169話 花の帝都で
ここは、花の都である帝都だ。
狭い馬車から飛び降りると、視界一面に荘厳で華やかな街並みが広がっていた。
「やっと着いた! ひぃやっほう!」
「やっとついたぁ! きぃやーほぅ!」
「もう、恥ずかしいから止めなさいよね」
狭い空間から解放された爽快感も手伝って思わず声が出てしまう。
それをセレナが面白がって真似をして、さらにそれをセリアがたしなめるといったいつもの俺達の風景だ。
帝都には馬車で向かった。
帝都の位置はレーベンから北に位置するエル大陸の中央付近のため、移動に船は使えなかったのだ。
道中はずっと馬車の車輪がガタガタと煩い音を出していて、ゴムタイヤやスプリングの発明が無いのか揺れが酷くてあまり長く乗っていると腰を痛めそうだった。
この世界は帆船の技術の方は発達しているのだが、馬車の方は遅れているようである。
宿に着いて荷物を降ろす。
部屋から出るとセリアの部屋の扉をノックする。
すぐにでも出かけるのか、ドアを開いて出て来たセリアはスーツ姿にハイヒールだった。
思わずドキリとしてしまう。
おお! これは……なかなか。
やっぱり、セリアはカッコいい女って感じだよな。
ビシッとスーツを着こなしていて、かなりさまになっている。
まるで、どこぞのやり手のキャリアウーマンだ。
「ああ、ところで、帝都に付いてきたはいいけど、俺は何をすればいいんだ?」
内心の動揺を悟られないように、さりげなくセリアに話し掛ける。
「別に何もしなくていいわよ。ただ、セレナの面倒を見ていて欲しいの」
「わかった。なら、俺はセレナと近場のダンジョンでも行こうかな? 何か助けが必要なら言ってくれよ」
「ええ、その時はお願いするわ」
帝都にいる間はセレナとダンジョンに行くと伝えると『怪我には気をつけてね』とセリアは出かけて行った。
どうするかな?
まだ、日は高いんだよね。
セレナを連れて来て、宿屋のフロントの前にあったソファにどっかりと腰を下ろす。
ステータス画面で時刻を確認すると、時刻はまだ午後の1時を回った所だった。
うーん、でも帝都に到着して早々にダンジョンはなあ。
この時間だと中途半端になりそうだし……
とりあえず、セレナと一緒に帝都観光でもしようかな?
町並みも綺麗だったしね。
「よし、セレナ! 今日は帝都観光に行くぞ」
「ほんとぅ? やったぁ!」
ソファに座って足をパタパタさせていたセレナが元気に答えると、嬉しそうに俺の腕にしがみついてきた。
宿から出ると、すぐに強い日差しに当てられる。
お日様がかんかん照りで少し暑い。
今は、まさに夏真っ盛りだ。
「うぅ、あついのぅ」
「ほれ、しゃんとしろ」
ぐだるセレナを叱咤する。
とりあえずは大通りに出ようと、針葉樹が丁寧に手入れされていた並木道の木陰をセレナと並んで歩く。
風通しは良いようで、日差しが強かった割には涼しくて心地が良かった。
大通に到着するとそのあまりの広さに感嘆の溜息がでる。
見通しが良いのに道の先端までは視認できなかったのだ。
まるで、地平線まで続いているみたいだな。
建物が風の通り道を塞がないようにだろう、南から北へと街の中央を横断するように幅の広い道が通っていた。
そして、大通りの道とクロスするように西から東へは川幅の広い大きな川が流れている。
この河川は、帝国が何百年もの月日を掛けて治水工事を行って出来た人口の川なんだそうだ。
景色が綺麗で観光名所になっているらしいので、この河川をまたぐ橋からセレナと見物することにする。
見えてきた橋は、上層部の鉄骨がアーチ状になっていて何本ものロープで吊り上げられたタイプのものだった。
橋の上では、俺達のように観光で訪れたと思われる人達で賑わっていた。
橋の縁に手を付いて、そこから見えた風光明媚な景色を眺めて楽しむ。
眼下を見下ろすと、川面では魚が跳ねて波紋ができ、太陽の日差しがキラキラと反射して綺麗なコントラストを描いていた。
遠くをゆっくりと船が通り過ぎて行く。
「たっつん! お舟が浮かんでるよぉ」
どうやらセレナは船がお気に入りのようで、橋の縁から身を乗り出すようにして食い入るように凝視していた。
「おっと、セレナ! 危ないから橋から身を乗り出すんじゃない」
まあ、セレナは橋から落ちたとしても、疾風の魔法で飛べば問題ないんだろうけどね。
だけど、橋の上には他にも観光客が大勢いてその中には子供もいる。
セレナの真似をしては危険だからな。
しばらくのんびりと眺めていると橋の下を船が通り過ぎて行った。
どうやら船で物資を運んでいるようで、荷物を沢山積んだ船が頻繁に行き来しているようだ。
荷物を降ろせる船着場が所々に儲けられていて、そこから馬車に積み替えて荷物を個別にお店に運んでいるようである。
水上輸送か……
橋の上から近くの交差点を見ると、かなりの数の馬車が頻繁に行き来していた。
しかし、道路はそれほど渋滞していない。
どうやら、荷を運ぶ馬車が最低限の距離しか移動しないため交通の便が良いみたいだ。
帝国は軍事力だけじゃないみたいだな。
この国は強そうだ。
大通りまで戻ってくると、ふわりと気持ちの良い風が唐突に吹き抜けていった。
ああ、いい風だな。
風の通り道がしっかりとできてるからだな。
街を横断している川が気化熱によって都市部全体の気温を下げてくれて、それによって生じた水蒸気は大通りを吹き抜ける風が運んでくれていると、これなら夏場でも熱が篭ると言う事はないだろう。
そして、冬場の寒い日は帝都の東西南北にそびえ立っている大きな城門を閉じて暖気するそうだ。
城門を閉じて風の通り道を塞いで暖気して、朝夕には城門を開いて換気してと、これなら空気が淀んでウィルスが蔓延する事もないだろう。
実に合理的で本当に帝都はすばらしい。
風水学に基づいて計算されて作られた昔の京の都や、家康によって開墾された関東平野のようだ。
西の都の方は空気が淀んでいて本当に酷かった。
自分の店に客を呼び込むために、我先にと道路や建物を無計画で作ったのだろうな。
ふと違和感を覚えて、じっと石畳の路面を見つめる。
地面にしゃがみこむと手の平をつける。
整地された路面が少し傾斜になっていた。
もちろん設計ミスではない。
傾斜の向かう先には水路が整備されていた。
雨が降ったら、雨水は道に溜まらずに流れていくだろう。
これなら、道路に水が溜まってカビが生える事もない。
カビを吸えば病気になってしまうし、水が溜まると蚊などの疫病を蔓延させる虫が沸いてしまうんだ。
西の都では、見栄えを気にしてなのか水捌けの悪い大理石を使っていた。
雨が降ったら滑って危険でコストも高いと、実用性は皆無なので最悪だ。
風水学は決して不思議な力などではない。
風と水の通り道を考える科学的根拠に基づいたりっぱな学問なんだ。
「あらよっと」
目の前にあった店の店員が店先にバケツで水を撒いていた。
撒かれた水が、傾斜を下って淀みなく水路に流れて行く。
この辺の道路の区画整理などは皇帝ナインスの統治下で行われたものらしい。
皇帝ナインスか……
かなり優秀な人物のようだな。
「厄介だな」
「たっつん? どしたのぅ?」
しゃがんでいた俺の真似をしてセレナも俺の隣にしゃがみこむと、つぶらな瞳で俺の顔を覗き込んできた。
「うん? なんでもないよ」
セレナに笑い掛けると、にへらと可愛らしい笑顔を返してくる。
心に温かいものが広がる。
悩んでも仕方ない。
今は観光を楽しもう。
気を取り直して帝都の街を観光する。
大通りをてくてくと歩いていると、大きな石作りの建物が目に入る。
「たっつん! たっつん! あれなあに?」
俺の腕をぐいぐいとひっぱって、好奇心旺盛なセレナが行きたいと言ってきたので早速移動する。
近くまで来ると、それは石作りのりっぱな教会だった。
黒いベールのような布をかぶったシスターらしき女性が中に入って行く。
早速俺達も教会の中に入ってみると、すぐに大きなステンドグラスが目に入ってきた。
「すごぉい! すごぉい!」
色鮮やかなステンドグラスを前に、セレナはぴょんぴょんと跳ねて大はしゃぎだ。
「へえ、見事なもんだな」
備え付きの椅子にどっかりと腰を下ろす。
見事なステンドグラスを眺めると、その神々しいまでの造詣をゆっくりと楽しむ。
かなり大きいな。
石の重みで崩れてしまうため、石造建築では技術が低いと窓は大きくできない。
窓の間取りの大きさから帝都の建築技術の高さが伺えた。
さて、しばらくのんびりしましょうかね。
「たっつん、セレナ飽きたぁ」
「早すぎるだろ! 中に入ってからまだ30秒も経ってないぞ?」
「飽きたのぅ!」
セレナがどたどたと足踏みする。
どうやら、ステンドグラスしか見る物が無かった教会に一瞬で飽きてしまったようだ。
「ああ、もうわかったよ」
もう少しだけ見学したかったのだが、こうなってはしょうがない。
まあ、質素倹約が常の教会だからな。
他の見学者の迷惑にならないように、駄々っ子セレナの手を引いて急いで教会から退出した。
教会を出てから少し移動するとセレナが唐突に立ち止まる。
何事かとセレナを凝視していると、くんくんと何かの匂いをかいでいるようだった。
「たっつん、こっちにいくのぅ」
セレナに腕を引っ張られるようにして、少し路地に入ると露天の屋台が所狭しと立ち並んでいた。
まったく、お前は犬かよ。
思わず苦笑してしまう。
すぐに露天の焼き菓子が食べたいと、セレナがおねだりしてきた。
買って渡すと、セレナはすぐさま笑顔で口一杯に頬張っていた。
焼き菓子の値段は350エルだ。
確か西の都は同じ様な焼き菓子で550エルだったな。
どうやら、帝都の方が物価が安いみたいだ。
「セレナ、美味しいか?」
「ももも、ふみもぉ! ふむぅううう!」
リスのように焼き菓子を頬張ってほっぺたを膨らませていたセレナは、咽を詰まらせたのか目を白黒させていた。
セレナに焼き菓子と一緒に購入したぶどうのジュースを渡す。
「うー、びっくりしたのぅ」
「すまんセレナ。次から食べてる時は気をつける」
目をくりくりさせていた可愛らしいセレナの仕草に、思わず笑みが零れる。
西の都との品質の違いを聞こうかと思ったのだがな。
まあ、いい。
さて、観光は充分した。
ダンジョンの位置を確認したら戻ろう。




