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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
214/225

213話 セレナとティア

 次の日の朝、エルフの里付近の海から強引にリブボートで上陸する。

 西の都を経由しないので到着はあっという間だろう。


 GPSで現在地を確認しながら道なき道をハチェットで切り開きながら進む。


 本当は以前来た時に入手できなかったコンバットナイフをゲットしておきたかったんだけど、剣の抜けない今の俺では危険なのであきらめた。

 どうにもナイフとは巡り合わせが悪いようだ。



 「たっつん、まだなのぅ?」


 「もう到着する。GPSの位置情報だとこの藪を抜ければすぐそこだ。うん? あのエルフは……」


 エルフの里の入り口付近の藪からひょっこりと顔を出すと、いつか見た入り口を監視していたエルフの男が今日も見張りをしているようだった。


 エルフの男もこちらに気づいたのか、ぎょっとしたような顔でこちらを見る。


 「し、執行者様なのですか? お、驚きました。いったい、何処から出てこられたのですか? そちらの方向には道と呼べるようなものは無かったはずですが……」


 「いや、驚かせて悪いね」


 「たっつん、着いたのぅ?」


 軽く手を上げてエルフの男に挨拶していると、俺の後ろの藪からセレナが続いて出てくる。


 「執行者様、そちらの方はお連れ様でしょうか? 申し訳ありませんがエルフの里に入る事はできないのですが」


 「ああ、わかってる。でも、結界の中の待合所までならティアの許可があれば入れるだろ? ちょっと許可をもらってきてくれないかな?」


 「はい、了解いたしました。執行者様、少々お待ち下さい」


 エルフの男が片膝をついて礼をすると結界の中に消える。


 「たっつん! 消えたのぅ」


 「ああ、あそこに不思議な結界があるんだよ」


 目を大きくしていたセレナに答えると、近くにあった大きな岩にどっかりと腰を掛けた。



 ミリタリーバックから取り出した飲み物をセレナと一緒に飲んでいると、さきほどのエルフの男がティアを連れて戻ってきた。


 「達也! 無事に戻ってきおったか」


 「ああ、おかげさまで」


 「で、どうじゃった?」


 「ああ、ばっちりだ」


 親指を立てて肯定のサインを出す。


 「ふっ、さすがじゃな。それで、報告にあった結界を通過する許可が欲しいというおなごはそやつか?」


 「ああ、セレナと言って俺がパーティを組んでいる信頼できる仲間だ。セレナ、こっちはティアだ」


 「セレナなのぅ」


 「うむ、わしはティアじゃ。エルフの族長をやっておる」


 簡単な自己紹介を済ませると、結界とエルフの里の直前に建っている屋敷に案内される。


 「セレナ、ここでちょっと待っててくれ」


 「たっつん!」


 セレナが急に怯えたようにしがみついてきた。


 「ど、どうした?」


 「セレナ、こわいのぅ」


 セレナが震えながら何処かを見ていた。


 セレナの視線の先を確認すると、憎しみの篭ったような目でこちらを見ているエルフの集団が居た。


 あれは?

 くそっ! あいつら。


 セレナを連れて来たのは失敗だったか。


 「これ! おぬしら! 達也、すまぬ。わしが至らぬせいで」


 ティアがこちらを見ていたエルフの集団に一喝すると、申し訳無さそうに頭を下げてくる。


 「ティア、気にしないでくれ。それより、俺はセレナを置いて里に移動するわけにはいかなくなった。申し訳ないんだけど、ここに置くから運んでもらえないか?」


 「うむ、わかったのじゃ。すぐに手配させよう。おい! 誰かボルツを呼んでまいれ」


 「はっ」


 ティアに付き添っていたエルフのひとりが返事をすると里の方に走って行く。


 その姿を見送ると、ミリタリーテントを出してミスリル鉱石と燃焼剤の入った木箱を運び出す。


 「ほう、それが以前おぬしの言っておったミリタリーテントとやらか?」


 「ああ、そうだ」


 「ふむ、便利なものじゃな。中を見ても良いか?」


 「ああ、好きなだけ見てくれ」


 二つ返事で答えると、ティアが不思議そうな顔をしてテントの中を覗く。


 「ほう、中はこうなっておるのか。なっ!? た、達也、おぬしはこれをいったいどうやって?」


 「うん? どれだ?」


 「これじゃ! このスカイドラゴン」


 「ああ、これか。えーと、確かセレナが疾風の魔法で空から探索していた時だったかな? いきなり襲い掛かってきたから反撃して倒したんだよ。ヒュッケが言うには軽くて丈夫な素材だそうだから、親父にセレナの新装備を作ってもらおうと思って持ってきたんだ」


 「おぬしはあれを倒したのか? 何ということじゃ……信じられん」


 ティアが驚愕したような顔をするといつまでも難しい顔のまま唸っていた。



 「親方様、お呼びとの事で参上いたしました」


 「おお、来おったか? ミスリル鉱と燃焼剤が手に入ったそうでな。早速、ミスリルの精錬を頼みたいのじゃ」


 「なんと!? ほ、本当に人間如きが入手してきたのですか?」


 ボルツが疑わしそうな顔で俺の顔を見ると、ミスリル鉱と燃焼剤の確認をする。


 「これは、確かに……。信じられませんが、これはモンド大陸の火山地帯でしか採掘できないはずです」


 「人間如きか。ふむ、まだわだかまりを捨てられぬか? ならばボルツよ、これを見るがいい」


 「親方様? なっ! こ、これはスカイドラゴンだと! これは親方様の装備と同じ……馬鹿な」


 ティアに促されたボルツが不審げな顔でミリタリーテントの中を覗くと、驚愕したような顔で絶句する。


 「フフ、やはり驚きおったな。それは達也が倒したそうじゃぞ?」


 「人間が?」


 「そうじゃ、おぬしが矮小わいしょうだと卑下ひげするその人間が倒したのじゃ」


 「そんな!? そんなことはありえない。ありえない、が………………親方様! お願いがございます」


 小さな声でぶつぶつと呟いていたボルツが、突然意を決したかのような顔でティアの顔を見る。


 「むう? なんじゃ?」


 「この不肖ボルツめに、どうか、どうかこのスカイドラゴンで装備を作らせて下さい。一生のお願いでございます」


 「ふむ、わしに言われても困るのじゃが……」


 片膝を地面につけ頭を下げて懇願するボルツに、ティアがちらりと俺の方に視線を向けて返事を促してくる。


 「うーん、困ったなあ。俺は親父に頼もうと思ってたんだけど」


 「その親父という者が何者かは知らん。だが、その者は鎧を作るのではないか? スカイドラゴンは頑丈差と軽さを併せ持った最高の素材だからな。だが、私ならばその軽さをさらに活かすためにミスリルの金属を糸にしてミスリルメッシュを作る事ができるぞ?」


 ボルツが自信満々な顔で豪語する。


 「ミスリルの金属で糸?」


 「そうだ。防御力はさすがに鎧には劣るが、それでもそこそこのレベルを維持できるうえに、一番の売りである軽さにおいては比較にならないぞ?」


 「それはすごいですね。セレナはスピードが命だからまさにうってつけだな。ティア、ボルツさんの鍛冶師としての腕はどんなもんなんだ?」


 「なんじゃ、知らぬのか? そうじゃな、あえて言うならエルフで一番じゃな。おぬしの知り合いとやらがどれほどの腕かは知らぬ。が、人間の寿命で到達できる境地とは比較にならぬであろう。そもそもが年季が違う」


 「そうか。では、ボルツさんお願いできますか?」


 「本当か人間? よし、私に任せてもらおうか」


 作ってくれるようにお願いすると、いつも仏頂面をしていたボルツがその時だけは頬を緩ませて嬉しそうな顔をしていた。


 少しでも良い物を作ろうと精進する心は人間もエルフも一緒なんだよな。

 ボルツは人間に偏見を持っているようなちょっと嫌なやつなんだけど、あの嬉しそうな顔から根っこの部分はやっぱり職人のようだ。

 だから、人間に渡す品だからと意図的に手を抜いて粗悪品を作るといった心配はしなくてもいいだろう。


 それに、しっかりとした判断基準による差によって分けないと損をしてしまう。


 どんなに性格が悪くても腕は一流かもしれないし、どんなに人柄が良くても無能かもしれないんだ。

 なぜなら、人柄が良いと言う事とその人が優秀な能力を持ってるかは何の関係も無いからだ。


 「それにしても達也、おぬしはどうやってスカイドラゴンを倒したのじゃ? あれは尋常ではない速度で空を飛びまわる。わしが数百年前に倒せたのは、出会い頭の偶然のようなものじゃったのだぞ?」


 「え? あ、そういえば、ティアの槍と鎧の素材がうんたらかんたらとか親父が言ってたな。あのドラゴンがそうなのか」


 「おい、人間! いくらスカイドラゴンで装備を作らせてくれるとはいえ、親方様をないがしろにするような発言は許さんぞ? いいか? 親方様はその昔、天空の槍を持てば敵無しで天駆ける暴風と人間達にも恐れ敬われていたんだ」


 「これ、よさんかボルツ」


 「いや、別に蔑ろになんてしてないんだけど。それより、天駆ける暴風?」


 「なんじゃ? そのふたつ名が気になるのか? わしは疾風刃と呼んでおるのじゃがな、体に纏った疾風の魔法を刃のように鋭く尖らせるのじゃよ。そして、その疾風刃を纏った状態で魔物の間を縫うように空を駆け回っておったら、いつの間にやら天駆ける暴風と呼ばれていたのじゃ」 


 「疾風の魔法を刃のように尖らせる? そんな事ができるのか?」


 「可能じゃ。もっとも、才能のありそうな者に何人か教えてみたのじゃが……まあ、わし以外にできた者はおらなんだがな」


 「へえ、難しいんだな。あっ! ひょっとしてセレナならできるんじゃないか?」


 「たっつん?」


 ずっと俺の胸元にくっついて大人しくしていたセレナが首を傾げる。


 「ほう、セレナと言ったか? そのおなごには詫びもしなければならんからのう。まあ、恐らくはできぬであろうが少しだけ手解きをしてやろう」


 「なんと!? まさか、親方様が直接手解きをなさるとは! おい、人間! こんな事はめったにないのだぞ? 心して学んでおけよ?」


 「え? いや、そんな事を俺に言われても」


 ティアに学ぶのはセレナなのだが、なぜかボルツが俺に忌々しげに言ってくる。


 「それでは親方様、私はこれから作業に取り掛かるのでこれで失礼させて頂きます」


 「うむ、任せたのじゃ」


 ボルツはティアに恭しくお辞儀をすると、持ってきた材料を何処かへと意気揚々と運んで行った。



 「ふむ、この槍を手にするのも久しぶりじゃな」


 ティアが持ってこさせた天空の槍を感触を確かめるように握る。


 「おいおい、修練をさぼってたのか?」


 「安心せい。この槍を持つのは久しぶりと言ったのじゃ。修練の方は怠ってはおらん。この槍は……ちと強力すぎるでな。どれ、セレナと言ったか? まずは、おぬしがどれほどの力量なのかを計りたい。掛ってくるがいい」


 「たっつん? 全力でやっていいのぅ?」


 「え? どうだろう? ティア? セレナはかなり強いと思うけど大丈夫なのか?」


 「やれやれ、わしも舐められたものじゃな。来ないのならばわしから参るぞ?」


 そう言うと、ティアの姿が消えた。


 何処に行ったと目をぱちくりさせると、次の瞬間にはティアの攻撃をセレナが必死に剣で受け止めている場面だった。


 なんだと!? 

 俺の動体視力で動きが見えない?


 いや、違う。

 確かに動きは速いんだけど、意識の隙間と言うか、予備動作がほとんどないから動きを見逃してしまってるんだ。


 ティアの動きには歩法のようなものは存在せず、何の初動も無くスーと滑るように移動している。

 どうやら、地面から足が浮いていているようだ。


 肝心の戦いの方は、ティアの極限まで無駄を省いたとんでもない動きを前にして、セレナが攻撃を受けるので精一杯といった一方的な状態だった。


 いや、あれを受けているセレナが凄いと褒めるべきなんだろう。


 「なかなか筋が良い。少し速度を上げるぞ?」


 ティアがセレナの背後に一瞬で移動する。


 セレナも何とかついていこうとしていたが、動きの次元がまるで違っていた。

 まばたきほどの刹那で、ティアの槍の柄で地面に叩き伏せられてしまう。


 「ふむ、こんなものじゃな」


 「うー、セレナ負けちゃったのぅ。ティアちゃんつよいのぉ」


 「ティ、ティアちゃんじゃと? やれやれ、ちゃんづけで呼ばれるなど数百年ぶりじゃな。ふふ」


 ティアがあきれたような、でも少しだけ嬉しそうな顔で笑っていた。


 強い。

 千年の戦歴は伊達ではないと言う事か。


 「ティア! 俺にも戦い方を教えてくれ」


 居ても立っても居られず、ティアに教えを請う。


 「それは無理じゃ」


 「どうして? 俺に素質や才能が無いからか?」


 間髪入れず断られたことに、普段から心の奥底で渦巻いていた劣等感が噴出してくる。


 「違う。わしの戦い方は、動作のすべてが疾風の魔法を前提にしておるからじゃ」


 「疾風の魔法が使えないと駄目なのか?」


 「そうじゃ。疾風の魔法が使えない者では、その動作のすべてがちぐはぐなものになってしまうだけじゃからのう」


 答えたティアは、少しだけ悲しそうな顔をして俺を見ていた。



 近くにあった木を背もたれにして腰を下ろすと、憂鬱な気持ちで己の軽率な言動を反省する。


 くそっ! ティアにみっともない姿を晒してしまった。

 情けねえ。


 でも、しょうがねえだろ?


 ヒュッケのやつだって俺と同じ様に死に掛けてるのに、あいつは倒されても倒されても我武者羅に立ち向かって行ってどんどん強くなっているっていうのに、俺の方はいつまでも同じ場所で足踏みしていてちっとも強くなれないんだ。


 俺よりも年下のヒュッケがあんなにも頑張っているのに……

 俺はいつまでも怯えていて、魔物の前で剣を抜く事すらできない。


 ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!


 「……………………」


 どうにも俺は焦っているようだ。


 頭を抱えるように憤りを抑えていると、ティアとセレナの声が耳に入ってきて何とはなしに練習風景に視線を向ける。


 「良いか? こうやって、体から噴出する風を足元にしっかりと固定化させるのじゃ。足場がしっかりとしておれば安定性と速度が増すからのう。まあ、やっている所を見せただけでやれるようになるなら、誰も苦労はせんがな」


 「うーんとぅ、こう?」


 セレナがティアの動きを真似て疾風のスキルを発動させる。


 今までふよふよと安定感の無かったセレナの浮遊が、まるで空中で制止しているかのようにぴたりと止まっていた。


 「なんと! おぬしは天才か? ならば、これはどうじゃ? こうやって、風を刃のように尖らせるのじゃ」


 「うー、難しいのぅ」


 セレナの体から風が噴出しているのか、砂埃があちらこちらで巻き起こる。

 どうやら、さすがのセレナも苦戦しているようだ。


 「凄いのじゃ! 少しじゃが風を意図して動かしておる。うーむ、少し見せただけでここまでやれるとは。こやつはとんでもない逸材じゃな」


 「ティア、そんなにセレナは凄いのか?」


 気持ちを切り替えてティアに質問する。


 「そうじゃな……わしの生きてきた千年の歴史の中でも郡を抜いておるな。セレナは恐ろしく感性が鋭い。普通ならば、何十年何百年と訓練を積んで少しづつ精度を高めていくものなのじゃぞ?」


 「へえ、セレナが天才だと言うのはわかっていたけど、そこまで凄いとはな」


 「これなら、わしのもとで1年も修練を積めば疾風刃を使えるようになるやもしれんぞ」


 ティアがずいぶんと嬉しそうに、にやにやと笑みを浮かべていた。


 「え? 1年? ティア! ちょっと待ってくれ。俺達は今日中にでも帰らないといけないんだよ」


 「なんじゃと!? それではさすがに何も教えられん」


 「うーん、困ったなあ。何かさあ、こう基礎みたいなものを教えるだけでは駄目なのか?」


 「馬鹿な! おぬし分かっておるのか? セレナは千年にひとりの逸材なのじゃぞ? 良く考えるがいい」


 「そんな事を言われてもなあ。ここで1年もずっと修行とかセレナは絶対に嫌だと思うぜ?」


 「セレナ、たっつんと一緒がいいのぅ」


 セレナをちらりと見ながらティアに答えると、セレナが間髪入れずに答えていた。


 「なんという事じゃ! このわしが直々に教えてやると言っておるのに…………。ええい! しかたがない。基礎の部分だけ徹底的に教えてやる。セレナ、良いか? 呼吸を止めて、そして吐き出す。その時に針をイメージするのじゃ。なるべく先を尖らせるようにな。本来ならそこから刃をイメージするのじゃが、とりあえず毎日尖った針をイメージすることから始めるのじゃ」


 「わかったのぅ」


 ティアが落胆したような顔で唸ると、しぶしぶといった感じでセレナに基礎となるような大切な部分を重点的に教えていた。

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