168話 アットホーム
「達也! 帝都に行くわよ」
「え? いきなり何だ?」
夕食を食べ終わって居間でセレナとボードゲームをして遊んでいると、ソファに座ってお茶を飲んでいたセリアが唐突に伝えてきた。
セリアに詳しく話しを聞くと、勇者バッカスがデットライン攻略に乗り出す事を決めたそうで、皇帝ナインスに謁見して兵や支援物資の援助を取り付けるために現在エル大陸に来ているとのことだった。
はあ、バッカス?
意味わからんぞ?
「それと、俺達が帝都に行く事と何の関係があるんだ?」
「バッカスに交渉を依頼されたのよ」
「え? 何でそんな面倒そうな仕事を受けるんだ?」
帝都には皇帝ナインスがいるから、なるべくなら行きたくないんだよな。
まあ、遭遇するなんてことはないだろうけど。
「それは…………。バッカスから、そこそこの報酬が貰えるのよ。とにかく帝都に行くの!」
「了解した」
セリアが何か怒ったように言ってきたので、即座に了承する。
おお、こわいこわい。
でも、なんだろう? セリアが何か言い淀んだような?
気のせいかな?
セリアが依頼された内容は帝国軍最高司令官リュカ元帥の説得だそうだ。
「でも、何でセリアがそんな帝国軍のお偉いさんと交渉するんだ?」
「グルニカはほとんど滅亡寸前まで行ったから、バッカスの方も人手不足なんでしょ。エル大陸の政情に詳しい知人で、交渉ができそうなのが私だからと言っていたわ」
まあ、セリアならやれるだろうけどな。
それにしても、セリアが言ってた用事というのはバッカスの事だったみたいだな。
ああ、何だか腹が立たってきたな。
俺とのダンジョンの誘いを断って、バッカスと会ってたんだからな。
パチリと音を立ててセレナとのボードゲームの駒を打つ。
「ああ! そこ置いちゃだめぇ! たっつん、いじわるぅ~」
セレナがしがみついてきた。
「え? じゃあ、ここに」
場所を変えて駒を打つ。
「はい! セレナの勝ちぃ! たっつんよーわーいー」
セレナが勝ち誇ったかのような笑顔で可愛らしい挑発をしてくる。
しくしく。
俺は、勝ってはいけない戦いを強いられているんだ。
「たっつん! もう1回しよぅ」
「もう勘弁してくれ! 眠い」
「あっ!? だめぇ」
立ち上がって自分の部屋へ戻ろうとすると、セレナが慌てたように背後から腰にしがみついてきた。
素早く俺の前に回りこむと、俺の胸元に顔を押し付けるようにして駄々を捏ねてくる。
「おい、セレナ」
「やだやだやだやぁ~だぁ~!」
「セリア! 助けてくれ」
セリアを見ると慌てたようにそっぽを向いた。
その後は完全に知らん顔だ。
くそ~! セリアのやつも負けず嫌いだからな。
はあ、セレナが寝るまで相手をするしかなさそうだな。
「しょうがねえな。もう1回だけだぞ?」
「やたぁ!」
仕方なしに、もう1回セレナとボードゲームをする。
しばらくの間、パチン、パチンとテンポ良く交互に駒を置く音が響くと、難しい顔をしたセレナの『うー』と唸った可愛らしい声で止まる。
セレナの長考に、何気なく天窓から外を見るとお月さんが煌々と輝いていた。
あれが月かはわからないけど、この世界にも月があるんだよな。
月か……。
月は、確か地球の衛星なんだよな。
衛星という単語から、入手したGPSを連想して思い出す。
結論から言うとGPSは使えた。
通常の緯度などの数字が表示される使い方ではなくて、ステータス画面にGPSモードが新たに追加されていたのだ。
画面を開くと世界地図が表示されて、現在地が光で点滅して位置を数値で教えてくれる。
そして、詳しく見たい時は拡大縮小ができて、1回行ったダンジョンの見取り図まで確認する事ができる。
しかも、時間のわかる時計機能まで付属されている優れものだ。
時計の無いこの世界で、あるのがあたりまえだった時計をどれほど求めていた事か……。
無くなってみて初めてその価値がわかった。
常識に囚われて、こんな便利な物を見逃していたのは誤算だった。
ここは異世界なんだよな。
反省しよう。
「ほれ! セレナの番だぞ? セレナ?」
いつまでも長考していたセレナに声を掛けると、こっくりこっくりと船をこぎ始めていた。
ふらりとなった瞬間に横に倒れそうになる。
「おっと」
慌てて抱きとめると、セレナを部屋まで運んでベッドに寝かしつけた。
「いつも、急にぱたんと行くからな」
呟きながら居間に戻ってくると、セリアが微笑ましい物でも見るように俺を見ていた。
「なんだよ?」
「なんでもないわ」
セリアがそっと、湯呑みにお茶を注いで出してくれる。
黙って飲む。
会話が無いのだが嫌な空気ではない。
まったりとした快い時間が過ぎていった。
セリアをちらりと盗み見ると、外では決して見せないようなおっとりとしたやさしい表情をしていた。
完全にリラックスしているようで、眠いのかお茶を飲んではあくびをしている。
しかし、本格的に眠くなってきた。
セレナの相手をしていた時に限界だったからな。
「そろそろ寝る。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
にこりとしたセリアの笑顔を背に、自分の部屋に戻ってベットの中に潜り込む。
何かいいよな、こういうの。
目を閉じると、幸せな気持ちで眠りに就いた。




