194話 アウトドアで魚を食べよう
「セレナ、生木は燃えないから駄目だ」
「ほぇ?」
足下に落ちていた枝を拾っていたセレナが、きょとんとした顔でこちらを振り返る。
「薪として使える木はな、こういった渇いたすかすかの軽い木のやつだ」
「どうして燃えないのぅ?」
「木も食事で水を吸収するんだよ。その時にな、木の血管である繊維層に水が蓄えられてしまうからなんだ」
「けっかん? せんいそう? セレナよくわからないのぅ」
「まあ、水分を含んでいるから燃えないってことさ」
詳しく説明するのはあきらめて、セレナに薪を拾うようにお願いする。
昨日と同様にドラゴンマウンテンでドラゴンを狩った後、ドラゴンリバーで昼食の準備をしていた。
今日の昼食はメインにドラゴンフィッシュの焼き魚を作って、サイドメニューにはドラゴンフィッシュの香草蒸しを作ろうと考えている。
「たっつん、お魚焼くんだよねぇ?」
「ああ、そうだよ」
「お魚はぁ?」
集めた薪に火を点けて燃やしているとセレナが首を傾げて尋ねてきた。
「先に炭を作るんだよ」
「すみぃ?」
「ああ。直接火に掛けると、表面だけ焼けて中身が生のままといった悲惨な状態になるからな。弱火でじっくりと焼くために炭を作る必要があるんだ。この黒いのがそうだな」
手に持った棒で炭化して真っ黒になった薪を突く。
「あれぇ? たっつん、セレナそれテントの中でも見たよぉ」
「そうだよ。いつでも使えるように常備しているからな」
「あれは使えないのぅ?」
「使えるよ。でも、それじゃあ面白くないからな。あくまでも現地で調達するから面白いんだよ」
「うー、セレナよくわからないのぅ」
セレナが困ったような顔をして唸っていた。
セレナの可愛い顔に癒されるとスコップを使って穴を掘る。
「たっつん、何してるのぅ?」
「見た通り、穴を掘ってるんだよ」
「ほぇ? 炭を作るんじゃなかったのぅ?」
「これは、蒸し焼き用だな。ここに埋めてその上で薪を燃やして蒸し焼きにするんだよ」
何にでも興味を示すセレナに笑顔で答えると、肝心の魚を捕るために釣りの準備を始めた。
今回の釣りは、餌付けの必要がない手軽なルアーフィッシングである。
撒き餌としては、小麦粉に甘みのある芋を混ぜて作ったねり餌を用意してきた。
雑食らしいので、こいつをばら撒けば我先にと集まってくるだろう。
「いいかセレナ。こうやって竿をくいくいと揺すりながら、リールをゆっくりと巻いていくんだ」
目の前の川辺にちゃぽんとルアーを落とすと、竿を揺すりながらリールを巻く。
「たっつん、すごい! お魚が泳いでるみたいなのぅ」
「はは、そうだろ? それで、餌の魚と間違えて食いついて来るんだよ。よし、まずは俺が手本を見せるからな」
シュッと竿を振ってルアーを投げると、ちゃぽとかすかな音を鳴らして川面に小さな波紋が広がる。
竿を軽快に揺すりながらリールを巻いていると、数秒と経たずに強烈な当たりがあった。
「フィッシュオン!」
当たりと同時に竿を素早く横に振って魚の口に針を引っ掛ける。
確かな竿のしなりを感じながらリールを巻くと、手元に置いてあるタモ網で鮮やかにドラゴンフィッシュを掬い上げた。
サイズは……40cmオーバーか?
なかなかのサイズだな。
それにしても、撒き餌を投げてないのに一投目から当たりがあるとは……
これは入れ食いの予感がするぜ。
「たっつん、すごい! セレナもやるのぅ!」
「よーし、やってみろ。いいか? 基本はトローリングの時と同じだからな。ただ、引きはそれほどではないから竿を上げなくても普通にリールを回せるはずだ」
簡単に説明した後、セレナがシュッと竿を振るとジャポンと盛大に飛沫を上げて目の前にルアーが落ちた。
「違う違う。投げる時にタイミングを合わせて糸を離すんだ」
「いいか? こうやって竿を振って、運動エネルギーの加重が移動したこのタイミングで糸をゆびから離すんだ」
セレナの手を取ってルアーの投げ方を教える。
「うーんとぅ、こう?」
セレナがシュッと竿を振ると、綺麗な弾道を描いて指定したポイントにぴたりとルアーが飛んで行った。
さすがはセレナだな。
体を動かすセンスが違う。
「たっつん、きたぁ!」
セレナがリールを無造作に巻いているとすぐに当たりがくる。
セレナが喜び勇んでリールを巻いていた。
「よーし、ゆっくりでいいからリールを巻いていけ」
うーん、ドラゴンフィッシュがまったく人間を警戒していないみたいだ。
魚が泳いでいるように見せかける技術は不要かな。
「たっつん、これ面白いよぉ」
「それは良かった。じゃあ、食べる分だけさっさと釣るぞ」
撒き餌を投げて釣れる確率を高くすると、セレナと競争状態で十匹のドラゴンフィッシュをあっという間に釣り上げる。
「こんなもんでいいかな? セレナ、そろそろ切り上げて飯の支度をするぞ」
「やだぁ! セレナもっと魚釣りするのぅ」
「え? しょうがないなあ。じゃあ、昼食の用意が出来るまでだぞ?」
「わかったぁ!」
セレナが笑顔で元気に返事をしていた。
やれやれ、いつの間にか食べるための魚を取るという手段が目的に変わっちまったようだな。
まあ、俺としては魚釣りを楽しむ事も目的だったから、セレナをとやかく言うつもりは無いんだけどね。
生きる事だけが目的なんてつまらないからな。
人生、楽しければそれで良しだ。
楽しそうに魚釣りに興じているセレナを微笑ましい気持ちで眺めると、かまどを作った場所へと移動した。
さあてと、まずはドラゴンフィッシュの香草蒸しから作ろうかな。
釣った魚の内臓と中骨を綺麗に取り除いて塩でしっかりと匂いを取ると、代わりに香草や調味料を身の間に挟みこむ。
ドラゴンマウンテンに群生していた笹のような葉に包むと、掘っていた穴に埋めてその真上で薪に火を点けた。
「これで良しと」
さあ、お次は今回のメインとなる焼き魚だ。
焼き魚と一言で言っても、ただ焼けばいいと言うわけでは無い。
美味しく食べるにはいろいろとコツがあるんだ。
まず、内臓をしっかりと排除して水でしつこいくらい洗って少しでも匂いを消す。
そうしないと生臭くて美味しくないからだ。
次に串を刺すわけだが、その時は中骨を縫うようにしなければいけない。
そうしないと重心がずれてしまって、特定の面を焼く時に固定するのが困難になってしまうからだ。
次に塩を振るわけだが、うっすらと白くなるまで豪快に振りかけてしまってかまわない。
川魚は身が淡白なものが多いからだ。
余計な塩は、食べる時にぱっぱと払い落とせばちょうどいい塩加減になるから問題無いんだ。
最後に一番重要な焼き方だ。
最初は表面の皮をカリッとさせたいために強火で焼いて、あとはしっかりと中まで火を通すために炭の弱火でじっくりと焼く。
炭火の遠赤外線による輻射熱を活かすために、しっかりと石を積み重ねて熱が篭るようにかまどを作るのがポイントだ。
準備が終わるとセレナを呼びに行く。
「セレナ、昼飯の準備ができ……なんじゃこりゃあ!」
釣った魚を入れておくために置いてあった大きな水瓶には、あふれんばかりのドラゴンフィッシュが積み上がっていた。
驚いてセレナを見ると、撒き餌をばら撒いて群がってきたドラゴンフィッシュをタモ網で掬って遊んでいるようだった。
「あははは、たっつん、面白いのぅ」
「こら、セレナ! 取っていいのは食べる分だけだ。ドラゴンフィッシュを川に戻すんだ」
「あー! たっつん、だめぇー! セレナがとったのぅ」
水瓶にいっぱいになっていたドラゴンフィッシュを川に戻そうとすると、セレナが腕にしがみついて必死に抗議してくる。
「セレナ、いいか? 食物連鎖といってな、捕りすぎると生態系のバランスを崩してしまって魚がまったく捕れなくなってしまうこともあるんだ。それだけじゃない! 天敵となっていた魚が急に居なくなったことで、ボウフラなんかが急激に増えて疫病が蔓延したりと、自然の恵みを疎かにするとろくなことにならないんだよ」
「やだやだやだ、セレナがとったのぅ」
ムスッとした顔をしてセレナは頑として譲らない。
「はあ、しょうがないなあ」
溜息をつくと、延々と果てまで続いているかのような雄大なドラゴンリバーを眺める。
周りを見回しても当然ながら俺達しか居ない。
まあ、このくらいなら生態系の心配はないか。
もっとも、皆がこんな考え方をしていればすぐにでも生態系に影響が出るから駄目なんだけどね。
うーん、でも困ったなあ。
こんな大量の魚を持って帰っても食べきれないし、捨てるなんてのはもってのほかだ。
「セレナは、これを全部自分で食べたいのか?」
「違うのぉ」
セレナがぶんぶんと首を左右に振る。
これは……
セレナは自分が食べたいとかそんな理由ではなくて、魚を捕ったという功績が有効に活用されれば満足だといった短絡的な考えなのでは?
ようするにお子様特有の自己満足というやつだな。
「セレナ、さすがに俺達だけじゃ食べきれないから、アニー商会の取引先の漁業関係者に卸してもらおう。そうすれば、セレナが捕った魚をみんなが食べられるぞ?」
「ほんとぅ? わかったのぅ」
セレナが途端に満足したような笑顔になった。
どうやら、正解だったみたいだ。
「さあ、そろそろ焼ける頃だから、昼飯にしようか」
「やったぁ! セレナお腹すいたのぅ」
セレナが元気に返事をすると同時に、セレナのお腹がまるで催促するようにくぅ~と可愛らしく鳴っていた。
かまどの前に移動すると、地面に直接腰を下ろしてセレナに食べ方の説明をする。
「いいか? 魚の中央に大きな中骨があるから、こうやって身の部分だけをこそぎ取るように、もごもご、う、うま」
説明しながらドラゴンフィッシュの塩焼きに豪快にかぶりつくと、あまりの旨さにセレナに説明している最中だと言う事をすっかりと忘れてばくばくとがっついてしまう。
これが、ドラゴンフィッシュの塩焼き……
ぱりっと香ばしい皮には旨みのある塩味が効いていて、淡白な白身にこれ以上無いと思えるほどの抜群の相性だ。
シンプルだがこれはあなどれないぞ。
「たっつんばかりずるいのぅ! セレナも食べるぅ!」
あまりの美味しさに感動していると、セレナが早く自分にも食わせろと文句を言ってきた。
「ああ、すまん。ほれ、小骨はやわらかいから、そのまま噛み砕いて飲み込んでしまえばいいからな」
セレナに急かされて、かまどに突き刺していたドラゴンフィッシュの塩焼きを急いで渡す。
焼き魚を受け取ったセレナは大きな口をあけて豪快にかぶりついた。
「うむー! たっつん、美味しいのぅ~。セレナもっと食べるのぅ」
「はいはい。まだ香草蒸しもあるからな」
セレナに追加で塩焼きを数本渡すとスコップで埋めていた香草蒸しを掘り出す。
土を払って笹の葉を開くと、途端にふんわりと香草の独特の香りが辺りに漂った。
「うほー、いい感じなんじゃないの? あちち」
ドラゴンフィッシュの頭と尻尾の両端を持つと、レモン汁を掛けて香草の挟まっている白身にかぶりつく。
瞬間、口に中に香草の爽やかな香りが突き抜けて行った。
「うーん、旨い。これは酒蒸しにしてもいいかもしれないな」
香草のおかげで生臭さのようなものは綺麗に消えていて、レモン汁の爽やかな酸味と胡椒のスパイスがほんのりと効いている優しい味になっていた。
「セレナも食べる」
「ああ、はいはい。ほれ」
セレナの分の香草蒸しを渡す。
「美味しいよぉ。でも、セレナは塩焼きの方がいいのぅ」
どうやら、セレナの口にはあまり合わなかったらしい。
お子様にはちょっと難しい味だったかな。
「たっつん、塩焼きはもうないのぅ? セレナもっと食べるのぅ!」
「うん? そうだな……。もう少し入りそうだな」
すでにセレナと2人で10匹ほど食べていたのだが、パンや御飯などの主食が無いためか少し足りなかったようだ。
うーん、今からまた塩焼きを作るのも芸がないよな。
焼くと蒸すときたからなあ……
そうだ! あれを作ろう。
ドラゴンフィッシュを簡単に三枚におろすと塩と胡椒で味を調えた白身に小麦粉をまぶす。
熱したフライパンに、ニンニクとバターをポンと入れると両面に焦げ目がつくくらい焼いてからお酒を入れてフライパンに蓋をする。
「たっつん、いい匂いなのぅ」
「だろ? もう少し待ってくれよ? ……ほれ、セレナできたぞ?」
お皿にぽんと乗せて、フライパンに残った汁を掛ければ完成だ。
皿を渡すと、セレナはすぐにフォークで突き刺してがっつくようにして食べていた。
「どうだ? ドラゴンフィッシュのムニエルの味は? 焼くと蒸すの両方の技法が合わさった料理だぞ?」
「うむー! たっつん、セレナこれとっても大好きなのぅ」
どうやら、セレナに大好評のようだ。
「まあ、これがまずいわけがないからなあ。さて、俺も食べよう」
身を箸で摘むと、おもむろにばくりと食べる。
「うん、うまい」
ドラゴンフィッシュのムニエルはバターとニンニクのまろやかなコンビネーションに、胡椒と塩のスパイスがしっかりと効いた渾身の出来だった。
「うー、セレナお腹いっぱいになったら眠くなったのぅ」
食べ終えると、セレナが眠そうに目を擦りながら木に吊るして作ったハンモックへと向かう。
「ちょっと待った。寝るのはこれを飲んでからだ」
相変わらず野菜を食べなかったセレナに恒例の野菜ジュース……ではなくてミックスジュースを渡す。
嬉しそうにミックスジュースを飲んだセレナは、木陰に作ったハンモックにころんと横になるとそのまま気持ち良さそうに眠ってしまった。
やれやれ。
セレナはスーパー自由人だからな。
食べたい時に食べ、眠りたい時に眠る。
何のしがらみも気にせずに、俺もそんな生活を送ってみたいものだ。
食後の一服を終えると、毎日続けている鍛錬を行う。
まずは弓の稽古からだ。
エルフィンボウを絞ると矢の周りに不思議な風が集まってくる。
放たれた矢は、あきらかに物理法則を無視して風を切り裂くようにして飛んでいた。
「うーん、やっぱり普通の弓で射った矢と描く軌跡が違うんだよ」
矢にロケット弾のように推進力があって自走するような感じだろうか?
10m離れた的に向かって矢を射る。
狙った位置から10cmほど外れて的に当たる。
20m離れた的に向かって射る。
今度は、狙った位置から30cmくらいは外れていた
うーん、やっぱりボウガンと違って弓は難しい。
ただでさえ飛んで行く軌跡のイメージが難しい弓なのに、動体視力が云々以前に止まっている的にすら満足に当てることができてないからな。
納得するまで弓を射ると今度は剣の稽古を始める。
魔物の前で剣が抜けなくなったとは言っても、剣の稽古はできるからな。
一心不乱に抜刀を繰り返す。
俺にはセレナのような素質も才能も無いから、小手先の技をいくら磨いても駄目だ。
だから、ただひとつだけ。
それを必殺の領域にまで高める。
どれだけの時間が経過したのか。
体からはぼたぼたと大量の汗が零れて湯気が立ち上っていた。
「ぶはー、ぜえぜえ」
限界だ。
腕が上がらなくなるまで体を動かすと、今日の鍛錬を終了した。




