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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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193話 商人アニーの矜持

 ジュワアアア


 鍋の中では、プクプクと油が勢い良く泡立っていた。


 ふわ~んと香ばしい醤油の匂いが、辺り一面に漂っている。


 「たっつん! 早くするのう」


 「こら、セレナ! 危ないだろ? 今、油を使ってるんだから止めるんだ」


 あまりのいい匂いに我慢しきれなくなったのか、セレナが俺の服の袖を引っ張って早く作れと急かしていた。



 ドラゴンマウンテンを下山した俺達は、その山から流れるドラゴンリバーの下流にて少し遅めの昼食を作っていた。

 作っているのはチキンドラゴンの竜田揚げである。


 空揚げも美味しいんだけどね。

 チキンドラゴンの肉がどんな味なのかわからなかったから、外れがないように下味をつける竜田揚げにしたんだ。


 「たっつん、どんどん入れるのう」


 「駄目だ。揚げ具合にムラができるからな」


 急かすセレナに、油の温度が下がりすぎないように注意しながら少量づつ丁寧に揚げてゆく。

 油切りの網棚には、すでに揚げたてのチキンドラゴンの竜田揚げがこんもりと山積みになっていた。


 「うー」


 セレナがこっそりと山積みになっていた竜田揚げに手を伸ばす。


 「セレナ、まだ食べちゃ駄目だ。俺が今作ってるだろ? セレナだけ食べるのか?」


 「セレナお腹空いたのぅ」


 つまみ食いをしようとしたことを叱ると、セレナはしょんぼりと項垂れていた。


 セレナを叱るのは心苦しいが、セリアにも甘やかすなと釘を刺されている。

 セレナが嫌われ者になってしまわないように、しっかりと分別を教えないとな。


 大きなお皿にこんもりと揚げた竜田揚げを積み上げると、ミリタリーテントから取り出した簡易のテーブルとイスを並べる。

 気持ち程度に作ったポテトサラダを添えてバランスをとると、飲み物にはアニー商会から仕入れた冷茶を淹れた。


 「さあ、出来たぞ」


 「たっつん! もう、食べていいのぅ?」


 「ああ、いいぞ。さあ、食べろ」


 「セレナ食べるのぅ。はふはふ、あ、あついのぅ、うむ~! たっつん! こ、これぇ、おいしいのぉ」


 セレナがグサリと竜田揚げをフォークで突き刺すと、あついあついと言いながらも頬張るようにして食べていた。


 「そうか、美味いか。さて、じゃあ俺も食べるかな」 


 湯気の立ち昇っている熱々の竜田揚げを箸で摘むと、かぶりと豪快に噛み締める。

 ころもの中からじゅわっと旨みのある肉汁が溢れ出してくると、下味に付けた醤油と相まって何とも言えない芳醇で濃厚な味が口内に広がった。


 会心の出来に、思わず意識が違う世界へ行ってしまいそうになる。


 う~わ~、これはやばい。

 ビールを飲む人はきっとこれが最高なんだろうな。


 セレナと競争するようにばくばくと食べ続けると、気つけばあっという間に山積みになっていた竜田揚げは無くなっていた。


 「ふう、食った食った」


 「たっつん、セレナしあわせなのぅ~」


 「おいおい、ずいぶんと安い幸せだな」


 セレナは、いつにも増してぽやーんとした幸せそうな顔をしている。


 どうやら、満足してくれたようで良かった。



 食べ終えると食器の片付けをして、アニー商会で購入したモンド産のコーヒーを淹れる。

 野菜をあまり食べなかったセレナには、栄養バランスを考えて果汁100%の野菜ジュースを用意した。


 「ほら、セレナ野菜ジュースを作ったぞ」


 「え!? 野菜なのぅ?」


 セレナが顔をしかめる。


 まずい。

 警戒してしまったか?


 うーん、何か手を考えねば。


 「えーとだな。これは、そう! ミックスジュースだ!」


 「え? ジュースなのぅ?」


 セレナが興味を示したような顔になる。


 「そう! こいつは野菜をベースにしているが、フルーツをふんだんに使って味を調えているんだ」


 「フルーツ? 美味しいのぅ?」


 「ああ。それは俺が保障する」


 「じゃあ、セレナ飲むのぅ~」


 初めは警戒したような顔をして野菜ジュースから距離を取っていたセレナだったが、オレンジやレモンなどをブレンドして飲みやすくしたフルーティなミックスジュースだと説明すると美味しい美味しいと喜んで飲んでいた。


 まあ、物は言いようである。

 厳密に言えばミックスジュースだし、セレナも喜んでいるみたいだから問題無いよね?



 セレナにミックスジュースを渡して一息つくと、食後のコーヒーをグビリと飲む。


 「うーん、旨い! やはりコーヒーは鮮度が命だな……香りがまったく違う」


 でも、これだけの品質ならもう少し酷があってもいいかも?

 時間を作って、自分でコーヒー豆を焙煎ばいせんしてみるか? 


 淹れたてのコーヒーを啜りながらドラゴンリバーの川面を眺める。

 キラキラと太陽の光を反射する川面には、大小多数の魚が元気よく泳いでいた。


 「へえ、魚が結構居るもんだな」


 魚のステータス画面を確認するとドラゴンフィッシュと表示される。

 図鑑を取り出して詳しく調べてみると、雑食で何でも食べるが食用として大変美味だと書かれていた。


 ほう、食べられるのか?

 ふむふむ、現地で釣ってその場で魚を焼いて食べるってのも乙でいいかもしれないな。


 ドラゴンリバーは見通しも良くて安全だから、のんびりお昼を食べるにはちょうどいい場所だしね。


 よし! 明日の昼食は焼き魚に決定だな。



 ビーチチェアに寝そべって薬師の本に目を通していると、真っ赤に変わり始めた西日がちらりと視界に入る。

 ステータス画面の時計を見ると、時刻はすでに午後の6時を回ろうとしていた。


 「おっと、もうこんな時間か。セレナ、そろそろ帰るぞ」


 セレナに声を掛けるが返事が無い。


 セレナは木に吊るして作ったハンモックで、すやすやと気持ち良さそうにお昼寝をしていた。


 「セレナ、そろそろ帰るぞ」


 「ふぇ? 帰るのぅ? うー、セレナまだ眠いのぅ。たっつん、抱っこしてぇ」


 「まったく、うちのお姫様は我が侭だからな」


 寝ぼけているセレナをお姫様抱っこで運ぶと、グロウラーの助手席に乗せてシートベルトを締める。

 運転席に座りエンジンを始動させると、セレナを起こさないように緩やかにアクセルを踏み込んでグロウラーを加速させた。



 「ただいま」


 「おかえりなさい。あれ? セレナは寝ているの?」


 宿に帰ってくると、先に戻っていたようすのセリアが出迎えてくれる。


 「ああ。どうやら、はしゃぎ過ぎて疲れてしまったみたいだな」


 「ふふ、そう」


 セリアがセレナの寝顔を見て愛おしそうに微笑む。


 「あ、そういえば、アニー商会という所から、リムルという人が訪ねてきたと連絡が来てたわよ」


 「え? そうか。じゃあ、ちょっと今からアニー商会に顔を出してくるかな」


 「今から行くの? もうすぐ夕食よ?」


 「先に食べていてくれ」


 セリアにセレナを任せると、アニー商会に急いで向かった。



 「執行者様! ようこそいらっしゃいました」


 「アニーは居るか? リムルが来たと連絡を受けたんだけど」


 アニー商会に入ると、受付嬢のエルフの女性がわざわざ受付から出てきて恭しく挨拶をしてきた。


 「その件でしたら、現在は契約中で奥の応接室にいらっしゃいます」


 「お、リムルはまだ商会に居るのか。それはちょうどいい」


 「では、執行者様、ご案内させて頂きます」


 「いや、そこまでしてくれなくていいから。場所はわかるから大丈夫だよ」


 受付のエルフの女性に軽く断りを入れると、足早に応接室に向かう。


 コンコンと軽くノックをしてから応接室の部屋に入ると、アニーとリムルが契約書らしき書類を指差して話をしていた。


 「これは執行者様」


 「むっ、達也ですか」


 「リムル、ずいぶんと早かったな?」


 アニーに軽く手を上げて挨拶するとリムルに話し掛ける。


 「前から準備だけはしていた」


 「そうか。それより、機嫌が悪そうだけど気に入った物件が無いのか?」


 むっ、という言葉が出ていた事から機嫌が悪そうだと判断して尋ねる。


 「物件は気に入った。すでに契約をしている最中」


 「物件は? じゃあ何が駄目なんだ?」


 「むっ、ポーションの材料にするドラゴンの素材があまり売られていない」


 リムルの表情の変化は相変わらず乏しいが、どうやらかなり機嫌が悪いようだ。


 「アニー、ドラゴンの素材はそんなに売られて無いのか?」


 「はい。販売数が非常に乏しいと言いますか、そもそも素材の供給の方がほとんどありません。それに、現在はドラゴンを狩れるような上級冒険者の方々はグルニカ大陸で魔石の争奪戦をしていますので、なおさら……」


 「なんだって? アニーちょっと来てくれ」


 リムルをひとり置いてアニーと応接室から出る。


 「執行者様?」


 不思議そうな顔をしていたアニーを他所に、ミリタリーバックの中からリーフドラゴンの葉を取り出して見せる。


 「し、執行者様! それはまさかリーフドラゴンの葉ですか?」


 「声がでかいよ」


 「も、申し訳ありません」


 扉の向こうに居るリムルに聞こえなかっただろうかと、ひやひやしながらアニーに注意する。


 「その様子だと、これをアニー商会で販売したら目立つのかな?」


 「はい。大騒ぎとまではいきませんが、間違い無く騒ぎにはなると思います」


 「うーん、でもリーフドラゴンはレベル50だよね?」


 「はい。そのレベル50のリーフドラゴンを倒すには、レベル50以上の冒険者が多数必要です。レベル50と言えば上級冒険者ですから一握りの者しかおりません」


 アニーが真面目な顔で即答する。


 あれ? 俺の認識がおかしいのか?

 そういえば、デスゲームのせいでめちゃくちゃな戦いを強いられてきたからなあ……


 ちょっと感覚がおかしくなっているのかもしれない。


 なんせこの後も、レベル70越えの火竜やヒュドラを倒そうと考えてるんだもんな。


 「ちなみに、売るとしたらいくらになるんだ?」


 「捨て値でも8000万モンドです」


 「ぶっ! まじか?」


 エルに換算すると1000万エルか?


 「ちょっと聞きたいんだけど、ひょっとしてこれ1枚で8000万モンド?」


 「そうですけど……まさか他にも?」


 アニーがぎょっとしたような顔をしていた。


 リーフドラゴンの葉は全部で8枚あった。

 当然ながらすべて回収している。


 8枚で8000万エル。

 ドラゴン関係の素材は高額だと聞いてはいたけど、まさかこんなに高値とは……


 1年前はホーンラビットを狩って数千エルで喜んでいたんだよな?

 Bランク冒険者が受けられる割りの良い依頼でも、1回で数百万エルだぞ?


 「執行者様?」


 下を向いて黙ったまま考え事をしていると、アニーが心配でもしたのか声を掛けてきた。


 「え? ああ、悪い。えーと、じゃあチキンドラゴンならここで販売しても大丈夫かな?」


 「問題はありませんが、ドラゴンバレーにはチキンドラゴンは生息しておりませんよ?」


 「え? そうなの?」


 「はい。ここからもっとも近い生息地だと、ドラゴンマウンテン辺りでしょうか? たいへん美味なそうなので、王族の方が食べるためにドラゴンナイトが派遣されることもあるそうですよ」


 「王族が食べるためにドラゴンナイトを? ああ、そうか。ここからドラゴンマウンテンまで200~300kmはあるからな。でも、それじゃあここで販売して大丈夫なのか?」


 「問題ありません。まれにですが、秘氷の水晶で凍らせて運んで来る人がいますから」


 「運んで来るって……ここからドラゴンマウンテンまで200~300kmはあるよね? その距離をわざわざ運んで来るのか?」


 「はい。ですから、食肉としてはかなりの高額でのお取引になっております。取引先も一部の高級料理店だけですから」


 「うわー、それはご苦労なことで……ちなみにおいくら?」


 「時期と物によりますが、現在の取引値は、1匹4000万モンド~8000万モンドほどかと」


 なんてこった。

 ただの肉塊が、500万エル~1000万エルですか?


 え? ちょっと待って。

 あれ1匹で20~30kgくらいだったから、1kgで20万~50万か?


 どんな肉だよ。

 ちょっと前に、セレナと一緒にばかすか食っちまったぞ。


 「あの、執行者様。ひょっとしてチキンドラゴンをお持ちなのでしょうか?」


 「ああ、まあね」


 「それでしたら、是非とも買い取らせて下さい」


 「うん、初めからそのつもりだから問題ないよ。それよりムルを待たせてるから、これを先に渡しておくよ」


 ドラゴンリーフの葉をアニーに渡す。


 「リムルにこいつを見せてやってくれ。もし、リムルが欲しいようなら売っていいから」


 「執行者様、どういうことでしょうか?」


 「えーとね。リムルはエンチャンターで、モンド大陸にはドラゴンの素材でいろいろなポーションを作りたいから来たんだよ」


 詳しい事情は省いて要点だけをアニーに伝える。


 「はあ、そういうわけだったのですか」


 「素材の出所を聞かれてもエルフの伝手と言って、俺の事は絶対に話さないでくれよ?」


 「はい。その点は守秘義務がありますから問題ありません。それより、リムル様が買われるようでしたらいくらで販売いたしましょう? かなり良い品だと思うのですが、私ではリーフドラゴンの葉の良し悪しまではわからないものですから」


 「え? そうか……うーん、じゃあ相場の価格……いや、安めでいいや」


 アニーと話しをつけるとリムルの待っている応接室に戻る。


 「むっ、何をこそこそと相談していたのですか?」


 契約の資料を読んでいたリムルが顔を上げる。


 「いや、アニーにドラゴンの素材がないのか確認してもらっていたんだよ」


 「むっ、そうだったのか。それであったのですか?」


 アニーに目配せする。


 「今はこちらしか」


 「むっ!? これはリーフドラゴンの葉。いくらですか?」


 リムルが突然がたんとソファから立ち上がると、表情はそのままでアニーにズイッと迫っていた。


 少し怖い。


 「9600万モンドになりますが」


 「買った」


 リムルが即決で購入していた。


 「リムル、それはそんなにいいものなのか?」


 「これは、仮に2億モンドだと言われても買うか悩んでしまうほどの代物。私はエンチャンターだから、微弱な魔力から素材の良し悪しはすぐにわかる。そう、これはまるで今日……取って来たかのような? おかしい。リーフドラゴンはドラゴンバレーに生息していない」


 リムルが無表情で首を傾げていた。


 「まあまあ、物がいいならいいじゃないか。それよりポーションを作るんじゃなかったのか?」


 「むっ、確かに。契約も終わった。早く帰ってこれを調合する」


 リムルが契約書の書類を仕舞って、そそくさと帰り支度をしていた。



 「それじゃあリムル、店がオープンしたら連絡をくれよ」


 「わかった。達也もドラゴンの素材を拾ったら持ってくるといい。格安でポーションを作る」


 「はは。その時はサービスしてくれよ?」


 リムルが黙ってコクリと頷く。

 相変わらずの無表情だったのだが、その表情はなんとなく嬉しそうだった。


 リムルを見送った後、商会の奥にある事務所に戻る途中にぎゃーぎゃーと騒がしい声が商会の方から聞こえてくる。

 ほどなくして、エルフの従業員らしき人が慌てたように走ってきた。


 「社長、執行者様とのお話中に申し訳ありません。ナッツさんが、どうしても今すぐに社長に会わせてくれと」


 「ナッツさん? パン屋の融資の件ですか? 執行者様、申し訳ありません。少しだけ席を外します」


 アニーがぺこりと頭を下げると、商会の方へ小走りで向かった。


 パン屋? ひょっとして昨日会ったミミのお父さんの事かな?


 アニーの後を数十秒遅れで追いかけるように商会に向かう。


 「だから、あの白い粉を売ってくれと言ってるんだよ」


 「何の事ですか?」


 事務所に続いている渡り廊下から商会に入ると、エルフの男がアニーに大声で何かを懇願している所だった。


 会話だけ聞いていると、完全にやばい取引の現場に踏み入ってしまった感じだ。


 「アニー、恐らくは小麦粉のことを言ってるんだと思うよ」


 「執行者様?」


 後ろから声を掛けると、アニーが驚いたようにこちらを振り向く。


 「そう! そうなんだ! あの白い小麦粉を今すぐ売ってくれ。頼む」


 エルフの男が商会の床に顔を擦り付けるように頭を下げる。


 「ナッツさん、止めて下さい。でも、ナッツさんがどうしてあの小麦粉のことを? まさか、誰かが情報を漏らして」


 アニーの顔が青くなる。


 「アニー、それは大丈夫だ。ええと、ナッツさんはミミちゃんのお父さんでしょうか?」


 アニーに今も頭を下げているナッツと呼ばれていたエルフの男にミミの父親なのか確認する。


 「はあ、そうですが、貴方は?」


 「初めまして、俺は達也と言います。昨日ミミちゃんに小麦粉を渡したのは俺です」


 「え? では、貴方がミミに」


 「執行者様が?」


 「すまんアニー。昨日言っておけば良かったんだけど、実際に来るかまではわからなかったからね」


 「来るかわからない?」


 アニーが何のことだと首を傾げていた。


 「それで、小麦粉は売っていただけるのでしょうか?」


 ナッツさんが不安そうな顔で尋ねてくる。


 「執行者様、どういたしましょう?」


 「売ってあげればいいんじゃないかな? プロモーション用にあらかじめ製粉していた在庫があるだろう?」


 「あ!? そういうことですか。でも、よろしいのですか? まだ生産体勢が整っておりませんが」


 「ふふ、宣伝してもすぐに伝わるわけじゃないからね。だから、商品を用意する前に予め宣伝しておくのさ」


 釈然としないようすのアニーに、にやりと笑って答えた。



 後の事を従業員のエルフに任せて事務所に戻って来ると、アニーが真剣な表情で話し掛けてきた。


 「執行者様、大切なお話があります」


 「リーフドラゴンとチキンドラゴンの件か?」


 予想していたため、頭を掻きつつ適当に答える。


 「はい。どちらもドラゴンバレーには生息していません」


 「うーん。まあ、しゃあないか。俺には長距離を短時間で移動する手段があるんだよ」


 「それは、何も無い所からリュックを取り出したような不思議な力ですか?」


 「ああ、そうだ。だから、これも秘密にしておいて欲しいんだが」


 「はい、それはもちろんです……はあ、安心しました」


 「安心した?」


 アニーのほっとしたような顔に疑問が浮かぶ。


 「はい。一部の悪質な業者なのですが、国のドラゴンナイトを私用に使って物資を裏で輸送しているらしいのです。ですから、もしかしてと」


 「なるほどな。となると、下手なドラゴンを売るとアニーがあらぬ疑いを掛けられるかもしれないのか」


 「それは……私ならば構いません」


 「いや、そう言うわけにはいかないから」


 アニーの健気な返答に苦笑しながら答える。


 どうするかな?

 とりあえずは、ドラゴンバレーでも生息しているドラゴンを狙う事にしよう。


 うん、それがいいよな。


 しかしなあ、遭遇するドラゴンは選べないんだから、いつまでもそれじゃあ効率が悪すぎるぞ。

 うーん、何か手を考えないとな。


 チキンドラゴンをアニーに買取してもらうために商会の地下にある倉庫に向かった。



 「このくらいの広さがあれば問題無いか……」


 ガンボックスからミリタリーテントを取り出して広い倉庫に広げる。

 少し驚いていたようすのアニーを尻目に、チキンドラゴンをテントの中からせっせと運び出す。


 「こちらが、チキンドラゴンですか?」


 「ああ、そうだ」


 「執行者様、これは素晴らしい状態です。凍らせていませんのでかなりの高値で取引できますよ」


 「アニー、それじゃあ疑われるから駄目だよ。しっかりと凍らせてからじゃないと」


 「ですが、取引価格が4000万モンドは変わるのですよ?」


 「かまわない。一文惜しみの百知らずじゃ洒落にならん。目先の小銭などくれてやれ」


 「それは……はい、わかりました」


 アニーがしぶしぶといった感じで了承する。


 「それと、問題はこっちなんだが……。アニー、ちょっと運ぶのが大変だからテントの中を見てくれるか?」


 「はい。……これは!? や、やはり、リーフドラゴンも仕留めていたのですね?」


 アニーがやはりと言いつつも、なんだか戸惑ったように妙におどおどとしていた。


 「うん。さすがにこいつを売るのは目立つだろうからな」


 「あ、あの……執行者様」


 「何だ?」


 「執行者様は、いったいどのくらいお強いのでしょうか?」


 「え? 強さ?」


 アニーの質問に、いつだったかモニカに居た頃にエミリーさんにも聞かれた苦い記憶を思い出す。


 「そうだな……俺の強さは大したことないよ。ただ……」


 アニーを見て一旦間を置くとにやりと笑う。


 「1対1(さし)でやらせてもらえれば、魔王だって倒してみせるさ」


 「ま、魔王ですか!?」


 「ははは、冗談だよ。まあ、やってみなければわからないけどね」


 笑って冗談交じりで答えると、アニーが驚いたように目をしろくろさせて俺を見ていた。


 もっとも、アニーに言った事の半分は本気だ。

 魔王と対峙さえできれば、今の俺の武装なら勝算は充分にある。


 「それはそうとして、こいつをどうやって処分するかなんだけど。うーん、もったいないけど、やっぱ葉だけ残して残りは捨ててしまうのが無難かな」


 「執行者様、お待ち下さい。リーフドラゴンの骨は保管ができますので、頃合を見て少しづつ販売すれば良いかと。肉の方も冷凍しておけば問題ありません」


 「え? 骨まで売れるのか?」


 「はい。ドラゴンの骨は軽くて頑丈なので、帆船を建造する時の船底などの基礎に使われたり、鎧を作る時に砕いたものを混ぜて強度を高めたりします」


 「そういえば、親父がドラゴンの骨を砕いて鎧に混ぜるとか言ってたな。まあ、骨はいいとしても、肉は冷凍保存しなければいけないからコストがかさむだけなんじゃ?」


 「リーフドラゴンの肉の方は……今はまだ無理かもしれませんが……すぐに販売できるような立派な商会にしてみせます!」


 アニーの言葉には何がなんでもやってみせるといった信念のような気迫が篭っていた。

 アニーの見せた確固たる決意の表明に思わず笑みが零れる。


 大きな商会なら上級冒険者が倒したドラゴンを売りに来るらしいからな。

 アニーの商人としての意地というものかな?


 ふふふ、やれるかどうかわからないがそれでも挑戦して立ち向かって行く。

 こういうやつは応援したくなるんだよね。


 それに、アニー商会が大きくなれば狩るドラゴンを選ばなくても済む。

 俺にとっても願ったり叶ったりだ。


 「わかった。リーフドラゴンの件はアニーに任せるよ」


 「はい! 執行者様、私にお任せ下さい」


 全幅の信頼を込めて任せると答えると、アニーの表情はなんだかとても誇らしげで嬉しそうだった。

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