173話 重なる災難
「はあ、上手く行かないわね」
宿屋の食堂で朝食を食べていると、セリアがぼそりと呟いていた。
どうやら、交渉が難航しているようだ。
「なにか手伝える事はあるか?」
俺の言葉にセリアは黙って首を振っていた。
食事を終えると、セリアはすぐに席から立ち上がる。
「もう、行くのか?」
「ええ。それじゃあ、今日もセレナのことお願いね」
「ああ、任せてくれ」
「セリアちゃん、いってらっしゃい」
「ええ、行ってくるわ」
セリアはにこやかに微笑むと、すぐに宿から出かけて行った。
せわしない事だな。
食後くらい、のんびりすればいいのに。
食事を終えてまったりすると、レイチェル達と会う前にギルドへと足を運んだ。
「うーんと、採集依頼は出てるかな? ガルムの牙と……」
「たっつん、こっちに出てるよぉ」
「お? こっちもあった。ええと全部でいくらになる? 1200万エルか? 普通に売ったら800万エルくらいだから400万エルの儲けだな」
ミリタリーテントを使って倒した魔物をすべて回収することができたので、肉の売却だけでも8000万エルの収入を得ていた。
もっとも、セレナが低レベルの魔物を間引いてくれた時の魔物が大半なのだが。
そして、採集依頼の出る素材は売らずにテントに保管しておいて、こうして高値で売れる依頼が出ていないか毎日チェックしているのだ。
お金は賢く効率的に稼がないとね。
ちなみに、魔物の解体はパートのおばちゃんを臨時で募集してまとめてやってもらった。
自分でやればお金は掛からないのだが、戦闘で疲れていたしあの数をセレナと2人で解体するのは厳しかったからね。
お金を稼ぐためにお金を有効に使うのだ。
でも、ちょっと、いや、かなり解体する魔物の数が多かったからか、おばちゃんがげんなりとして『うちは大家族で子供達が沢山食べるから、稼がないといけないんだよ』とぶつぶつ愚痴を言い始めたんだ。
殺到とまではいかなかったが、希望者が何人も来ていたため報酬は妥当だと思うんだけどね。
契約時に解体する数量も了承してますよね? とおばちゃんを見ても素知らぬ顔だ。
でもねと、図太く報酬の上乗せを要求してきた。
今回だけだから、最悪の場合は報酬を増やせば簡単だったんだけど帝都ではそれはできなかった。
帝都には市場が崩壊しないための適正価格法とやらがあって、これは支払う報酬が高くても安くても犯罪になってしまうのだ。
何度も法律で報酬を上げるのは無理なんだと説明したのだが、これがパートのおばちゃんには通用しない。
皇帝ナインスの権威も何のその、まさに無敵艦隊である。
そこで一計を案じてみた。
報酬を現金ではなくて現物の肉で渡すことにしてはどうだろうかと、おばちゃんに提案してみたんだ。
大家族みたいだし、お金より現物で多くもらった方が嬉しいんじゃないかと思ってね。
市場に売った肉をおばちゃんが購入しようと思ったら、売値の3倍くらいの価格になる。
つまり、報酬として渡す肉は3倍の価値になるわけだから現物で渡すと報酬が3倍になるわけだね。
予想通り、おばちゃんは大喜びで一生懸命解体の仕事をやってくれた。
ほんと、人を雇うのは大変だよ。
そして、俺達はレイチェル達との待ち合わせ場所に向かった。
「来たわね! 薄情者!」
待ち合わせ場所に到着すると、レイチェルがビシリと指を俺の方に突きつけて得意そうにポーズを取っていた。
どうやら、アホの子がいるようだな。
「人を指でさすな」
ジト目でレイチェルを見ながら答える。
「こんにちは、達也さん、セレナさん」
アーチェの方は律儀に頭を下げて挨拶をしていた。
アーチェは世間知らずのお姫さまみたいで危なっかしいんだよな。
いつか悪い人に騙されて、奴隷市なんかで売られてそうで怖い。
「れいちゃん! あーちゃん!」
セレナが駆け寄ると2人に嬉しそうに抱きついていた。
「ちょっとお!? セレナ? な、何なのよぉ!」
アーチェは嬉しそうに笑顔を見せていたが、レイチェルの方は手をわたわたさせて動揺しているみたいだった。
あれは嫌がっているのだろうか?
よくわからない。
「おす! レイチェル、アーチェ。それより、その薄情者は何とかならんのか?」
「え? じゃあ、た、た、たつゃ……。な、何言わせるのよ!」
レイチェルが顔を真っ赤にして喚きだした。
なんだ? 急に怒り出したぞ?
騒々しいやつだ。
簡単に戦闘時の打ち合わせをすると、早速ダンジョンに入った。
今日探索するダンジョンは適正レベルが30で、レベル上げに行っていたダンジョンより多少低めだ。
レイチェルに今のレベルを聞いたのだが『何であんたに教えなきゃならないのよ!』と協調性が皆無で教えてはもらえなかった。
見ようと思えば見れるけど、本人が嫌だと言っているのでステータスの確認はしない。
なので、レイチェルとアーチェのレベルが低くても問題がない事と、ミリタリーバックも入手できるという2つの条件を満たしたので急遽このダンジョンにした。
下調べはあまりしていないがレベルが低いダンジョンなので大丈夫だろう。
ちなみに、帝都の近くにもレギオンのダンジョンの入り口がある。
金を稼ぐだけならレギオンのダンジョンの方が圧倒的に実入りがいいのだが、今回はミリタリーバッグを入手しておきたいのでそちらを優先する。
後衛にアーチェがいるので今日の俺は剣を使う。
エルフィンボウは今日はお休みだ。
ダンジョンに入ると、すぐにきのこに手足が生えたような魔物が襲ってきた。
ヘルマッシュルーム
レベル24
HP180
MP0
力150
魔力0
体力210
速さ80
命中80
レベルも低いし、レベルの割りにステータスも低い。
こいつは雑魚だな。
1匹だけのようだし、まずはレイチェルとアーチェの腕を見せてもらおう。
セレナに待機してもらうと、後ろに踏ん反り返るようにしてレイチェルとアーチェの戦いを傍観する。
すると、まずはレイチェルが勢い良く魔物に向かって行った。
レイチェルのレイピアがヘルマッシュルームに突き刺さる。
しかし、へっぴり腰で話しにならない。
アーチェは弓で攻撃していたがこちらは火力が低いようだ。
話しにならんな。
ここは、俺の居合い斬りを見せるしかないでしょ?
前は逃げるしかなかったけど、今の俺ならカッコいい所を見せられる。
「俺に任せろ!」
一瞬で間合いを詰めると、居合いで勢いよくヘルマッシュルームに斬り付ける。
きのこの胴体が見事に真っ二つに分かれていた。
「なっ!? ちょっと! この馬鹿!」
「達也さん! 逃げて!」
「え?」
アーチェの叫びに、気づけば文句を言ってきたレイチェルが全速力で退避していた。
直後に強烈な爆発が起きた。
吹っ飛ばされてダンジョンの壁に背中から叩きつけられる。
「がはっ!」
強烈な衝撃に内臓器官がパニックを起こす。
肺が膨らんだまま戻らない。
呼吸が出来ずに地面を転がって悶える。
みんなが慌てたように駆け寄ってきた。
「達也さん、大丈夫ですか?」
「たっつん!」
「ちょっと、無事なの?」
「ごほ! げほ。だ、大丈夫だ」
やっと呼吸が出来るようになると、咳き込みながら自分のHPを確認する。
HPが80近く減っていた。
痛い、体中が痛い!
洒落にならねえ。
急いで特効薬を使う。
「あんた馬鹿なの? ヘルマッシュルームは一定のダメージを受けると爆発するの! 危うく私まで巻き添え食らう所だったじゃない」
地面にへたり込んでいると、レイチェルが腰に手をあてて踏ん反り返るようにして文句を言ってきた。
なんてこった。
だから、へっぴり腰だったんだな。
「達也さん、ごめんなさい。知っているものと思って……伝えておくべきでした」
「いや、気にしないでくれ。こっちも調べてなかったからな」
「たっつん? 大丈夫なのぅ?」
セレナが心配そうに体をぴたりとくっつけてきた。
「ああ、大丈夫だ。心配するな。それより、早く行こう」
ちくしょう。
とんだ、恥さらしじゃねえかよ。
「達也さん、少し休んでからにしませんか?」
「大丈夫だ! 特効薬を使ったからな。早く行こう」
心配して気を使ってくれただろうアーチェに、恥ずかしさから拒絶するような態度を取ってしまう。
特効薬は10分でHPが50回復するんだ。
80程度なら15分もあれば回復するさ。
その後、ヘルマッシュルームに気をつけながら戦闘を継続すると、20分も経つとすでにHPは全快になっていた。
よし! 回復したな。
汚名返上のために、ここからは魔物をばんばんと狩ってやる。
隊列の先頭になるとずんずん進んでいく。
「達也さん! 離れすぎですよ」
アーチェが心配そうな声で注意してきた。
「大丈夫だ。このダンジョンに出る魔物なら問題ない」
ここらでいい所を見せないとな。
背後を振り返ってアーチェに答えると、みんなとは15mくらい離れていた。
セレナをちらりと見ると、レイチェルと楽しそうに会話をしている。
セレナものんきにしているみたいだし、問題ないだろう。
それに、俺だって強くなったんだ。
ズクン!
それは何の前触れもなく突然きた。
ダンジョンに音が鳴ったような感じがした。
この感じは……以前にも何処かで?
「たっつん! 逃げて!」
視界の端に、セレナが鬼気迫る顔で叫んでいる姿が映った。
レイチェルとアーチェの顔も蒼白だった気がする。
理不尽な現象を前にして、ほんの数瞬だけ頭の中が空白になっていた。
気がつくと俺の周りには、うじゃうじゃと魔物達が蠢いていた。




