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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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217話 ちょっとした幸せ

 リブボートに乗り換えると湖岸に向けて風を切って走らせる。


 乗り上げるようにして湖岸に上陸すると、偶然近くに居たらしいドラゴン達が凄い勢いで内地に向かって走って行った。


 「達也さん。今、ドラゴン達がまるで怯えたように逃げていきましたよ」


 「ほう、そうか。なら、ドラゴン達に襲撃される可能性は低そうだな」


 「たっつん、どらごん苛めちゃだめなのぅ」


 ヒュッケとセレナに適当に相槌を打つと、ガンボックスにリブボートを収納して代わりにグロウラーを出す。


 「プラチナドラゴンの居る洞窟まではグロウラーで移動するぞ。さあ乗れ」


 「はは、達也さんと一緒だと移動も快適で楽ですよね」


 「セレナ、ぐろうらあ好きなのぅ」


 グロウラーを走らせると、俺達はプラチナドラゴンの居る洞窟まで移動した。



 「うわっ! さむ」


 「本に書いてあった通り、ほんとにここは寒いんですね」


 「たっつん、セレナさむいのぅ」


 セレナがふるふると震えながら俺の腕にしがみついてくる。


 プラチナドラゴンの居る洞窟内はひんやりと冷えていてかなり寒かった。

 俺達の格好は鎧の上から厚手のダウンジャケットを羽織っているといった、まるでこれから雪山にでも登頂するかのような重装備だ。


 寒い寒いと言いながら、10mほどの道幅の洞窟を3人で並んで進んで行く。


 「たっつん、この先に何か居るよぉ」


 「うん? 魔物か? ヒュッケわかるか?」


 「いえ、僕にはわかりません」


 「セレナ、どのくらいの距離かわかるか?」


 「うーんとぅ、50mくらいなのぅ」


 セレナのおっとりとしたようすから、それほど警戒するような相手では無いみたいだ。

 足音を立てないように静かに移動する。


 緩やかにカープしていた通路を30mほど進むと、20m先の通路に白い蝙蝠と白い兎のような魔物が居た。


 50mピッタリだ。

 うーん、セレナの感知能力は相変わらず凄まじいな。


 足音を立てないように静かに近寄ったので、どうやら魔物はこちらにはまったく気づいていないようである。


 見つからないように隠れながら魔物のステータス画面を確認すると、スノーバットとスノーラビットと表示される。

 図鑑で詳しく調べてみると、ジャイアントバットとホーンラビットの寒冷地版みたいな魔物のようだった。


 「どうやら、雑魚みたいだな」


 「たっつん、どうするの?」


 「僕が片付けますか?」


 「いや、俺がやる。弓の練習をしたいからな。セレナとヒュッケは待機していてくれ。接近されるようなら頼むな」


 「わかったのぅ」


 「わかりました」


 セレナとヒュッケの返事を聞くと、まずは天井にぶら下がっているスノーバットを狙う。


 20mほどの距離があったが、30cmほどのスノーバットの的に矢は見事に命中した。

 スノーバットがボトリと地面に落ちると、近くにいたスノーラビットが一直線にこちらに向かって来る。


 続けてスノーラビットを狙うが、矢は外れてスノーラビットの手前10cmほどの地面に突き刺さる。

 スノーラビットは驚いたのか一旦大きく左にジャンプして距離を取った。


 急いで次の矢を取り出して放つと、再び真っ直ぐ向かって来たスノーラビットの眉間にズコムと突き刺さる。

 スノーラビットはびくんと痙攣するとその場で絶命した。


 「うーん、いまいちだな」


 現在の俺の弓の技量は、20mの距離で30cmほどの的には当たるが20cmほどの的には当たらない。

 そして、スノーラビットを仕留めたのは10mくらいの距離だったから、20cmくらいの的になると10mくらいまで引きつけないと当たらないようだ。


 たぶん基礎が出来てないのだと思うのだけど、何処が悪いのかまったくわからないんだよね。


 スノーバットとスノーラビットの解体を済ませると先に進んだ。



 「達也さん、クリスタルドラゴンが……」


 「ああ、そうみたいだな」


 「透明なのぅ」


 大部屋になっている開けた空間に出ると、まるでガラス細工のようなクリスタルドラゴンが我が者顔で佇んでいた。

 クリスタルドラゴンは魔法攻撃が一切通用しないため、グレートドラゴンに匹敵するような強敵として認識されている。


 「達也さん、僕に1人で戦わせて下さい。僕は達也さんが居るあいだに、単独でグレートドラゴンを倒せるまでにならないといけないんです」


 ヒュッケが絶対に譲らないといった気迫の篭った表情で言ってくる。


 ふふ、ヒュッケのやつ、俺が居る間にか……

 そうさ、無茶ができるのは(爆発的に成長できるチャンスは)俺が居る(守っている)間までだ。


 「死んだら骨は拾ってやる。行って来い」


 「ひゅっくん頑張るのぅ!」


 「はい! 行きます」


 ヒュッケが叫ぶと、大部屋の中央で鎮座していたクリスタルドラゴンに向かって行った。


 「イグニッション! うおおおお!」


 ヒュッケが最初からスキル全開でクリスタルドラゴンの首元を槍で力任せで突くと、鱗が欠けて透明の粒子が派手に飛び散る。

 クリスタルドラゴンはヒュッケの常軌を逸したパワーに臆したのか、ギョットしたような顔を見せると後ずさりしていた。 


 ヒュッケが機を逃さず追撃して渾身の突きを放つと、槍がクリスタルドラゴンの胸元を貫いた。


 「弾けろぉぉおお! ブラストランサー!」


 数瞬のタイムラグを置いて槍の先から爆発が発生すると、クリスタルドラゴンの胸元に大きな穴が開いて細かく砕けたクリスタルの鱗が激しく飛び散っていた。


 ステータス画面で確認すると、クリスタルドラゴンのHPは0になっている。

 どうやら、クリスタルドラゴンはすでにヒュッケの敵ではなかったようだ。


 「おつかれさん。ほれ、タオルだ」


 「おつかれなのぅ」


 「ぜえぜえ、は、はい。ありがとうございます」


 ヒュッケにタオルを投げて渡すと、ヒュッケは荒い呼吸をしながら滴る汗を拭いていた。


 「ついにこのクラスのドラゴンを単独で倒せるレベルになったか……ヒュッケ、お前は強くなった」


 「ひゅっくん、強くなったのぅ」


 「そんな……僕なんてまだまだですよ。今回の相手は、たまたま相性が良かっただけで。それに、いざとなれば達也さんがなんとかしてくれるから……だから僕は全力で突っ込んで行けてるだけで」


 俺とセレナがヒュッケを褒め称えると、ヒュッケはしどろもどろで謙遜しているようだった。


 褒められたというのに、ヒュッケは心なしか元気が無いように思える。

 この旅が終わればヒュッケとお別れだからだろうか?


 思えば半年近く毎日一緒に居たからなあ。

 俺としても情が移るってもんだぜ。


 ニコニコしたセレナに笑い掛けているヒュッケを見て感慨にふける。


 さてと、クリスタルドラゴンの回収をしないとな。

 こいつの鱗をリムルに持っていけば、魔法防御を高めるポーションを作ってもらえるんだ。


 この後は、魔法攻撃の得意な魔族の居るグルニカ大陸に向かうことになる。

 今後予想される激戦に備えて、マジックポーションは余裕を持って用意しておかないとね。



 その後も1匹、2匹と出現したクリスタルドラゴンをヒュッケが順調に狩る。

 しばらく洞窟を進むと地面が凍っている開けた場所に出た。


 「たっつん! 見て見て! 地面がこおってるのぅ! 氷の下で魚が泳いでるのぅ! おもしろいのぅ」


 「お、どうやら此処がそうみたいだな。どれどれ? ほう、シュリンクというのか。図鑑だと……うん、問題なく食べられる魚だな。よし! ちょっと早いがそろそろ昼飯の準備をするぞ」


 「はあ、確かにまだお昼には少し早いようですけど……何かあるんですか?」


 大騒ぎで氷の上を器用にぴょんぴょんしているセレナを一瞥してから、首を傾げていたヒュッケにニヤリと笑い掛ける。


 「ふっふっふ。この洞窟を探索したやつらが本に書いていた内容を覚えているか?」


 「え? ひょっとしてこの氷の下に泳いでいる魚を食べるんですか?」


 「イグザクトリィ! その通りだ」


 「ちょっと待って下さい。あの本だと、食料に困って仕方なくといった感じでしたよ? 確か何百人という冒険者が、3日掛りで必死に分厚い氷を砕いたと書いてあったはずです。どうやってこの分厚い氷に穴を開けるんですか?」


 「問題無い。ドラグーン隊を助ける時に倒したドラゴンでツールボックスを入手できたからな」


 「つーるぼっくす? って何ですか?」


 「ドリルとかグラインダーとかの道具が入ってる箱だな」


 「どりる? ぐらいんだー?」


 「うーんと、石とか鉄なんかに穴を開けたり切ったりできる道具の事だ」


 「うわぁ……そんな事ができる道具があるんですか?」


 「まあな。ドリルならこの分厚い氷も数分で穴を開けられる。で、その穴から魚を釣って食べるぞ」


 「はあ……でも、何もそこまでして魚を捕らなくてもいいじゃないですか。シュリンクなら何処でも食べられますよ。普通にお昼を食べましょうよ」


 「ばっかおめえ、釣った魚をその場で調理して食べる機会なんてそうそう無いんだぞ? 鮮度が違えば味もまったく変わるんだ。セレナは美味しい魚食べたいよな?」


 「セレナ、美味しい魚が食べたいのぅ!」


 「ほらみろ」


 「わかりましたよ。そりゃあ、僕だって食べるのなら美味しい方がいいですからね」


 セレナを味方につけてヒュッケを説得すると、ツールボックスからドリルを取り出してガリガリガリと凄い勢いで氷を削る。


 「ヒュッケ、念のため周辺に有刺鉄線を張っておいてくれるか?」


 「わかりました」


 「セレナも手伝うのぅ」


 有刺鉄線を渡すと、ヒュッケとセレナはトンカントンカンと仲良く協力して氷の地面に設置していた。

 兄弟みたいで微笑ましい。


 「さてと、釣りの仕掛けはさびきでいいかな」


 釣果は落ちるかもしれないけど、いちいち餌を付けるのがめんどくさいからな。

 釣れそうに無かったら餌に変えよう。


 「達也さん、こっちは終わりましたよ」


 「終わったのぅ」


 「おう、ご苦労さん。こっちの準備も出来てるぞ? ほら、釣竿だ」


 船の倉庫にあった電動リール付きのロッドをセレナとヒュッケに渡す。


 「へえ、ずいぶんと小さいんですね」


 「ちっちゃくてかわいいのぅ!」


 「まあ、穴釣り用だからな」


 「達也さん、これはどうやって使うんです」


 「えーとだな……」


 準備が終わると、3人で仲良く氷の穴に釣り糸を垂らす。


 「釣れますかねえ」


 「うーん、こればっかりはやってみないとわからんからなあ」


 ぽちゃん、と糸を垂らして数秒と経たずにすぐに当たりが来た。

 合わせで魚の口に針を引っ掛けると電動リールで糸を巻き取る。


 「よっしゃー! まずは1匹目」


 「早いですね」


 「セレナも来たぁ!」


 「あ、僕の竿にも当たりが」


 セレナとヒュッケの竿にも当たりが来て、入れ食いのお祭り状態だ。

 次から次へと釣れるシュリンクを水を入れた容器に保管する。


 ちなみにこのシュリンクという魚はわかさぎのような魚で、大きくても体長が15cmほどの小魚である。

 図鑑の説明では、いろいろな湖に生息しているポピュラーな魚のようだ。



 「いやー、爆釣、爆釣」


 「うわあ、まだ1時間くらいしか経ってませんよ?」


 ヒュッケが容器からあふれそうになっていた大量のシュリンクを見てぼそりと呟く。


 「こんなもんでいいだろ」


 「セレナ、まだ釣るのぅ!」


 「僕もまだ釣りたいです」


 「わかったわかった。俺はそろそろ食事の支度をするからお前等は楽しんでくれ」


 「はい!」


 「やったぁ!」


 セレナとヒュッケの嬉しそうな返事を聞くと、テーブルとイスを並べて船の倉庫にあったカセットコンロをミリタリーテントから持ってくる。

 天ぷら鍋に3cmほど油を注いでカセットコンロに火を点けると、菜箸を油に時々突っ込んでぷくぷくと泡が上がるのをじっと待つ。


 「よーし、油の温度はばっちりだ。おーい、セレナ、ヒュッケ! そろそろ切り上げろ。飯にするぞ」


 「はい、わかりました」


 「セレナ、おなかすいたのぅ」


 セレナとヒュッケがミリタリーテントに釣竿を置いてくると、テーブルの前の椅子にいそいそと座った。


 「とりあえずは、素材の風味を堪能するために素揚げで頂きましょうかね」


 「素揚げですか?」


 「そう、読んで字の如し。何もせずに油で揚げるだけだ」


 シュリンクの魚を水で軽く洗うと、キッチンペーパーで挟んで水分をしっかりと拭き取る。

 菜箸で摘むとそのまま油の中に投入する。


 「ぷくぷくして面白いのぅ」


 「セレナ、油が跳ねることがあるから鍋を覗いていると危ないぞ」


 「大丈夫なのぅ、ぴぃあ! あついのぅ」


 セレナが鍋を覗いているとばちゅんと魚が破裂して油が跳ねた。


 「はは、だから言っただろ? 小魚は捌かずに丸ごと投入するからな。内臓に水分が残ってることがあるから、熱膨張で破裂する時があるんだよ」


 「うー、びっくりしたのぅ」


 目をまんまるにしているセレナにほっこりすると、狐色になった所で回収して油切りの皿に盛る。


 「ほれ、ヒュッケちょっと摘んでみろ。そのままでもいいけど、塩を掛けて食べると旨いらしいぞ」


 「はい、頂きますね。……うわぁ、カリッとしてこれはうまい。鮮度が変わるだけで、こんなにも違うもんなんですね」


 「だろ?」


 「セレナもぉ!」


 「はいはい」


 油切りの皿ごとセレナに渡す。


 「あぐあぐ、あついのぅ。うー、でも、おいしいのぅ! たっつん! セレナもっと食べるのぅ」


 「まあ、待てって。こいつが今日のメインじゃないからな」


 セレナを制止すると俺も一つだけ摘んで食べてみる。

 噛み締めると、最初にカリッとした食感と香ばしい匂いが来て、続いて白身魚特有の淡白であっさりとした味が口の中に広がった。


 うーん、くさみがまったくないな。

 そのままでも旨いけど塩を掛けた方が好きかな?


 「次は天ぷら行っちゃうか? 大将に頼んで特別に蕎麦も用意してもらったんだよ」


 「てんぷら? そばって何です?」


 「天ぷらは小麦粉を水で溶かして衣にして揚げた物だな。蕎麦は小麦の代わりに蕎麦粉を使ったうどんの別バージョンだ」


 ヒュッケに簡単に説明すると、氷できんきんに冷やした水で小麦粉を溶かす。

 こうすると小麦粉に含まれるグルテンが熱で溶けないため、天ぷらの衣がカラッと揚がるのだ。


 天ぷら鍋に衣をつけたシュリンクを放り込む。

 途端にジュワーっと威勢よく泡が出ると衣の周りで慌しく踊りだす。


 うーん、いいねえ。


 「よーし、揚がったぞ。まずは素の天ぷらを楽しもう。この天つゆに付けて食べてみろ」


 「はい、頂きます。うわっ! 柔らかい。まわりに付いてる衣が天つゆの汁を吸っていて、すごい美味しいですよこれ」


 「あぐあぐ。たっつん、美味しいのぉ」


 「うん、さくふわだな。はあ、やっぱ生臭さがぜんぜんしないな。これは白身魚で最上級のキスと同じ味だな」


 「たっつん、セレナおそばも早く食べてみたい」


 「わかったわかった。ちょっと待ってくれよ」


 茹でていた蕎麦の湯切りをしてどんぶりに入れると、揚げたてのシュリンクの天ぷらと野菜を揚げた掻き揚げを乗せる。

 その上から出汁を合わせた大将自慢の天つゆを掛ける。


 「ほれ、セレナ。こっちはヒュッケの分だ」


 「あ、すいません」


 「はふはふ、あついのぅ。うー! おいしいのぅ」


 「それじゃあ俺も。ズゾゾゾゾ、うま」


 セレナとヒュッケにどんぶりを渡すと、3人で白い息をはあはあ吐きながら温かい蕎麦をズゾゾゾゾと豪快に啜る。


 寒い場所で食べてるからか、普通に食べるより2割増しくらい美味しい気がする。

 こういった場所で食べるのも風流でいいもんだ。


 「はあ~、体が温まりますね。出汁が効いてて美味しいです。うどんも美味しかったんですけど、苦味? いや、これはほんのりとした甘みですか? これはこれでありですね」


 「温かくて、体がぽかぽかするのぅ」


 「はは、旨いか? それじゃあ今日のメインのおでんを出すか。下ごしらえは船のキッチンでやってきたからな。しっかりと煮込んであるから味が染みこんでいて旨いぞ」


 「え? おでん?」


 「たっつん、おでんってなあにぃ?」


 「それは食べてからのお楽しみだ」


 天ぷら鍋をコンロから下げると代わりにおでんの入った鍋を置く。

 くつくつと温まった所で蓋を開けると、ふわっと白い湯気が上がっておでんのいい香りが辺りに漂った。


 「うわあ、すごい種類があるんですね。達也さん、どれがお勧めなんです?」


 「そうだな……うーん、やっぱり卵と大根が人気かな」


 「セレナ卵たべるのぅ」


 「じゃあ、僕は大根で」


 「俺はつみれだな。海で捕った新鮮な魚で作ったやつだから絶対に旨いぜ」


 おたまで小皿に盛ると、みんなではふはふしながら食べる。


 「うわあ! この大根、味が染みてて最高ですよ」


 「だろ? 大根の青臭さが出ないように下処理を念入りにしてるからな。皮を少し厚めに切って水にもしっかりと漬けてと、結構手間が掛ってるんだぞ?」


 「はは。達也さんって、こういう所まめですよね」 


 「うむー、おいしいのぅ」


 「こらセレナ、卵ばかり食べるんじゃない」


 「うー、だってぇ、卵おいしいんだもん」


 「はは、こういうのってなんか楽しいですよね」


 ワイワイガヤガヤと騒ぎながら、みんなで楽しくおでんを摘んだ。



 賑やかな食事が終わると後片付けをする。


 カセットコンロをミリタリーテントに仕舞って戻って来ると、セレナがこっくりこっくりと椅子に座ったまま船をこいでいた。


 「セレナ、こんな所で寝ると死ぬぞ?」


 「セレナ、ぽかぽかして、おなかいっぱいになったら眠くなったのぅ」


 「しょうがねえな。まあ、急ぐ理由も無いから少し長めに休んでいくか」


 ミリタリーテントの中でファンヒーターをつけると、地面に低反発マットを敷いて寝袋を用意する。

 セレナは一目散に寝袋の中に潜り込むとすやすやと眠ってしまった。


 「俺が見張りをしてるからヒュッケも昼寝していいぞ」


 「え? でも」


 「遠慮するな。この後どうせ、プラチナドラゴンとも戦うつもりなんだろ?」


 「それは……はい……」


 「なら、少しでも体を休めて万全な体制を整えておけ」


 「でも、達也さんだって疲れているでしょう? 僕だけ休むわけには」


 「俺は後ろで見てるだけだったから何も疲れてないんだよ。子供が変な遠慮するな」


 「……わかりました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」


 ヒュッケが遠慮がちに寝袋に視線を向けるとこそこそと中に入る。

 思っていたよりも疲れていたのか、寝袋に入ったと思ったらすぐに寝息が聞こえてきた。


 寒さというのは意外と体力を奪う。

 暑いのが標準のモンド大陸出身のヒュッケは、この洞窟の急激な寒さは予想より堪えていたのかもしれない。


 ミリタリーテントから七輪を引っ張ってくると、炭に火をいれてビーチチェアの前に置く。

 水を入れたポットを七輪の上に乗せてビーチチェアに横になると、毛布を羽織ってアニーから受け取っていた報告書に目を通す。


 ほう、アニーのやつ頑張ってるじゃないか。


 以前に任せていたリーフドラゴンの売買が成立したようで、その売却値が20億6000万モンドと表記されていた。

 相場が8億モンドらしいので、かなりの高額で売ることができたようだ。


 他のドラゴンも軒並み売却先が決まっているようで、現在売買が確定した物だけでも数百億モンドを軽く越えているみたいである。

 ちなみに工場の建設費や大量に購入した小麦の代金などは、このドラゴンの売掛金から捻出されている。


 報告書をぺらぺらとめくって、醤油の生産工場の詳細を確認してみる。


 醤油の生産工場はほぼ完成したようで、現在は内装の作業が行われていると記載されていた。

 すでにあらかじめ仕込んでおいた醤油の移送も着々と行われているそうで、後1ヶ月もすれば本格的な生産と出荷が始まるとのことだった。


 俺としては、モンド大陸での醤油の卸し価格を1リットル当たり500エルくらいまで下げて販売したいんだよね。

 あんなにも素晴らしい物なのに、価格が高くて利用できる人が限られるなんて悲しい事だからな。


 価格の理由のほとんどが帝都にある生産拠点の土地代だったから、地価の安いモンド大陸での生産なら充分可能だろう。


 最後に小麦の製粉工場の確認を行う。


 報告書による収益に目を通すと、どうやらなかなかの儲けを出しているようだった。

 現在は全力で生産拠点を拡大しているとのことで、この調子なら製粉工場はアニー商会においての基幹商売になりそうである。


 ドラゴンの膨大な収入は俺が居なくなれば終わりだけど、製粉工場の方は人が居る限りいつまでも続いていくからな。

 安定した収入源が毎回あればアニー商会の経営も安定する。

 この差はでかいぜ。


 あっ! 小麦と言えば、プロモーションの一環で先行してナッツさんのパン屋にだけ独占状態で卸してたんだ。

 製粉工場での生産量が潤沢になったのなら、他のパン屋にも小麦を卸すからここからは競合店との競争になる。


 俺はアニーと同じエルフだからと言ってナッツさんの店を優遇したりはしない。

 情報が漏れないように秘密にしてはいるが、親方の所でも水晶を砕くのに使われているから石臼による製粉はすぐにでも真似をされるだろうからな。

 優遇していれば将来的に競争力を失って弱くなって、その時にナッツさんが泣くことになる。


 どうせ強くなきゃ店は続けていけない。

 優秀であるという事が最低条件だ。


 「やれやれ、ナッツさんもこれから大変だな」


 感嘆をつきながらページをめくっていると、小麦関連の最後のページに書かれていた内容に目が止まる。

 そこには、モンドうどんの販売が予想以上に好調で、モンド王国中の飲食店に新たな名物として急速に広まっていると書かれていた。


 それだけならば問題無かったのだが……


 うどん目当てでモンド王国に来る観光客が激増したとのことで、その功績を称えて国王自ら謝礼の言葉を賜ると、うどんを開発した代表の者に召還命令が来ていると書かれていた。


 これはまるで良いことのように書かれているが、実際はそうではない。

 何処がやばいかと言えば、招待ではなくて召還命令だという所である。


 その国の王からの召還命令とは拒否権無しの強制である。

 もし王である私の顔に泥を塗ったらわかってるな? である。


 俺は絶対にノータッチだ!

 国のお偉いさんの相手なんて御免だからな。

 アニーに全部任せるぜ。


 「はは、まさかここまでの大事になるとはな」


 独り言を呟きながら報告書から目を離す。

 ふと気づくと、七輪に乗せていたポットからぴゅーぴゅーと音が鳴っていた。


 報告書をテーブルの上に置いて、沸かしたお湯でコーヒーを淹れる。

 温かいコーヒーを啜って至福の時間を過ごす。


 ちらりとミリタリーテントの中に視線を向けると、幸せそうな顔で2人の子供が眠っていた。

 なぜだか不思議と幸せな気持ちが溢れてきて、思わず笑みが浮かんでくる。


 寒いからか?

 コーヒーがやけに旨く感じるな。


 こういった気分で飲むコーヒーってのも、なかなかいいものだ。

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