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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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215話 真の成長の為に

 モンド大陸に戻ってきてから2日が過ぎていた。


 宿でのんびりしていると、用事を終えたようすのヒュッケが訪ねてきた。


 「あっ! 良かった。達也さん戻ってきたんですね? ミスリルの方はどうでした?」


 「おう、ばっちりだ。ただ、ミスリル金属の精錬には1週間ほど必要らしいんだよな」


 「そうなんですか?」


 「ああ。だから、ミスリルができるまでにプラチナドラゴンを討伐する。できれば明日にでも出発したいんだけど……ヒュッケの方の予定はどうだ? 行程は船で海を移動してショートカットしても3~4日になると思う」


 「僕の方なら問題ありませんよ。ただ……」


 ヒュッケが待ってましたとばかりに笑って答えるが、その後に急に表情が曇る。


 「何か都合の悪い事でもあるのか?」


 「いえ、僕はグレートドラゴンを倒した事になっているものですから」


 「へ? そりゃあ、そうだろ? 何を言ってるんだ?」


 「僕にはまだグレートドラゴンは倒せないんですよ? もしも、陛下からグレートドラゴンを倒してみせよと命令を受けて倒せなかったら……」


 ヒュッケが体をぶるぶると震わせる。


 「そうか! そういえば、途中でヒックスさんが来て戦闘が中断してしまったんだよな。でも、フフ、まだ、か」


 「あ! 何がおかしいんですか? 僕にはグレートドラゴンを倒すのは無理だって言いたいんですか? そりゃあ、今はまだ無理ですよ? でも、そんなのやってみないとわからないじゃないですか」


 ヒュッケがムッとした顔をすると、ぷんすかと頭から湯気でも出しそうな勢いで抗議してきた。


 「いや、悪い。馬鹿にしたわけじゃないんだ」


 「じゃあ、何だって言うんです?」


 「ヒュッケ、俺達が初めて会った時の事を覚えているか?」


 「え? あ、はい。覚えてますけど? 確か助けてもらったお礼をするために夕食に招待した時ですよね?」


 「ああ、そうだ。その時に俺がグレートドラゴンを倒してみせると言ったんだが、お前はその時に何と答えたか覚えているか?」


 「へ? えーと、確か、単独で撃破するなんて人類最強の剣聖ノヴァークだって不可能……」


 ヒュッケはもにょもにょとだんだん小さい声になり、最後には真っ赤な顔になって黙ってしまった。


 「ヒュッケと初めて会った時は、やってもみないうちから絶対に無理だと決め付けてあきらめていたんだ。それが、今では……。それが何だか嬉しくてさ、つい笑ってしまったんだ。許してくれ」


 にっこりと笑顔で答えると、ヒュッケがもどかしそうな顔をして身をよじっていた。




 「セレナさん、これは何ですか?」


 「ひゅっくん、これはね、テレビって言うんだよぉ。ここをこうするとねぇ」


 「わあ!? 中に人が! これどうなってるんですか?」


 「すごいよねぇ」


 現在はオーシャンレイクへと向かう海の上。

 すでに船内の設備を我が物顔で使いこなしているセレナが、得意げになってヒュッケにあれこれと使い方を説明をしていた。


 甲板からリビングルームに居た2人のようすを微笑ましく眺めると、ステータス画面からソナーを操作して魚群を探査する。


 「よーし! 魚群を発見したぞ」


 「え? ほんとぅ? たっつんすごい」


 セレナがリビングルームの窓からひょっこりと顔を覗かせる。


 「達也さん、ほんとに魚が居る場所なんてわかるんですか? いえ、それ以前に漁のやり方なんてわかるんですか?」


 「アニーに頼んで漁師さんに教わったから大丈夫だよ。まあ、任せておけって。そおい!」


 疑り深いヒュッケに軽く答えると地引網を海に放り投げた。



 魚群に向けて船をしばらく走らせると、リビングルームでテレビを見ていたセレナとヒュッケを甲板に呼んで網を持つように指示を出す。


 「よーし、網は持ったか?」


 「らじゃー!」


 「はい」


 「よーし、網を引け」


 「セレナ頑張るのぅ! うー、動かないのぅ」


 俺の合図と同時に3人で網を引っ張るが、網は非常にゆっくりというかほとんど動いていない。


 「達也さん。やっぱり、いくらなんでも3人じゃ無理ですよ」


 「大丈夫だ。疲れたら残りはウインチで巻くからな。そら、ひっぱれ!」


 「ウインチってなんですか? はあ、もうこうなりゃやけですよ。イグニッション! うおおおお!」


 ヒュッケが魔法で力を増幅すると、今までぴくりとも動かなかった網がどんどんと海中から引き上げられる。


 「おお! これは凄いな」


 「たっつん、セレナは?」


 「ああ、セレナも凄いぞ」


 「やったぁ!」


 にっこりと笑って褒めるとセレナが嬉しそうに微笑む。

 かわいい。


 「ぐくくく、これはきつい」


 「ヒュッケ、そのまま全開で体力の限界まで引っ張り続けてくれ」


 「え? 体力の限界までですか? はあ、わかりました」


 ヒュッケが腑に落ちないようなきょとんとした顔をしていたが、イグニッションを連発してぐいぐいと網を引っ張り始めた。



 数分が経つと、さすがのヒュッケも疲れたようで肩で荒い息をして甲板にへたり込んでしまう。


 「ぜえ、ぜえ、ぜえ、た、達也さん。さすがに、もう、限界ですよ」


 「そうか。よし、じゃあ後はウインチで巻くことにするか」


 機械の巻き取るボタンをぽちりと押す。

 ガロンガロンと音が鳴ってドラムが回り始めると、ヒュッケが引っ張っていた時の数倍の速度で網が巻き取られていった。


 「ええ!? 達也さん! そんなのがあるなら初めから使って下さいよ!」


 「たっつん、これおもしろいのぅ!」


 セレナは大喜びだが、ヒュッケは納得のいかないような顔で文句を言ってきた。


 「はっはっは。初めから機械で巻いたらつまらないからな」


 「面白いとかつまらないとかそう言う問題じゃ」


 「それより、いい訓練になったんじゃないか?」


 「え? そういえば……そうですね。そう考えれば、筋力トレーニングとしては最高かもしれません」


 「セレナは面白かったぁ」


 「そうか」


 「うん!」



 海中から網が上がって来ると、鯛やヒラメのような魚類から海老や蟹のような甲殻類まで多種多様な海の幸がその姿を見せていた。

 甲板の上に網を引き上げるとびちびちと魚や海老が威勢良く跳ね上がる。


 「はは、地引網だと何でも獲れるな。大漁、大漁」


 「うわあ、結構捕れるもんですね」


 「おさかなが、いっぱいなのぅ!」


 甲板に引き上げられた海の幸を見てそれぞれが感想を述べる。


 「小さいやつは海に戻してくれよ? 自然の恵みは大切にしないとな」


 「はい、わかりました」


 「たっつん、これは小さいのぅ?」


 セレナが15cmほどの鯖のような魚を見せてきた。


 「うん? そうだなこのサイズなら戻してしまっていいかな。30cmくらいを目安にしてくれ。あと、なるべく卵を持ってる雌は逃がすように。そうすれば何度でも捕れるからな」


 「なるほど、それは確かに合理的な考え方ですね。でも、魚の雄だとか雌だとか僕には区別ができませんよ」


 「そうか。まあ、わかる範囲でいいよ」


 「はは、いい加減ですね」


 「たっつん! この魚見てぇ! 大きいのぅ」


 ヒュッケに手を挙げて答えていると、セレナが80cmくらいはあるブリのような魚を嬉しそうに持ち上げて見せてきた。


 「おお、こいつは大物だな」


 「たっつん、このお魚さんはどうするのぅ?」


 「そうだな……こいつは夕食に食べたいから捌いてしまおう。残りは船倉に冷凍室があるから大半はそっちに保管しておく」


 「へえ、この船には冷凍室まであるんですか。それより大半って残りはどうするんですか?」


 「この船にはがあるんだよ。だから、大物はそっちに移す」


 「いけす? いけすって何です?」


 「うーんとな、捕った魚を生きたまま管理する施設の事だ」


 「え? 何の為にです?」


 「そりゃあ、少しでも鮮度が高くて美味しい魚を食べるためさ」


 「ええ!? そこまでするんですか? 凄い事を考えますね」


 「はは。じゃあ、生け簀に入れるやつは海水の入ったこのバケツの中な」


 「わかりました」


 「わかったのぅ!」


 セレナとヒュッケが元気に返事をする。


 さーてと、こいつは今晩刺身にして食べたいから血抜きと内臓の処理をしておかないとな。


 エラと尻尾の辺りに切れ目を入れて水に付けてと、後は早めに内臓を処理しておけば準備完了だ。



 「ふわー、さすがに疲れましたよ」


 「セレナも疲れたのぅ」


 「ごくろうさん。それじゃあ飯の支度をするか」


 海の幸を冷凍庫と生け簀に運び終えると、休憩を挟まずに今日の昼飯の支度を始める。


 「達也さん、少し休ませて下さいよぉ」


 「セレナも疲れたぁ」


 「なんだ? 今日の夕飯は新鮮な海の幸をふんだんに使った海鮮バーベキューだぞ? お前ら腹は減ってないのか?」


 「そりゃあ、お腹は減りましたけど」


 「セレナ、お腹空いたのぅ」


 「働かざる者食うべからずだ。準備を手伝わないなら夕食は無いぞ?」


 「セレナ頑張るのぅ!」


 「僕も頑張ります」


 セレナとヒュッケがびしりと敬礼する。

 セレナの反応が思いのほか早かったので思わず苦笑してしまう。


 「いいかヒュッケ? 体を限界まで酷使して疲れているとミスを起こしやすい。気をつけて作業をするんだぞ?」


 「だったら、少しくらい休ませてくれればいいじゃないですか」


 「そう、普通なら休憩を取らせるべきなんだけどな」


 ちらりと意味ありげにヒュッケの目を見て、自分で意図を考えるように促しながら答える。


 「どういう事です?」


 「例えば魔物との戦闘中にだ、疲れたから攻撃を止めてくれと頼めば魔物は攻撃を止めてくれるだろうか? 殺し合いをしてるんだぜ?」


 「あっ! 体が疲れてまともに動けない状態でも、それでも戦えるようにしないといけないんですね? つまり、これは訓練」


 ハッとしたような顔になったヒュッケが真剣な表情で答える。


 「そうだ。さすがに、実戦でドラゴンと戦ってる時に限界まで体を酷使するような訓練はできないからな。この船の旅の時間なら問題なく訓練できる」


 「はあ、なんかおかしいと思ってたんですよ。でも、達也さんは意地悪ですよ。それならそうと初めから教えてくれればいいのに」


 ヒュッケが溜息をついた後、拗ねた子供のような顔をして答える。


 「ヒュッケ! お前は俺が一生傍にいて、どうすればいいのかを逐一教えてくれるとでも思っているのか?」


 「それは……」


 「それに俺だってわからない事がたくさんある。何でも教えてやれるわけじゃないんだ。だから、常に自分でなぜかと理由を考えて自分でどうするのかを決める癖をつけておけ」


 「はい、わかりました」


 ヒュッケがまっすぐな目をして真摯に返事をしていた。


 ヒュッケは本人の意志とは無関係に、否が応にも勇者として人の上に立つ立場に祭り上げられるだろう。

 そして、その時にヒュッケが自分で判断を下せずでは、有事の際にこの地に住む人達がその分を血の対価で払うことになる。


 他の子供達のように、大人になるまで温かく見守るなどと悠長な事を言ってはいられないんだ。

 厳しいようだが、ヒュッケは少しでも早く大人に成らなければいけない。



 子供の成長には大きく分けると3段階ある。


 最初は何もできない赤ちゃんの状態。


 赤ちゃんは何もできないから、何を求めているのかをこちらがすべて察してあげてすべての世話をしなければいけない。

 言葉も通じないし、まだ自分で物を考える事も理解することもできないから、世話をしてあげないと死んでしまうからだ。


 次に赤ちゃんから子供になる状態。


 手で這いずるように移動する頃になると自分で何でもやりたがるようになるから、その時に根気強くやり方を教えてあげないといけない。

 自分でやれるようにしっかりとやり方を教えてあげないと、いつまでも赤ちゃんのままで自分では何もできない木偶の坊になってしまうからだ。

 ちなみに、いじめの原因となっている主な要因はここから発生している。


 最後に子供から大人になる状態。


 教えてあげるのではなくて、自分で考えて解を導き出せるようにしないといけない。


 例えば、癌の治療薬の作り方は誰も知らない。

 誰も知らないのに誰に教えてもらえるのか?

 そう、教えてくれる人は居ないのだ。


 わからない未来を進んで行くにはやれるかわからない事にチャレンジして行かなければならなくて、そのためには自分であれこれと模索して考える力が必要になってくるんだ。


 自分で物を考えて、自分で判断して、自分で行動する。

 基本的行動理念の確立が成された時に、その人は大人に成ったと言っていい。


 ヒュッケは今、子供から大人に成らなければいけない大切な時期だ。

 自分で物を考える力を養わなければいけない。


 俺の知ってる事を何でも詳しく教えてやりたい所なんだが、それではヒュッケの真の成長の妨げになってしまう。

 もどかしい所だが、ここはぐっと我慢だよな。




 「うわあ!」


 ヒュッケが上げた叫び声に慌てて視線を向けると、ヒュッケの運んでいたバーベキュー用の厚い鉄板が倒れていた。

 疲れからだろう、ヒュッケの手と足が小刻みにぷるぷると震えている。


 「ヒュッケ、大丈夫か?」


 「はい、すいません」


 「ひゅっくん、セレナが頑張るから少し休むのぅ」


 皿を運んでいたセレナが心配そうな顔でヒュッケを見る。


 「セレナさん、お気遣いありがとうございます。ですが、それでは僕の訓練になりませんから」


 「でもぉ」


 「セレナ、ヒュッケの修行の邪魔をしては駄目だ」


 「修行なのぅ? うー、わかったのぅ」


 セレナがコテンと可愛らしく首を傾げて頷いていた。


 ヒュッケは休憩を挟まずに、それどころか意図的に体を動かしては自らを疲弊させるように体を動かしていた。

 最後にはさすがに疲れ果ててしまったのか、重いテーブルと大きな袋に積めてあった炭を運び終えるとその場にぺしゃりとへたり込んでしまう。


 ここまでだな。

 これ以上は体を壊すかもしれない。


 「よーし、良く頑張ったぞ。後は俺がやるから今日の修行はそれで終わりにしろ。少し休んだらシャワーでも浴びて来い」


 「ぜえ、ぜえ、は、はひ、わかりました。シャワーを浴びてきます」


 ヒュッケが息も絶え絶えに返事をして立ち上がると、汗をぼたぼたと滴らせながら船内に向けて歩いて行った。


 「さてと、それじゃあそろそろ焼き始めますかね。セレナ、そこの皿を持ってきてくれ」


 「ほえ? この小さい海老とか串に刺さってるのぅ?」


 「おう、それだ」


 炭の上の金網にセレナから受け取った海老や玉ねぎなどを刺した串を並べると、同時進行で油を引いた鉄板の上に足と内臓を除いたイカを載せる。

 火の通った頃を見計らって串を裏面にひっくり返すと、鉄板の上のイカに醤油を塗る。


 「うわー! いい香りですね」


 シャワーを浴びたからか、すっきりしたような顔のヒュッケが戻ってきた。


 「おう、戻ってきたか。こっちの串焼きはもう焼けてるぞ」


 「あ、すいません」


 「セレナもたべるぅ!」


 「わかったわかった。ほら、こっちはもう火が通ってるから持ってけ。と、そろそろこっちもいいかな」


 セレナが嬉しそうに串焼きに齧り付くのを確認すると、鉄板の上で焼いていたイカを皿に載せる。


 「もぐもぐ。たっつん、それなあにぃ?」


 「これはイカ焼きだ。醤油がいい感じに染みこんでいて旨いぞ」


 「セレナたべるぅ」


 「はいはい。ヒュッケもどうだ?」


 「はい、いただきます」


 「たっつん! コーラどこぉ?」


 「そっちの青いクーラーボックスの中だ」


 セレナがいそいそとクーラーボックスからコーラを取り出すと、ぐびぐびと飲んでぷぁーと幸せそうな顔をしていた。


 「セレナさん、コーラって何ですか?」


 「しゅわーで、とってもおいしいの」


 「そういえば、ヒュッケはまだ飲んだ事なかったな。ほれ、飲んでみろ」


 セレナのまったく参考にならない説明で困り顔だったヒュッケに、クーラーボックスからコーラを取り出して渡す。


 「ありがとうございます。うぐっ!? なっ! た、達也さんこれ口の中で爆発しましたよ?」


 「はは、おもしろいだろ。そいつは炭酸だから危険はないぞ」


 「そうだよぉ。甘くておいしいのぅ」


 目を白黒させていたヒュッケをひとしきり笑うと、水洗いした生きたままの伊勢えびをドンと鉄板の上に載せる。


 「うわあ! 豪快ですね」


 「フフフ、こいつは鮮度が違うぜ?」


 「すごいよぉ! ばちばち跳ねてるのぅ!」 


 ヘラを使って鉄板にジューと押し付けると、ガツンと伊勢えびの頭と胴体の部分にヘラを突き刺して両断する。

 背綿の部分を除去してさらに頭の部分を縦に両断すると、中から黄色い海老の味噌がとろりと出てきた。


 「さあ、いいぞ。食え」


 「いただきます」


 「ぷりぷりして美味しいのぅ」


 セレナとヒュッケが身の部分を箸で摘んで食べていた。


 「この黄色い部分も食べてみろ。旨いぞ?」


 「僕はこの部分は苦いので苦手です」


 「セレナも嫌いなのぅ」


 「やれやれ、まだまだお子様だな。この部分が一番美味しいのにな」


 首を左右に振って溜息を吐くと、頭の部分を殻ごと摘んで啜るようにして食べる。

 濃厚なみその深みに思わず目をつむる。


 くぅ~、旨い。


 ほんのりと苦味があってこれがたまらないんだよね。


 「それじゃあ、今日のメインのステーキ肉を焼くぞ」


 特A5の国産和牛の最高峰である松坂牛、その贅沢な肉をステーキ用に厚く切ったものをこれまた分厚い鉄板の上に豪快に乗せる。

 途端に、ジュ~とボリュームのある肉が焼けるような美味しそうな音が鳴った。


 焼き加減は当然ミディアムだ。


 薄っすらと火が通ったくらいでひっくり返して両面を焼く。

 頃合を見計らってそうっとナイフを通すと、スッと肉が解けるように切れて肉汁の油が鉄板に滴っていた。


 胡椒は振らない。

 このクラスの肉になると、塩はおろか胡椒ですら肉の旨みに負けてしまって邪魔になるのだ。


 「ほれ、食ってみろ」


 じっと黙ったまま肉が焼けるのを見ていたセレナとヒュッケに、ほんのりと赤みの差す肉を乗せた皿を渡す。


 「達也さん、何も付けなくていいんですか?」


 「ああ、肉の旨みが台無しになってしまうからな」


 にやりと笑ってヒュッケに答える。

 セレナを見るとすでに黙々と食べていた。


 ふふ、おいしいからな。


 「では、頂きますね。あぐ、うあ!? 口の中で肉が無くなった!? なんだこれ!? う、旨いなんてもんじゃない! どうなってるんですか? これ、おかしいですよ!?」


 あまりの旨さのためかヒュッケがパニック気味に叫ぶ。


 「どうだ? これが霜降り肉ってやつだ。人間様がおいしく食べるために育てられた肉だからな。しっかりと味わって食ってくれよ」


 「はい! 美味しく頂きます」


 「たっつん、おかわりなのぅ!」


 「おう、ほらよ」


 追加で焼いていた肉をセレナの皿に乗せる。


 「達也さん、僕もお願いします」


 「あいよ」


 ヒュッケの皿に追加で焼いた肉を乗せると、自分の分も焼いて食べる。


 口に入れると肉が一瞬で蕩けていた。

 肉を食べていると言うよりは、まるで旨みが凝縮した脂を飲んでいるような感じだ。


 やっぱりうめえな。


 子供の頃に起業して、何度も失敗しては会社を潰してしまって……

 それでも何とか儲けを出せるようになって、なけなしのお金で勇んで食いに行ったんだよな。


 昔を思い出しながら、二切れ目、三切れ目の肉を口に運ぶ。


 うーん、霜降りは旨いんだけど食べ過ぎると脂でもたれるのが難点なんだよね。

 あっさりとしたもんが食べたい。


 ひとしきり食べて満足すると、締めに刺身用に切ったブリのような魚を金網に載せる。


 刺身用の魚を火に通すなんて勿体ないと怒る人がいるかもしれないけど、これがあっさりとしていてなかなか旨いんだよね。

 もともと刺身用で生でも食べられるから少し火を通すだけでいいんだ。


 塩でもいいが、焼肉のタレや甘ダレなんかで食べても最高だな。



 夕食を終えると、甲板に設置したビーチチェアーに寝そべってコーヒーを嗜む。

 俺の至福の時間だ。


 気持ちのいい潮風に当たりながら甲板からリビングルームに視線を向けると、セレナが人を駄目にしそうなクッションに覆いかぶさりながらテレビを見ていた。

 どうやら、録画してあったアニメに夢中らしい。


 ヒュッケの方は携帯ゲームが甚く気に入ったようで、エナジードリンクを片手にリビングルームのカーペットに寝そべりながら何やらぴこぴこやっている。

 あれが勇者とはずいぶんと平和なものである。


 こうして見てると、異世界に居るなんて夢みたいだよな。

 何処の世界も子供は変わらないと言うことなんだろうけどな。


 無限に続いているかのような満天の星を見上げると、何とはなしに、そっとほくそ笑んだ。

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