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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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176話 薄幸の少女

 「達也さん!」


 不意に意識が戻ると、気づけば誰かが俺の名前を呼んでいた。

 そっと目を開ける。


 眩しい、誰だ?


 声のした方に視線を向けると、セレナが悲しそうな顔で涙を流していた。


 セレナ? 


 いや、セレナが達也さんと呼ぶわけがないか。

 やっぱり、俺は死んだのか?


 ぼんやりとした頭で周囲を確認すると、セレナの隣には泣いているレイチェルとアーチェがいた。

 レイチェルは泣きながら嘔吐していて、その背中をアーチェが泣きながらさすっている。


 仰向けで地面に横たわっていた状態から、むくりと上半身を起こす。


 「達也さん!」


 俺に気づいたのか、アーチェが勢い良くこちらを振り向いた。


 俺は生きているのか? 

 だったら、さっきのセレナは……


 うーん、アーチェと勘違いしたかな?


 今もぼんやりとしている頭でセレナを見ると、虚ろな瞳で虚空を見ていてだんまりだった。


 くそっ! 頭が混乱している。

 状況がさっぱりわからん。


 「俺は生きてるのか? 何がどうなった?」


 アーチェの顔を見て質問する。


 「レイチェルが、達也さんにヒールの魔法を使ったんです」


 「なんだって!?」


 驚いて大声を出してしまう。


 レイチェルがヒールの魔法の使い手なのか?

 でも、ヒールが使えるなら何ですぐに使ってくれなかったんだ?


 「たっつん!?」


 俺の大きな声に反応したのか、虚ろな瞳で静かだったセレナがビクンと飛び跳ねるようにこちらを向いた。

 セレナと目が合う。


 「すまん、心配掛けた」


 「たっつん! …………ふぇ、びえええええ!」


 セレナの目尻にみるみると大粒の涙が溜まると、堰を切ったようにぼたぼたと涙を零しながら抱きついてきた。

 セレナをあやしながらレイチェルに助けてもらったお礼の言葉を伝える。


 「レイチェル助かったよ……レイチェル?」


 だが、レイチェルは今も苦しそうに嗚咽を繰り返していて俺の声が聞こえていないようだった。


 「とりあえず、ダンジョンから出ましょう。達也さん、動けますか?」


 「え? ああ、問題ないようだ」


 アーチェの言葉に立ち上がって腹の傷を確認してみると、跡形もなく嘘のように治っていた。


 これが、ヒールの魔法か。

 瀕死の状態から一瞬で回復とか反則だよな。


 「ほら、セレナ行くぞ?」


 「ひっく、たっつん、たっづん」


 未だに泣いているセレナを促すとダンジョンから脱出する。



 ダンジョンから出ると、レイチェルは入り口付近に座り込んで俯いていた。


 レイチェルはどうしたんだろう?

 ヒールを使うと何か後遺症でもあるんだろうか?


 「アーチェ?」


 アーチェの顔を見て説明を促すが困ったような顔をして首を横に振るだけだ。


 「いいよ、私が話す」


 対応に困って頭を搔いていると、俯いていたレイチェルが力無くぼそりと答える。


 そして、何かの覚悟を決めたかのようにレイチェルが自分の過去を語り始めた。


 「私ね、孤児だったんだ。孤児院のおばさんの話しだと、赤子の時にエル大陸の北端のハミルトンから西の都の孤児院に送られてきたそうよ。それ以前の詳しい事は何も知らないわ」


 孤児とは驚いたが、それと何の関係が?


 疑問に思うもとりあえずは保留してレイチェルの話しに耳を傾ける。


 「初めは孤児院で暮らしてたんだけどね、すぐにスラム街に逃げ出したの。そこは、孤児院とは名ばかりでただの強制労働所だったから。酷いなんてものじゃないわよ? 休みすら無く食事すらほとんど貰えなかったから」


 レイチェルが少しだけ肩を竦めると自嘲げに話していた。


 「ヒールが使える事は5歳くらいの時に気づいていたんだけどね、幼いながらもヒールの使い手が金銭目的で誘拐される事は知ってたから、スラムの仲間達にも黙っていたのよ。でも、ある日スラムの仲間が大怪我をしたの。当然、医者に診せるお金なんて無かったわ、だから……助けた。そして、次の日にヒールポーションの売人が来てすぐに連れて行かれた。馬鹿でしょ? そうよ! 私は信じていた仲間に裏切られたの!」


 なるほど、仲間だと思っていた連中に売られたわけか。


 レイチェルの悲痛な叫び声に、苦しさや悔しさがぜになったような感情が伝わってくる。


 レイチェルに掛ける言葉が見つからない。

 ただ、黙ってレイチェルの感情の高ぶりが収まるのを待つ。


 「その後は、鍵の掛かった部屋に監禁されてしばらくの間ヒールポーションを作らされていたわ。でも、何年か経った頃に監禁されていた場所が突然襲撃されたのよ。あの時はわけもわからず助かったんだけどね、正直もうどうでも良かったかな」


 再び話し始めたレイチェルの口調はすいぶんと投げやりなものだった。


 「だから、最後は綺麗なレイクウッドの森の中で終わりにしようと思った。でもね、そこに大怪我をしたアーチェがいたのよ。人間じゃなかったからヒールで治したわ」


 「レイチェル」


 アーチェが心配そうな顔でレイチェルの名前を呼んでいた。


 「でも、そこで私は救われたのよ。生まれて初めて信じる事のできるアーチェという存在に出会えたから。不思議よね……ヒールで助けたのは私の方なのに」


 レイチェルはそこで生きる希望を見い出して、アーチェの方はレイチェルに恩義を返すために傍にいて現在の状況になったそうだ。


 まあ、それで人間である俺にヒールを掛けるのを拒絶していたんだな。

 泣きながら嘔吐してたし、人間不信でトラウマになってしまってるんだろう。


 親に捨てられて、孤児院でも食い物にされて、スラムでも仲間に売られてと。


 なんだかな、レイチェルは予想以上に壮絶な人生を送っているんだな。

 これでは性格が歪んでしまうわけだ。


 「ヒールが使えるとわかれば、怖い人達が来る事は知っていたわ。でも、あの時は医者に診せるお金が無かったんだもの。仕方が無いでしょう? 親に裏切られて、孤児院でも裏切られて、スラムでも裏切られて、私は何を信じたら良かったの? 人間なんて信じられない!」


 レイチェルが泣きながら訴えるように叫んでいた。


 不憫ふびんな話しなんだけど……だが、それじゃあ駄目なんだよ。


 その考え方じゃあ駄目なんだ。



 レイチェルに伝えるべき言葉を整理する。


 レイチェルはしきりに人は信じられないと言っていた。

 それは裏を返せば、人を信じたいと言っているようなものだ。


 つまり、レイチェルは人を信じたい。

 そしてそれは、さみしい、甘えたいといった心の現われでもある。


 嫌いなはずなのに仲良くしたいという矛盾。

 何でこんな状態なのかわからなくて、それで憤っている状態なんだ。


 レイチェルは大きく分けて、2つの間違いを犯している。


 1つは、偏見による間違った基準による差別。

 2つ目は、人の信じ方である。


 レイチェルには幸いにもアーチェという信じられる存在が傍に居る。

 だから、レイチェルは人を信じる事ができるんだ。


 問題となっているのは、エルフも人間も、信じられるか? といった基準では同じはずなのにその判断が正しくできていない事だ。

 エルフか人かで信じるかを判断するのではなくて、信じられる相手かどうかで判断しなければいけないんだ。


 差によって分けるのは当たり前。

 ただ、その分け方の判断基準が間違っているんだ。


 そして、この問題は人の信じ方を理解すれば自ずと解決する。

 ならば、俺がレイチェルに伝えるべきは人の信じ方だ。



 考えがまとまると、早速実行に移す。


 「レイチェルとアーチェに聞きたいんだが? お互いに一緒にいる理由は義理だからか?」


 「違います! レイチェルが友達だからです」


 「違うもん! アーチェは信頼できる友達だもん」


 2人は真剣な表情で即答していた。

 思わず笑みが零れる。


 ならば、大丈夫だな。


 深呼吸をするとグッと心を鬼にする。


 「レイチェル、人を信じるにはどうしたらいいか知っているか?」


 「わからないわよ。だから聞いてるんでしょ?」


 「相手のことを疑うんだよ」


 「えっ!?」


 完全に予想外の答えだったのか、レイチェルが呆気にとられたように口を開けていた。


 「疑わしい場所を疑う余地が無くなるまで調べるんだ。そして、疑う余地が無いのならどうなる? 信じるしかないじゃないか。その時に初めて、その人を信じると決めるんだよ」


 「私は悪くない。だって、相手が裏切らなければ」


 「レイチェル、信じるとは相手に求める事じゃない。信じるとは自分で決める事なんだ。信じられない人に、なぜ信じる事ができないんだと文句を言っている。そんな頭の悪い状態に気づくんだ。そして、自分の判断力が無い事を相手の所為にするな」


 俺が辛辣な言葉を投げかけると、レイチェルの目には薄っすらと涙が溜まっていた。

 優しい言葉で慰めてくれると思ったんだろう。


 だが、真理とは醜いものなんだ。

 命を助けてくれた相手に役に立たない綺麗ごとを言って、延々と地獄の袋小路に居座らせてしまうわけにはいかない。


 すまないが、これが俺なんだ。

 それで、嫌われてしまったのなら仕方が無い。


 「それと、助けてくれて、ありがとうな」


 笑顔を作ると、心の底から感謝の念を込めてお礼を言った。


 「なっ!? バッ、バッカじゃないの」


 レイチェルが驚いたように急に顔を上げると、涙を拭って真っ赤な顔をしてそっぽを向く。

 それをアーチェがすかさず傍に寄り添うと『まあまあ』と笑顔でなだめていた。


 信じられる相手はそう簡単には見つからない。

 だが、だからこそ出会えたのなら、その奇跡を大切にすることだ。


 「達也さん、私は今までずっと迷っていました。どうしたらいいのかわからなくて、ずっと悩んでいました。でも、その問題にやっと答えが出たような気がします」


 仲の良い2人を眩しげに眺めていると、いきなりアーチェがこちらを向いて俺の手を握ってきた。

 驚いてアーチェを顔を見ると、何かを決意したような晴れ晴れとした表情をしていた。


 何の事だ?

 まあ、答えが出たとか言ってたから、いいか。


 しかし、エルフはアーチェといいアニーといい苦労性? 生真面目なタイプが多いのかな?


 恐らくは、ティアの族長としての教育方針が原因だろうな。



 そして、明日あらためて探索するという事にして、さすがに今日は解散する運びとなった。


 「ふん! とにかく、これで借りは返したんだからね? またね、た、たつや」


 「なんだ? 薄情者じゃないのか?」


 「うっ! うるさい! 薄情者!」


 「ははは、やっぱりレイチェルはそっちの方がいいな」


 「え!? そっちの方が、か、かわいい? いやー!」


 レイチェルが真っ赤な顔になって叫ぶと逃げるように走って行った。


 「あ、いや……」


 可愛いとは言ってないんだが。

 まあ、確かに可愛いから、いいか。


 「それでは、達也さん、セレナさんも」


 「おう、またな」


 「あーちゃん、バイバイ」


 アーチェが律儀にお辞儀をするとレイチェルを追いかけて行った。

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