まらないと憤慨した顔のまま俺に謝罪する事はせずに、逆にいけしゃあしゃあと自分の面子はどうするのだと俺に問い掛けてきた。
まったく食えない爺さんだぜ。
ふと奇妙な視線に気づくと、グラン王の背後に隠れるように佇んでいた宰相の男が信じられないような物を見るような目で俺を凝視していた。
まあ、当たり前だよね。
怒り心頭のグラン王にわざわざ自分から話し掛けた上に、自分の事を侮辱した相手を火中の栗を拾うが如く助けようとしているわけだからな。
だが、俺にはグラン王の考えていることが大体わかるんだよ。
おそらくは、俺が止めるのも計算に入っているはずだ。
仮に俺が止めなければそのまま衛兵を処刑するだけだろうし。
まったくおっかないね。
まあ、俺としてもこんなどうでもいいことで時間が潰れてしまうのはもったいないからな。
さっさと片付けてしまおう。
にこりとした笑顔を作ってグラン王を見る。
「まあ、そうおっしゃらずに。衛兵の方もグラン陛下が侮辱されたと勘違いしたが故です。それより重要なのは、勘違いだったとはいえ、家臣の者が自らの仕える王が侮辱されたことに憤りを感じて声を出したことではありませんか? つまり、これはむしろグラン陛下の威厳を示せたのです」
「ほう、われの威厳を示せたとな?」
先程まで怒り心頭だったはずのグラン王が愉快そうに俺に訊ねてくる。
やはり演技だよな。
食えない爺さんだ。
満足そうな顔で笑ったグラン王が衛兵に部屋から退出するように命令すると、許された衛兵の男が憔悴しきったような顔で部屋から出て行く。
「して、先程の戯言、其の方はどこまで分かっておる?」
「はい。恐れながらグラン陛下の行った事を申し上げますと、家臣の暴走によって面子が潰されたことで咄嗟に家臣を怒鳴り散らして自らの面子を守り、それでいてグラン陛下は謝罪をせずに私に許させようとした、と言ったところでしょうか?」
「はあーはっはっは、ぬかしよるわ。そう、すべて其の方の申す通りである」
真っ青な顔で両脇に立っていた宰相と衛兵を気にすることもなく、グラン王はまるで子供のような屈託の無い笑顔を見せて豪快に笑う。
「ただ……いえ、何でもありません」
「ただ、何だ? われに遠慮はするな。申すがいい」
「はい。ただ、あの時私が侮辱された事で衛兵を咎めたグラン陛下の怒りは、紛れも無い本物であったとわかっております」
グラン王の目をしっかりと見て答える。
お互いに嘘は通用しない。
「…………そうか」
しばしの沈黙の後、答えたグラン王の眼から一筋の涙が零れた。
「む、なんだこれは? ……王がこれではいかんな」
「いえ、嬉しい時なら泣いても良いと思いますよ」
「嬉しいだと? そうか、われは嬉しいのか」
グラン王が零れた涙の雫を人差し指で拭いながら答える。
ちらりと俺とグラン王のやり取りを青い顔で見ていた宰相の顔を覗き見ると、戸惑ったような顔をしてグラン王の顔を見ていた。
孤独か……
話しをしてみれば、グラン王は恐ろしい人と言うよりもどちらかと言えば厳しい人と言った印象だ。
たぶん、身近な人にグラン王の聡明で深い考えを理解できる人が居なかったんだろうな。
「其の方にはアニー商会の件でもいろいろと聞きたい事があったのだがな……どうやらその必要は無いようだ。其の方が我がモンド王国に仇を成す事はあるまい」
「はい、誓って」
「ならば良い。それと、われは其の方の事が甚く気に入った。我がモンド王国に仕官するならばいつでも来るがいい。グラン王の名において将軍職の地位を約束して迎え入れよう」
「へ、陛下、そのような約束をされては軍規が」
ずっとだんまりだった宰相の男が、俺とグラン王との会話に慌てたように口を挟んだ。
「われの判断が気に入らぬと申すか?」
「い、いえ、滅相もございません。ただ、できれば軍務の方ではなくて、文官として内務の方に配して頂けると助かるといいますか……その、私の方に配して頂ければどうにでもできますので」
「はっはっは、そうか軍に取られたくは無いか。だが、残念だったのう。この者は人の下に就くような男ではないのだ。そうであろう?」
グラン王が、断ることはわかっているといった表情で俺の方に顔を向ける。
「はい。大変ありがたいお誘いなのですが、生憎と私にはやらねばならない事がありますので」
「やらねばならぬ事? われは其の方の力になりたい。申してみるがいい」
グラン王が友に語りかけるような顔で伝えてきた。
まいったな。
グラン王に嘘は通じないから、適当なことを言ってはぐらかす事はできないし、そもそも最初から嘘を言いたくない。
だから、本当は沈黙を持って答えるのが正しいんだろう。
だけど、俺みたいな若者相手にも敬意を示してくれたグラン王の気持ちに少しでも応えたい。
「私は魔王を倒さなければいけないのです」
「……ふ、ふむ」
グラン王が俺の顔を見て一瞬驚愕したような顔になり、その後は少し困ったような顔になった。
やっぱそうなるよね?
これだと、まるで俺が狂人か自分の力量がわかっていない阿呆のどっちかだからな。
やれやれ、嘘が通じないレベルの洞察力と言うのも困り物だ。
でも、逆に言えば証明できなくても言葉で伝えるだけでいいわけなんだけど。
だがどうする?
これを言えば、俺のリスクはさらに高まることになるぞ?
グラン王を見ると、黙ったままじっと俺を見ていた。
ふう……仕方ないよね?
これじゃあ、俺を信じて敬意を払ってくれたグラン王の信頼を踏みにじる事になってしまうからな。
「私には魔王を倒せるかもしれない力があります。ですが、その力を使ってグラン陛下に、モンド王国に仇を成す事はありません」
「そうか……ロックドラゴンを倒したのは其の方であったか。……われは其の方の言葉を信じる」
覚悟を決めて答えると、グラン王が真剣な眼差しで俺の顔を見た後、目を閉じてまるで自分自身に誓うように答えた。
一瞬でロックドラゴンの事まで見抜かれた。
はは、さすがだな。
だが、後悔はしていない。
仮にそれで死ぬ事になったとしてもそれでいいさ。
グラン王との友好を深めると俺はモンド城を後にした。




