210話 冷血の王
ここはモンド王国の王宮。
グラン王がゾンダーク将軍と談話しながら執務室に移動していると、モンド王国の王子であるラルスがやってきて、父であるグラン王にドラグーン隊に救助部隊を送るように嘆願していた。
「父上! 例え被害が拡大したとしても、ドラグーン隊には絶対に救出部隊を送るべきです!」
「くどいぞラルス。その話しはすでに済んだはずだ」
「ゾンダーク将軍からも父上を説得してくれ」
「申し訳御座いません王子。私も陛下と同じ見解で御座います」
「くっ! なぜわからないのだ! このような無慈悲なこと……兵達の心がこの国から離れて行ってしまうと言うのに」
ラルスと呼ばれた20代半ば程の男が嘆くように呟く。
「何卒、陛下に! ヒックス准将を……ドラグーン隊に救援部隊の要請を嘆願したく」
「貴様! 此処を何処だと思っている? 立ち去らぬのなら不敬罪で引っ立てるぞ?」
ラルスとグラン王が問答をしながら執務室の前まで移動すると、一人の兵士の男が執務室を警護している衛兵に嘆願していた。
「何事だ? ずいぶんと騒がしいようだが?」
「こ、これは陛下! この者が……いえ、今すぐにこの不届き者を排除いたしますゆえ」
「陛下! お願いで御座います! ドラグーン隊に救援部隊を!」
「貴様! 黙れ!」
グラン王が執務室を警護している衛兵に声を掛けると、嘆願していた兵士の男がグラン王に駆け寄ろうとする。
警護していた衛兵が、慌てたように兵士の男を地面に組み伏せるようにして取り押さえた。
「陛下! ヒックス准将はその身を犠牲にして、この国に多大なる貢献をしてきました。何卒救助部隊を組織して、ぐぇ」
「まだ言うか! 王の御前だぞ? 黙らんか!」
頭を押さえつけられながらも兵士の男は必死な形相でグラン王に直訴していたが、警護していた衛兵に頭を地面に叩きつけるようにして黙らされていた。
「ふむ。話しはわかった。だが、残念じゃが救助部隊を送ることは叶わぬ。我に直訴しにきた罪は不問にするゆえ、さっさと下がるがいい」
「陛下! なぜで御座いますか? ヒックス准将はあんなにも陛下に忠誠を尽くしたというのに!」
「王である我が命に従うは当然のことよ。それによって死ぬのもな」
グラン王が冷酷な瞳で兵士の男を見下す。
「う、うああああ!」
激高した兵士の男が押さえつけていた衛兵を跳ね除けると、腰の剣を抜いてグラン王に斬り掛る。
しかし、グラン王の傍に控えていたゾンダーク将軍がすかさず前に出ると兵士の男を一刀のもとに斬り伏せた。
兵士の男は血飛沫を撒き散らして倒れると白目をむいて絶命した。
「くっ! 何も殺さずとも」
「馬鹿者が……何を呆けた事を言っておるのだ? 王である我に刃を向けたのだぞ?」
「……。父上、あなたはわざと挑発してゾンダーク将軍に斬らせたではありませんか」
「はて、何の事だ?」
「惚けないで下さい。この兵士の剣の飾り……これはクラウディウス公爵の家紋。大貴族の縁者ともなれば、いくら父上とて容易に処刑することは叶わない」
宮廷内で帯剣を許される者は極僅かで、当然ながらそのことにグラン王が気づいていないわけは無いのである。
「ほう、この兵士はクラウディウス家の者であったか。それは気づかなかったのぅ。ゾンダーク将軍はこの兵士が誰なのか判るか?」
「はっ! 元、竜騎士団1番隊の副官で、現在はヒックス准将の代わりに1番隊の指揮を任せられていた者で御座います」
「ほうほう、そうであったか。それは惜しい人材を失ったものだな。して、ゾンダーク将軍。処分したからといって何か問題はあるか?」
「何ら問題は御座いません。この者は王である陛下の御前で剣を抜きました。それどころか、あまつさえ斬り掛かってきたのです。仮に、生かして取り押さえたとしましても極刑は免れないものと存じます」
「だ、そうだが?」
「父上! この者はヒックス准将の……仲間の身を案じて陳情に来ていたのだぞ? それを……あなたには情と言うものが無いのか!」
グラン王がちらりとラルスを窺うような視線を投げかけると、ラルスは激高して叫んで肩をわなわなと震わせながらグラン王の前から去って行った。
「陛下、陛下の意に反するわけではありませんが、クラウディウス家は仁義に厚く優秀な者を排出する名家であります。殺してしまったのは少々惜しかったのでは?」
「フン! 我が命に従わぬ駒など要らぬわ」
ゾンダーク将軍が去って行くラルスを擁護するように進言すると、グラン王は不機嫌そうに答える。
「……御意。ラルス王子の件はあれでよろしかったのですか? いかな犠牲を厭わぬということであれば……陛下の命さえあればいつでも兵を挙げる準備はできておりますが」
「いらぬ! 大を生かすために小を殺すは必定。それができねば王など務まらん」
「ですが、あの御様子ですと兵達に激を飛ばして独断で救出に向かいそうなのですが」
「捨て置け。独断で兵を興して被害を出したとしても、一人の王を育てる為の授業料だと割り切る。それで死んだのなら王の器では無かっただけの事よ」
「御意」
「……あやつはまだ青い。国を継続させる事がどれだけ困難か……綺麗ごとをのたまっている余裕など無いのだと、まだ分かっておらんだけなのだ」
期待通りに事が運ばないからか、グラン王は去って行くラルスの後姿を複雑そうな顔で見送っていた。




