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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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190話 達也レポート

 達也の姿が見えなくなった後、人気のない路地の裏手では露店商の男が疲れたように溜息を吐いていた。


 「はあ、何とか誤魔化せたか。まさか向こうから話しかけてくるとはな」


 「ペジェ先輩」


 顔が前髪で隠れている根暗そうな女性が息せき切って駆けてくると、露店商の男に声を掛ける。


 「なっ!? 馬鹿! 偽名で呼べと言っただろう? エル。まったく……誰が聞いているかわからないんだ」


 「す、すいません。ええと」


 「アルだ!」


 「はい、アルでした」


 エルと呼ばれた根暗そうな女性が萎縮したように謝罪する。


 「ったく。これだから教科書を暗記しただけのやつは使い物にならん。人事には成績じっせきがトップのやつを回してくれと言ったのに、それがまさか試験の成績がトップの小娘が来るとは……」


 「すいません。でも、帝都の試験では確かにトップでした。あと、そのこれタオルです」


 エルがおどおどしながらアルにタオルを渡す。

 アルが無言のまま受け取ったタオルで顔を拭うと、そこには特徴的な赤い鼻が見えていた。



 アルとエルが帝国が密かに所有している露店に戻ると、店の奥にある事務所の椅子に疲れたようにどっかりと腰を下ろす。


 「ふう、ここまでくれば安心だな」


 「はい。それにしてもどうしようかと思いましたよ。ターゲットの方が潜伏場所にしていた露店に向かって来た時は、さすがに監視がばれたのかと」


 「まあな。だが、長く監視を続けていればそういう事もあるさ」


 「先輩、その……私達だけで監視はさすがに無理があるのでは? マニュアルでは、特定の人物を長期に渡って監視するには最低でも数十人体勢で交代しながらだったと思うのですが? 人員の増員はしないのですか?」


 エルが悩んだような顔をした後、意を決したかのようにアルに進言する。


 「そういえば言ってなかったな。陛下が言うには、この案件は危険度Sランクだそうだ」


 「危険度S!? それって世界滅亡クラスと言う事ですか?」


 「ああ、そうだ。それと、陛下からは無用な混乱を避けるため知っている人数は極力少数にしろと命令されている。これは人事のやつらも知らない事だから、絶対に口外はするなよ?」


 「それはもちろんですけど……私には信じられません。なんて言えばいいんですかねえ、あの達也という冒険者はどこにでもいるような普通の青年にしか見えないんですけど」


 「ああ。俺も初めは半信半疑だったんだがな……。だが、あれは間違いなくとんでもない化け物だぞ?」


 「化け物?」


 「そうだ。例えば、お前は追い込まれた時どういった行動を取る? 大半の人間はその場から怯えて逃げ出すか、縮こまって何もできない。せいぜいが、勇気と無謀を履き違えて突撃して死ぬ馬鹿がいるくらいだ。だが、あいつは……あれは間違いなくあいつにとってイレギュラーだったはずだ」


 アルが何か得体の知れないものを推し量るように呟く。


 「先輩落ち着いて下さい。言ってる事がわかりません」


 「ああ? ああ、すまない。つい、熱くなっちまった。俺はあいつの行動をずっと追跡してきて、今では自分がどうしようもなくちっぽけな人間に思えてきちまってな……。嫉妬からかもしれんが、がらにもなくあいつに説教までしちまったよ。監視としては完全に失格だよな」


 「それは、その、なんて答えていいかわからないですが、元気を出して下さい。……それより、陛下は世界滅亡の理由は教えてくれたのですか?」


 自己嫌悪からか要点から外れた事を話し始めたアルに、エルはこれ以上聞いても無駄だと見切りをつけて自分の聞きたい情報を質問する。


 「いや、教えてはくれなかった。だが、調べてわかったことがある。何かはわからないが、あいつは何か明確な条件に従って戦っている」


 「何ですかそれは? 何か根拠でもあるんですか?」


 「あいつの経歴を確認したか?」


 「はあ、見ましたけど、特効薬を発明した薬師ゼンや残鉄剣の剣匠ロドリゲスと……にわかには信じられないのですが」


 「まあな。だが、そっちの情報は大して重要じゃない。見るべきは西の都でゴブリン討伐の依頼を出した件だ。あれだけはやつの身の回りとは関係が無くて極めて異質なんだ」


 「ゴブリン討伐ですか? えーと、確か依頼料が3億エルとかとんでもない金額を出したやつですよね? 確か彼はCランクの冒険者で、上級冒険者でもないのにほんと凄いですよね。私ならぜったいに遊んで暮らしますけど。そんなお金を出してまでボランティアなんてりっぱな行いだと思います」


 「この馬鹿! 何を能天気な事を言ってるんだ! お前は報告書をしっかりと読んだのか? あいつはそんな殊勝なたまじゃねえだろ。あいつの行動理念は支離滅裂に見えて極めて合理的だ。そんなやつが、大金を払ってまでゴブリン討伐の依頼を出したんだぞ? なら、あいつの目的はゴブリンを殺すことだったんだよ。行き当りばったりでは無くな」


 「はあ、そういうもんですか」


 「そうなんだよ。依頼を出して他者にゴブリン退治をさせようとしてたようだが、やつにとって予想外な事があって……。まあ、結局はあいつ1人でレイクウッドに巣くっていたゴブリン共を滅ぼしちまったようなもんだけどな」


 「え? それはどういう意味です? 確かにきっかけは彼かもしれませんが、実質的に倒したのは誰かという観点なら陛下の命令を受けて冒険者達の指揮を執ったリュカ元帥になるのでは?」


 エルが納得がいかないような顔をしてアルの顔を見る。


 「報告書では真偽の確認ができないから記載されてはいないがな、あいつが数百万匹は居たと思われるゴブリンの巣に単独で潜入して、命令を出している頭のゴブリンロードを討伐したんだよ。それによって指揮系統が完全に崩壊したゴブリン達を包囲殲滅する事ができたんだ」


 「そ、そんなの信じられません! それが事実なら、彼がゴブリンを殲滅したようなものじゃないですか!」


 「だから、そう言ってるだろうが! 信じられないも何も俺はその現場に居たんだぞ? 確かにやつがレイクウッドの森に消えていくのをこの目で見たんだ。それに、リュカ元帥もゴブリンロードが倒されたと言っていた。……そういえば、陛下には何か別に確信のようなものがあったみたいだったが、あれはいったい?」


 「怖いですね」


 アルが何かを考えるような難しい顔をしたまま黙っていると、エルが神妙な顔でぼそりと呟いた。


 「ほう……凄いではなくて、怖いか?」


 アルが興味深そうな顔をしてエルを見る。


 「だってそうじゃないですか。これだけのことをやっておきながら、本人はそれを誇るでもなく飄々として決して表舞台に顔を出さないのですから」


 「ふっ、そこに気がつくとは……まんざら抜けているだけと言うわけでもないか。おそらくは何か言えない秘密があるんだろうさ。そして、そこにこそ求める答えがあると俺はにらんでる。それとな、悪事と同じで隠そうとしても決して隠しきれるもんじゃねえんだよ。気づいてるやつは気づいている……特に優秀な連中はな。現にグルニカの……恐らくはレックス王子だろうが、あいつの事を調べまわっていると報告が来ている。モンド王国の連中は関わりが薄かったからまだ気づいてないみたいだが、あいつがここでも暴れればあの狡猾なグラン王ならすぐに気づくだろうよ」


 「はあ、そういうもんですか。でも、彼も人間ですよね? そんなにぽんぽんと凄い事をやれるもんなんでしょうか?」


 エルが懐疑的な顔でアルに尋ねると、アルはまだわからないのかと憤慨したような顔になる。


 「フン……あいつの戦歴はそれだけじゃねえぞ。その前には魔境のダンジョンで起きたモンスターパニックで数百の魔物を食い止めて、ハッサンの街を守ってるんだ」


 「へ? ま、魔境のダンジョンって、あの上級冒険者達が腕試しで挑戦する事で有名な……ですか?」


 「その魔境のダンジョンだ。その時には監視は間に合わなかったから陛下にしか報告していないが、タイミング的にみてほぼ間違いない」


 「あの……報告書には、2人の上級冒険者の仲間が居るとありますよね? 常識的に考えてその人達が倒したんじゃないのですか?」


 黙って聞いていたエルが、信じることができないとあきれたように否定する。


 「常識的に考えて? 戦場を知らないひよっこが馬鹿言ってんじゃねえよ。レベル50クラスの魔物が数百と雪崩のように襲って来るんだぞ? あんなもの上級冒険者が百いても止められるものかよ」


 アルの剣幕にエルが意気消沈したように俯く。


 「……彼は何か不思議な力を持っているのでしょうか?」


 「わからん。ただ、未確認だが空を飛んで逃げた魔族を炎を吐いて倒したなんて報告がある」


 「あっ! その与太話しは知ってますよ。ユミルの森の妖精様がお怒りになったとか噂になったやつですよね? 彼は妖精なんでしょうか? はは……」


 「かもな」


 エルが渇いたような声で冗談交じりで言った質問に、アルが笑っていない笑顔で答えていた。

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