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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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172話 打たれていた策略

 ここは、帝都にある帝国議会が開かれている部屋の一室。


 現在は西の都が帝国領に帰属するための調印式を行っていた。


 「以上を持ちまして、西の都は帝国領に帰属することを宣言いたします」


 「宣誓を確認いたしました。この宣誓に何か異議のあるものは?」


 議長の声が会議室に響き渡ると、肯定の意を示すように場は水を打ったように静まり返っていた。


 議長が壇上を見渡すが、すでに根回しも終わっているためこれはただの予定調和である。

 ここで異議を申し立てるような愚か者はいなかった。


 会議場を見渡すと、その場にはエル大陸の名だたる国の諸侯達、それどころか王自らが参列している国すら見える。

 帝国領内において、ナインスの呼びかけに会議を欠席する国は只の一国すら無い。

 皇帝ナインスの、その権威の高さが窺えた。



 満場一致で会議が終わると、各国の首脳達は玉座の間で座っているナインスに恭しく礼をして去って行った。


 だが、西の都の現在の評議会代表の男だけは帰らずに最後まで残っていた。


 「陛下、お久しぶりですと、申せばよろしいのでしょうか?」


 そう言って恭しく頭を下げていたのは、あのゴリガンに殴られていた眼鏡を掛けた初老の男だった。


 「ふふ、そうだね。それでかまわないよ。それより、酷い扱いをゴリガンに受けていたようだが、今日まで助ける事ができずにすまなかった」


 「もったいないお言葉、真に痛み入ります」


 しばらくの間、ナインスと初老の男はお互いに懐かしむかのような顔で無言だった。


 「もうかれこれ、30年になるのかのう? サリウスよ」


 ぼそりと、沈黙を破るように尋ねたナインスの口調が突然変わっていた。

 いや、それだけでなく表情までもが、まるで長い年月を過ごしてきたかのような愁いを帯びた顔に変わっていた。


 「さようで、月日の流れるのは早いもので御座います」


 しばし、沈黙の時が過ぎる。

 ナインスもサリウスも、お互いに何かを溜め込んだかのように黙ったままだ。


 そして、ナインスがおもむろに玉座から立ち上がった。


 「よくぞ、よくぞ事を成してくれた」


 「くっ! 陛下」


 感極まったようすのナインスがねぎらいの言葉を掛けると、サリウスの目端には薄っすらと涙が溜まっていた。



 ゴリガンが散々怯えていたナインスの本当の一手、いや、前皇帝の策略はサリウスだった。


 サリウスは前皇帝の時代に帝国に仕えていた帝国軍人である。

 前皇帝の命により西の都に移住して、内部から実権を掌握するために役人として働いていたのだ。


 ナインスの本来の計画では、警告、勧告、最終通牒と、段階的に外交圧力を高めて政策のミスを誘い、最終的には西の都の悪政を煽ってゴリガンを失脚させて、代わりにサリウスを擁立するという算段だった。


 それが蓋を開けてみたらどうだろう。

 先代の皇帝の代から始まった長期に及ぶ壮大な計画のはずが、実際にゴリガンと対峙してみればとんでもない小物だった。


 勝手に自滅するだろうと時を待っていれば、どういうわけか西の都には帝国軍第一軍団が進軍していて、それどころかゴリガンが暴走して襲い掛かってくるという暴挙。

 すかさずゴリガンの愚かさを逆手にとって、民衆の怒りを煽って扇動すれば、あれよあれよと言う間に計画が大幅に短縮されて、一息に事を成してしまったのである。


 「まったく、異世界人というのは世を動かすものだな。良くも悪くも」


 「陛下?」


 「いや、すまない。なんでもないんだ」


 ナインスが笑顔で答えるが、その表情は若々しくもあるが、それでいて老練でもあって、どちらの皇帝かはわからなかった。


 「そうだ! サリウスにお願いしたい事があるんだ」


 ナインスが歳相応の若々しい笑顔を向けて答える。


 「はっ! なんなりとお命じ下さい」


 「レイクウッドの森にあるエルフの里、エルフィン王国に特効薬を届けてもらいたいんだ」


 「エルフィン王国ですか? お言葉ですが陛下、エルフとは、その、長年の確執のせいで連絡を取る手段が」


 「問題ない。すでにエルフィン王国より使者が来て特効薬の催促をしていった。エルフは行き違いによる長年の確執の歴史を精算して、友好関係を結びたいとのことだそうだ」


 「なんと!? それは本当の事でございますか?」


 「はは、信じられないのも無理は無いよ。僕だって信じられないんだからね。本当に長い間、どうにもならなかった問題だったから」


 「はい、西の都の評議会でも誰もどうすることもできませんでした」


 「せっかく西の都も取り戻して、デッドドラゴンの件でも何とか支援をしたいと思っていたから、まさに渡りに船だったよ。それじゃあ、お願いするね」


 「はっ! 勅命承りましてございます」


 サリウスが恭しく頭を垂れる。


 「さて、次は西の都の今後の方針についてだが」


 朗らかだったナインスの顔が厳格な表情に変わる。


 「まずは、信賞必罰しんしょうひつばつを徹底してもらう。現在の西の都の法では、悪事を働いても罰せられない、または抑止力となるような割りの合わない刑罰になっていない。あれでは同じ人間が何度も同じ悪事を繰り返すだけだ! 公金横領、賄賂は即死罪にせよ!」


 「御意!」


 「以上だ」


 サリウスが深々と頭を下げて臣下の礼を取ると、玉座の間から退出していった。


 しばらくすると、入れ替わりに諜報員のジェペが入室してくる。


 「陛下、お久しぶりで御座います」


 「うん、堅苦しい挨拶は抜きだ。早速報告をたのむ」


 「御意。冒険者達也は、現在この帝都に滞在しております。ダンジョンにひたすら通っているようで、どうやら、自身のレベル上げにいそしんでいるようです」


 「そうか、ここに来ているのか。……今回の異世界人はいろいろな面で規格外すぎる。達也君には少し釘を刺しておかないと」


 「陛下?」


 ぼそぼそと小さい声で何かを考え込んでいるようすのナインスに、いぶかしむような顔をしたジェペの報告が止まる。


 「ああ、すまない。それより、何とか達也君に会えないかな?」


 「強制して連行してくるということですか?」


 「いや、気づかれずに自然とだ」


 「そ、それは……確実ではありませんが、冒険者達也の連れがリュカ元帥の方に何度も謁見の申し立てを行っているようですので、もしかしたら冒険者達也が来るかもしれません」


 「ああ、確か達也君は薬師ゼンの弟子として働いていたのだったか?」


 「はい、そのようです。リュカ元帥が薬師になりたかったのは帝都では割りと有名な話ですので、恐らくは利用してくるのではないかと」


 「リュカ元帥は薬師の事になると人が変わるからね。それ以外は完璧な人なんだけど……困ったものだよね。はっはっは」


 ナインスは困ったという言葉とは裏腹に、心底嬉しそうな顔で笑っていた。

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