200話 ミスリルを入手せよ
現在は、ミスリル鉱石の確保のためにティアに教えられた採掘場所に来ていた。
「うー、何にも見えないのぅ」
「達也さん、中は真っ暗ですよ? 松明は何処ですか?」
「ちょっと待ってくれ」
ガンボックスからバトルライフルのHK417を取り出すと、アタッチメントのフラッシュライトを装着する。
俺ひとりなら暗視ゴーグルがあるから問題ないが、それだとセレナとヒュッケの光源が確保できないからな。
銃を構えたままライトをオンにして、真っ暗なダンジョン内を照らす。
「きぃやー! たっつん、すごい! 中がお外みたいなのぅ!」
「達也さん、僕、こんな強い光、初めて見ましたよ。なんですかそれ?」
「フラッシュライトだ。俺がこいつで暗闇を照らすから、セレナとヒュッケは戦いに専念してくれ」
「わかりました」
「わかったのぅ」
セレナとヒュッケの返事を聞くと、ダンジョンの中に足を踏み入れた。
採掘場に出現した魔物はどれもレベルが40にも届かないような雑魚だった。
遭遇した瞬間にセレナとヒュッケが瞬殺してしまう。
いや、雑魚というのは語弊があるな。
レベルが40付近ならりっぱな強敵だ。
ただ単に、セレナとヒュッケのタッグが強すぎるだけなんだ。
「ヒュッケ! 次はお前ひとりで複数の魔物と戦ってみろ」
「え!?」
ヒュッケが驚いたような顔で俺を見る。
「戦っている魔物が弱すぎて、お前が強くなるための練習になってないんだよ。ヒュッケ! お前は強くなりたいんだろう?」
「それは……」
「もちろん、それで死んだらそれまでだ。誰も責任なんざ取れないんだから、やるかはお前が自分で決めろ」
「……やります」
黙ったまま何かを考えているようだったヒュッケが覚悟を決めたかのように返事をする。
「そういうわけだ。セレナは緊急時以外は手を出すなよ?」
「わかったのぅ」
セレナの返事を聞くと、ダンジョンの奥へと歩を進めた。
ヒュッケが、全身が緑の蔓で覆われているゴーレムのような魔物のグリーンマイル3匹と戦っていた。
ヒュッケはひとりで多数と戦った経験が少ないようで、実力では完全に圧倒しているのにずいぶんと苦戦しているようだった。
戦場から少し離れた位置でセレナと一緒にヒュッケの奮闘を見守る。
そこに猫に蝙蝠の羽が生えたような魔物のカーペンターがダンジョンの奥から参戦してきた。
そして、突然ファイヤーボールの魔法をヒュッケに向かって放つ。
「ぐわあああ!」
ファイヤーボールの直撃を受けたヒュッケが火達磨になって地面を転がった。
グリーンマイル
レベル36
HP520
MP0
力280
魔力0
体力580
速さ80
命中50
カーペンター
レベル37
HP220
MP80
力180
魔力120
体力250
速さ288
命中160
「たっつん!」
セレナが悲痛な声を上げて俺を見る。
「まだだ! ヒュッケは助けを求めていない」
「でもぅ」
「大丈夫だ。バトルライフルを使えば助けるのは一瞬あれば事足りる。だから、ヒュッケの戦いの邪魔をしては駄目だ」
「うー」
「大丈夫、問題ないさ」
納得がいかないような顔のセレナを優しく諭す。
ヒュッケは未だイグニッションを使っていない。
まだ、本気じゃないんだ。
それに、いざとなれば俺がなんとかする。
なんせ、ヒュッケと魔物達との戦闘は俺の目にはスローモーションのように見えているのだから。
「うおおおお! イグニッション!」
ヒュッケが本気になったのか、全身から炎の闘気を噴出させてファイヤーボールの炎を消し飛ばした。
すぐに立ち上がると、追撃してきていたグリーンマイルの1匹を力任せに槍で横薙ぎにして、まるで張りぼてのダンボールでも払うかのごとく弾き飛ばす。
飛ばされたグリーンマイルは、近くに居た2匹のグリーンマイルと衝突して将棋倒しのように折り重なるように倒れていた。
ヒュッケは倒れていたグリーンマイルを完全に無視して後方にいるカーペンターに肉薄すると、イグニッションによってブーストされた圧倒的な膂力をもって咽を一突きにして絶命させる。
カーペンターは腕で必死にガードしていたようだが、そんなものはおかまいなしで槍はガードしていた腕ごと咽を貫いていた。
即座に反転したヒュッケは、未だに折り重なって起き上がれずいたグリーンマイルを次々と槍で突いて止めを刺す。
魔物達のHPを確認すると0になっていた。
やはり、強い。
イグニッションを使った時のヒュッケは別人のようだ。
「ふうふうふう」
「ほれ、特効薬だ。使え」
片膝をついてぜえぜえと荒い呼吸をしていたヒュッケに特効薬を投げて渡す。
「あ、ありがとうござ、ごほごほ、ご、ございます」
「どうだ? 雑魚とは言え複数の相手とひとりで戦うのは?」
「正直、キツイです。ぜえぜえ」
「ふふ、いいか? 戦場ではいつも有利な条件で戦えるわけではないんだ。汚い卑怯は当たり前でわざわざ1対1でなど戦ってはくれない。だから、相手が複数で襲い掛かって来ようとひとりでも戦えるように備えておくんだ」
「はい! 確かに僕は、あの時何もできませんでした」
ヒュッケが中級魔族に袋叩きにされた時の事でも思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「この訓練は乱戦になったような時に必ず活きてくる。だが、それだけじゃないぜ? 不利な条件で相手を凌駕することができたならば、五分の条件では相手を圧倒できるようになるんだ」
「え!? じゃ、じゃあ、有利な条件では?」
「もはや戦いにすらならん」
「うおおお! それですよ! それ! 僕が求めていたのは」
俺がにやりと笑って答えると、ヒュッケは先程までの疲れなど何処かに吹っ飛んでしまったかのように、目をキラキラと輝かせて叫んでいた。
「はあ、はあ、た、達也さん、やっと、つ、着いたみたいですよ?」
先頭を歩いていたヒュッケは、槍を杖のようにしてすでに慢心相違な様子だ。
最初の方は苦戦していたヒュッケも、採掘場に辿り着く頃には複数の魔物と危なげなく戦っていた。
どうやら、複数の魔物との戦い方を肌で覚えたようだ。
「おう、ご苦労さん。ふう、光源確保でずっと銃を構えていたから腕がぱんぱんだぜ。うーん、ハンディタイプのフラッシュライトをゲットする必要があるな」
「達也さん、僕はもう動けませんよ」
持ってきたランプを設置して有刺鉄線で入り口を塞いでいると、ヒュッケが採掘場の地面に倒れるように仰向けに寝転んだ。
「ああ、ヒュッケは休んでろ」
「セレナも休むぅ」
「セレナは駄目だ」
「えー、ひゅっくんばかりずるいのぅ」
セレナがぷっくりと頬を膨らませる。
「セレナは戦ってないだろ? 働かざる者食うべからずだ。セレナは昼飯抜きでいいんだな?」
「セレナ頑張るのぅ! だから、セレナの御飯抜きにしちゃ駄目なのぅ」
冗談交じりで言うと、途端におろおろとしだしたセレナが抱きついてきた。
「はは、しないしない」
抱きついて甘えてきたセレナの頭を撫でる。
「やっぱり僕も手伝います」
「うん? 無理しなくていいんだぞ?」
「いえ、やらせて下さい。これも強くなるための修行ですから」
「そうか。なら好きにすればいい」
「はい」
ヒュッケの返事を聞くと、ミリタリーバックからピッケルを取り出してセレナとヒュッケに渡す。
「達也さん、僕にはどれがミスリル鉱なのかわからないんですけど、いったいどこら辺を掘ればいいんですか?」
「ちょっと、待ってくれよ」
ティアからもらった水晶のような計器を取り出すと、剥き出しの岩肌に当ててゆく。
ヒュッケの居た場所から2mほどの位置まで移動すると、水晶が突然輝いて青い光を放った。
「ヒュッケ、ここだ。ここを掘ってくれ。薄い緑色をした岩が出てきたらそれがミスリル鉱だ」
「え? 此処にミスリルがあるんですか? うおお! 此処にミスリルが」
「たっつん! セレナも! セレナも早く掘るのぅ」
まるで宝物でも掘り出すかのようにがっつんがっつんとピッケルを振り始めたヒュッケに、何かを勘違いしたようすのセレナが急かしてきた。
「セレナ、ヒュッケはミスリル装備が欲しいからであってだな」
「たっつん、早くするのぅ!」
「わかったわかった」
ぷんすか怒ったように催促してくるセレナにミスリルの位置を急いで教える。
絶対に勘違いしてるよな?
まあ、後でセレナにもミスリルの装備を渡せばいいか。
「こんなもんでいいかな?」
ミスリル鉱石を粗方採掘すると、持ってきた木箱に詰めてミリタリーテントに収納する。
「達也さん、これでミスリル装備が作れるんですよね?」
「まだだよ。ミスリルを精錬するのに燃焼剤が必要らしいからな。そいつを入手するためにも、火山地帯に明後日向かうんだ」
「明日ではなくて、明後日ですか?」
さすがに危険地帯に向かうだけあってか、尋ねてきたヒュッケの顔は真剣そのものだ。
「ああ。さすがに銃を持ったままだと手が疲れるからな。ハンディタイプのフラッシュライトを入手してからにする」
「たっつん、セレナお腹すいたのぅ」
ヒュッケの覚悟など何処吹く風で、相変わらずマイペースのセレナが呑気に昼御飯の催促をしてきた。
「そうだな……そろそろ12時を回る頃か? でも、こんな穴倉で飯は食いたくないな。帰りはフリーパスだろうから昼食は外に出てからにしよう」
「達也さん、近くにドラゴンリバーが流れてますよね? どうせならそこで食べませんか?」
「おお、それは名案だな。セレナ、それまで我慢できるか?」
「セレナ我慢するのぅ」
セレナの元気な返事を聞くとミスリルのダンジョンを脱出した。
グロウラーに乗って近くを流れているドラゴンリバーに移動すると、ミリタリーテントから材料を取り出して昼食の準備を始める。
「達也さん! 今日のお昼は何ですか?」
「今日はお好み焼きだ」
「お好み焼き? お好み焼きとはどんな料理なんですか?」
「言葉通りだよ。肉なんかの自分の好物を小麦粉を溶いた生地に混ぜて焼くんだ」
「うわあ! それはいいですねえ」
「たっつん、セレナお腹すいたぁ! 早く作るのぅ!」
「わかったから、袖を引っ張るんじゃない」
急かすセレナをなだめながら、ミリタリーテントの奥の方に仕舞っていた鉄板を引っ張り出す。
簡易かまどを手際良く設置すると、ミリタリーテントに常備していた炭に火をいれた。
「ヒュッケはテーブルと椅子の用意を、後は皿を出して飲み物も頼む」
「はい、わかりました」
「セレナ、このキャベツを千切りにしてくれるか?」
「うー、セレナ野菜にがてなのぅ」
「セレナ、お好み焼きはな、肉だけだと美味しくないんだよ」
「ええ!? ほんとぅ?」
「本当だ。よし! なら、肉だけのやつと野菜を入れたやつの2種類を作って食べ比べてみるか」
適量の水と卵で小麦粉を溶くと、隠し味の出汁を混ぜて特製の生地を作る。
熱くなってきた鉄板の上に作った生地をたらすと、できた土台に千切りにしたキャベツをこれでもかと載せるとその上に薄く切ったボアの肉を何枚も並べた。
「よーし、こっちのやつは肉しか入れないからな」
「セレナが食べるのぅ!」
「わかったわかった。出来上がったらな。とと、こっちはそろそろ片面が焼けたかな? あらよっと!」
両手に持ったヘラでクルンと焼けた生地をひっくり返す。
「きぃやー! たっつんおもしろいのぅ! もう1回やってぇ」
「ちょっと待ってろよ? そおい!」
今度は肉と野菜が入っている方を30cmくらいの高さまで放り投げて1回転させると、隣に居るセレナはきゃっきゃと大喜びだった。
焼けた生地をひっくり返した後にソースを塗る。
お好み焼きのソースが鉄板に滴ると、じゅ~と美味しそうな音が鳴ってソースの焦げる香ばしい匂いがふんわりと辺りに漂った。
「うわあああ! 達也さん、この香りはやばいです! もう、もう食べちゃ駄目ですか?」
テーブルを運んでいたヒュッケが急に立ち止まると、鼻をくんくんとさせながら聞いてきた。
「まあ、慌てるな。これに削り節と青海苔をかけて、さらにこれは極めつけだ!」
我慢するように伝えると、容器に入れたお手製のマヨネーズを表面に網の目のように薄くかける。
「やったぁ! セレナマヨネーズ大好きなのぅ!」
「セレナさん、これはマヨネーズと言うんですか?」
「そうだよぉ! すっごくおいしいのぅ」
「よーし! できた。皿は持ったか? このヘラでこうやって切り分けて皿に乗せて食べろ」
説明と同時に、セレナとヒュッケが競争するように皿に盛って大きな口を開けてがつがつと食べ始めた。
「どうだ? 旨いか?」
「達也さん、めちゃくちゃ旨いです。このマヨネーズでしたか? ソースもいいんですけど、これが何ともしがたいくらい旨いんですよ」
「たっつん! おいしいのぅ!」
「はは、そうか。本当は生地に混ぜた出汁が旨さの秘密なんだけどな。まあ、いい。それでセレナ、この肉だけのやつと野菜が入っている方はどっちが旨い?」
セレナがうーと唸りながら、肉だけのお好み焼きと肉と野菜が入ったお好み焼きを見比べる。
「うーんとぅ? どっちも美味しいのぅ」
「あちゃー。これは、お好み焼きのソースが旨すぎたか?」
「達也さん、僕は野菜が入っている方がシャキシャキとした歯ごたえがあって美味しいと思いますよ」
「うーん、ヒュッケは好き嫌いが無いからなあ。あれ? でも、セレナは野菜が入っている方も美味しいんだよな?」
「あれぇ? ほんとなのぅ」
セレナが目をぱちくりさせて不思議そうに首を傾げていた。
食後にコーヒーを淹れると、セレナとヒュッケには恒例となっていたミックスジュースを渡す。
「うぐ、うぐ、うぐ、ぷはー! 達也さん、ミックスジュース美味しいです」
「こく、こく、こく、ぷぁー! たっつん、ミックスジュースおいしいのぅ」
ヒュッケが腰に手を当ててミックスジュースを一気飲みしていると、セレナもそれを真似して一気飲みする。
微笑ましい姿に思わず笑みが零れる。
「たっつん! 何してるのぅ?」
「うん? これか? コーヒー豆を焙煎してるんだよ」
コーヒー片手にちびちびとやりながら、取っての付いた金網にコーヒーの生豆を入れてパチパチと炭火で燻していると、野菜ジュースを飲み終えたセレナが興味深そうに聞いてきた。
「コーヒーですか? 今飲んでるじゃないですか?」
ヒュッケが首を傾げる。
「こいつは明日飲むやつだよ。少し時間を置いてなじませないと味にムラが出るんだ。さてと、これでおっけーだ」
焙煎したコーヒー豆をガラスの瓶の中に詰めて、風味が逃げないようにコルクでしっかりと蓋をする。
ガラス瓶をミリタリーテントに保管すると、代わりに魚を取る時に使う仕掛けのビンドウを取り出してくる。
「たっつん、それなあにぃ?」
ビンドウの中に餌を入れていると、何にでも興味を示すセレナが瞳をキラキラさせて聞いてくる。
「これはな、ビンドウと言って魚を捕る時に使う仕掛けなんだよ」
「え? 魚を捕るのぅ? セレナに任せるのぅ!」
「はは、ちょっと特別なやつだから難しいかな」
やる気満々だったセレナにやんわりと無理だと説明する。
「達也さん、それなら魚屋さんで買えばいいじゃないですか」
「うーん、それがな、こっちだと食べられて無いみたいで店に並んでないんだよね」
「はあ、そうなんですか」
「まあ、明後日はかなり暑い場所に行くからな。昼は精のつくもん食わせてやるから楽しみにしとけよ?」
「ほんとですか?」
「セレナ、たのしみなのぅ」
セレナとヒュッケの嬉しそうな顔に満足すると、ドラゴンリバーを後にした。




