17話 改善とは死ぬ事と見つけたり
あれから二日、俺は不眠不休で働き続けていた。
まずい! まずい! まずい!
どう考えても間に合わない。
落ち着け俺。
とにかく、必要な個数をまじめに計算してみるべきだ。
まず在庫が1400個ある。
5000個の注文。
1日平均40個は売れる。
1日60個は作れる。
ここから計算すると……
まず、5000個の在庫から1400個引いて、1日に40個売れると仮定して、1日に60個作ったら、1日に20個在庫が作れるわけだから。
つまり、1日20個で3600個を割ればいいわけだ。
はい、180日掛かります。
この世界では、1ヶ月が30日だから6ヶ月でーす。
3ヶ月では無理ゲーでーす。
状況が理解できると、完全に絶望的な状態だった。
俺は死ぬ気で状況を打開するための思案を開始する。
自分の仕事の練度を上げるなんて、そんなぬるい考え方じゃあ到底間に合わない。
無理を通そうと言うのだ。
真っ当にやったんじゃ駄目だ。
なら、どうする?
根本的に仕事のやり方を変化させるんだ。
しかも、新しい仕事のやり方を発明してしまうくらいでないと駄目だ。
そして、現状で求められているのは質ではなくて数だから、目的は生産効率の改善。
だから、質の向上や生産コストの削減の方は考慮に入れずに、仕事の手順の簡略化だけに集中するんだ。
えーと、どのくらい簡略化できれば間に合う?
うーん、仕事の手順の構築のための準備期間も考慮すると、最低でも今までの二倍以上の速度で生産する必要があるだろう。
考えながらでもできる単純作業を行いながら仕事の手順の簡略化を思案する。
本来なら従業員を増やせばいいだけの話しなんだが、親方の悪名のせいで従業員の募集をかけても誰も来てくれない。
薬師として有名だからその筋の話も広まっているのだ。
「くそっ! 本当ならこれは上司の仕事だ。部下の仕事をやりながら仕事の手順の簡略化なんて考えてる余裕は無いんだよ」
焦りと苛立ちから愚痴が出てしまう。
ああ、もう!
何処から考えればいいんだ。
優先すべきはなによりも時間なんだ。
だから、時間の掛かる作業の手順から見直せばいい。
では、時間の掛かる作業とは何処だ?
やっぱり、水晶を砕くのがもっとも時間が掛かる作業なんだよな。
大きく砕いた後に小さなトンカチでさらに砕いて、最後は乳鉢で粉状にまでするから。
この作業を簡略化できれば大幅な時間短縮になるはずだ。
そして、必死になってあれこれと考えを巡らせると、一つの妙案を思いついた。
それは、石臼君です。
蕎麦粉を作る時に使ってるやつですな。
この水晶はそんなに硬くないから、石臼で行けるんじゃないかなあと思うわけですよ。
まあ、上手く行くかはやってみないとわからないけどね。
となると、後の問題はどうやって入手するかなんだよな。
この世界に石臼はないのかな? 似た様な物でもいいんだけど。
ミュルリに聞いてみるか。
「ミュルリ~」
呼び掛けると、ミュルリは一瞬びくりと肩を揺すらせた後、恐る恐るといった感じでこちらを振り返った。
そして、いたずらを叱られる子供の様なもじもじとした仕草でこちらの様子を伺うように覗き見てきた。
めちゃくちゃかわいいですな。
荒んだ心が癒されるようだ。
もっとも、その原因もミュルリなんだけどね。
いや、違う! 親方だ! 孫に心配を掛ける親方が悪い。
かわいいは無罪。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
もじもじしていたミュルリは、大きく息を吸い込むと意を決したように俺にぺこりと頭を下げて謝罪してきた。
その後はじっとこちらを見て黙っている。
なぜこんなことをしたのか? の理由を言わないんだな。
言い分を聞いて『それでは仕方ないよね』で終わらせようとしてたんだけど。
う~ん。
これは………甘んじて叱られるのを待ってるんだよな。
迷惑をかけてしまったから自分への罰なんだろう。
ミュルリは損な性格をしてるんだな。
はぁ、まったく。
生真面目というのかな? 誰に似たんだか。
俺は頭を搔く。
そして、さりげなくミュルリの代わりに理由を答えてやる。
「元気の無かった親方に発破をかけて欲しかったんだろ? 親方と2人で作ればなんとかなりそうな数だからな」
ミュルリは一瞬驚いたように目を見開いた後に、弛緩したような安心したような顔になる。
そして、突然泣き出すと『ごめんなさい』と言いながら抱きついてきた。
ミュルリの表情は猫の目の様にころころと変わる。
そんなミュルリに愛おしさを感じつつ落ち着くまでゆっくりと頭を優しく撫でる。
「お兄ちゃん、ひっく、私どうしたらいいの? サムソンさんに何て言えばいいの?」
少し落ち着きを取り戻したのか、ミュルリがぐずりながらも不安そうに尋ねてくる。
「大丈夫、なんとかするさ」
ミュルリを安心させるためになるべく軽い口調で言う。
「本当?」
疑うような、それでいて縋るような視線を向けてミュルリが聞き返してくる。
「さあね?」
否定すると、まるでコントのような問答に、ミュルリが『え?』と目を大きくしてすっとんきょうな顔をする。
「常に手段は用意されているんだ。だけど、俺達が愚かでその手段に気づけないだけなんだよ」
「本当? なら、なんとかなるの?」
「さあな。誰にも未来なんてわからないんだから、やってみなければわからないさ。俺はただ、良さそうな事をやってみるだけだ」
俺がそう言うと、ミュルリはうんうんとひとしきり感心したような顔で頷いた後、私もできる事をやるといつもの快活なミュルリに戻っていた。
まあ、昔の偉い人の受け売りなんだけどな。
でも、ミュルリが元気になってくれたんならそれでいいさ。
その後に、本来の目的である石臼の事を聞いてみると、どうやら存在していないようだった。
どうするかな?
「それなら、武器屋のロドリゲスさんがそういった道具を作れるよ」
「おお、そうか。それじゃあ親父の所に行ってくる」
店から出ようと扉に手を掛けると、ミュルリが『お兄ちゃん、本当にありがとう』と笑顔でお礼を言ってきた。
「俺に惚れると火傷するぜ」
格好をつけてその場を去ろうとすると、ミュルリが慌てたように近づいてくる。
どうしたんだろうと思っていると、言いにくそうに『チャックが開いてるよ』と教えてくれた。
「もう、お兄ちゃんに抱きついた時に下を見たら全開なんだもん。どうしようかと思ったんだよ? 世が世なら完全に犯罪なんだからね?」
くすくす笑いながら、怒ったような振りをして注意してくる。
どうやら、俺はそうとう慌てていたらしい。
ションボリと俯いたまま『すいませんです』とミュルリに謝った。
そして、ションボリとしたまま武器屋へ向かう。
「お兄ちゃん大好き!」
ミュルリが笑顔で俺を励ましてくれる。
軽く手を上げてミュルリに答えると、とぼとぼと店を後にした。
どうしても決まらない男、達也の受難はつづく




