178話 見えない傷跡
何度も剣を抜こうとするが体が震えて動かない。
「ちきしょう!」
「きゃ!? な!? なに? ちょっとお! いきなり大きな声を出さないでよ。びっくりするでしょ?」
思わず声に出して叫んでしまうと、レイチェルがこちらを向いて文句を言ってきた。
「ああ、すまん」
「もう、しっかりしてよね。それより、アーチェは一体どうしたの?」
何やら呟いて座り込んでいるアーチェに、レイチェルが不思議そうに視線を向ける。
「わからん。この弓を見せたら、何やらブツブツ言い始めてそうなった」
「あーちゃん、どしたのぅ?」
セレナがしゃがみ込むと、つぶらな瞳でアーチェの顔を覗きこんでいた。
「すいません、大丈夫です」
しばらくしてアーチェが立ち上がると心配ないと伝えてくる。
もっとも、その表情は緊迫したように強張っていて無理をしているのは一目瞭然だった。
どうやら、アーチェにとっては何か重要な問題のようだ。
その後も魔物の討伐をするが、相変わらず剣は抜けなかった。
仕方なく弓だけで戦う。
アーチェの方も何かを考えこんでいるようで、心ここにあらずといった感じだった。
魔物の討伐は何の問題も無く終了する。
目的だったミリタリーバックの入手も無事に終わるとダンジョンから出る。
「達也さん! 申し訳ないのですが急用ができてしまいまして、エルフの里に帰らないといけないんです」
ダンジョンから出ると、アーチェが真剣な表情で明日からはダンジョンに行けないと伝えてきた。
まあ、元からセレナと2人でダンジョンに行くつもりだったからこっちはぜんぜん問題ないんだけど。
「ちょっとお? アーチェ? どう言う事なのか説明してよ」
レイチェルの方は聞いてないよとその表情には明らかに不満が見えていた。
アーチェが少し考えるような素振りを見せると神妙な表情で話し始める。
「エルフィンボウは……エルフの代行者の証なんです。それは、エルフの長の命令に等しい権限を持ちます。つまり、それを人間に与えたのならば、エルフは人間と友好関係を結んだと言っても過言では無いのです」
「へえ、そうなの? それは良かったじゃない。それに何か問題があるの?」
「大問題です。500年もの長い年月の間、人間とエルフには大きな確執の壁があったのですよ? それは、どうやってもどうにもならなかったんです。それが急に……早く戻って事の経緯の確認をしなければいけません。達也さん! セレナさん! それではまた」
アーチェがぺこりとお辞儀をすると脇目も振らずに走って行った。
あ、それなら俺に聞けばいいのに。
あーあ、行ってしまったか。
アーチェのやつ結構抜けてるな。
まあ、混乱してたみたいだし、しゃあないか。
「ちょっと!? アーチェ! もう! それじゃあまたね、たつや! セレナもまたね」
「おう、またな!」
「あーちゃん、れいちゃん、またねぇ」
簡単に別れの挨拶をすると、レイチェルがアーチェの背を追いかけて行った。
「騒がしい連中だったな」
「セレナは楽しかったよぉ」
「そうか、良かったな」
にこりと笑ってセレナの頭を撫でると宿への帰路に着いた。
宿へと向かう道すがらこっそりと剣を抜いてみる。
剣は問題なく抜けた。
やっぱり、精神的なものみたいだな。
気がつかなかったが、心にしっかりと傷がついていたようだ。
「…………」
死に掛けた事を思い出すと体が急に震え出す。
ちきしょう。
心の中で溜息を吐くと、重い足をひきずるようにして宿屋に戻った。




