183話 一難去ってまた一難
結論から言えば、リュカとの交渉は予想以上に上手くまとまった。
ナインスにリュカ本人の口から直訴する事を約束してくれ、その暁には軍の指揮は必ず私が執るとまで確約してもらったのだ。
まあ、口約束だけで書面での約定というわけではないのだけど、リュカと言う人物は【了承したのなら必ずやる人】らしいので、バッカスからはそこまででいいと言われているそうだ。
少々甘いような気もするのだが、グルニカ政府からすれば交渉が成功したなら儲けものぐらいの感覚なんだろう。
ペコリと頭を下げお辞儀をすると、意気揚々と司令長官室から退出する。
ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど上手く行って良かった。
「セレナ、おといれ行きたい」
「はいはい。達也、待合室で待っててくれる?」
「あいよ」
軽快に返事をして通路の奥に消えるセリア達を見送る。
これで、帝都でやるべきことは終わったな。
「さらば、帝都よ!」
なんてね。
「やっぱり、達也君だ。何処かで聞いた声だと思ったんだよ」
感慨に耽りながら待合室に向かって歩みを進めると、唐突に背後から名前を呼ばれる。
振り返るとそこには皇帝ナインスがいた。
「あ! ども皇帝!」
片手を上げて軽く挨拶する。
え? 皇帝?
ナインスの傍に控えていた付き人らしき人達が俺を見て青い顔をしていた。
「くっくっく、達也君は相変わらずおもしろい人だね。でも、帝都に来ていたんだね。声を掛けてくれれば良かったのに」
笑顔のままのナインスが怖い。
「ああ、いや、その、すいません」
頭が真っ白になりながらも慌てて頭を下げる。
そして、頭の中では相変わらずのノイズによる警告音が鳴っていた。
くそっ! 完全に油断してたぜ。
「フフフ、気にしなくていいんだよ。もっと、気さくに接してくれた方が……僕としても嬉しいからね」
「……そう、言ってもらえると、助かります」
氷のような微笑を貼り付けていたナインスに、かなりぎこちなくだが必死に笑顔を作って答える。
緊張しているせいか頬の筋肉がぴくぴくしてしまっていた。
「そうだ! 達也君はこれに見覚えはあるかい?」
そう言って、ナインスは唐突に懐から刃の部分が曲がった特徴のあるナイフを取り出した。
ククリナイフのような独特な形状、そのナイフには見覚えがあった。
あれは……俺の使っている投げナイフと同じ物?
いや、違う。
あれは魔境のダンジョンで使い捨てにした俺の投げナイフだ。
何でそれをナインスが持ってるんだ?
こめかみの部分から嫌な汗が零れる。
……いや、そうじゃないだろ?
今、疑問に思わなければいけないのは、何で見覚えがあるかと俺に聞いてきたかだ。
しっかりしろ! 命が掛かってるんだぞ?
頭をフル回転させて必死に状況の把握に努める。
「魔境のダンジョンで、数百年振りに大規模なモンスターパニックが発生したそうなんだよ。あそこは場所が場所だけに、モンスターパニックが発生すると毎回大惨事になるんだ。でも、今回はどうしてか……不思議と被害が無かったそうなんだ」
考えがまとまらないうちに、ナインスが首を傾げてまるで俺に尋ねるように聞いてきた。
何も答える事ができずに黙っているとナインスがさらに話しを続けてくる。
「これ、そこに落ちていたらしいんだよ。気に入ったんで普段から持ち歩いてるだけど、僕の剣と同じ匂いがするんだよね」
「は、はあ。そうなんですか」
「ああ、ちなみに、僕の剣はあの剣匠ロドリゲスの作品だよ」
少し間を置いてから、ナインスがとぼけたような顔をして伝えてきた。
ロドリゲス? どっかで聞いた名前だな? 誰だっけ?
うう、それよりノイズが酷い。
ナインスが、なんだか当てが外れたような微妙な顔をして首を傾げていた。
「ええと……ああ、そうそう、このナイフが落ちていた場所なんだけどね、尋常ではない数の魔物の死体が積み重なってたらしくて、相当な激戦地だったみたいだよ」
「はあ」
何と答えたら良いのかわからず間の抜けた相槌を返す。
「それだけじゃなくてね、なんとロックゴーレムの死骸が3体もあったそうなんだ。しかも、まるで通路を塞ぐように並んで倒されていたそうなんだよ。これ、狙って倒したのならとんでもなく凄い事だよね?」
ナインスがさも驚いたかのような大仰な顔でまくしたてる。
あれは、完全に俺の顔色の変化を窺ってるよな?
「それは、凄いですね」
心臓がばくばくと激しく脈動していたが、何も知らないような仏頂面をして答える。
「ああ、そういえば、魔境のダンジョンで今までギルドで正式に確認されたのがケルベロスのレベル50までだったのが、ロックゴーレムのレベル55になったそうだよ」
ナインスが『ホント、誰が倒したんだろうね』と白々しい笑顔を貼り付けて俺の顔を見ていた。
くそっ! 俺がやったと完全にばれてるな。
後先考えずに派手にやり過ぎたか?
でも、あの時は生き延びるために仕方がなかったんだ。
反省してもしょうがねえ。
それより、ナインスの目的は何なんだ?
ノイズが発生している事から、ナインスは俺のことを異世界人だと疑っている事はわかっているんだ。
そして、ティアの話しからナインスは俺が異世界人だと知られれば死ぬ事も知っているはずなんだ。
なら、ナインスは俺を殺したいのか?
でも、それならこんなまどろっこしい事をせずに、さっさと武力を使って俺を殺せばいいだけだ。
それだけの軍事力だって保有している。
なのに、なぜ?
まさか、俺を脅して楽しんでいるのか?
うーん、そんな頭の悪い事をするやつには思えないんだが……
「陛下、そろそろお時間のほうが……」
従者らしき男がナインスに耳打ちしていた。
「そうか、わかった。それじゃあ、達也君またね」
「はい、また」
氷のような微笑を浮かべたまま、ナインスが俺の脇を通り過ぎる。
「魔族には手を出すな」
すれ違いざま、感情の篭らないような無機質な声で警告された。
な!? 何だ?
魔族? どういう事だ?
呆然としたままナインスの後姿を見送る。
護衛や御付きの人がもの凄い顔で俺の事を睨んでいったが、そんな事はまったく気にならなかった。
まさか、最後にこんなイベントが待ってるとはな。
くそっ! な~にが、気に入ったから普段から持ち歩いてるだよ!
あんな無骨な投げナイフを普段から持ち歩いてるわけないだろ。
「偶然……じゃあないよな」
まさか、行動を監視されてる?
不安になって辺りを見回していると、セリア達が小走りでこちらに掛けて来た。
「達也! 今、そこで皇帝ナインスとすれ違ったわ。はあ、緊張した。達也も粗相をしなかったでしょうね? いい? この国はね、ちょっとした事でも簡単に首が飛ぶんだから」
「そうなのか? ははは、やべえかな?」
「え? 達也、あんた何かやらかしたの?」
セリアが青い顔になって聞いてきた。
「いや、問題ないよ。たぶん」
「セレナ、あきたぁ! はやくかえるのぅ!」
「ああ、はいはい、帰りましょうね」
セレナが駄々を捏ね始めたので、セリアの詰問はそこでうやむやになった。




