180話 セレナとミュルリ
「……と言う訳なのですが」
「なるほどな。話しはわかった」
セリアが強張った面持ちで現状を説明すると、親方は匠を極めた職人のような厳つい顔で頷いていた。
あの後、別室に行って親方にセリア達の紹介をした。
セレナは親方の髭が気になるのかずっと髭を凝視してのほほんとしていたが、セリアは完全に緊張していたようでがちがちになっていた。
まあ、セレナはわかっていないだけなんだろうけど、セリアの方は何処から借りてきた猫なんだよと思わず疑ってしまったくらいだ。
改めて思ったが親方は偉い人なんだな。
「達也! ちょっと待ってろ。ミュルリもこっちに来てるんだよ。今、呼んでくるからな」
親方が俺に一瞥すると、そのまま部屋から出て行った。
そういえば、ミュルリが帝都の立食パーティで挨拶すると言っていたな。
このパーティだったんだな。
親方の姿が見えなくなるとセリアが凄い形相で迫ってきた。
「ちょっと、達也! 一体どういう事なのか詳しく説明してよ? あの薬師ゼンと知り合いなんて聞いてないわよ?」
「ええ~! 西の都に行った時に散々知り合いだと説明しただろ? まったく信じてくれなかったけどな」
非難するようなジト目でセリアを凝視する。
「あっ!? そういえば……。でも、それは……達也がいつもいい加減な事ばかり言ってるから悪いんでしょ?」
セリアが怒ったような顔で視線を逸らした。
どうやら逆切れしたようだ。
あれ? 開き直りやがったな。
ふーん、そうですか。
非を認めて謝る気は無いと、そういうことですか。
「まあ、人間歳を取ると素直に謝れなくなるからな。いぎゃあ!」
セリアに皮肉を込めて言うと、思いっきり足を踏まれた。
「あのなあ」
「はいはい、御免なさいね」
涼しげな表情をしているセリアを睨みつける。
ぐぬぬぬぬ!
くそ~、セリアのやつめ。
セリアと不毛な言い争いをしているとセレナが俺の袖を引っ張ってきた。
「たっつん! あのおじいちゃん、お髭がぁ、もじゃもじゃだったねぇ」
どうやら、セレナは親方の髭が気になってるみたいだ。
目を爛々とさせている。
「セレナ、親方の髭を引っ張っちゃ駄目だからな?」
「うー」
「駄目だからな?」
「わかったのぅ」
セレナがしょんぼりと項垂れる。
セレナのやつ、注意しなければ引っ張っていたな。
まったく、いたずらっ子さんなんだからな。
しばらくすると親方がミュルリを連れて戻ってきた。
ミュルリもパーティ用におめかしをしているようで、可愛いフリルの施された白のミニドレスを着ていた。
「お兄ちゃ~ん!」
部屋に入って来ると、ミュルリが叫びながら抱きついてくる。
「おっと、元気にしてたか?」
「うん、でも……ちょっと寂しかったかな」
少し首を傾げていたがミュルリはいつもの快活な笑顔だ。
「だめぇー! たっつんはセレナのなのぅ!」
「ぐぇお!? せ、セレナ? 苦しい……」
突然、セレナが噛み付くような勢いで首筋にしがみついてくると、フゥーと可愛い唸り声を出してミュルリを威嚇していた。
「え? え? 何? 何なの? 何で……こんな大きいお姉ちゃんが?」
ミュルリは驚いたのか、セレナに視線を向けて目を白黒させていた。
ほっぺたがくっつくほど傍にいるセレナを見る。
う~ん、すがすがしいまでの焼きもちですな。
どうするかな?
セリアに視線を向けて、セレナの事を説明してもいいかと目で訴える。
セリアがこくりと頷いた。
親方も驚いていたみたいだが、目が合うとお前に任せると言わんばかりに親指を立てていた。
セレナにしがみつかれたまま別室へ移動すると、ミュルリに事情を説明する。
さすがはミュルリで、すぐに状況を理解してくれたようだった。
「まあ、そういうわけで、ミュルリの方がお姉さんになるから頼むよ」
「……そうなんだ。お兄ちゃんも大変なんだね」
ミュルリはうんうんと頷いていた。
ホントにミュルリは聡いよな。
人ができていると言うか……幼い子供とは思えないよな。
そんなミュルリに苦笑していると、早速ミュルリがセレナにコミュニケーショーンを図っていた。
「え~と、セレナさん? ううん、セレナちゃん。私はミュルリだよ、よろしくね」
ミュルリのフレンドリーな対応にセレナが俺の顔を見てくる。
こくりと頷くと、警戒していた様子のセレナがやっと首から離れてくれた。
セレナはミュルリの顔をじっと見つめていた。
どうやら、セレナ探知機を発動させているようだ。
「むー、みゅるりぃ? じゃあ、みゅりちゃんだねぇ」
お互いの自己紹介が終わると、セレナの顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
すぐにミュルリと楽しそうに遊び始める。
良かった。
どうやら仲良くなったようだ。
それにしても、ミュルリだからミュルリちゃんじゃねえのか?
どういった法則なんだ?
セレナのネーミングセンスはいつもながら良くわからんな。




