204話 強襲グレートドラゴン
モンド王国から近くにあるドラゴンバレーで、モンド王国の騎士達が実地訓練を行っていた。
ドラゴンバレーは渓谷と呼ばれるだけあって、剥き出しの岩肌がまるで天まで届くかと思われるように両端にそそり立っているような場所だ。
このような場所でドラゴンに襲われれば逃げ場はないだろう。
「全軍進め! 止まれ! 前列上下分散! 右翼! 展開が遅い! 敵は待ってはくれないのだぞ?」
指揮官らしき男から号令が発せられると、一部の兵を除いて兵達が一糸乱れぬ見事な陣形をとっていた。
遅れていた右翼の部隊が慌てたように激走する。
「よーし! この後はグレートドラゴンの居る危険地帯での行軍を行う。各自、一旦休憩を取れ!」
指揮官の男が指示を出すと兵士達が各々散開する。
「ヒックスよ、新しく新設した部隊の調子はどんなものだ?」
休憩するように指示を出していた指揮官に、厳つい鎧に身を包んだ大きな男が頃合を見計らったかのように声を掛けた。
「これはゾンダーク将軍、お越しになられていたのですか? 見ての通りです。戦場に送り出すにはまだまだきびしい状態かと。ですが、飛竜を操っての訓練しかしてこなかった者達ですから、今はまだ部下達を叱らないでやって欲しいのです」
「うむ、その辺の事情は重々承知している。慌てるな……と言いたい所だが……」
「まさか、戦争が近いのですか?」
ゾンダークの眉根が寄ると、不穏な空気を察してヒックスが尋ねる。
「陛下は、そう予見しておられるようだ」
「いったい何処の国とですか?」
「エル帝国だ」
「なっ!? 将軍! 失礼ですが、皇帝ナインスはそのような事をする人物ではないと思われますが?」
「ああ、私もそう考えている。が、何事も時代と状況による……陛下がおっしゃるには、特効薬が戦争が始まる要因になるとのことだ」
「特効薬がですか?」
「そうだ。戦闘によって負傷した兵士がそのまま戦線に復帰すれば、特効薬の数だけ兵士が増える事になる。数的有利が確保されて勝利がほぼ確実なら、あの皇帝ナインスならば動くとな」
「ぐっ!? 確かにあれは……。我々はどうすれば」
「知れた事よ。陛下に悪魔と戦えと命じられれば戦い、神と戦えと命じられれば戦う。それだけだ」
「はっ! 肝に銘じます」
ゾンダークがグラン王に揺るがぬ忠誠心を示すと、平静を取り戻したヒックスが最上の敬意を示して敬礼をする。
「ゾンダーク将軍。この後の演習も見ていかれるのでしょうか?」
「いや、この後は師団をまとめてモンド王国に一時帰還する。ヒックスよ、今回の演習目的は飛竜に頼らずに戦えるようにする事だ。いつもとは勝手が違うゆえ注意せよ」
「はっ! お任せ下さい」
ヒックスが敬礼すると、ゾンダークは兵の撤収準備のために野営テントへと歩いて行った。
「休憩は終わりだ! 集合せよ」
ヒックスが号令を掛けると、散開して各々休んでいた兵達が集まってくる。
兵達の準備が整うと、ヒックスがグレートドラゴンの生息している危険地帯に数千の兵を率いて進軍を開始した。
「全軍止まれ! これより先は危険区域だ。全軍警戒態勢に移行せよ。伝令兵! 斥候からの報告はまだか?」
「斥候より報告です。ドラゴンの姿は見えず。繰り返します。ドラゴンの姿は見えずです」
「よし。では、全軍進軍を再開せよ!」
ヒックスが号令を掛けると部隊は再び進軍を開始する。
そして、それは突然現れた。
危険区域である森林地帯まで部隊が差し掛かかると、木々をなぎ倒すようにして襲い掛かってきた。
「うわあああ!」
「何事だ!?」
「ぐ、グレートドラゴンだああああ!」
「逃げろおおお!」
グレートドラゴンに不意を衝かれ、パニックになった兵士達が我先にと逃げ惑う。
「なんだと!? いったい何処から? 斥候は何処を見ていた!」
「逃げる? 何処に?」
「戦ってやる!」
「よせ、この人数では戦いにならない」
「気をつけろ! こっちにも居るぞ?」
不幸なことに、出現したグレートドラゴンは1匹だけではなかった。
奥の森から、1匹、そしてまた1匹、計3匹のグレートドラゴンが姿を現した。
「全軍森の中に退避せよ!」
「お待ち下さいヒックス連隊長! そちらはモンド王国とは反対方向です。逃げるのなら砦のある北に撤退するべきです」
ヒックスが号令を掛けると副官の男が慌てたように進言する。
「馬鹿者! グレートドラゴンを砦に招き寄せて友軍を危険にさらすつもりか?」
「しかし、それでは帰還ができず我々は遠からず全滅してしまいます」
「我々はモンドの民を守る為の騎士ぞ? グレートドラゴンを我が国へ引きつれて民を危険にさらすわけにはいかない。覚悟を決めよ!」
「はっ! 申し訳ありません」
副官の男が悲壮な覚悟を持ってヒックスに敬礼する。
「それに、どの道あの逃げ場の無い地形では、砦に辿り着く頃には連隊はほぼ壊滅している。ならば我らの取るべきは……」
「連隊長殿?」
「いや、何でもない。復唱せよ」
「はっ! 全軍森の中に退避せよ! 繰り返す! 全軍森の中に退避せよ!」
グレートドラゴンに強襲されたドラグーン隊は、決死の覚悟でモンド王国とは反対方向にある森に軍を進めた。
「ゾンダーク将軍! 緊急報告です!」
砦の執務室でゾンダークが引継ぎの書類に目を通していると、ノックもおざなりで慌てた様子の兵士が飛び込んできた。
「何事だ?」
「はっ! 演習中のドラグーン隊がグレートドラゴンに強襲されたとのことです」
「なんだと!? 状況はどうなっている?」
「はっ! 命からがら逃げ出してきた兵の報告によりますと、ヒックス准将は連隊を率いて森林地帯の方へ兵を移動させていたとのことです。それと、グレートドラゴンは最低でも3匹は居たとのことです」
「馬鹿な!? あのヒックスが3匹ものグレートドラゴンの接近に気づかなかったというのか? いや、待て、あの慎重なヒックスが斥候に確認させずに兵を動かすわけがない。これは、どういうことだ?」
ゾンダークの眉根が寄る。
「はい! 私もそう思い、逃げ出してきた斥候の者に厳しく問いただしたのですが、いつもは空から竜騎士が確認するため森の中は詳しく確認はしなかったと」
「なんということだ!? 懸念していたとは言え、我が国の兵の連度がそこまで落ちていたとは。……やはり、我が国は竜騎士に依存しすぎている」
「将軍、すぐに援軍を!」
「ならん! ここに居る兵数は1万にも満たない。行った所で全滅するだけだ」
「しかし、1匹のグレートドラゴンは3千もあれば倒せると聞き及んでおります。将軍! ドラグーン隊を、どうかヒックス准将をお救い下さい」
「馬鹿者! ドラゴンとの戦いは簡単な足し算ではない! グレートドラゴンが3匹同時では3万の兵でも勝てぬわ! これ以上言うなら命令違反で厳罰に処すぞ? 下がれ」
「はっ! 申し訳ありません」
伝令としてきた兵が敬礼をして去って行く。
「ヒックス、運の無いやつめ」
誰も居なくなったテントの中で、ゾンダークが苦虫を潰したような顔をしてぼそりと呟いていた。




