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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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191話 アニー商会

 街から少し外れた立地まで足を運ぶと、そこにはモダンな感じの館がひっそりと建っていた。


 「ここがアニー商会か?」


 両開きの扉を開けて中に入ると、ぐるりと店内を見渡す。


 広さは少し大きめのコンビニくらいで、中央の間取りは銀行にあるようなカウンターで仕切られていた。

 働いている従業員は全員エルフのようで、入り口から見えるだけで8人ほどいる。


 窓口のひとつは接客中なのか、顧客とおもしきエルフの幼女が窓口の女性のエルフに切迫した表情で何かを懇願しているようだった。



 「そこを何とかお願いします。このままでは、ミミのパパのパン屋が潰れてしまうんです」 


 「ごめんなさいね。私も同じエルフのよしみでなんとか助けてあげたいの。でもね、収益の改善がなければこれ以上の融資はできないのよ」


 窓口で対応していたエルフの女性が申し訳無さそうな顔で答える。


 エルフの幼女は(さとすように言っていた受付のエルフの女性の言葉にあきらめたのか、しょんぼりとした顔でとぼとぼと商会から出て行った。


 あんなに小さいのに、自分にできることを精一杯やっているのか……


 パン屋と言っていたか? 

 なら、何とかなりそうだな。


 商会から出ると急いで後を追いかける。


 「おい、ミミと言ったか?」


 「きゃ!? な、なんですか?」


 いきなり背後から声を掛けたせいか、ミミがびくりと体を縮ませてこちらを振り返った。


 「あ、すまん。いきなりで驚かせてしまったか?」


 「い、いえ、あ、あの……」


 「よしよし、いいこいいこ」


 少し怯えたような顔をしてこちらを振り返ったミミに、いつの間に近づいたのか無邪気なセレナが頭を撫でていた。

 ミミの表情は戸惑っているようなのだが、セレナのフレンドリーな接し方のおかげか警戒したような雰囲気はだいぶ薄れていた。


 「俺は達也と言うんだが、さっきのパン屋の話しが聞こえてしまったんだ。それで、これをミミのお父さんに渡してパンを焼いてみて欲しいんだよ。きっと美味しいパンが焼けると思うから」


 「はあ」


 袋に入った製粉した小麦粉を渡すと、ミミは状況に頭が追い着いて来ないのかぼんやりとした顔で袋の中を覗いていた。


 「あの? この白い粉は何ですか?」


 「小麦粉だよ」


 「え!? でも、真っ白ですよ?」


 ミミが驚いたように声を出す。


 「ああ。だが、小麦粉だ。パン屋のお父さんに見せればきっとわかると思うよ」


 「本当に……これでパンを焼けば……美味しいパンが焼けるんですか?」


 絶望に染まっていたミミの表情がみるみると変わる。


 「ああ。ミミのお父さんの腕次第だけどね」


 「ミミのパパは世界で一番のパン屋です!」


 ミミが間髪入れずに胸を張って答える。


 「そうか。なら、問題はないな。もう少ししたらアニー商会でこれが販売されるようになるから、それまでは何としてもお父さんと頑張るんだ」


 「はい。ありがとうございました」


 ミミが小麦粉の入った袋をぎゅっと握ってぺこりと笑顔でお辞儀をする。

 頭を上げた時のミミの表情は一縷いちるの希望が宿ったような精悍せいかんな顔付きで、先程までのあきらめたような表情はすっかりと消えていた。


 ふふ、やっぱり子供は笑顔じゃないとな。


 とてとてと元気な足取りで去って行くミミの後姿を見送ると、再びアニー商会に戻った。



 受付の場所を確認するとエルフの女性に話し掛ける。


 「すいません」


 「はい、アニー商会にようこそいらっしゃいました。本日のご来店は御依頼の方でしょうか?」


 「ああ、いや。達也が来たとアニーに伝えてもらえるかな? 連絡は先に行ってると思うんだけど」


 「え? では、あなた様が執行者様なのですか?」


 驚いていたようすのエルフの女性にリュックの中からエルフィンボウを出して見せる。


 受付の窓口に座っていたエルフの女性が慌てたように受付のカウンターの外に出てきた。


 「ああ、お待ちしておりました。我らエルフの救世主様。今日の糧があるのはすべて執行者さまのおかげです」


 エルフの女性がその場に跪くと目を閉じ手を合わせて祈りを捧げ始める。

 それだけではなくて、他のエルフの従業員達も作業を中断して集まって来ては次々と跪いていた。


 「お、おい。何だこれ? 止めてくれよ……困ったな」


 「たっつん、救世主ってなあにぃ? この人達どしたのぅ?」


 頭を掻きながら隣を見るとセレナは首を傾げてきょとんとした顔だ。


 「ええと、とりあえずアニーに会わせて欲しいんだけど?」


 「これは失礼いたしました。では、執行者様、こちらへどうぞ」


 エルフ達の熱い視線に戸惑いながら、応接間と書かれたプレートがある奥の部屋に案内された。



 「たっつん、これおいしいよぉ」


 「ああ、旨いな」


 備え付けの茶菓子を摘みながらコーヒーを飲んで待っていると、ソファに腰を下ろしてから5分と経たずにアニーが慌てたようにやってきた。


 「執行者さまお待たせいたしました。到着したことに気づかず申し訳ありません。ご連絡を頂ければ迎えを手配したのですが」


 アニーがこちらが心配になってしまうほど恐縮したように頭を下げていた。


 「いや、気にしないでくれ。連絡もせずに観光がてら来たこっちが悪いんだからさ」


 「お気遣いありがとうございます。執行者様、そちらのお連れの方は?」


 アニーがちらりとセレナに視線を向ける。


 「セレナだ。これからもちょくちょく来ると思うからよろしく頼むよ」


 「よろしく頼むのぅ」


 「はい、よろしくお願いします」


 セレナが元気に答えるとアニーは生真面目にペコリと頭を下げて答えていた。



 「それより、頼んでいた件はどうなってる?」


 簡単にセレナの紹介を終えると、リムルの店と大将の工場の件について尋ねる。


 「はい。執行者さまの仰せの通りに、リムル様のお店の物件、ゴンゾ様の生産工場の建設業者のリストはすでにリストアップしてあります」


 「おお、仕事が早いな」


 「恐れ入ります。では、こちらが資料になります」


 工場の建設業者目録と書かれていた資料を受け取って、ざっと目を通す。


 「あれ? 土地の記載が無いようだけど、工場の土地の目星はまだ付いてないのか?」


 「はい。その件ですが、何件かの候補地はすでに絞ってあります。ですが、独自による地質の調査と裏づけがまだ取れていません」


 「独自の調査?」


 「はい。サムソン様より、与えられた情報は鵜呑みにしてはいけないと教わりました。執行者さまからのご依頼ですから、万が一にも偽者を掴まされるわけにはまいりません」


 「そうか、しっかりとサムソンさんの教えが身についているようで頼もしいよ。あっ! そういえばサムソンさんは?」


 「サムソン様はこちらで香辛料の買い付けを終えた後、グルニカへと戻りました」


 「そうなんだ。うーん、醤油の取引で話しをしたかったんだけどしょうがないか。それじゃあ情報の真偽は別として、とりあえず候補地の資料も見せてもらえるか?」


 「はい、そちらでよろしければ」


 アニーから資料を受け取ると、まずは価格の欄を確認する。


 えーと……やっす!

 エル大陸の土地価格の4分の1くらいか?


 あれ? 

 この土地は他に比べると値段が高いな。


 なになに? 乗り合い馬車まで徒歩5分?

 なるほど、この土地は交通の便がいいから高いのか。


 うーん、予想していたより土地の価格が安い。

 これなら、工場の建設費の方にもう少しだけ予算を振ってもいいかもしれない。


 工場建設の予算はどのくらいにするのがいいかな?


 醤油の大樽の重さに耐えられる床も必要だからな……えーと、あの樽の高さは7~8mくらいはあったか?

 この資料から、1坪で20万エル~40万エルと見積もるのが妥当な価格かな。


 となると、こことここが候補地かな?

 お金の都合が順調に行くようなら交通の便のいい一等地でもいい。



 一通り考えがまとまるとアニーに今後の予定を伝える。


 「大将が到着しないと詳しい事がわからないんだけど、ざっと計算して見積もりは80億モンドくらいになると思う。まあ、そんな感じなんでよろしくね」


 「は、はあ。80億モンドですか? かなりの金額だと思うのですが……その、資金の方はどのように工面なさるのですか? やはり、特効薬をこちらで販売するのでしょうか?」


 「ああ、それなんだけどね。お願いしておいた小麦は大量に確保しておいてくれたか?」


 「はい、指示通り倉庫の方に保管してありますが」


 「じゃあ、これを見てもらおうかな」


 ガンボックスからミリタリーバックを取り出す。


 「なっ!? 執行者様! い、今、何処から取り出したのですか?」


 アニーが目を見開いて大きな声を出していた。


 「なあに、これは魔法だ。ただ、秘密にしておいてくれよ?」


 「は、はい。誓って秘密は厳守いたします」


 アニーを一瞥いちべつすると、ミリタリーバックから小麦の入った袋と石臼を取り出してテーブルの上にドンと置く。


 「執行者様? いったい何を?」


 「まあ、黙って見てなって」


 もみ殻のついたままの小麦を握ると、石臼の中央にある挿入口に入れてゴリゴリと勢い良く回す。

 しばらくすると、茶色いもみ殻の屑の部分だけが綺麗に噴出してきた。


 「し、執行者さま! これは、とんでもない発明なのではありませんか?」


 「うん、そうだよね。これは人類の歴史の中でも一、二を争うほどの世紀の発明だからな。ふふふ、それにしても一目見ただけでこの凄さを理解できるとは、アニーもさすがは商人だな。だけどね、これだけじゃあないんだなあ、って、ちょっとセレナ止めるんだ」


 少し目を離した隙にセレナが石臼をゴリゴリと回転させて遊んでいた。


 「たっつん、これ面白いのぅ!」


 「これは遊び道具じゃないんだ」


 「セレナ、お話ばかりでつまんない!」


 石臼を勝手に回して遊び始めたセレナを叱ると、セレナはぷっくりと頬を膨らませてむくれてしまった。


 「しょうがないなあ。じゃあ、俺が指示を出すからセレナが石臼を回して手伝ってくれるか?」


 「セレナ、お手伝いするのぅ」


 セレナに回す役をお願いすると、さっきまでむくれていた顔が途端に花が咲いたような笑顔になった。


 まったく、おこさまなんだからな。

 でも、そこが可愛い。


 石臼の高さをさらに低く調整して、もみ殻の部分だけが綺麗に取れた小麦の胚芽の部分までが削れる高さにする。


 「よし、準備オッケー。セレナ、回してくれ」


 「わかったぁ」


 セレナが元気に返事をすると嬉しそうにごりごりと石臼を回し始める。


 「小麦には胚芽と呼ばれる苦味のある部分があるんだけどね、その部分が削れる高さまで調整して削ってやるんだよ」


 今度は胚芽の部分の混ざった灰色の小麦粉が噴出してきた。


 「そして、さらに胚芽の削れた小麦を削ってやると……」


 石臼からは先程までのくすんだ灰色掛かった小麦ではなくて、まっさらな純白の小麦がまるで黄金のように湧き出していた。


 「執行者さま? この白い粉は……小麦? なのですか?」


 「ああ。綺麗だろ? 今までのくすんだような灰色とは違う。これが本当の小麦粉なんだ」


 アニーがまるで砂金でも摘むかのように小麦を指で丁寧に摘んで確認していた。


 「胚芽の部分を除去したこいつでパンを焼いてやると、甘くて美味いパンが焼けるんだよ」


 「それを販売して資金にすると……そういうわけですか」


 「ああ、基本的にはそうだな」


 「基本的には?」


 アニーが首を傾げていた。


 本命はドラゴンを狩って資金を稼ごうと考えているわけなんだが、これは俺が居なくなった後でもアニー商会の人達が安定した収益を上げられるようになんだよね。


 俺が倒したドラゴンを売ってアニー商会が一時的に儲かっても、俺が居なくなればその収入はなくなる。

 その時にドラゴンを売ったお金を当てに商売をしていたのなら、アニー商会は潰れてしまうからな。


 「そうそう、それとは別に麺を作って欲しいんだよ」


 「めん? 執行者さま、めんとは何ですか?」


 「小麦を焼くのではなくて煮るんだよ。すると、もちもちとした食感の麺になるんだ」


 「小麦を煮るだけなのですか? でも、それならどうして今まで誰もやらなかったのでしょうか?」


 「ああ、それは製粉技術がつたなかったからだろうね。もみ殻や胚芽の部分が混ざってしまうと食感が悪くなってしまうんだ。でも、これなら問題無いんだよ」


 ラーメンが最終目的なのだが、中華麺を作るのに必要な潅水かんすいが無いのでうどんから始める。


 「そうなのですか。執行者様は何でもご存知なのですね」


 「いや、そういうわけじゃないんだけどね」


 他者の功績で称えられているのがもどかしくて、頭を掻いて笑って誤魔化す。


 命が掛かっているためアニーに異世界人だと話すつもりは無い。

 エルフなのだから話しても問題は無いのだけど、うっかり話してしまったなんてことがあるかもしれないからね。


 最初から知らないと言うのが最高のセキュリティなんだ。


 「ああ、それとティアが人間と友好関係を築いて行くと方針を決めただろ? だから、小麦の販売はエルフからの供与という形にして欲しいんだ」


 「え? これだけの発明の功績を譲るというのですか?」


 「ああ、そうだ。ティアが人間との友好関係を築くのに困ってたみたいだからね。まあ、ミスリルではこっちが世話になるから、持ちつ持たれつってやつで気にしないでくれ」


 もっとも、それだけじゃないけどね。

 ずっとラーメンを食べたかったけど、麺を作るのがめんどくさいから誰かに作って欲しかったんだ。


 今まではリスクが怖くて作り方を教える事ができなかったけど、エルフから伝わったといった形にすれば問題ないだろうからな。


 自らの欲求と相手の実益を兼ね備えるとはさすが俺。

 まさにウインウインの作戦だぜ。

 うへへへ。


 「後はなんだっけ? えーと、そうだ! 勇者ヒュッケと連絡を取って欲しいんだけど、なんとかならないか?」


 「勇者ヒュッケ様ですか? 取れない事はありませんが、執行者様はヒュッケ様と面識は御ありなのでしょうか? モンド王国の騎士ですから、いきなりですと会ってくれるかどうか」


 「エルフの執行者の権威みたいなので何とかならないのか?」


 「申し訳ありません。エルフの慣習は、人間社会で生まれ育った彼らの世代には通用しないのです」


 「そうか。まあ、駄目元でいいから頼んでみてくれ」


 「はい、承りました」


 「後は、この石臼を置いて行くから、プロモーション用にパン屋さんが1軒ほど店を開けるくらい削ってから、信頼のおける職人さんにでも渡して量産してもらってくれ」


 「プロモーション用? 執行者様、プロモーションとはどういったものなのでしょうか?」


 「それはね、どんなにいいものでも最初は宣伝が必要ってことなのさ」


 首を傾げていたアニーに笑って答えると商会を後にした。

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