207話 戦えドラグーン隊
「よし、こいつで最後だな。ヒュッケ、セリアが心配するから俺とセレナは1回街に戻るけどお前はどうする?」
岩場付近に生息していたドラゴンを殲滅して安全を確保すると、ヒックスさんが無事で安心したのかぼんやりとしていたヒュッケに尋ねる。
「え? あ、そう言えばすぐに戻れるのでしたね。でも、僕が此処に居るのに街にも居たらおかしなことになりませんか?」
「うーん、そうだよな。俺とセレナはどうとでも誤魔化せるけど、さすがにヒュッケはなあ」
「心配を掛けると思いますが、屋敷に居る使用人に僕が1人でドラグーン隊を助けに向かったと伝えて下さい」
「わかったよ」
ヒュッケの返事を聞くと、グロウラーを飛ばしてセレナとモンド王国に戻った。
次の日、朝早く起きるとセレナを起こす。
「セレナ、ほら起きろ」
「うー、セレナまだ眠いのぅ。たっつん抱っこしてぇ」
「まったく、うちのお姫様はしょうがねえな」
「ふふ、可愛いからいいじゃないの」
手を伸ばしてきたセレナを抱き上げると、セリアがセレナを愛おしそうに見て微笑んでいた。
「悪いなセリア。朝早いのに起こしちまって」
「ううん、気にしないで」
「ああ、それと昨日と同じで夕飯は食べてくるから先に済ませておいてくれ」
「え? 夕飯くらい戻ってきなさいよ」
「すまん。今ちょっと遠くまで狩りに行ってるもんでな」
「そう、わかったわ」
少し寂しそうな顔をしていたセリアに見送られると、セレナを背負って宿を出た。
岩場付近の待ち合わせ場所にグロウラーで移動すると、ヒュッケが一心不乱に槍の稽古をしていた。
「達也さん! おはようございます」
「おっす! 朝から精が出るな。昨日は何も問題は無かったか?」
「はい、みなさん相当疲れていたようで泥のように眠っていますよ。それより、セレナさんは眠っているんですか?」
「まあな。移動中もずっと眠ったままだったよ」
「はは、セレナさんらしいです」
ヒュッケが助手席で眠っているセレナに視線を向けて答える。
「とりあえず、昨日倒したドラゴンをミリタリーテントから出すから、簡単に解体して朝食として兵士達に持って行くぞ? あいつら凄く食べるからな。まさか、昨日ヒュッケが倒したドラゴンを丸ごと1匹食べ尽くすとは思わなかったぞ」
「しょうがないですよ。なんせ屈強な男達が500人以上も居るんですから」
「ああ、そうだな。でも、よくもまあこんな状況で500人も生き残ったもんだよ」
「それは、ヒックス先生が指揮を執ってるからですよ」
ヒュッケが自慢げに答える。
心なしかその表情はとても嬉しそうである。
「そうか。うーん、それにしてもこの状況で食料を保存できないのは痛いよな」
「そうですね。まあ、この暑さですからね。生肉なんて半日と経たずに腐ってしまいますよ」
「塩があれば干し肉にでも……いや、そんな事をやってるならさっさとモンド王国に帰還した方が早いか」
そんな事を話しをしながら、昨日倒したドラゴンを持ち運びできる程度の大きさまで簡単に解体した。
「ふう、朝から重労働だったぜ」
「はは、でもいい汗を掛けましたよ」
「まったく、この体力馬鹿が。それより、結局セレナはずっと眠ったままだったな」
セレナに視線を向けると、寝かせていた木の木陰で未だに気持ち良さそうにくうくうと可愛い寝息を立てていた。
「ほら、セレナ! いい加減に起きろ」
肩を揺すってセレナを起こす。
「ほぇ? うーん、たっつん? あれ? ひゅっくん? ここどこぉ?」
寝ぼけているようすのセレナは、いつものようにぽやーんとした間の抜けた顔をしてきょろきょろと辺りを見渡していた。
まったく呑気なもんだぜ。
解体したドラゴンの肉を岩場まで運んでいると、ヒックスさんが飛び起きるようにして起き出してきた。
「ヒュッケ様、申し訳ありません。私とした事が寝入ってしまいまして」
「ヒックス先生、疲れているのですからそんな事は気にしないで下さいよ」
「そういうわけには参りません。そちらの肉は……早朝にドラゴンを狩ってこられたのですね? すぐにお手伝いを! 全員起床!」
ヒックスさんが号令を掛けると、泥のように眠っていた兵士達が次々と飛び起きる。
たった半日だったが、腹が膨れるまで食べてぐっすりと眠った兵士達は昨日とは見違えるような精悍な顔つきになっていた。
さすがは軍隊の兵士だな。
そこらにいる連中とは鍛え方が違う。
できあがった朝食は、昨日と同じでドラゴンの肉を木の枝に突き刺して焼いただけのいわゆる串焼きだった。
火で炙っただけのドラゴンの肉は、確かに旨いのだが少々味気無い。
まあ、調味料は疎か皿すらない状態だからしょうがないんだけどね。
「たっつん、おいしいよぉ」
セレナが他の兵士達の真似をして、手掴みで豪快にドラゴンの肉にかぶりついていた。
「セレナ、行儀が悪いだろ?」
「あはは、セレナみんなで食べて楽しいのぅ」
どうやら、セレナは味がどうとかよりも大勢で食事を取るのが楽しいみたいだ。
そして、セレナのようすからこの部隊の連中は規律が保たれてることがわかった。
軍隊ってのは職業柄どうしても荒くれ者が多いもんなんだが、やっぱり指揮を執ってる人が優秀だと部下達も優秀になるってことかな。
「達也殿、申し訳ありません。せめて塩があれば良かったのですが……」
そんな事を考えていると、ヒックスさんが俺と同じように塩があればと申し訳無さそうに伝えてきた。
その後、ヒックスさんは塩と小声で呟いて難しそうな顔をする。
「そういえば、ドラゴンバレーは岩塩が取れると聞いた事があります。運が良ければ途中で入手できるやもしれません」
「へえ、そうなんですか。ちょっと失礼しますね」
席を外して兵士達から離れると、ミリタリーバックからオーシャンレイクを調べた時に購入した湖図鑑を取り出して近くに塩湖が無いか調べる。
塩はこの後絶対に必要になるはずだ。
逃げ回っていた時に兵士達は相当な量の汗を掻いただろうからな。
ふむふむ、確かに近くに塩湖が何箇所もあったみたいだ。
帰還する時の進軍経路の途中にもあるみたいだし、今日の帰りにでも寄って見つけておくか。
食事を終えると帰還するための進軍を開始する。
「よし! これより我々ドラグーン隊はモンド王国に帰還する。いいか? せっかく生き残ったのだ、これよりはひとりの死者も許さん! 必ず全員生きて帰るぞ!」
「「「おお!」」」
ヒックスさんが激を飛ばすと多くの兵士達から歓声が上がっていた。
こんな状況だというのに士気はかなり高いようである。
行軍予定の方は昼飯抜きで夕方まで歩き続ける強行軍だと言っていた。
大変だよな。
もっとも、俺とセレナはこっそりと抜け出して大将の店でのんびりとうどんでも食べるつもりなんだけどね。
うへへへ。
ヒュッケのやつは律儀にヒックスさん達に付き合うと言っていた。
俺達まで飯を抜きにした所で何も変わらないってのに、まったく融通の利かないやつだぜ。
行軍を続けて夕方になると、野営に適した広さのある見通しの良さそうな岩場が見えてくる。
時間的にあそこら辺で野営をする事になるだろう。
「ヒュッケ、そろそろ夕飯のドラゴンでも狩りに行くか?」
「はい、わかりました」
「ヒュッケ様、私も共に戦います」
ヒュッケとドラゴンを倒して来ようと話していると、ヒックスさんが自分も行くと突然言い出してきた。
なんですと!?
「ヒックス先生は休んでいて下さい」
「そう言うわけには参りません。私は腐ってもモンドの騎士! 民を守る為にドラゴンと戦うは宿命なのです! なのに、私はドラゴンからは必死に逃げ回るだけだった。今回の事で己の未熟さを痛感した所存であります」
「ヒュッケ様! 及ばずながら我々もお供いたします」
熱に浮かされたように、ギラギラとした目の兵士達が続々と集まってくる。
恐らくはヒュッケがドラゴンを圧倒した姿を見て、自分達もやってやると闘争心に火をつけてしまったんだろう。
「ヒックス先生! みんなも待って下さい! ドラゴンは生半可な相手ではないんです! 死んでしまいますよ!」
「ヒュッケ様! 皆、ドラゴンと戦って死んだのなら本望でございます」
ヒュッケが必死になって説得するも、血気に逸っている兵士達の心情を代弁するようにヒックスさんが答える。
ちょっと、ヒックスさん。
あなた、出発前にこれより1人の死者も許さぬとかおっしゃっていませんでしたか?
言っていることが180度変わってますよ?
騎士道精神全開でキリっとした精悍な顔をしているヒックスさんを見る。
駄目だこりゃ。
まずいな。
ドラゴンに怖気づいていた兵士達を鼓舞するために、ヒュッケにドラゴンを1人で倒させたんだけど……
これはちょっと薬が効きすぎたか?
「達也さん、どうしましょう?」
「はあ。どうもこうも、連れて行くしかないだろ」
溜息を吐きながらヒュッケに答える。
まったく、これだから騎士とかいう人種は。
それにしても面倒な事になったな。
当初の予定では、初日に狩ったドラゴンをミリタリーテントからこっそり出して『俺達に掛かればこんなもんですよ!』とか言って、格好つけてヒックスさんに渡そうとか考えてたんだよ。
せっかく楽をしようと思ってたのに計画が台無しだぜ。
ちくしょうめ!
「とりあえずセレナに索敵を頼もう。セレナ、空からドラゴンを索敵してくれるか?」
「いいよぉ!」
セレナが空高く舞うとすぐに降りてくる。
「たっつん、あっちにしっぽにとげとげがあるどらごんがいるのぅ」
「尻尾に棘?」
まいったな、こういった時に図鑑を取り出して調べられないのは厳しい。
「ローズドラゴンでしょうか? レベルが50を越えるなかなかの強敵でありますな」
ヒックスさんが渋い顔で答える。
「そいつは食用として食べる事はできますかね?」
「それは問題ありません」
「わかりました」
セレナが指差した進軍方向とは少しずれた西の方を見る。
進行方向だったら良かったんだけどな。
集団による軍の移動ともなるといろいろと手間なんだよね。
「セレナ、どのくらいの距離かわかるか?」
「うーんとぅ、このくらいなのぅ」
セレナが手で30cmくらいの大きさを示す。
「それじゃあわからん。セレナ、俺を持ち上げて飛んでくれ」
「わかったぁ」
セレナに掴まるとふよふよと頼りなく空に浮かぶ。
さすがのセレナも俺を持ち上げての高機動はできないようだ。
「うほ! こりゃあ、気持ちいいぜ」
「たっつん、あばれたらだめなのぅ」
「ああ、悪い。つい、はしゃいじまった」
「達也さん、どうですか?」
「うーん、距離的には1400~1600ってとこか。少しコースを外れるが充分行けそうだ」
「わかりました。ヒックス先生」
「はい、ヒュッケ様。全軍停止せよ! 本日はここで野営とする。各班はそれぞれ野営の準備をせよ」
「了解しました」
兵士達がびしりと敬礼すると、野営の準備にそれぞれ散らばって行った。
「ヒュッケ様、志願した兵達の準備は整いました」
「はい、ヒックス先生。達也さん、行きましょう」
「わかった」
百人ほどの志願した兵士を引き連れて、ローズドラゴンが居る場所に向かった。
「ヒュッケ様! まずは我々に戦わせて下さい」
「ヒックス先生、本当にやるんですか?」
「ヒュッケ様! もし、私が死ぬような事があれば後の指揮はお願い致します」
「ヒックス先生!」
「ヒックス隊長!」
ヒックスさんが真剣な表情でヒュッケと兵士達を見つめると、ヒュッケと兵士達が泣きそうな顔でヒックスさんを見つめ返していた。
「すいません。盛り上がってる所悪いんですが、ローズドラゴンがこっちに突進してきてるみたいですよ?」
思いっきり危険な状態で、熱いヒューマンドラマをやっていたヒックスさん達に警告する。
「オホン、よし! ドラグーン隊! 突撃せよ!」
「うおおおお!」
咳払いをしたヒックスさんが号令を掛けると、百人の兵士達が一丸となって突進してきていたローズドラゴンに立ち向かう。
ドンッ! と人が車に跳ね飛ばされるような嫌な音がすると、体長が4~5mほどあるローズドラゴンの突進を受けて真っ先に突撃していた5人の兵士があっけなく弾き飛ばされていた。
あちゃー。
やっぱり、普通はこんなもんだよね。
あの体格差だからな。
魔法持ちのブーストがあってもそう簡単に覆るような差じゃない。
「たっつん、セレナは戦わなくていいのぅ?」
「ああ。今回の戦闘は後方でサポートするだけでいい」
「わかったぁ」
セレナが呑気に返事をする。
まあ、この程度の相手ならどうとでもなるからな。
「おのれぇ! 第一分隊は右に回りこめ! 第二分隊は左だ! 包囲して一度に攻撃を仕掛けるぞ!」
「了解しました! うおおお!」
ローズドラゴンが棘のある尻尾を振り回すと、左に回りこんでいた第二分隊が部隊ごとなぎ払われた。
左に回りこんでいた第二分隊が一瞬で壊滅する。
あいたたた。
これは酷い。
でも、決してこの部隊の兵士達が弱いわけじゃないんだよ。
ドラゴンの方が規格外なだけでね。
「しょうがねえな」
戦闘の隙を窺うと、ドラゴンの攻撃を受けて失神していた兵士達をセレナと協力して戦場の後方に運ぶ。
うーん、これは骨が折れてますな。
鎧が無ければ即死だったな。
ミリタリーポーチから特効薬を取り出すと、瀕死状態の兵士達にこっそりと使う。
兵士達はドラゴンとの戦いに集中しているようで、誰も気づいてはいないようだ。
ほんとにこいつら熱血馬鹿だからな。
まあ、嫌いじゃねえけど。
特効薬を使った後に戦闘のようすを確認してみると、ヒックスさんがローズドラゴンの尾びれに槍を突き入れていた。
ローズドラゴンの尾びれから鮮血が飛び散る。
ほう、なかなかやる。
ヒックスさんは魔法は使えないと言っていた。
つまり、素の実力でドラゴンに手傷を負わせたと言うことだ。
だが、反撃もそこまでだった。
戦場を見渡すと、すでに半数以上の兵士が戦闘不能になっている。
「ぐっ!? ここまでか、ヒュッケ様!」
ヒックスさんが後は任せるとばかりにヒュッケの顔を見る。
「ヒックス先生! 後は僕に任せて下さい。よくもみんなを! 弾けろおおおおお! ブラストランサー!」
ヒュッケの怒りが篭った強烈なブラストランサーが決まると、ローズドラゴンの頭部が爆発四散する。
ドラグーン隊をあれだけ苦戦させたローズドラゴンをヒュッケがあっけないくらい簡単に一蹴する。
やはり、ヒュッケは飛び抜けて強い。
「さ、さすがはヒュッケ様、お見事で御座います」
肩で苦しそうに息をしていたヒックスさんが、まるで自分の息子の成長を垣間見た父親のような表情で嬉しそうに微笑む。
「ヒックスさん、大丈夫ですか? これはソーンですので気にせずに使って下さい」
「これは達也殿、よろしいのですか?」
「はい、たくさんあるので」
「これはかたじけない。すでにソーンの数も心許ないと思っていた所です」
それなら、こんな無茶な事は今すぐやめろー! と叫び出したい心境なのだが、今回はヒュッケに免じて心の中に止めておく。
まあ、どうしても譲れない騎士の性分というやつなんだろう。
「うう、俺はどうしたんだ? そうだ! ドラゴンの攻撃を受けて! あれ? 何処も痛くないぞ?」
「俺もだ? どうなってるんだ?」
気絶していた兵士達が起き上がると、自分の体をきょろきょろと不思議そうに確認していた。
「達也さん?」
俺の顔を見てきたヒュッケに、人差し指で1の数字を作って自分の唇に当てて答える。
「ヒュッケ様、幸いにも兵士達は全員軽症のようです」
「え? あ、そうなんですか? そ、それは良かったです」
ヒュッケがしどろもどろで薄ら笑いをしながら答える。
「さあ、貴様ら! さっさとドラゴンを解体して野営地に戻るぞ!」
「はっ! 了解しました」
兵士達があっという間にドラゴンの解体を終わらせると野営地へと戻った。




