214話 モンド王国の夜明け
「勇者ヒュッケよ! こたびのドラグーン隊の救援、真に大儀であった」
「はっ! もったいないお言葉。恐悦至極にございます」
モンド城の謁見の間、開かれていた論功行賞のついでにヒュッケがモンド王から褒美の言葉を賜っていた
「おお、勇者ヒュッケ! よくぞドラグーン隊を救ってくれた。私からも礼を言わせてもらいたい」
「ラ、ラルス王子! そんな、僕なんかにはもったいないお言葉です」
「ラルス。まだ式の途中じゃぞ」
臣下の礼をとっていたヒュッケにラルスが小走りに駆け寄るとグラン王が咎める。
「父上、申し訳ありません。あまりの嬉しさから居ても立ってもおられず」
「まあよい。今日はめでたき席、咎めるのは無粋というものじゃ。はーはっはっは」
普段は厳格で寡黙なグラン王が声高らかに笑うと、式に参加しているこの国の重臣達からも満面の笑顔が零れていた。
グラン王や集まっていた重臣達がここまで喜ぶのも無理は無い。
なにせモンド王国はかなりの窮地にあったのだから。
本来ならば経済に投じるはずの資金すら削減して無理に特効薬を買い付けたせいで財政は火の車となり、当然ながら経済の方はぼろぼろとなってモンド大陸の産業は総じて壊滅的な状態になっていた。
通貨価値が1年で半分にまで下がっていたことを鑑みれば、いったいどれほどの額を買い付けたのかは窺い知れるだろう。
そこにきて、ドラグーン隊がグレートドラゴンの襲撃にあったと報告がきた。
さらにこれ以上の出費はできないというのに、ラルス王子がドラグーン隊の救出部隊を募ってあきらかに無謀な出撃しようとしていた。
軍を動かすのはただでさえお金が掛かるのに兵士が死ねばさらに慰問費がかさむ。
救出は絶望的で死亡する兵士を増やしたうえ、さらにラルス王子まで戦死すれば……
まさにモンド王国は未曾有の危機だったのだ。
故に、それを救った勇者ヒュッケの功績はとてつもなくでかい。
グルニカでの失態を完全に払拭して余りあるほどに。
開かれた論功行賞も無事に終わると、グラン王とゾンダーク将軍が城の庭にあるテラスでヒュッケについて嬉しそうに語っていた。
「ゾンダークよ、ヒュッケの目を見たか? あの何者にも負けないのだと覇気に満ち溢れた目を」
「はっ! あれは何度も死線を潜り抜けてきた古強者が宿す目で御座いました」
「フン、グレートドラゴンを倒して帰還したと報告を受けた時は、何を戯けたことだと思っておったが……」
「ヒックス准将は妄言を吐くような男ではありません」
「わかっておる。あれは愚直なまでに誠実な男だからな。それよりヒュッケだ。自らの竜騎を失ってグルニカから戻ってきた時は、牙を失った獣のような情けない目をしていたものだがな……変われば変わるものよのう。ふっ、あれではまるで別人ではないか」
「はい、子供の成長は早いもので御座います」
「ヒュッケはまだ13だったか? あの歳であの境地に至るとは末恐ろしいわ。我が息子もあのように強く成長して欲しいものじゃが……。して、誰が育てた? ヒックスではあるまい。あれは教官としても優秀な者じゃが、子供には厳しくできぬ男だからのう」
「はっ、情報では武者修行のため2人の冒険者と行動を共にしていたとのことなので、恐らくはその冒険者に叩き込まれたものであると思われます」
「ほう、その冒険者とやらは何者だ?」
「それはまだ詳しくは。それと、陛下に申し上げておきたいのですが、ヒックス准将は若い頃に息子を事故で失っております。生きていれば勇者ヒュッケと同じくらいの歳かと……ですから」
「よい、わかっておるわ。いくら非道と罵られようと、わしとて人の親だ。そのようなことでヒックスを咎めたりはせん」
グラン王は一旦目を閉じると、再び開いた目を細めて遠くを見るように呟いた。
「陛下、勇者ヒュッケの戦力をいつまでも遊ばせておいては国益を損ねます。ですから、すぐに部隊に編成するべきかと」
沈んでしまった雰囲気を変えるかのようにゾンダーク将軍がグラン王に進言する。
「そうじゃな。して、ゾンダーク将軍、何処の部隊に編入させるのだ?」
「お戯れを、当然ドラグーン隊で御座います」
「はっはっは、さもないか」
グラン王とゾンダーク将軍が和気藹々と会話をしていると、この国の宰相の男がタイミングを見計らうようにグラン王におずおずと話し掛けてきた。
「陛下、お時間の方がよろしければお耳に入れておきたい情報がございます」
「ふむ。そうだな」
「では陛下、私はこれにて失礼させていただきます」
グラン王がちらりとゾンダーク将軍に視線を向けると、ゾンダーク将軍は一礼をしてグラン王の前から去って行った。
「して、話しとはなんだ?」
「はい、四半期毎に行っていた経済指標に劇的な変化がございまして」
「フン、また急激に落ちたのか? それは承知しておると何度も言っておるであろうが! せっかくのめでたい気分に水を差しおってからに」
「い、いえ、それが急激に上昇したのです」
グラン王が憤慨して答えると宰相がぶるぶると怯えながら答える。
「どういうことだ? 詳しく申せ」
「は、はい。急遽原因を調べました所、アニー商会という商会が巨額の利益をあげていることがわかりまして、どうやらドラゴンの素材の販売によってその利益を上げているようなのです」
「ドラゴンの素材の販売だと? ドラゴンの素材などそう簡単には入手できまい。ましてや今はグルニカの魔石ラッシュで、ドラゴンを狩れそうな上級冒険者どもは軒並みグルニカにであろう? 先程巨額と申したが、アニー商会とやらはどうやってそれほどのドラゴンの素材を入手したのだ?」
「はい、それが勇者ヒュッケ様が武者修行で倒したドラゴンを持ち込んでいるのではないかと……商人の間ではもっぱらの噂だそうで」
「ほう、ヒュッケが討伐したドラゴンであったか。して、ヒュッケはなにゆえそのアニー商会とやらに?」
「はい、何でもアニー商会はレイクウッドの森から移住したエルフ達の集まりだそうでして、勇者ヒュッケ様はハーフエルフですのでその関係のようで御座います」
「なるほどな。そういえば、レイクウッドのエルフ達から友好関係を結びたいと遣いが来たと言っておったな。500年もの間疎遠状態だったのに、何かの罠かと警戒しておったのだが……ここまで役に立つのなら検討する必要がありそうだな。至急識者を招集しろ」
「御意」
宰相が頭を下げるとグラン王の前から去って行く。
「耐えに耐えてやっと運が向いてきおったわ。ならば……」
グラン王が城のテラスから城下の町を見下ろすと、にやりと不気味にほくそ笑んでいた。




