199話 次のステップへ
あれから3ヶ月の月日が流れた。
毎日のようにドラゴンマウンテンに出かけては、ドラゴンと戦う日々を過ごす。
最初の頃は一方的に負けているだけだったヒュッケも、今ではそこらに居るドラゴン相手なら対等に戦えるまでに成長していた。
「達也さん、行きます!」
「おう、援護する。セレナ! 俺が攻撃して隙を作るからテイルドラゴンの動きを止めてくれ! 膝の裏にある腱を斬れば動きが止まるからな」
「わかったぁ」
ヒュッケに叫んでセレナに指示を出すと、こちらに突進してきていたテイルドラゴンの顔に向かって矢を射った。
矢は見事にテイルドラゴンの顔面に突き刺さっていたが、ほんの少し顔を歪めただけでテイルドラゴンの突進は止まらない。
だが、セレナにはそれで充分だった。
一瞬の隙を突いて、セレナが疾風の如くテイルドラゴンの脇を駆け抜ける。
数瞬後、テイルドラゴンの膝の裏側から血飛沫が上がると、テイルドラゴンは膝からガクリと屑折れてその動きがぴたりと止まっていた。
動きが完全に止まっていたテイルドラゴンの眼前では、すでにヒュッケが腰溜めに槍を構えている。
「イグニッション! ブラストランサー」
ヒュッケがいつものように叫びながら必殺の突きを放つと、槍の刃先がテイルドラゴンの堅い鱗を突き破って咽にめり込む。
「弾けろ!」
数瞬の後、槍の刃先が赤く発光して爆発が起きると、咽の内部から爆発四散したテイルドラゴンが一撃の下に絶命していた。
「やったぞ! 僕はもうテイルドラゴンなら完全に勝てるんだ」
ヒュッケが勝利の雄たけびを上げる。
「ヒュッケ、自惚れるな! 俺とセレナの援護があったればこそよ。まあ、それでもヒュッケは強くなったな」
「ひゅっくん、強くなったのぅ」
「はい! ありがとうございます。達也さん、セレナさん」
俺とセレナが褒めると、ヒュッケが嬉しそうに微笑んでいた。
「ふむ、そろそろ頃合かな。ヒュッケ、火竜を討伐に行くぞ?」
「へ? 火竜? 達也さん、冗談ですよね?」
ヒュッケが素っ頓狂な声で聞き返してくる。
「いや、本気だ」
「ちょっと、待ってください! 火竜と言えば小さな国なら2~3国は軽く滅びるレベルの竜ですよ? それに火竜の生息地と言えばあのモンド大陸の火山地帯ですよね? あそこはグレートドラゴンどころか、レベルが80を超えるような化け物まで生息しているんですよ? その上で、あの火竜と戦うと言うんですか? 冗談じゃありませんよ! あそこは場所によっては毒ガスまで噴出しているんですから」
ヒュッケが青い顔になって必死に行きたくないと捲くし立てていた。
毒ガス?
火山地帯だから硫化水素のことかな?
防毒マスクを入手できれば問題無いんだけど、あれは武器使用不可のソロでないと入手できないんだよね。
剣の抜けない今の俺では完全に自殺行為だ。
まあ、ティアから燃焼剤の詳しい発掘場所とそこまでの比較的安全なルートを聞いてるから、下手に経路を外れなければ問題ないだろう。
でも、毒ガスかあ。
火竜を狩るには何か手段を考えなければいけないな。
「ヒュッケ、毒ガスの方は問題ない。ティアから、ミスリルを精錬する時に使う燃焼剤の発掘場場所を聞いているからな」
「え? ミ、ミスリル?」
ヒュッケが毒ガスの件はスルーして、ミスリルと言う言葉に強い反応を示して聞き返していた。
「何だ? ヒュッケもミスリルが欲しいのか? ミスリル鉱も発掘に行くぞ?」
「えっ!? そ、それは、欲しいなんてもんじゃないですよ。いえ、ミスリルではなくてミスリルの装備が欲しいんですが」
「そうか。じゃあ、ティアに頼んでヒュッケの分もミスリルを精錬してもらうか」
「本当ですか!?」
ヒュッケが驚いたように聞き返してくる。
「ああ。材料さえ持っていけば問題ないだろ」
「あ、ありがとうございます。うおー! やったあ!」
ヒュッケが両手を天に突き出して大声で叫ぶ。
「じゃあ、明日はミスリル鉱の採掘で、2~3日後に火山地帯に行くが問題無いか?」
「はい! 頑張ります」
ヒュッケがやる気満々で元気に返事をしていた。
やれやれ。
さっきまで完全拒否だったのに現金なものだ。
いつまでも小躍りして喜んでいるヒュッケと約束すると、今日の狩りは終了して街へと戻った。
ヒュッケと別れて狩ったドラゴンをアニー商会に卸しに来ると、奥にある客間の方から何処かで聞いた事のある威勢のいい声が聞こえてきた。
「てやんでぃ! すっとこどっこい! いつまで待たせるんでぃ! こちとら気が短けえんだよ」
「申し訳ありません。執行者さまは現在外出中らしくて連絡が取れないのです」
「大将、失礼ですよ。達也さんの知り合いの商人さんなんですからここは抑えて下せえ」
「うるせえ! サブ! こちとら昼からずっと待たされて気が立ってるんでぃ!」
客間のドアの前まで来ると、はっきりと誰の声なのかがわかった。
「あの声は大将とサブさんだ。はは、相変わらずだな」
どうやら、大将だけではなくサブさんも一緒にこっちに来たようだ。
軽くノックをして客間に入る。
「大将、サブさん、ごぶさたでした」
「ごぶさたなのぅ!」
「おお、達、嬢ちゃんも、やっと来やがったかこんちくしょうめ!」
「達也さん、セレナさんもお久ぶりです」
「ああ、良かった。執行者様、やっと来てくれましたか」
軽く挨拶をしながら客間に入ると、懐かしそうに挨拶を返してきた大将とサブさんを尻目に、アニーが心底ほっとしたような顔をして駆け寄ってきた。
「アニーすまん。迷惑を掛けたみたいだ」
「いえ、気になさらないで下さい」
「すいやせん。大将は大変気が短くて。この通り、あっしの方からお詫びさせていただきやす」
腕を組んでソファに踏ん反り返っていた大将の横で、サブさんが直立したように立ち上がるとぺこぺことアニーに謝罪する。
「フン! おい、達、待ってる間に資料の方は見させてもらったがよ、本当にこんな大規模な工場をおっ立てちまっていいのか?」
「はい、予想していたよりも多くの資金が集まりましたから問題ありませんよ。派手に行きましょう」
腕を組んで訝しげな表情で尋ねてきた大将の顔を見て、にやりと笑って答える。
「かーっ! 豪気でいいじゃねえか。ったくよう! おめーと居ると昔の血が騒いで若返ったような気がしてくるぜ。おうおうおう、なら今から突貫工事だな」
「大将! もう夜ですから」
「サブはいちいちこまけえんだよ! いい物を作るのにそんなの関係あるかってんだ! 職人を叩き起こしゃあ済む問題だろうが!」
サブさんが慌てたように大将を諌めるが、大将は威勢よく服の袖をまくり上げると、テーブルにバン! と手を突いて思い切りハッスルしたように叫ぶ。
「すいやせん。大将は完全に張り切ってしまったようで……今日の所はあっしの方で何とかなだめておきやすから」
鼻息の荒い大将を尻目に、サブさんがこっそりと話しかけてきた。
「はは、サブさんお願いします。アニー、明日から大将の指示通りに手配を頼むよ」
「はい、かしこまりました」
大将と今後の打ち合わせを簡単に済ませると、ソファでうつらうつらとしていたセレナをおぶって宿屋に戻った。




