182話 説得は命懸け
リュカとのアポイントメントが取れたと連絡が来た。
そして、今日は帝都にある軍務省にセリア達と来ている。
セレナ1人を宿に置いてくる事はできないため一緒である。
交渉の目的はデッドライン攻略時の全軍の指揮と、帝国軍の正式な参戦を帝国軍元帥としてのリュカの口からナインスに提言してもらう事だ。
なぜかナインスはデットライン攻略には乗り気ではないそうなので、周囲にいる人間から固めようという算段らしい。
それと、グルニカにもハンニバル将軍などの名だたる名将はいるのに、リュカ元帥に全軍の指揮を一任する理由なのだが、大軍の指揮を執らせたのならリュカ元帥の右に出るものはいないからだそうだ。
近年に魔大陸であった大規模な撤退戦においては、その卓越した指揮によって帝国軍だけでなく撤退する他国の多くの将兵達の命まで救われたそうで『デットライン攻略の指揮を執らせるのなら、リュカ元帥をおいて他には無い』そう、各国の将軍に雁首を揃えて言わしめたのだそうだ。
軍務省にある待合室で順番が来るまで時間を潰していると、待ち時間が長かったためかじっとしているのに飽きたようすのセレナが駄々を捏ね始めていた。
「セレナつまんない! あきたぁ~、たっつん遊ぶのぅ!」
「あいたたた。セレナ、俺の髪の毛を引っ張るんじゃない! もう少しだから我慢してくれ」
「やだぁ! あきたのぅ!」
困り果ててセリアに助けを求める。
こういう時に、どうやって叱ったらいいのかわからないんだよな。
「セレナ静かにしなさい!」
「うー、セレナつまんない」
セリアがピシャリと雷を落とすとセレナが俯いてしょんぼりする。
「セレナ、後でいっぱい遊んでやるから今は我慢してくれ。な?」
「むぅ、わかったのぅ」
頭を撫でながら諭すと、セレナは目を細めて気持ち良さそうにしていた。
どうやら、大人しくなったみたいだ。
今までは俺がセレナの面倒をみていたから、セリアの交渉に支障がなかったんだよな。
だけど、今回は俺も交渉に立ち会うわけだからそういうわけにはいかない。
小さな子供がいるとホント大変だよ。
もっとも、俺としてはレベル上げではセレナに世話になってるから、面倒をみているという認識は無いんだよね。
持ちつ持たれつの共存状態ってやつだな。
セレナと一緒にいると楽しいしね。
しばらくすると面会の順番が来た。
「セリア様、リュカ元帥がお待ちです。こちらへどうぞ」
軍務省にある司令長官室に案内される。
ほどなくして重厚な扉が見えてくると、案内の人が親切に扉を開けてくれた。
部屋に入ると、まず、でかいデスクがどーんと鎮座しているのが目に入り、机の上には羽ペンが刺さったインク立てがデスクの大きさに相反して申し訳程度に置かれていた。
何処かの国の大統領の執務室みたいだな?
そんな感想を抱きながらふと顔を上げると、窓枠に掛けられていた赤い鮮やかなカーテンを背景にして眼鏡がチャーミングな巨乳の美女が座っていた。
以前のパーティでは遠目に眺めるだけだったが、近くでみるとセレナよりも巨乳だとはっきりとわかる。
零れ落ちそうなほど、でかい。
「こちらに掛けて楽にして下さい」
リュカに促されて、対談用に備え付けられていたソファに移動すると腰を掛けた。
「……話しは伺いました。ゼン様から連絡を頂いたと聞いた時には心臓が止まるかと思いました。貴方がセッティングして下さったのですね。褒めて差し上げます」
リュカの迫力のある巨乳に注意が行っている間に、何時の間にかセリアの説明が終わっていた。
リュカに突然話しを振られて、慌てて会釈して応対する。
リュカは興奮しているのか頬が上気して少しだけ息が荒かった。
うん? 今ゼン様と言ったか?
あれ? これは、親方を尊敬していると言うより、何か……親方に惚れてる?
いやいや、それはおかしいだろ。
親方は70歳くらいの高齢だぞ?
頬を赤に染めているリュカを見る。
「…………」
絶対に間違っている!
我々は断固として異議を唱えたい。
NO! WE CAN’T!
一人称が我々になっているが気にしないように。
あくまでも皆の心の声を勝手に代表して異議を唱えただけなんだ。
そう、これは正義の戦い! 敵は己の内にあり。
え? 己って、駄目じゃないかって?
まあ、そんな事はわかっているんだ。
冗談はさておいて、現在の俺は緊急事態が発生していた。
なんと、さっきからセレナが俺のわき腹をくすぐってきているのだ。
「たっつん、くすぐったい?」
「止めるんだ! セレナ! 今は洒落にならん」
小声で注意をするがお子様には通用しない。
むしろ喜々としてわき腹をくすぐってきていた。
出たな? セレにゃん。
だが、この猫はいたずらをする悪い猫だ。
ニャンカス。
「たっつん、くすぐったい? くすぐったい? クスクス」
「ぐぷぷ、くっ、や、やめ、止めろぉ~」
いーやー! 誰かこのお子様の暴走を止めて~!
大声を出して笑いそうになるのを必死で堪える。
「それは、どうも痛み入ります。今回、時間を頂きました件ですが、デッドラインでの指揮を執って頂くという件に関しまして、その……リュカ元帥自身の見解としてはいかがなものでしょうか?」
俺の緊急事態を他所に、セリアがリュカ本人の言質を取ろうと仕掛けていた。
「すべては皇帝陛下の御心のままに。ですから、わたしの一存では決められません」
リュカが涼しい顔で一蹴して返す。
うーん、やはり交渉はすんなりとは行かないみたいだな。
何か手を打たないと……そのために付いてきたんだか、くっ、ぐぷぷ、セレナ止めるんだ!
「しかし、そちらの達也殿でしたか?」
「ひゃい!?」
笑いを堪えていた所に突然名前を呼ばれて、大声でおかしな返事をしてしまう。
「び、びっくりしました。なんですか?」
リュカが驚いたように俺の顔を凝視していた。
「いえ、何でもありません。うぐぅ」
慌てて誤魔化すも隣に座っていたセリアに尻をつねられる。
ムッとしてセレナを見ると、いたずらが成功したからだろうそっぽを向いてクスクスと笑っていた。
後で覚えとけよ? おやつのケーキに塩をまぶしてやるからな。
「オホン! 達也殿は、その……ゼン様のお弟子さんなのですよね?」
「はい、そうです」
「では、達也殿に聞きたい事があるのです。それに答えて頂けたのなら、私にできることで最大限の協力をさせて頂きます」
おっと、向こうから交渉のチャンスを振ってきたぞ。
でも、何を聞かれるのだろう?
どぎまぎしながら隣に居るセリアの顔を見ると、真剣な表情で頷いていた。
セリアに頼られちゃあしょうがねえ。
いっちょやってやるか。
「はい、俺に答える事ができることならば」
気合を入れて返事をする。
リュカはコクリと頷くと、でかいデスクの引き出しをごそごそとやって1冊の本を取り出してきた。
「この本をご存知ですか?」
リュカが本を前に突き出す。
大きな胸も突き出されて思わず目がいってしまうが、今はそれどころではない。
その本の表紙は何処かで見たような記憶があったからだ。
「そう、特効薬開発秘話です!」
あちゃー。
あれは、親方が書いた自伝じゃねえか。
かなり脚色がしてあって、事実とは異なる事が書かれてるんだよな?
オラ、嫌な予感でわくわくすっぞ!
そんな俺の困惑など知った事ではないかのように、リュカが唐突に本の解説を始めていた。
リュカが大きな胸を揺すらせながら、親方の何処が素敵だのと雄弁に語り続ける。
内心ではうんざりしながらも我慢強く講釈を聞いていると、リュカが突然机をバンと叩いた。
「ここです! 特効薬の効果を確認するために、燃え盛る炉の中に手を入れるゼン様の勇ましさがわかるシーンです! 確かにこの場面はゼン様が素敵なので良いのです。しかし、しかしですよ? どうして達也殿は、ゼン様の代わりに怪我をして特効薬を試さなかったのですか? 弟子ならば、師匠の代わりに体を張るのが当然でしょう?」
リュカがあきらかに殺意の篭った危ない視線を向けてきた。
はい、きました。
嫌な予感的中です。
どうするかな?
本当の事を言うか?
いや、駄目だよね。
なんか、感情論で全否定されたあげくに後ろからグサリと刺されそうなんだよな。
この目はやりそうなんだよ。
それを実行できる権力も持ってるしな。
まったく、親方もとんでもない物を書いてくれたもんだぜ。
「はあ、まいったなあ」
小声で溜息を吐く。
だいたい、あれは嘘が書いてあるんだぞ?
俺に、どうしろってんだよ!
人間なら自分を良く見せようとファクターが働くんだよ。
元帥ならそのくらい察してくれよ!
【自伝は事実とは異なる】と、ことわざにもあるだろ?
あれ? 事実は小説より奇なりだったか?
ああ、もう、今は考えるんだ!
とにかく、絶対に怒らせるわけにはいかない。
それでいてこちらに好感を持つような、すべてが丸く収まる上手い方法を考えるんだ。
えーと、あの本には何て書いてあったっけ?
確か、あそこがああなって、それで……
ならば、これで上手くいくかな?
よし、決めた。
最初に嘘を書いたのは親方なんだから別にいいよね。
外法には外法を、嘘には嘘をだ。
なるべく深刻そうな顔を作るとリュカに語りかける。
「リュカ元帥に質問があります」
「はい、なんでしょうか?」
俺が深刻そうな顔を作ると、今まで殺意剥き出しで睨んでいたリュカの表情が少しだけ揺らいで、こちらを窺うような怪訝な表情になっていた。
「親方が炉に手を入れるその少し前の場面ですが、その時の俺の行動なんですけど……その本には何と書かれていますか?」
「確か、泣いて縋る弟子!? はっ!」
「そうです! 俺は必死に止めようとしたんです! でも親方は、ぐすっ、そう言う人なんです」
泣きまねをして、神妙な顔で聞いていたリュカをちらりと盗み見る。
「達也殿! 申し訳ありません。わたしとした事が、ぐす、ゼン様の熱き魂は、ぐす、止めようとして止められるものではありませんよね。当たり前の事なのに許して下さい」
リュカは懺悔するかのような申し訳なさそうな顔で涙ぐんでいた。
どうやら上手くいったみたいだ。
親方を神聖視しているみたいだから持ち上げて美化してやれば一発だったな。
まあ、恋は盲目というやつだ。
ほっと一息吐いてセリアに顔を向けると、感動したような顔で俺を見ていた。
いや、本当は違うんだけどね。




