223話 初めてのロスト
「親父、居るか?」
ティアとの修行を終えた俺は、鎧の製作の依頼のためにモニカにある親父の武器屋を訪ねていた。
「おう、達坊か? 今日はどうした? もしかして、ミスリルとプラチナドラゴンでも持ってきたか? だあっはっはっは」
親父は俺の顔を見るなり大きな声で高笑いをしてきた。
どうやら、俺がミスリルやプラチナドラゴンを持って来れないと高を括っているようだ。
ふっふっふ、親父、吠え面かくなよ?
背負っていたリュックからミスリルのインゴットを取り出すと、どかどかと作業台の上に積み重ねるように並べる。
「お、おい、達坊?……この質感と淡い緑色の輝きは……まじか?」
「それだけじゃないぜ? 親父こっちに来てくれ」
震える手でミスリルのインゴットを持っていた親父に、工房の外に予め出しておいたプラチナドラゴンを見せる。
「どうだ? 親父」
「…………」
プラチナドラゴンを見せると、親父は呆然としたような顔で無言だった。
しばらくすると、プラチナドラゴンの核の部分を触りながらかすれたような声で訊ねてくる。
「達坊、お前、どうやってこれを?」
「モンド大陸でヒュッケにお願いしたんだ」
予め用意しておいたシナリオ(どうやって倒したかの理由)を親父に説明する。
「は? 勇者ヒュッケ? どうして勇者ヒュッケがお前に協力するんだ? それにいくら勇者が強いと言っても、災害級どころか天災級のプラチナドラゴン相手に勝てるわけないだろ」
「ヒュッケにはセリアに頼んでもらったんだよ。何でも、グルニカでの王都救援作戦の時にセリアがヒュッケの先生の命を助けたとかでさ。それと、ヒュッケはドラグーン隊を救出するためにグレートドラゴンと単騎で戦って、モンドの王様から褒美をもらってるくらい強いんだぞ?」
但し、ヒュッケがグレートドラゴンやプラチナドラゴンを倒したとは言ってない。
「達坊、それは本当なのか? 今代の勇者は化け物か?」
「ああ、あいつは本物の化け物だぜ。それと、プラチナドラゴンのことはモンドの王様にも秘密だから黙っていてくれよ? 下手すると取り上げられちまうからな」
「そりゃあもちろんだ。だが、ドラゴンの核のエンチャントの方はどうするんだ? 俺が黙っていてもそいつがしゃべったら意味ないぞ? いくらわからないように細工を施したところで、エンチャンターなら材料がプラチナドラゴンだと絶対にわかるからな」
「そっちは信頼できるエンチャンターが居るから問題ないよ」
「何? それは本当か? なら、その時についでに俺にも紹介してくれないか?」
「うん? 別にかまわないけど、どうしてだ? 少ないらしいけどエンチャンターならそれなりに数は居るはずだろ?」
「うーん、今までエンチャント装備にはあまり縁がなかった所為でな……なんだ、俺の名声を聞いて後から擦り寄ってきた金目当てのどうしようもない連中ばかりなんだよ」
親父が頭を掻きながら困ったような顔で答える。
「はは、親父も大変だな。いいぜ、リムルの事を紹介するよ」
「助かる。と、それより達坊、お前いつの間にこれだけの荷物を店の前まで運んだんだ? ぜんぜん気づかなかったぞ?」
「えっ? あ、それはその、モンドで知り合いの商人がいてさ、そいつの伝手で運んでもらったんだよ。ははは」
やべえ、そういえばモンド大陸からこれだけの物を運ぶとなると、どうやって運んだかの足が必要になるんだよな。
追求された場合答えられんぞ。
うーん、今後のことを考えると船が必要かな?
アニー商会で船を持てば問題ないだろ。
それと、アニーには俺が異世界人だと話しておいた方がいろいろと良さそうだな。
アニーは信頼できるし口も堅いとわかったからな。
親父と別れてモンド大陸に戻ると、早速アニー商会に向かった。
「アニー居るか?」
「は、はい、執行者さま」
コンコンとノックをして声を掛けてから社長室に入る。
「これは執行者様、今日はどういったご用件でしょうか?」
「ちょっとアニーに話しておきたい事があってさ」
アニーに自分が異世界人だと言う事と、アニー商会で商船を保有する旨を伝える。
「俺が異世界人だと信じられないか?」
「いえ、信じます。それより、事情を説明すれば執行者様の身が危険になってしまうと言うのに、そんな秘密を私に話していただけたことが嬉しいです。それに納得がいったと言いますか、それでいろいろと不思議な事を知っていたのですね」
「ああそうだ。俺に幻滅したか?」
「そんな事はありません。サムソン様が、知識を知恵として活用できなければ何の役にも立たないのだとおっしゃっていました。そして、私は執行者様が状況によって知識を知恵として使い分けて、いろいろな問題に適切な判断を下してきたのを間近ですべて見ています……私は執行者様のことを! いえ何でもありません」
アニーが熱に浮かされたように雄弁に語ると、何かを言い掛けて途中で口篭った。
アニーの艶やかな表情に思わずドキリとしてしまう。
アニーは男女を問わず、100人の人が通れば100人の人が思わず振り返ってしまうようなとんでもない美女だ。
だらりとたらしている前髪が片目を隠していてとても色っぽいんだよな。
「ああ、オホン。でだ、商船の方はどうかな?」
「はい、資金の方は問題ありません。幸いにも船の材料となる竜骨も現物がありますので、通常よりも安価に造船できると思います」
内心の動揺を誤魔化すように尋ねると、アニーがいつもの敏腕秘書の如く、まるで質問される事がわかっていたかのようにさっと答えてくれる。
うーん、やっぱりアニーは優秀だよな。
たぶん、商会の次のステップで商船が必要になるだろうとあらかじめ調べていたんだろう。
ほんと、初めてアニーに出会った時のことを考えたら、とても同一人物とは思えないよな。
でも、サムソンさんに商人の心得を教わってこんなに優秀になったんだ。
まあ、教えたサムソンさんが凄いと言う事でもあるんだけどね。
能力の無い無能な人に物を教われば、教わった人までみんな駄目になってしまう。
教わる人はしっかりと選ばないと駄目だね。
アニーに商船の依頼をすると商会を後にした。
「ただいま」
「たっつん! 遅いのぅ!」
宿に戻るとセレナが飛び出して来て抱きついてきた。
「うわっ! と、悪いちょっと修行していて遅くなった」
「達也、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
「え? 達也? 貴方何か変わったかしら?」
抱き付いてきたセレナをそっと抱きしめながらニッコリと笑顔で挨拶を返すと、セリアが俺の顔を見て急に戸惑ったような顔をして訊ねてきた。
「そうか?」
「ええ。何か少し落ち着いた雰囲気というか、以前にも……あっ! なんでもないわ!」
セリアが突然怒り出した。
ホワイ?
カンカンカンカンカン!
突然鐘の音が鳴り響く。
「きゃ! おどろいたわね。ドラゴンの襲撃かしら?」
「そうみたいだな」
「びっくりしたのぅ」
宿の窓から外を見ると、避難するためか大勢の人が地下にある避難所へと向かっていた。
「おい、聞いたか? どうやら、街外れの西の方にロックドラゴンが襲撃してきたらしいぞ?」
「またあいつか? 何とか倒せないのか?」
「なあ! ヒュッケ様なら倒せるんじゃないのか? 定期的に襲ってくるんだから兵に多少被害が出たとしても倒しておくべきだろ?」
「いや、いくらヒュッケ様でもあれは無理なんじゃないか? それに今は軍事訓練でかなり遠くに遠征していると言う話だからな。まあ、あれを倒すにはどうやっても上級魔法が必要だよ」
街の住民の話から、どうやらロックドラゴンが街外れの西の方向へ移動しているらしい。
「街外れの西か?」
「達也、どうしたの?」
「いや、知り合いの商会が街外れの西の方にあるもんでな」
「ああ、確かアニー商会だったかしら?」
「そうだ」
「執行者様! 社長が!」
セリアと宿屋の共有スペースで話していると、アニー商会の受付嬢のエルフが血相を変えて飛び込んできた。
セリアとの話を中断して宿の外で受付嬢のエルフから詳しく話しを聞く。
「なんだ? アニーがどうした?」
「その、従業員一同で避難していたんですが、ロックドラゴンが商会の方に向かって行って、それで社長が商会を守ると一人戻ってしまったんです」
「なんだって! くそっ! アニーの馬鹿やろうが」
「達也、どうしたの?」
俺達のことが気になったのか、セリアが宿の外まで出てきた。
「いや、何でもない。俺は用事ができたからセリアとセレナは避難してくれ」
「そう、わかったわ」
セリアが訝しげな視線を俺に向けながら答える。
「たっつん、セレナも一緒に行くのぅ」
「駄目だ」
「どうして?」
「セレナにはセリアを見張っていて欲しいんだよ」
セリアに聞こえないようにセレナに小声で耳打ちする。
なんかセリアのやつが納得がいかないような顔をしてるんだよな。
ここは保険でセレナを監視につけておくのが吉だ。
それに、ロックドラゴンが相手ではさすがのセレナでも戦いにはならない。
最悪の時はヒート弾を街中でぶっ放すだけだから、一緒に来てくれるという気持ちは嬉しいんだが意味が無い。
「セリアちゃんを見張るの?」
「ああ。離れずにずっと見ていて欲しいんだ。これは秘密のミッションだが出来るか?」
「ラジャー! セレナに任せるのぅ」
セレナが可愛いらしくビシリと敬礼する。
「執行者様」
「ああ、すまん。それと君は危険だからみんなと避難していてくれ」
「執行者様、ですが」
「命令だ」
「はい、わかりました」
エルフの受付嬢と別れるとアニー商会へと向かった。
アニー商会に到着するとロックドラゴンが商会の建物を派手に破壊していた。
「アニー! 無事か! 返事をしろ!」
「し、執行者さま!」
崩れている建物からアニーの声が聞こえてくる。
くそっ! 建物の中か?
やばい! 周囲の確認をしている時間はない。
カールグスタフ無反動砲をガンボックスから出現させる。
何処で誰が見ているかわからない街中でこいつをぶっ放すのはかなりのリスクだが、こんな状況ではロックドラゴンを倒すしかない。
でも、倒すのは簡単だけどその後の処理はどうしよう?
そんな事を考えながら、カールグスタフ無反動砲のヒート弾でロックドラゴンの頭部を破壊する。
「執行者様!」
「アニー無事か? 怪我は無いか?」
「はい、申し訳ありません」
「何、気にするな」
倒壊した建物の隙間から、無事に顔を覗かせていたアニーを見つけて安堵する。
どうやら、怪我はなさそうだ。
「た、達也! 貴方いったい? それは何?」
「なにぃ! セリア! どうして此処に?」
振り返ると、驚愕したような顔のセリアが居た。
セリアの隣でのほほんと、のんきな顔をして佇んでいたセレナを見る。
「セレナ! セリアのことを見ててくれと言ったじゃないか?」
「セレナ、ずっとセリアちゃんを見てたよぉ? セリアちゃんがたっつんを追いかけるって言った時もちゃんと見てたもん」
いーやー! お子様だったあ!
やばい、何とかセレナの時と同じように誤魔化さねば。
「ちょっと、達也聞いてるの? その手に持ってる鉄の筒は何なの? その筒から出た火の弾がロックドラゴンを一撃で倒したわよね?」
「いや、これはその、魔法だ!」
「そんな魔法あるわけないでしょ! そんな兵器初めて見たわよ」
その瞬間、あっと思う間も無くカールグスタフ無反動砲が青い粒子となって消えた。
うお! 消えた!
くそっ! やっぱり、セリアを誤魔化すのは無理だったか。
ぐぬぬ、俺のメイン兵装だったのに。
「あれ? ここは? 私は達也を追い掛けて、それで……え? 達也? 私はいったい」
セリアが目の前にいた俺に、まるで今初めて気づいたみたいに訊ねてきた。
どうやら、セリアの10分前までの記憶が消えたみたいだ。
失ってしまった物は仕方がない。
気持ちを切り替えて今やるべき事をやるか。
ちらりと、頭部が破壊されて横たわっているロックドラゴンを見る。
よし、ロックドラゴンはセリアが倒した事にしよう。
「セリア、気づいたか? ロックドラゴンとの戦闘でセリアが吹っ飛ばされたんだよ」
「え? ロックドラゴンとの戦闘?」
「そうだ」
グルゥゥオオ
頭から血を流していたロックドラゴンが、瀕死の状態で弱々しい唸り声を上げながら起き上がろうとしていた。
お、まだ生きてたのか?
そいつはちょうどいい。
「セリア! ロックドラゴンにインパルスカノンで止めを!」
「え? え?」
「早く!」
「もう、何だかわからないけど、やってやるわよ」
セリアが腰溜めに槍を構えると、いつぞや見たように槍にプラズマの糸が迸る。
ロックドラゴンが今にも倒れそうな足取りで起き上がると、セリアがその破壊されていた頭部目掛けて槍を飛ばした。
「貫け! はっ!」
セリアの裂帛の気合と共にプラズマの螺旋を描いて飛んで行った槍は、岩の鱗が剥げていた部分にズドムと突き刺さる。
しかし、プラズマを伴った槍は刃先が刺さっただけで貫通まではしなかった。
それでもその一撃が致命打になったようで、突き刺さっていた槍の柄にパリパリと残滓のように紫電が迸るとロックドラゴンが地響きを上げて倒れる。
うげっ、セリアのあれが貫通しないのかよ?
以前倒した中級魔族のマジックバリアは貫通したのに、いったいどれだけ装甲が厚いんだ?
うーん、魔族も怖いけどまともに戦ったらドラゴンも充分脅威なんだよな。
「たっつん、うーんとぅ、セレナどうしたのぅ?」
今までぼんやりとしていたセレナが首を傾げながら訊ねてきた。
あれ? セリアだけじゃなくてセレナも10分前までの記憶が無くなってるのか?
どういう条件なんだ? 消えた兵装に関しての記憶がある人が対象なんだろうか?
いずれにせよ、セレナと口裏を合わせておかないと。
「セレナ、俺達はロックドラゴンと戦っていたんだ」
「そうなのぅ?」
「ああ。それでセリアがロックドラゴンを倒したぞ」
「え? 本当ぅ? セリアちゃん凄い」
ロックドラゴンの前で長い息を吐いていたセリアに、すごいすごいと言いながらセレナが駆け寄って行った。
「おい、あんたら、ロックドラゴンはどうなったんだ? あの姉ちゃんが倒したように見えたんだが?」
「え? あ、はい、そうです。もう安全ですよ」
急に背後から住民らしき男に声を掛けられて、どきりとしながら答える。
「そうか、そいつは凄いな。でも、おかしいな? 確か近くで隠れて見ていたはずなんだが、どうも少し前の記憶があやふやでな」
記憶が消えるのは、消えた兵装に関しての記憶がある人でいいんだよな?
世界中の人の記憶が10分消えたなんてことだと大問題なんだけど?
おっと、それよりアニーを崩れた建物から助け出さないと。
「執行者さまー!」
「え? お前達どうして? 避難所に避難しなかったのか?」
「はい、社長が心配で、何もできなくてもいざと言う時は突撃する覚悟で近くで待機しておりました」
アニー商会のエルフ達が雁首揃えて勢ぞろいしていた。
「ったく。アニーは幸せ者だな。と、アニーが崩れた建物に閉じ込められてるんだ。救出するから瓦礫の撤去を手伝ってくれ」
「はい、お任せ下さい」
アニー商会のエルフ達が総出で瓦礫の撤去作業を開始した。
「アニー大丈夫か?」
「はい、執行者様。その私の所為で申し訳ありませんでした」
瓦礫の撤去も無事に終わりアニーを助け出すと、アニーが泣きそうな顔で謝罪してきた。
「何、気にするな。でも、建物なんてまた作ればいいんだからもう無茶はするなよ?」
「はい。ですが、私の所為で執行者様は貴重な武器を失ってしまいました。私は何とお詫びしたら」
「まあ、それは仕方が無いって……あれ? アニーには記憶があるのか?」
「はい、ありますが、やはりエルフだからでしょうか?」
「わからんが、その可能性はあるな」
アニーと話しているとロックドラゴンが倒された事に気づいたのか、モンド王国の衛兵達が集まってきていた。
「すまないが君達、あのロックドラゴンを倒した者を知らないか?」
「ああ、それならあそこにいる槍を持った女性のセリアですよ」
「ちょっと、達也! 私は瀕死状態だったロックドラゴンに止めを刺しただけなんだから」
「貴方がロックドラゴンを倒されたのですね? 失礼しました。自分はゾンダーク将軍直属の第一師団を指揮しておりますゲルド大佐であります」
ゲルドと名乗った男がビシリと敬礼をしてきた。
ただの衛兵かと思ったら大佐? それにモンド王国は師団まで動かしてたのかよ?
ロックドラゴンはそこまでの相手だったのか。
「つきましてはセリア殿でしたか? 一度城の方にお越し頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「まあ、しょうがないでしょうね」
「ご協力感謝いたします!」
困った顔で了承していたセリアに、ゲルド大佐がキリッとした顔で敬礼していた。




