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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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188話 船上の休暇

 「フィッシュオン!」


 強烈な当たりに釣竿が激しくしなる。



 現在はモンド大陸へと向かう船の上。

 外洋に出てからの暇で退屈な時間を埋めるため、俺は帝都で購入した釣竿を使ってトローリングを楽しんでいた。


 「うおおおお!」


 雄たけびを上げながら必死にリールを回転させて糸を手繰り寄せる。


 「たっつん、すごい!」


 隣で見ているセレナは、豪快な釣竿のしなりに大はしゃぎのようだ。


 「また、おかしな事を始めたわね」


 俺とセレナのハイテンションを他所よそに、セリアはひとり船の軒下の木陰になった場所からこちらに冷めた視線を向けていた。


 「たっつん、かしてぇ! セレナもやるのぅ!」


 「わぁ!? 待つんだセレナ! 後でやらしてやるから」


 釣竿を横取りしようとしていたセレナを何とか制止すると、魚とのバトルを再開する。


 それにしても、こいつはとんでもない引きだ。

 まさか、クジラでも釣ってしまったか?


 まだ見えぬ魚影を前にして、むくむくと想像が膨らんでゆく。


 長い激戦の末、青い海原に2mを優に越える黒い魚影が競りあがってきた。


 よーし、よし。

 あと少しで……


 「しまったあ! 網を忘れた」


 やっちまったぜ!


 まずいぞ。

 さすがに2mオーバーを船上まで一本釣りは糸が切れる。


 「小生しょうせいにお任せ下され」


 「え? 誰だ?」


 いきなり背後からにょっきりタモ網が差し出された。


 驚いて振り返ると、そこには半袖の白い船服に身を固めた筋骨隆々のおっさんが笑顔でタモ網を持っていた。

 健康的に日焼けした肌とにっかりとした笑顔がとても爽やかで眩しい。


 なんだこのおっさん?


 俺が困惑していると、おっさんは手馴れたようすで身を乗り出して船べり付近に寄せていた魚をタモ網で鮮やかに掬いあげる。

 そうこうしている間に、ドン! と重厚な音を鳴らしてマグロのような魚が甲板に打ち上げられた。


 「きゃー! たっつんすごいのぅ!」


 ぴちぴちと甲板を慌しく跳ね回る魚に、セレナも負けずにぴょんぴょんとジャンプして大はしゃぎだ。

 なんだかよくわからないが、とりあえず突然現れたおっさんにお礼を言う。


 「すいません。助かりました」


 「いえいえ。それにしてもトローリングとは懐かしいですな。お若いのによくご存知で」


 「え? 懐かしい? ……そういえば、こいつは釣具店じゃなくて骨董屋に売ってたんですけど……珍しいものなんですか?」 


 ひょっとして、またやってしまったのか?


 「そうですな。おっと失礼。小生はこの船で船長をしております、カイエンと申します。以後、お見知りおきを」


 「あ、御丁寧にどうも。達也といいます」


 お互いに簡単に自己紹介をすると、カイエン船長が昔を懐かしむような遠い目をしておもむろに語り始める。


 「あれはまだ小生が若かった頃……50年くらい前になりますかな。当時は船も操船技術も拙くて沈没はもっと身近な時代だったものです。ですから、トローリングと言えば毎日が命掛けの船乗りにとっては唯一と言っていい楽しみでしたなあ。まあ、今でも嵐に巻き込まれれば高い確率で沈没しますがね」


 笑えない冗談を言いながら、カイエン船長がにっかりと爽やかな笑顔を見せる。


 「はあ、そうなんですか。でも、そんなに人気だったのなら、なぜ今は珍しいなんて事になってるんです?」


 「それなんですがね、トローリング用の釣竿を作っていた人が突然居なくなってしまったのですよ。そして、トローリングなど外洋に出るような船乗りしかやりません。作っていたのはその人だけでしたから、当然値段も高くて一船員の給与ではとても購入できるような代物ではなかったのですよ。まあ、そんなわけで次第に廃れてやるものが居なくなってしまったと言うわけです」


 急に居なくなったって……


 それってまさか、トローリングを広めたのは異世界人だったのか?


 異世界人だとばれて死んだのか?

 それとも、戦闘で死んだのか?


 「それより、釣った魚はどうされますかな? その魚は大変美味ですので、よろしければコックに料理をさせましょうか?」


 「ありがとうございます。私達だけでは食べきれませんから、よろしければ皆さんにも振舞って下さい」


 「おお、それは乗客の皆様も喜ぶでしょう。それでは良い船旅を」


 船長はにかりと笑顔を見せて一礼すると、ワイルドにマグロのような魚のしっぽを掴んで持っていった。


 あの魚、軽くみても150~200kgはあるよな?

 さすがは屈強な海の男だ。


 「ふーん。達也はよくトローリングなんて知っていたわね」


 カイエン船長がいなくなるとセリアが興味深そうに尋ねてきた。


 「いや、俺もよくは知らなかったさ。帝都の骨董屋にあってさ、お店の人に使い方を教わったんだよ」


 嘘は言っていない。

 セリアの方も大して気にしていないみたいだ。


 「セレナもするのぅ! たっつん、早く教えるのぅ!」


 セリアの顔色を窺っていると、カイエン船長との話が終わるまで黙って待っていたセレナが噛み付かんばかりに腕にしがみついてきた。


 「ああ、わかった、わかった」


 疑似餌のルアーを海に落とすと、セレナに竿を持たせる。


 「たっつん! もう釣れたのぅ? これを回すのぅ?」


 「まだだよ。いいか? びくんと竿がしなるような当たりがきたら、竿を振り上げて針を魚の口に引っ掛けるんだ」


 説明している間に竿に強烈な当たりが来る。


 「セレナ! 竿を上げろ」


 俺の合図と同時にセレナが竿を振り上げると、竿が折れそうなほどにしなっていた。

 セレナが悪戦苦闘しながら不器用にリールを回転させる。


 「よし、乗った」


 「うー、上手く回せないのぅ」


 「竿を引っ張って上げて、下げる時に糸が緩むからそこでリールを回して巻き上げるんだ。いいか? 糸の張りがあまり緩まないように、上手くコントロールしてタイミング良く巻けよ? 緩みが出来ると、魚の口から針が抜けてしまうことがあるからな」


 トローリングは魚との力比べだけではない。


 糸が張りすぎると切れてしまうから、糸を少しだけ緩ませ泳がせたりして魚を疲弊させたりと頭も使う。

 でも、その魚とのかけひきがたまらなく面白いんだ。


 長い激闘が終わると、甲板の上にはカジキのような魚が威勢よく跳ねまわっていた。


 「やったぁ! たっつん、セレナが釣ったあ! セリアちゃん! 見てぇ!」


 「おお、よくやったぞ」


 「凄いわ、セレナ」


 セリアと一緒に満面の笑顔のセレナを褒めていると、なにやら後ろが騒がしい。


 「おおおおお!」


 「これは見事ですな!」


 「私にもやらせてもらえないでしょうかね?」


 いつのまにか、甲板の上には人だかりができていた。


 こいつら、みんな暇なんだろうな。


 思わず苦笑してしまう。


 その後は竿を貸して、みんなでトローリングを楽しんだ。



 今日のディナーは特別に甲板の上での立食パーティという形になった。


 甲板にずらりと並べられたテーブルの上には船のコックが腕によりを掛けたと思われる、魚の煮付け、焼き魚、ムニエル、ソテーと一通りの魚料理が揃っていた。

 しかし、さすがに生の刺身は見当たらない。


 魚を生で食べる文化がないみたいだな。

 さすがに今は目立つか?


 まあ、いい。


 醤油は常備しているからいつでも食べられる。

 後で釣って、ひとりでこっそりと楽しもう。


 夜中にこっそりとか……


 くっくっく、これは乙ってやつですな。


 「ちょっと達也、何ひとりでにやにやしているの? 気持ち悪いわね」


 「いや、なんでもない」


 「もう、達也がおかしなことをすると、私まで変な目で見られるんだから気をつけてよね」


 「悪かったって」


 いかんいかん、つい、にやけてしまっていたか?


 「たっつん、これ食べて、セレナが釣った魚だってぇ」


 「うん? どれどれ。おお、美味いなあ。さすがセレナが釣った魚だ」


 「ほんとぅ? えっへん。セリアちゃーん! この魚食べてぇ」


 セレナは得意顔でご満悦のようだ。


 「おお、達也殿。うちのコックの料理はお口に合いましたかな?」


 「あ、これはカイエン船長。どの料理も美味しくて楽しませてもらってます」


 「それは良かった。ところで、達也殿にこれと言ってお願いがあるのですが」


 味の染みている魚の煮付けに舌鼓を打っていると、トローリング用品一式を譲ってくれないかとカイエン船長に懇願された。


 どうやら、トローリングが予想以上に乗客に好評だったそうで航路間の名物にしたいのだそうだ。

 しかし、トローリング用品は今では完全に骨董品扱いらしくて、探そうと思ったらかなりの骨らしく是非とも譲って欲しいとの話しだった。


 ここでしか使わないだろうからと快く了解する。


 「ご協力感謝いたします! 船の事に関して何か御相談がありましたら、いつでもこのカイエンに声を掛けて下され」


 カイエン船長がびしりと敬礼すると、にっかりと白い歯を見せて爽やかに笑っていた。

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