171話 レイチェルとアーチェ
新たなデスゲーム開始まで、残り3日となっていた。
セリアの話しだと、リュカの説得が終われば次はモンド大陸に渡るのだそうだ。
なんでも、前回の戦いで貴重な竜騎士の1個師団が壊滅してしまったためモンド王国が協力を渋っているとのことで、勇者ヒュッケの参戦を打診する事が目的らしい。
そして、それが済めばデッドラインの砦の攻略作戦に参加するためにグルニカ大陸へ向かう事になると言っていた。
つまり、次のデスゲームで何処に向かう事になったとしても、さしあたっての問題は無いと言うことだな。
そして、今日はレベル上げに付き合ってくれたお礼にと、セレナと帝都にある有名スイーツ店巡りをしている。
何か欲しい物はあるかとセレナに尋ねたら、焼き菓子が食べたいと言ったからだ。
これではいつもと変わらんのだが色気より食い気でセレナらしい。
「たっつん、もぐもぐ、セレナあれも食べたい」
帝都にある有名スィーツ店に向かう途中なのだが、焼き菓子の露天の前を通り過ぎるたびにセレナがおねだりしてきていた。
セレナはすでに両手に抱えるようにして焼き菓子を持っている。
「両手に持ちきれないじゃないか」
「じゃあ、たっつん持ってぇ」
「駄目だ。食べ終わってからにしなさい」
近くの公園に行くと、セレナと2人でベンチに座ってのんびりする。
セレナが焼き菓子を一生懸命食べていた。
「うー、たっつんも食べるぅ? はい、あーん」
セレナを微笑ましい気持ちで眺めていると、小さなカステラのような焼き菓子を指で詰まんで差し出してきた。
ぱくりと食べて美味しいと答えると、セレナがにへらと可愛い笑顔を見せてくれた。
セレナの笑顔に心が癒される。
ほんとにセレナは可愛いよなあ。
セレナと一緒だと気兼ねしなくていいから安らぐんだよね。
ふと公園にあった噴水に目が止まる。
電気の無いこの世界には当然ながら電気ポンプなどはない。
ならば……
高所を見渡してみると、やはり噴水より高い位置に水の通っている管があった。
この噴水は、下に管を通して高低さを利用した水圧を使用して作っているのだろう。
水圧を利用したギミックは、仕組みは簡単でもかなり高度な計算と緻密な構造を製造するための技術が必要である。
それを、こんな見て楽しむだけの何気ない場所にさりげなく使われているのだ。
センスがあると言えばいいのか、とても粋な感じで帝都が本当の意味で豊かであるとしみじみと伝わってくる。
それに比べて西の都の酷さときたら……
帝都に比べて、確かに西の都の方がお金は掛かっていた。
しかし、使っている材料の値段が高いだけで、そこには知恵や技術がまったく無かったんだ。
見てくれだけだけの張りぼてで、そこには中身がまったく無かったんだよ。
日本のわびさびなんて言葉がある。
わびれている(みすぼらしい)、さびれている(廃れている)。
素朴で質素な物しかなかったから、必死に知恵を絞って技術を研鑚した。
使っている材料は拙い物かもしれないけど、そこには素晴らしい知識やアイディアが沢山内包していて、なかなかに侮れないものがあるんだ。
それはとても誇らしいもので、決して惨めなものや恥ずかしいものではないんだ。
だから、見せ掛けだけの紛い物に惑わされずに、そこに秘められた本質を理解して、物の良し悪しをしっかりと判断するべきなんだ。
そんな事を考えていると見知った顔が声を掛けてきた。
「ああ! 薄情もの!」
「こんにちは、達也さん」
何時の間にか、目の前にレイチェルとアーチェが立っていた。
「また、お前らか」
うんざりとした口調で答える。
「もう、ストーカーなんじゃないの? いつも私達の行く場所にいるんだもの」
「知らねえよ」
レイチェルがツンとした顔で嘲るように言ってきたが、こいつがお馬鹿だとわかった今では怒る気はしない。
めんどくさい相手だが、そういった人柄なんだと割り切って大人の対応をする。
「だあれぇ?」
焼き菓子を食べ終わっていたセレナが、きょとんとした顔をしてじっとレイチェルとアーチェを見つめていた。
レイチェルとアーチェの紹介を簡単にする。
「じゃあ、れいちゃんに、あーちゃんだねぇ」
「え? れ、れいちゃん?」
セレナのフレンドリーな接し方にアーチェの方は笑顔で嬉しそうだったが、レイチェルは困惑しているのか訝しげな顔をして聞き返していた。
セレナは相変わらずマイペースで無邪気な笑顔を2人に向けている。
セレナ探知機では善人と出たのか?
アーチェはまだしも、レイチェルは結構あくどい事をやっているはずなのに、なぜ?
「あの、達也さん。私達、本当は達也さんを追いかけて来たんです。レイチェルが助けてもらった恩を返したいそうなんですよ」
「い~や~!? ちょっと、アーチェ! それは言っちゃだめぇ!」
レイチェルがハニワのような面白い顔で叫んだかと思うと、気の毒になるくらい真っ赤な顔になっていた。
耳まで赤くすると顔を手で塞いでしゃがみ込んでしまう。
哀れレイチェル。
私の精神力はもうゼロよってか?
とは言え、恩を返しに来たとか可愛いところがあるじゃないか。
う~ん、やっぱりこいつらは根っこの部分は悪くないのかもしれないな。
「アーチェのばかぁ~」
「レイチェル、やはり嘘はいけません。この前、酷い目に遭ったばかりでしょう? ティア様も嘘はいけないとおっしゃっていました」
言ってる事は正しいんだけどアーチェのやつ結構えげつねえな……
これだから純真なやつは恐ろしい。
「よしよし、いいこいいこ」
あきれて傍観していると、セレナが半泣きのレイチェルの頭を撫でて慰めていた。
しばらくすると、泣いていたレイチェルが何の脈略も無く無言で立ち上がる。
おっ? 復活したか?
「ふ~んだ! 一緒にダンジョンに行ってあげてもいいんだからね」
何事かと見ていると、完全に開き直ったようすのレイチェルが、ビシッと俺に人差し指を向けてツンデレの見本のような事を言ってきた。
こいつ、意外とずぶといな。
やれやれといった感じでアーチェの方に顔を向ける。
「これは、一緒にダンジョンに行って手伝うという解釈でいいのか?」
「はい、レイチェルは素直ではありませんから」
答えたアーチェはニコニコしてなんだか嬉しそうである。
レイチェルは完全に開き直ったようで、偉そうに腰に手を当てて踏ん反り返ると感謝しなさいよねと言わんばかりのドヤ顔だった。
くそっ! 何かムカつくな。
セレナと2人でもまったく困らんのだが、なんかセレナが一緒に遊びたそうな顔をしてるんだよね。
まあ、しゃあねえか。
ダンジョン探索は明日から行うと言う事で、レイチェルとアーチェの2人とは別れた。




