195話 翼を失った勇者
「執行者様、鮮魚の卸業者とドラゴンフィッシュの取引が終わりました」
「そうか。アニー、いきなり無理を言ってすまなかったな」
「いえ、そんなことをおっしゃらないで下さい。むしろ、取引先では大喜びでしたから」
「そうなのか?」
「はい。漁業関係者達によると、近年の乱獲の所為か年々漁獲量が減っているそうですから」
「そうなんだ。良かったなセレナ、喜んでるんだってさ」
「えっへん! セレナがとったんだよぉ?」
セレナが胸を張ってアニーに自慢する。
「はい、セレナさんは凄いです。あの、執行者様。勇者ヒュッケ様と連絡が取れたのですが、どうしても外せない用事があるそうですぐには難しいとのことでした」
アニーがセレナに笑顔で答えると、話すタイミングを見計らっていたようにヒュッケの事を伝えてきた。
「すぐには? じゃあ、会ってはもらえるんだな?」
「はい。そちらは何とか先方に了承していただきました」
「そうか。アニー、助かったよ」
「そんな……執行者様のお役に立てたのなら、私は……」
お礼を言うと、アニーが嬉しそうに微笑んでいた。
宿に戻ると、先に戻っていたようすのセリアが出迎えてくれる。
「あら、お帰りなさい」
「セリアちゃん、ただいまぁ」
「ただいま」
荷物を部屋に下ろしてソファにどっかりと座る。
「達也、明日はセレナの時間を空けて欲しいんだけど」
「うん? 何かあるのか?」
「ええ。勇者ヒュッケは知ってるかしら?」
「え? ……ああ、知ってるけど」
ひょんな所から出てきたヒュッケの話しに思わず戸惑ってしまう。
「以前にちょっと助けたことがあるんだけどね。その時のお礼をしたいと言ってきたのよ」
「何!? それは本当か?」
渡りに船とばかりにセリアに詰め寄る。
「きゃあ!? ちょ、ちょっと急に迫って来ないでよ。びっくりするでしょ? もう、デリカシーがないんだから」
「ああ、悪かった。それより、俺にもぜひ紹介してくれ」
「え? 達也は関係無いでしょ?」
「それはわかってるんだけどさ、勇者ヒュッケにはちょっと用事があるんだよ。この通り頼む」
セリアに手を合わせてお願いする。
「まあ、そこまで頼むのなら。でも、まだ子供とは言えモンド王国の騎士なんだから失礼なことはしないでよ?」
セリアが少し戸惑ったような顔をしていたが了承してくれた。
次の日の夕方、迎えに寄越された馬車に乗ってヒュッケの住んでいる屋敷を訪問する。
そこは、どこの城かと見紛うばかりのりっぱな豪邸だった。
「セリアさん、お久しぶりです。あの時は本当にありがとうございました」
「気にしなくていいわよ。困った時はお互い様だもの」
ヒュッケと思われるエルフの美少年が丁寧に頭を下げると、セリアが軽く手を上げて挨拶を返す。
「セレナさんも、その節はお世話になりました」
「お世話になったのぅ」
ヒュッケと思われる少年がセレナにも丁寧に頭を下げると、言ってる事がよくわかっていないようすのセレナがにっこりと笑顔で答えていた。
「あの、セリアさん。こちらの方は?」
「ああ、紹介するわね。こいつは達也と言って、私とセレナと一緒にパーティを組んでいる冒険者よ。今回は、どうしても勇者ヒュッケに会いたいとお願いされて連れて来たの」
「僕にですか? どんな噂を聞いたのかわかりませんが、今の僕は大切な飛竜を失ってしまった勇者とは名ばかりの未熟者です。幻滅させてしまって申し訳ありません」
ヒュッケが申し訳無さそうに俺に頭を下げてきた。
「ああ、いや、その、まいったな。誰にだって失敗はあるんだからさ」
いきなり頭を下げられてしまい、何と答えてよいかわからずにしどろもどろする。
「ほら、達也もそう言ってるんだからヒュッケも元気を出しなさい。それより、以前会った時にくらべてずいぶんと雰囲気が変わったわね。前は俺とか言ってなかったかしら?」
「セリアさん! それを言うのは止めて下さいよ。以前の僕は何もわかってなくて、本当に子供だったんですから。それより、食事の用意が出来ていますからこちらにどうぞ」
セリアが茶化すように尋ねると、ヒュッケが真っ赤な顔になって食堂に向かうよう急かしていた。
ヒュッケに案内されて入った部屋は、何処のパーティ会場だよ! と思わずつっこみをいれてしまいそうなほど豪華な部屋だった。
部屋の中央には50人は同時に食事ができるようなでかいテーブルがドンと置かれていて、みごとな細工が施された白いテーブルクロスの上にはナイフとフォークが綺麗に並べられていた。
当然ながら客は俺達だけだ。
席に座るとすぐに前菜が運ばれてくる。
運ばれてきた料理はサラダに使われているドレッシング一つを見ても見事なもので、オードブルで出されたハムで巻いたチーズと何かの野菜などはまさに絶品の一言だった。
まるでどこかの高級レストランを貸切で食事をしているような雰囲気で、ゴージャスだけどゆったりとした優雅なひとときを過ごす。
「次はメインディッシュのチキンドラゴンのオレンジソース逢えです」
「ちきんどらごん? あれ美味しいよねぇ。セレナ大好きなのぅ」
「セレナさんはチキンドラゴンの肉を食べた事があるのですか? それは良かったです。つい先日なのですが、知り合いの伝手で幸運にも入手する事ができたものですから」
ヒュッケがにこりと笑顔で答える。
知り合いの伝手で入手した?
なら、十中八九アニーが交渉のために売ったやつなんだろうな。
「ふーん。こっちにきてから食べに行ったのかしら?」
セリアがちらりと俺に視線を向けて聞いてくる。
何か悪い事をしたわけではないのだが、思わずぎくりとなる。
「ああ、一昨日だったかな? 昼にセレナと一緒に食べたんだよ」
嘘は言ってないのだが、何処でと聞かれると困るため、ばれやしないかと冷や冷やしながら答える。
セリアは大して気にした様子もなくて、オレンジソースが掛かったチキンドラゴンの肉を美味しそうに食べていた。
夕食後、ヒュッケに頼んで時間を作ってもらい話しをする。
「達也さん、話しとは何でしょうか?」
「うーん、何と説明したらいいもんか。実はアニーに会わせて欲しいと頼んだのは俺なんだが聞いてないか?」
「え? では達也さんがアニーさんが紹介したい人なのですか?」
「ああ、そうだ。それでな……」
ヒュッケに俺が異世界から来た住人だと説明して、魔王を倒す為に協力して欲しい旨を伝える。
「達也さんは僕の事を馬鹿にしているんですか? いくら恩義のあるセリアさんの知り合いでもそんな話しは信じられませんよ」
「まあ、そうなるよな。じゃあ、1日でいいから時間を作れないだろうか? グレートドラゴンを瞬殺して見せて、俺の魔王を倒す力を証明してみせるから」
少しむっとしたような顔をしていたヒュッケに淡々と条件を提示して交渉する。
「グレートドラゴンを瞬殺? グレートドラゴンはレベル70の災害級のドラゴンですよ? モンド王国なら陸軍の師団クラスが出撃するような緊急事態です。単独での撃破なんて、そんなの人類最強の剣聖ノヴァークだって不可能ですよ」
「魔王を倒そうって言ってるんだ。そのくらいやってみせないと信じてくれないだろ? ほんの少しの時間でいいんだ。頼む」
ヒュッケに真摯に頭を下げる。
「……頭を上げて下さい達也さん。グレートドラゴンを瞬殺というのは信じられませんが、アニーさんとセリアさんの知り合いですから」
ヒュッケは困ったような顔をしていたが、仕方が無いといった感じで時間を作ると約束してくれた。
俺みたいな見ず知らずの人の突拍子もない話しに耳を傾けてくれるのだから、人脈というのは本当に大切だよな。
セリアとアニーには感謝だ。
「達也さん、時間の方は明後日でよろしいでしょうか?」
「ああ、俺はいつでもかまわないけど、そんなに早くてそっちの予定の方は大丈夫なのか?」
「問題ありません。予定通りにセリアさん達にお礼ができたら、明後日にアニーさんの紹介する人と会う約束をしようと考えていましたから」
「なるほど、それは無駄にならなくてちょうど良かった」
ヒュッケと明後日に会う約束をするとセリア達と宿へと戻った。
約束した日になると、俺とセレナとヒュッケの3人は街外れの荒野まで来ていた。
「達也さん、こんな場所に来てどうするんです? ドラゴンバレーに行くのではないのですか?」
「まあ、まずはこれを見てくれ」
ガンボックスからジープのグロウラーを取り出す。
「うわぁ!? い、今、どこから出したんですか?」
「だから前に言っただろ? 異世界から来たってさ。これはその魔法だよ。それより、その持ってる長い槍は移動する時邪魔だからこっちのテントに放り込んどけ」
小声でヒュッケと話しながらミリタリーテントを出す。
セレナはこちらの話しにはまったく興味がないのか、お気に入りのグロウラーの助手席のドアを開けると嬉しそうに乗り込んでいた。
「事情は前に説明した通りだ。セレナは呑気な性格だから良くわかってないだけで、ばれたら俺は消えてしまうからその点だけは気をつけてくれ」
「は、はい。わ、わかりました」
ヒュッケは状況に理解が追いついていないのか、グロウラーとミリタリーテントの間を交互に何度も見ては視線を彷徨わせていた。
「さあ、立ち話もなんだからグロウラーに乗ってくれ」
「乗る? これは乗り物なのですか?」
「ああ、馬車みたいなもんだな。こいつでドラゴンマウンテンまで移動する」
「ドラゴンマウンテン? ちょっと待って下さい! ドラゴンマウンテンまで往復で何日掛かると思っているんですか? 僕は今日中に帰らないといけないんです」
「大丈夫だ。往復でも2時間と掛からないからさ」
慌てたように聞いてきたヒュッケに笑顔で答えると、ヒュッケは何か得体の知れない物を見るような目で俺を見ていた。
荒野を疾走する一陣の鉄塊があった。
そう、それは俺だ。
今の俺は風。
誰にも止められないぜ。
「達也さん、もの凄く怖いんですが。もう少しだけ、速度を緩めるわけにはいかないでしょうか?」
アクセル全開で気分良く飛ばしていると、後部座席に乗っていたヒュッケが情けない事を言って水を差してきた。
「おいおい、竜騎士だったんだろ? このくらいの速度でビビッて務まるもんだったのか?」
「空と地上ではぜんぜん違いますよ」
「ふーん、俺なら空の方が怖いと思うけどな」
「たっつん、セレナは面白いよぉ」
「はは、セレナは凄いな」
「えへへ」
ドリンクホルダーからコーヒーの入っているボトルと取り出すと、ぐびりと小気味良く音を鳴らして飲む。
「ああ! たっつんばかりずるいのぅ。セレナも飲むぅ」
「うん? ああ、そういえばセレナは移動中はいつも外の景色に釘付けだったもんな。ヒュッケ、後部座席に青い箱が置いてないか?」
「え? あ、はい。これでしょうか?」
ちらりとバックミラーを見て、後部座席でクーラーボックスを持っているヒュッケを確認する。
「ああ、それだ。それに飲み物が入っているからセレナに渡してやってくれ。ヒュッケも好きな物を飲んでいいからな」
「ありがとうございます」
「セレナ、オレンジジュースがいいのぅ」
セレナがクーラーボックスからオレンジのマークが書いてあるボトルを取ると、美味しそうにごきゅごきゅと咽を鳴らして飲んでいた。
ちなみに、このボトルはエルフの里で購入したものだ。
「えーと、達也さん。これはどうやって飲めばいいのですか?」
「うん? ああ、ここの先を引っ張るんだよ。押せば蓋が塞がる仕組みになってるから」
「はあ、面白い仕組みですね」
ヒュッケが感心したような顔でボトルに口を付けていた。
「ヒュッケはハーフエルフなんだろ? エルフの里には行った事は無いのか? あそこに住んでる連中はこういった物を普通に使ってたけど」
「すいません。僕はハーフエルフですので行ったら疎まれてしまいますよ」
「あっ!? 悪い。そう言えばそうだったんだ」
「いえ、気にしないで下さい。それより、達也さんはその口ぶりだと、まさかエルフの里に行った事があるのですか?」
「うん? ああ、そうだよ。そのボトルもエルフの里でもらった物だし、族長のティアとも仲良くさせてもらってるからな」
「あの生きた伝説の? 達也さんは何者なんですか?」
「何度も言ってるだろ?」
「あ、いや、そうでした。でも、やっぱり信じられませんよ」
ヒュッケが何かを考えるような難しい顔をして首を振っていた。
「さあ、着いたぞ」
「確かにドラゴンマウンテン……みたいですね。竜騎士だった時に何度も遠征で来ていますから……見間違うはずはありません」
ヒュッケがグロウラーの後部座席から降りてくると、未だに信じられないといった顔をして呟いていた。
「うー、やだぁ、セレナまだ乗っていたいのぅ」
「やれやれ。また、セレナのまだ乗っていたい病が発病したな。ほら、帰りもまた乗るから」
助手席にしがみつくように駄々を捏ねていたセレナを何とか説得する。
「ほれ、先に槍を返しておくぞ」
「あ、はい。すいません」
グロウラーをガンボックスに収納すると、代わりにミリタリーテントを取り出してヒュッケに槍を渡す。
「よし、じゃあ準備もできたことだし、そろそろ行くか」
「出発なのぅ」
「わ、わかりました」
元気に返事をしたセレナと、それとは対照的に茫然自失としているようなヒュッケの返事を聞くと、ドラゴンマウンテンに足を踏み入れた。
「うーん、これはいいものだ」
シュパ! シュパ! と軽快にハチェットで草を切り裂きながら進んで行く。
GPSを頼りに草がぼうぼうと生えた道なき道を進むと、チキンドラゴンを倒して手に入れたハチェットが大活躍していた。
「たっつん! それ、おもしろいのぅ! セレナにもやらせてぇ」
「いいぞ。ほれ」
セレナにハチェットを渡すと、シュパという風斬り音ではなくてシュンと空気を切り裂くような鋭い音が鳴る。
それと同時に、かまいたちのように刃先からずいぶんと離れた草も綺麗にスッパリと斬れていた。
どうやら、セレナはソニックブレードを使っているみたいだ。
やれやれ、MPの無駄使いはするなとセリアにも散々言われているのにな。
まあ、ドラゴンが相手の時は俺が銃で仕留めるからセレナは戦わないんだけどね。
GPSの地図を確認して、グレートドラゴンが生息していると思われるポイントを確認する。
「ヒュッケ、そろそろグレートドラゴンの生息地に入るぞ?」
「達也さん、やっぱり止めましょう。いくら達也さんが不思議な力を持っていると言っても、相手がグレートドラゴンでは無謀ですよ。さすがに僕でも、逃げるだけで精一杯だと思います」
「心配するなって。もう、何匹もドラゴンを狩ってるんだからさ」
「そうだよぉ。ひゅっくんは心配しなくていいのぅ」
「はあ。所で、そのひゅっくんと言うのは僕の事でしょうか?」
「そうだよぉ。ヒュッケだから、ひゅっくんなのぅ」
セレナの無邪気な笑顔を前にして、ヒュッケはなんだか複雑そうな顔をしていた。
しばらく獣道を進んでいると、ドシンドシンと重量感のある地響きが聞こえてきた。
木陰に身を隠してドラゴンの姿をこっそりと確認する。
「達也さん、あれはムシューフですよ」
「ムシューフ?」
「はい。何でも溶かしてしまうアシッドブレスを吐いてくるため、邪竜と呼ばれて忌み嫌われている大変危険なドラゴンです」
「そんなに危険なのか?」
「はい。以前にも遠征中に部隊が襲われてしまった事があったのですが、その時に受けた部隊の被害が大き過ぎて遠征が急遽中止になってしまったくらいです」
どうやら、お目当てのグレートドラゴンほどではないが危険なドラゴンらしい。
ステータス画面を確認すると確かにムシューフと表示されていた。
ちらりとムシューフを見ると、何かを食べているのか口をもごもごと動かしていた。
「セレナ、ちょっと周りを警戒していてくれるか?」
「わかったのぅ」
ミリタリーバックからモンスター図鑑を取り出して詳しく調べる。
「達也さん、こんな時に何を呑気に本なんて読んでいるんですか?」
「うーんとな、敵を知り、己を知ればこそ百戦して危うからずと言ってだな。まあ、図鑑でムシューフの生態を詳しく調べてるんだよ」
「え? 図鑑?」
「まあ、こんな重くて嵩張るものを持ち歩く冒険者なんて居ないだろうから、そんな発想は出てこないだろうけどな」
えーと、なになに?
ムシューフと呼ばれるドラゴンは強力な腐食液を吐くドラゴンである。
斬り付けた時にも血液から腐食液が飛び散るので、倒す時には細心の注意が必要である。
うへー、血液が酸なのかな?
接近戦を挑むのは自殺行為だな。
ふむふむ、レベルは53とリーフドラゴンよりも少しだけ高いんだな。
酸を吐くらしいから、その分危険という認識でいいのかな?
でも、全長が3mくらいだしこいつもヒート弾を使うまでもないな。
うーん、今回の目的はグレートドラゴンなんだから逃げてしまってもいいんだけど、探索時に邪魔をされると面倒だな。
生息地にはドラゴンバレーも含まれているみたいだし、倒してしまった方が良さそうだな。
「達也さん、どうするんですか? 逃げるのなら早くしましょう」
「まあ、そこで見てなって」
対物ライフルのヘカートを取り出すと、銃身をムシューフへと向ける。
うつ伏せになって狙いを定めると、ゆっくりとトリガーを絞った。
ズシャーン!
大地を揺るがすような発射音と同時に、コッキングレバーを逆手に握って自分の方へと引っ張り空薬莢を排出する。
ボトリと鈍い音がすると、観葉植物に使うアンプルのような巨大な薬莢が地面に落ちていた。
流れるような動作でコッキングレバーを順手に持ち替えると、前に押し出して弾薬を再装填する。
再びサイトを覗くと、初弾は見事にムシューフの胴体を貫いていたようで12.7mmの1発だけで勝負は完全についていた。
ステータス画面を確認するとムシューフのHPは0になっている。
「終わりだ」
ヘカートをガンボックスに収納すると、おもむろにうつ伏せの射撃状態から立ち上がる。
ヒュッケを見ると唖然としたような顔のまま言葉が無いようだった。
ムシューフをミリタリーテントに収納すると再び探索を開始する。
「なあ、ヒュッケ? もっと南端の方を探索した方がいいのかな? 生息地はドラゴンマウンテンの南端って書いてあるんだけどさ。ヒュッケ?」
返事の無いヒュッケを見ると、何かを考えているような顔でとぼとぼと歩いていた。
そういえば、ムシューフを解体している時もずっと元気がなかったな。
どうしたのだろうかと考えていると、ヒュッケが突然立ち止まった。
「どうした? ヒュッケ?」
「もう……いいです」
「え? 何が?」
「グレートドラゴンの討伐です」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! グレートドラゴンと遭遇さえすれば倒して見せるから」
ヒュッケに突然『もういいです』と断られてしまい、慌てて身振り手振りを交えて必死に説得する。
「いえ、そうじゃなくて……達也さんの実力は充分に理解しました。異世界から来たのも、魔王を倒すという言葉も信じます」
「え? グレートドラゴンを倒してないけどいいのか?」
「はい。それより、達也さんにお願いがあります」
ヒュッケが真剣な表情になる。
「お願い?」
「僕は強くならなければいけないんです。僕は自分の愚かさで大切な飛竜を失ってしまいました。それだけじゃなくて、僕に戦い方を教えてくれた人や守ってくれた人達……僕は」
ヒュッケの目に涙が溜まっていた。
「俺に求める協力とは何だ?」
「僕が強くなるためのサポートを。達也さん! お願いします! 僕はドラゴンと戦って強くなりたいんです」
「なっ!? あれと生身で戦うつもりなのか?」
「無茶は百も承知です。こんな事を頼んでも誰も首を縦には振ってくれないでしょう。恐らくは僕だって、戦えば初戦で何もできずに終わりだと思います。だから、達也さんにサポートして欲しいんです」
「馬鹿を言うな! お前はモンド王国の騎士で勇者なんだぞ? 死んでしまいました御免なさいじゃ済まないんだ! 俺だって下手すりゃ投獄されちまう」
「達也さんには迷惑が掛からないよう取り計らいます。死は……死は、ひっく、覚悟のうえです。それでも、僕は戦わないといけないんだ!」
ヒュッケが体をガタガタと震わせて、目から涙をボロボロと零しながら訴えてきた。
「お前が……魔物の群れの中に墜落して、死ぬほどの思いをした事はセリアから話しを聞いている。なら、あの死の恐怖を知っているはずだろ? それでもまだ戦うと言うのか?」
「はい!」
ヒュッケが間髪入れずに答える。
「……そうか」
どうやら、決意は固いらしいな。
あの死の恐怖を知っていてそれでも戦うのだと決めたのなら、その男の決意を無碍にするわけにはいかない。
「たっつん、ひゅっくんいじめちゃだめぇ」
「苛めているわけじゃないんだよ」
セレナの頭を優しく撫でる。
そう、覚悟を確かめていただけだ。
それに、あのぎらぎらした目。
あれは、俺と同じだ。
自らの弱さを知っていて、それでも強くなろうと必死に抗う者。
そんなやつを見捨てることはできねえよな。
面倒だが、しかたねえ。
「いいだろう。最大限のサポートはしてやる。でも、死んでも恨むなよ?」
「はい、よろしくお願いします」
こうして俺達は、しばらくの間パーティを組むことになった。




