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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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187話 ミスリルを求めて

 「ふう、やっと西の都に着いたか。セリア、モンド大陸に向かう便はいつだっけ?」


 「3日後の便よ。早朝に出港するから絶対に遅れないでよ?」


 「わかってるって」


 軽く手を上げてセリアに答える。


 「セレナは本当に達也と行かなくてもいいの?」


 「うー、セレナ、ケーキ食べたいのぅ」


 「うふふ、セレナは達也より甘い物の方がいいものねぇ」


 セリアがニコニコしながら俺の顔をちらりと見てきた。


 「うるさいなあ。それじゃあ用事が終わったら戻ってくるから。前に泊まった宿でいいんだよな?」


 「ええ、気をつけてね」


 「たっつん、またねぇ」


 セリアとセレナの2人と別れると、エルフの里に向けて出発した。



 現在の俺は西の都にいる。

 いつものようにレーベンの南にあるレトアの港から船に乗ったのだが、モンド大陸まではさすがに距離がありすぎるので直行はしない。

 西の都を経由して、一旦体を休めてからモンド大陸へ向かうことになっていた。


 西の都での滞在中、セリアとセレナの2人はまたスイーツ巡りをするそうだ。

 本当に甘い物が好きなんだな。


 俺はと言えば、鎧の材料となるミスリルを調達するためにエルフの里を訪れようと考えていた。



 レイクウッドの森まで到着するとステータス画面を開いてGPSを機動させる。

 画面上のマップ表示を拡大させるとエルフの里までの最短ルートを検索した。


 よし、これで深い森の中でも迷わずに一直線に向かっていける。


 表示されたルートに従ってレイクウッドの森を進んで行くと、道中に何人もの武装した冒険者達らしき人達とすれ違った。

 彼らの顔には笑顔があって、ゴブリンを何匹狩ったと自慢する声が所々で聞こえていた。


 少し前には、この辺はゴブリンだらけだったんだよな。

 気軽に討伐なんてできなかったもんだが……


 「ふっ、ここもずいぶんと平和になったもんだ」


 フフフと格好をつけて、戦地帰りのベテラン将校の気分で独りごちる。


 いつもなら格好をつけていると決まって悲惨な目に遭うもんだが、今日はさすがにそんなことはない。

 なぜなら現在のレイクウッドは平和そのものだからだ。


 下手をすればゴブリンよりも徘徊している冒険者達の方が多いくらいで、たまにゴブリンと遭遇しても1~2匹の雑魚ゴブリンくらいしか見当たらない。

 ゴブリンナイトやアーチャーなどの進化種は影も形も見えなかった。


 何の問題も起きずにエルフの里の前まで到着する。


 きょろきょろと周囲を見渡しながら、以前にティアに説明されていた里の入り方を思い出す。


 確か、里の入り口付近で里の風景をイメージすればいいんだったな。


 「ええと? GPSの表示だと……この辺が入り口か?」


 「おい! そこの人間!」


 「うぉ!? びっくりした」


 唐突に樹木の上の方から声を掛けられる。


 慌てて視線を上に向けると、弓を肩に掛けたエルフの男が木の枝の上に佇んでいた。


 「おい! 聞いているのか? お前はここに何か用でもあるのか?」


 「えーと、ティアに会いたいんだけど。達也が訪ねて来たと伝えてもらえないか?」


 「何? ティア様に会いたいだと?」


 なるべくフレンドリーな話し方で伝えるがエルフの男の表情は訝しげだった。


 まいったな。

 以前に訪れた時に、俺の事は里のエルフ達に紹介されてるはずなんだけど……


 しかし、デッドドラゴンの騒ぎのせいで顔見せできなかったエルフ達も大勢いる。


 そうだ!


 急いでリュックの中からエルフィンボウを取り出してエルフの男に見せる。


 「その弓は! まさか貴方様は……執行者様であらせられますか?」


 「ああ、オホン! まあ、そんな感じ?」


 驚いていたようすのエルフの男に軽く咳払いして答えると、エルフの男が慌てたように木の枝から飛び降りてきて片膝を付いてまるで臣下のような礼をしてきた。


 「それで、ティアに用事があって里に案内して欲しいんだけど」


 態度のあまりの急変に内心で戸惑いつつも、里に案内して欲しいとお願いする。


 「了解いたしました。執行者様、こちらにどうぞ」


 頷いたエルフの男が樹木の道を進んで行くと、何も無かった空間が突如歪んでエルフの里が姿を現した。


 ほへー。

 前もそうだったけど、どうなってるんだこれ?


 首を傾げながらも歪んだ空間を通り過ぎて、再びエルフの里を訪問した。




 「おお、達也か? 久しぶりじゃな」


 「ティアこそ、元気そうで良かったよ」


 案内された屋敷の応接室で待っていると、急いで来たのかティアが息せき切りながらも笑顔でやってきた。


 握手を交わしてお互いの健勝を喜び合う。


 「今回はのんびりできるのか? 以前はお互いに慌しくてゆっくりとできなかったからのう」


 「ああ。2日くらいは大丈夫だ」


 「2日? まったく、おぬしら人間はどうにもせっかちでいかんのう。1年くらいはのんびりしていけば良いのじゃ」


 「おいおい、無茶を言わないでくれよ。それに、俺には例のタイムリミットがあるからな」


 「ああ、そうじゃったな……」


 ティアの表情が少しだけ暗くなる。


 「そういえば、いきなり訪ねてきちゃったけど時間は大丈夫なのか?」


 「気にするでない。エルフにとって友との語らい以上に大切な時間は無いのじゃ」


 湿っぽくなってしまった話題を変えようと尋ねたのだが、ティアの顔は本当に嬉しそうだった。

 ティアの真顔に少しだけ照れくさくなる。


 「そうか。それなら良かった。じゃあ、早速聞きたい事があるんだけど……」


 「まあ、そう焦るでない。友との語らいはまず近況報告からなのじゃ。ほれ、立ち話もなんじゃ」


 ソファに座るように促されてお互いの身の上話に華を添える。


 「……でな、デッドドラゴンがすでに6回は襲撃してきておるのじゃ」


 「それって……大丈夫なのか?」


 「まあ、エルフの里が直接攻撃されておるわけではないからのう。それに、結界があるから見つからねば問題無いのじゃ」


 「結界? 結界って何だ?」


 「知らんのか? 特定の土地には竜脈と呼ばれる力の流れが集中する場所があるのじゃがな、この力を上手く利用してやると、魔族の使うマジックバリアのように魔法を防ぐ盾になるのじゃ。帝国のエル王国はもちろんのこと、グルニカ王国、モンド王国のそれぞれの本城はすべて竜脈の上に築城されておる」


 「なんだって? それじゃあ城にいれば魔法攻撃は効かないのか?」


 「いや、威力を減衰させるだけじゃ。結界を破るような強大な魔力をぶつけられればひとたまりもない。現に100年ほど前、王都エルは魔王の殲滅魔法で灰都と化したからのう」


 「ふーん。万能というわけじゃないのか」


 「まあ、人間が扱える上級魔法ぐらいまでなら防げるという程度じゃな。それより、厄介なのはオーガのダンジョンの方じゃ。定期的に討伐せねばならんのじゃが、以前の時のように遠征中にデッドドラゴンと鉢合わせでもしたら目も当てられんからのう」


 ティアが腕を組んで悩ましそうな顔をする。


 「それって、ドラゴンの方を何とかするんじゃなくて、ダンジョンの方を何とかできないかな?」


 「どういう意味じゃ?」


 「ティアの上級魔法で、ドカンとオーガのダンジョンを崩すんだよ」


 「それで済むならうにやっておるわ。ダンジョンを魔法で崩落させた所で、しばらくすれば自然と復元されて元の形に戻るのじゃ」


 「まじかよ。じゃあ、入り口を塞ぐとか?」


 「くくっ、それもずっと昔にこっそりとやったやつがおるな」


 ティアが心底おかしそうに笑うと昔を懐かしむような顔をしていた。


 「なんだよ……試したやつがいるのか。で、どうなったんだ? 当時の状況とかも詳しく話してくれよ」


 なんとなく帝国の初代皇帝カリバーンのことだろうと察しはついていたが、茶化してティアの思い出を土足で踏み荒らすことはしない。

 当たり障りのない程度に話しを促す。


 「なんじゃ? 気になるのか? 仕方が無いのう」


 仕方が無いと言っていた割には、カリバーンのことを話せて嬉しいのかティアの顔は笑顔だ。


 「そうじゃな、当時の人間社会は飢えや病気などで人が死ぬのが当たり前のような悲惨な情勢じゃったな」


 「飢えだって? 病気は仕方が無いにしても、食料は魔物を倒して食べればいいんじゃないのか?」


 「それは無理な話しじゃな。今でこそ人間は魔物を普通に倒しておるが、当時は装備も貧弱で魔法など使い方すら知らないようなありまさだったからのう。現在のように魔物に対抗できるようになったのは、カリバーンの時代から連綿と受け継がれてきた先人達の技と英知のおかげなのじゃ」


 「へえ、つまりはカリバーンが現在の戦い方の基礎を作ったわけか」


 「ふむ。そう言っても過言ではあるまいて」


 カリバーンのことを語るティアはとても誇らしげだ。


 「まあ、当時の情勢はそんな感じじゃな。それである日、ダンジョンの前に土砂を運んでいるおかしな人間がいると報告を受けて調査をしたのじゃ」


 「ひょっとして、それがカリバーンとの出会いになるのか?」


 「まあ、そうなるのかのう。あやつは突然話し掛けたエルフのわしに動じることもなく、魔物が出て来られないようにダンジョンの穴を塞ごうとしていると胸を張って言っておったわ。そうすれば、魔物に苦しめられている人達を少しでも救うことができると笑顔でな。あんな時代じゃ……自分の生活とて苦しかっただろうにの」


 「へえ、殊勝なやつだったんだな」


 「まあのう。じゃが、いつも失敗しては悲惨な目に遭ってるような間抜けなやつじゃったがな」


 言葉とは裏腹にティアの表情は優しい顔だ。


 「それで、結局はどうなったんだ」


 「ふむ。まあ、穴を塞いだまでは良かったのじゃが、どうにもダンジョンの中で魔物がとんでもない数になっていたらしくてのう。穴を塞いでから1週間もすると、魔物達が穴を自力で開けてわらわらと這い出してきたのじゃ。あの時は本当に大変じゃったぞ」


 ティアが心底おかしそうに笑っていた。


 ティアはカリバーンのことが本当に好きだったんだろうな。



 一通り世間話しを終えると、頃合を見計らって目的のミスリルについて尋ねる。


 「実は、鎧を作りたくてミスリルが必要なんだけど」


 「ミスリルじゃと? そういえば、里では何百年も精錬してはおらんな」


 「え? どういうこと? 人との交流が疎遠になっているから流通してないだけじゃないのか?」


 「確かにそれもあるのじゃが、ミスリルを精錬するのに必要なミスリル鉱石が無いのじゃ。安全なエル大陸にあるミスリル鉱石は、すでにあらかた掘りつくされてしまったからのう」


 「じゃあ、もうミスリルは入手できないのか?」


 「まあ、そう結論を急ぐでない。エル大陸にはと言ったであろう?」


 思わず興奮して座っていたソファから立ち上がってしまうと、ティアがなだめるような口調で諌めてきた。

 深く息を吐いてソファに座り直す。


 「モンド大陸? それともグルニカか?」


 「どちらにもあるじゃろうな。ミスリル鉱とは魔力が鉱石と混ざり合ってできた物質じゃからな。ちなみに、純粋な魔力が結晶になると魔石になるのじゃ」


 「へ? それじゃあ無くならないんじゃないのか? ダンジョンにずっと魔力が流れてるんだろ?」


 「まあ、そうじゃな。ただ、新しくできるまでに何千年何万年と時間が必要なのじゃよ」


 「ああ、なるほど。石油みたいなもんか」


 「せきゆ? せきゆとは何じゃ?」


 「石油を知らない? どういうことだ?」


 プラスチック製品と思しき窓枠部分の建材に視線を向ける。


 あれは石油から作ったんじゃないのか? 

 それとも、呼ばれている名称が違うだけなのかなあ?


 「…………」


 いや、俺が思い込んでいただけで、まったく違う物質かもしれない。


 「ああ、俺の居た……ここからすれば異世界にある化石燃料の事で、長い年月を掛けて微生物の死骸が積もり溜まった物だ」


 「ふむ。そのせきゆとやらが何なのかわからんが、おおむね認識としては同じようじゃな」


 この後モンド大陸へと渡ると伝えると、ミスリル鉱山の場所を書いた地図を用意してくれると約束してくれた。

 さらに、ミスリル鉱石を持ってくれば精錬してくれるとの事だ。



 用事が済むと、ティアの計らいで前回は時間が無くてできなかったエルフの里を案内してもらうことになった。

 里の入り口にあった光学迷彩の魔法など、いったいどんな高度な文明なのか興味はつきない。


 「ティア、どんな物を売ってるのか市場を案内して欲しいんだけど」


 「ふむ、おぬしの想像しているものとは少々趣きが違うと思うのじゃが、まあよかろう」


 早速案内されて訪れた市場は、ずいぶんと……のどか? というか旧時代的な風景だった。


 御座を敷いただけの粗末な露店には、木の蔓などで編んだと思われるざるが無造作に置かれている。


 売っている物は果物だろうか? 


 盗む者は誰も居ないのか店員の姿も近くには見えなかった。


 なんだこれは?

 治安がいいのだろうけど……。


 「ふふ、思いの他原始的で驚いたのであろう?」


 「まあ……ね」


 呆然と市場を眺めているとティアが笑顔で話し掛けて来た。


 「文明の最後に行き着くべき正しい姿は何かわかるかのう? それは自然との調和なのじゃ!」


 ティアがドヤ顔をして、どこぞの哲学者のような講釈をして踏ん反り返っていた。


 これがエルフの文化なのかと、頭を掻きながらちらりとティアの世話係として付いてきていた従者のエルフを見ると、困ったような顔で愛想笑いを浮かべていた。


 どうやら、これはティアの個人的な趣向のようである。


 「ティア様こんにちは」


 「うむ、大事は無いか? 困った事があったらすぐにわしに報告するのじゃぞ」


 期待していたものとは違ったエルフの文化(仮)に拍子抜けしていると、里の住民と思われるエルフがティアに挨拶をして通り過ぎていく。


 エルフ達の普段着は絹のような上等な服ではなくて、無地の麻などで編まれたような簡素な服だった。

 デザイン性の欠片も感じられず、なんと下着はしていないようでちらりと胸が見え隠れしてしまっている。


 ファッションとか無いのかな?


 まあ、どんな服だろうとエルフが美しいのは変わらない。

 いや、むしろオッケーだ! 


 思わず両手を上げてガッツポーズをすると、隣に居るティアがびくりとしていた。


 「まったく、おぬしと言うやつは……」


 隣を歩いているティアは完全に呆れ顔だ。


 うるさい。

 美しい者を美しいと思って何が悪い?


 エロは悪ではないのだ。



 市場で売っていた新鮮な果物を食べ歩いて小腹を満たした後、ミスリルを精錬する鍛冶師を紹介してもらえることになった。

 モニカにある親父の鍛冶場の溶鉱炉の温度は1200度が限界だそうだが、ここにある溶鉱炉はなんと2000度まで出せるそうだ。


 親父が知ったら泣いて羨ましがるだろうな。


 「ボルツ、おるか? おぬしにミスリルを精錬してもらいたいのじゃが」


 「これは親方様。ミスリルですか? それはまたずいぶんと懐かしいですな……そいつは……例の人間ですか?」


 「はじめまして、達也といいます」


 ティアに紹介されると、ボルツと呼ばれていた男の先程までの穏やかだった態度が急変する。

 まるで、親の敵でもみるような剣呑とした表情になっていた。


 俺が人間だからか?


 まずいな。

 人間に反感を持っているエルフかよ。


 「なんじゃ? ボルツよ。まさか、おぬしも人間と仲良くする事には納得がいかないのか?」


 「いえ、それは……親方様の命令には従います。確かミスリルでしたか?」


 「そうじゃ。ミスリル鉱はこっちで用意するでな、精錬の方を頼みたいのじゃ」


 「……申し訳ありませんがお引き受けできません」


 「む? なぜじゃ? 命令には従うと先程申したであろう? 私怨は捨てよ! これは長としての命令じゃ」


 「いえ、そうではありません。ミスリルを溶かすために使う特殊な燃料の備蓄が無いのです。何分なにぶん、何百年もの間使われていなかったものですから」


 「なんじゃと? ならばすぐに手配せえ」


 「その、すぐには難しいかと……モンド大陸の火山地帯でしか採掘できない特別な鉱石ですから」


 「モンド大陸の火山地帯じゃと!? そ、それは難儀なことじゃ……むう、こまったのう」


 ティアが腕を組んで唸っていた。


 「モンド大陸の火山地帯? なら、ちょうど行くからついでに採掘してくるよ。どんな物か教えてくれ」


 「な!? 人間よ、自分が何を言っているのかわかっているのか? モンド大陸の火山地帯はドラゴンの巣窟なのだぞ?」


 俺が提案すると、ボルツが噛み付かんばかりの顔で否定してきた。


 「達也、大丈夫なのじゃな?」


 「ああ。なんとかするさ」


 ティアが俺の顔色を窺うような素振りで聞いてくるのを、二つ返事で肯定する。



 鍛冶場の案内が済むと見せたい風景があると言われて、里を流れる清い澄み切った小川に案内された。


 まるで時間が切り取られたかのようなのどかな風景に、のんびりと心が癒されていく。

 穏やかな小川を流れる水は底まで覗き見えるほど透き通っていて、たくさんの小魚が群れで泳いでいた。


 小魚のステータスを確認する。


 エンゼルフィッシュ


 ステータスの簡易説明には、清い水でしか生息できないと表示されていた。


 「エンゼルフィッシュか」


 「ほう、よく知っておったな。こいつは水が綺麗でないと生息できないのじゃ。つまり、こいつが居なくなったのなら水が汚染されておると教えてくれるわけじゃな」


 「へえ。そうなんだ」


 「自然は大切じゃ。それを疎かにすればすべて自らに返って来るからのぅ」


 ティアが遠い目をして語っていた。


 ティアも伊達にエルフの族長をやってるわけじゃないんだな。


 「おお、そう言えば忘れるところじゃった。確か達也はアーチェと知り合いじゃったな?」


 「え? そうだけど?」


 「少し前にじゃが、ひょっこりと戻ってきおってな。里に居るすべてのエルフ達では無いのじゃが……まあ、和解することができたのじゃ」


 「そうかあ。それは良かったな」


 心底嬉しそうに語るティアに笑顔で答える。


 「アーチェの事はずっと気に掛けておったのじゃ。わしは……里のエルフ達がばらばらになるのを恐れて……集団に迎合してしまって……向き合わねばならぬ大切な問題から逃げてしまったのじゃ。酷いことをしてしまった。じゃが、達也のおかげでわしは覚悟を決めることができた。おぬしには本当に感謝しておる」


 「いや、俺は何もしてないと言うか……まあ、きっかけになったのなら幸いだよ。それより、反対しているエルフの反感とかは大丈夫なのか?」


 「うむ。まあ……な。じゃが、それでばらばらになったのなら仕方なかろう。いて問題を上げるとすれば……反感を抱いておる大半の者達が、500年前の激戦の時代を潜り抜けた今の魔法兵団の主力部隊もさたちじゃということくらいかのう?」


 「大問題じゃねえか!」


 「はっはっは。案ずるでない。すぐにどうと言う事も無い。魔族と戦わないのであれば、今までも戦力が過剰すぎるくらいじゃからな」


 「はあ。ティアは楽天的と言うか行き当たりばったりと言うか、結構ずぼらな性格してるよな」


 「なんじゃと? そのような事は無いのじゃ。わしとて先のことはしっかりと考えておる。エルフの中ではしっかり者の族長として有名なのじゃ」


 「しっかりじゃなくて、うっかりじゃねえのか? 例えばエルフィンボウはエルフの執行者しか引けないとか説明を忘れてなかったか?」


 「あ!? それはじゃな、その、説明の必要が無いと思ってじゃな。説明が面倒だとか後ですればいいとか……その、忘れておったのじゃ」


 ピンとしていた長い耳をしんなりと折り曲げて、ティアがしょんぼりと申し訳なさそうな顔をしていた。


 「ああ、悪い。別に責めるつもりは無かったんだ……すまん」


 「そうか? ふふ、達也は存外に意地悪じゃのう」


 慌てて謝罪すると、ティアが少しだけ拗ねたような顔をして微笑んでいた。



 一通り観光するとティアの屋敷に戻る。


 ティアと朗らかに談話室で談笑を楽しんでいるとエルフの女性がやってきた。


 「ティア様! 少しお話がありま……執行者様? 来客中でしたか? 申し訳ありません」


 「あ、俺ならかまわないよ」


 エルフの女性が慌てたようにぺこりと頭を下げて、去っていこうとした所を引き止める。


 「え? ですが」


 「ふむ。達也がいいと言っておるのじゃ。かまわん、申すがよい」


 「ありがとうございます」


 エルフの女性が一旦ティアの顔を見て判断を仰ぐと、俺に向けて丁寧にお辞儀をしていた。



 エルフの女性の話しは、人間と仲良くするためにどう動けば良いかの政策の相談だった。


 「困ったのう。今までは関与しないだけで良かったのじゃが……いざ、仲良くするとなれば何をしたら良いのかとんとわからん」


 「おいおい。それで人間との友好とか言ってたのかよ」


 ティアの考え無しの行動に、思わずあきれてしまう。


 うーん、ミスリルでは世話になるからな。

 これは俺が何とか手助けしなければ。


 えーと、確かアニーがモンド大陸で商人として人間と暮らしてたよな?

 あれを上手く使えないかな?


 ああ、駄目だ。

 アニーとの約束があるからティアには話せないんだった。


 きっと、アニーは人と仲良くなった事を自分の口からティアに伝えたいだろうからな。

 アニーの達成感を奪うことはしたくない。


 なら、俺にできる事と言えば、アニーが少しでも早くティアに報告ができるよう商売を手伝う事くらいかな?

 どの道、モンド大陸に渡ったら顔を見せるつもりだったからちょうどいい。


 まあ、果報は寝て待てだ。


 余計な発言はせずにこの場は経過を見守る事としよう。


 「ティア様、勇者ヒュッケ様にご助力を願うのはやはり難しいのでしょうか?」


 「ふーむ。あの者はハーフエルフで、エルフと人間の友好を掲げるにはうってつけなのじゃがな……。モンド王国の騎士団に所属しておるからのう。あそこのグラン王はとんだ食わせ者じゃからな。協力の見返りに、何を要求されるかわかったものではない」


 勇者か……


 魔王を倒すには勇者の協力は必要不可欠なんだよなあ。

 何とか協力体制を取れないかな?


 そういえば、アニーも勇者ヒュッケはハーフエルフと言っていたな。

 もしかして、ハーフエルフなら……


 「なあ、ティア。1つ聞きたいんだけど」


 「うん? なんじゃ? 何か妙案でもあるのかのう?」


 「いや、そうじゃなくて、俺の秘密で異世界エルフは異世界ハーフエルフでも問題無いのか知らないか?」


 「うん? どういう意味……。ふっ、なるほどのう。ああ、それなら問題無いのじゃ。知らなかった頃に前例があったからのう。まあ、クォーターともなるとさすがに知らんがな」


 俺とティアの意味のわからないであろう会話に、質問に来たエルフの女性はひとり首を傾げていた。


 グット! やったぜ。


 それはつまり、事情を説明して協力体制を築いたうえでヒュッケの前でも銃を使えるってことだ。

 モンド大陸に渡ったらアニーに頼んで紹介してもらおう。


 「ふふ、強力な味方を得られそうでなによりじゃ。じゃが、ヒュッケはモンド王国の騎士として規則に縛られておるということは頭に入れておくのじゃぞ」


 「ああ、わかってるって」


 「どうだかのう? 思っておるよりも騎士の規則とは厳しいものじゃ」


 ティアが気難しい顔をしてじっと俺の顔を見ていた。


 「ティア様?」


 「ああ、すまぬ。話しが逸れたな。うーむ、確かアーチェがレイチェルとか言う人間の女子おなごと行動を共にしておったな?」


 「はい、アーチェ様も確かにそのように仰っておりました。……まさか里に招くのですか? 報告では、その……素行があまりよろしくないと」


 エルフの女性が言いにくそうに答えていた。


 まったく、レイチェルのやつは普段の行いが悪かったからな。

 まあ、自業自得だ。


 「うーむ、達也は少しとはいえ行動を共にしておったのであろう? なら、レイチェルという女子がどういった者かわかるか?」


 ティアが唸るように俺に意見を求めてきた。


 「レイチェルか……。うーん、育った環境が悪かったみたいだから口も素行も悪いけど、性根の部分は悪いやつじゃないな。反省しているみたいだったし大丈夫だと思うよ」


 「そうか。アーチェに話しをして盟約を結ぶか聞いてみるとしよう」


 「……なあ、ティア。気になってたんだけど、その盟約とやらは簡単に結べるもんなのか?」


 「いや、ハイエルフの魔力を持った者が現世に一人だけじゃ。盟約を結んだ相手が死ぬまでは次の盟約は結べん。故に盟約を結ぶとは、エルフにとって最大の友愛の証なのじゃ」


 「え? そんなのを俺と結んで良かったのか?」


 「何を言っておるのじゃ。だから、達也と盟約を結んだのであろう?」


 そう言って向けられたティアの眼差しは、とても優しくて温かいものだった。

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