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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第四章 為すべきこと
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166話 商人の本懐

 「まったく、何処に行きやがった?」


 あの後、特効薬を売って欲しいと、列に並んでいた商人達に捕まって時間を取られてしまいアニーを見失ってしまった。


 仕方ない地道に聞き込みをするか。


 「あの、すいません。少しお尋ねしたいことがあるんですが」


 工房の前にいた人に尋ねてみると、最初の1人目ですぐに答えが返ってきた。

 急いでその方向へ向かうと分かれ道に差し掛かる。


 近くにいた人達にエルフを見たかと尋ねると、その場にいたすべての人があちらに向かったと一斉に指を差して教えてくれた。

 これには思わず苦笑してしまう。


 さすがは美女しかいないエルフである。


 教えられた方向にあった橋に到着すると、死んだ魚のような虚ろな目をしたアニーが今にも身投げしそうな雰囲気で流れる川をぼーっと眺めていた。


 おいおい、洒落にならんぜ。


 「おい、アニーと言ったか?」


 アニーに声を掛けると、壊れたブリキのおもちゃのような緩慢な動きでこちらに視線を向けてきた。

 俺の姿は認識しているだろうにその後は何の反応も示さない。


 「俺の声は聞こえているのか?」


 無言のままのアニーに業を煮やして、もう一度声を掛ける。


 「何?」


 アニーが覇気の無い声でぶっきらぼうに答えた。


 応答があり、ほっと胸をなでおろす。


 どうやら、間に合ったみたいだ。

 精神が本当に病んでしまうと、受け答えすらできなくなるからな。


 「いや、お前が自殺でもしそうな雰囲気だったもんでな」


 アニーが一瞬、びくりと体を強張らせる。


 「あ、あなたには関係ない事でしょ?」


 アニーの眼球が忙しなく動き回り体が小刻みに震えている。

 俺に指摘されて初めて気づいたようで、どうやら本人に自覚が無かったみたいだ。


 うーん、これは重症だな。


 「まあ、落ち着いてくれ。ここじゃなんだしそこの喫茶店でも」


 商店街にある喫茶店に顔を向けると、アニーが自分の体を抱きしめて警戒したような目で睨んできた。


 まいったなあ。

 確かにこれじゃあ、ナンパしてるみたいだもんな。


 とりあえず、リュックから取り出した特効薬を見せる。


 「特効薬だ」


 すると、アニーの目が驚いたような表情で見開かれた。

 そして、屈辱的な表情で睨みつけてきた。


 「くっ! 私の体が目的?」


 「ぶっ!? た、大変魅力的な話しなのだが、そういうのは俺のルールに反するんでな」


 予想していた斜め上の返答におもわず噴出してしまう。


 アニーは完全に警戒してしまっている様子で、どうしたものかと頭を悩ますとティアの言っていた事を思い出した。


 ああ、そうだ。

 あれを使えば、大半のエルフは従ってくれると言っていたな。


 リュックからエルフィンボウを取り出してアニーに見せる。


 「なっ!? なぜそれを……持って、まさか盗んだの?」


 「あのなあ、ティアからエルフを代行する執行者として貰ったんだよ」


 訝しげな表情のアニーに簡潔に要点だけを伝えると、空撃ちして引ける事を証明してみせる。

 たぶん、執行者しか引けないんだろうから、これで正式な所有者だと証明できるだろう。


 まったく、ティアのやつ説明が足りないんだよ。

 ティアと初めて会った時に、何か呪文のようなものを唱えて盟約を結んだとか言ってたからあれが条件なんだろう。


 「そんな、ティア様が……」


 アニーの瞳からボロボロと涙がこぼれていた。


 「お、おい」


 「ああ、ごめんなさい。嬉しくて」


 急に泣き出した事に動揺して慌てて声を掛けると、アニーは涙を腕で拭って笑顔を見せていた。



 アニーが泣き止むのを待つと、橋の上では何だと言う事で近くにあった喫茶店へと向かう。


 店に入ると、店内には古風な木彫りのインテリアが飾ってあって、お洒落で落ち着いた雰囲気の結構当たりの喫茶店だった。

 昼下がりのためかお客もまばらで、幸運にも込み入った話しを聞くにはうってつけみたいだ。


 奥の席に座るとすぐにウエイターが注文を聞きに来た。

 俺がモンド産のコーヒーでアニーはハーブティーを注文する。


 店内に入ってからアニーはずっと無言だった。

 恐らくは、まだ頭が混乱しているのだろう。


 こちらからは話しかけずに、アニーの心の整理ができるまで辛抱強く待つ。


 何一つ会話が無いまま注文した飲み物が運ばれてくると、アニーが運ばれてきたハーブティーを一口飲んだ。


 「あっ! 美味しい。フフフ、なんだか味を感じたのは久しぶり」


 アニーがぼそりと小さな声で呟いた。

 やっと言葉を発したアニーの何気ない呟きに、思わず背筋がゾッとする。


 え? 味覚障害って。

 おいおい、かなりやばい状況だったんじゃねえか?


 聞こえなかった振りをしてモンド産のコーヒーをすする。


 モンド産のコーヒーは苦味が2、酸味が4、酷が3といった酸味を楽しむモカのようなバランスだ。

 甘い香りとさわやかな口当たりが癖になる。


 「ふう、この一杯が最高だな」


 コーヒーを飲んでいて気づかなかったよアピールをして誤魔化していると、アニーは飲み物を口にして緊張がほぐれたのか自分の現状をぽつりぽつりと話し始めた。


 「執行者様、エルフと人間が敬遠の仲なのはご存知ですよね?」


 「ああ、知ってる。それより、その執行者様と言うのは何とかならないのか? 俺としては達也でいいんだけど」


 「そう言うわけには参りません。エルフの沽券に関わります」


 アニーがきっぱりとした口調ではっきりと言ってきた。


 ティアもそうだったが変な所で拘るよな。

 エルフの文化か?


 了承して、アニーに話しの続きを促す。


 「私達エルフの里にも、人間との友好を求める人達が何人もいました。でも、人間との友好を説いていたら処刑されそうになってしまって、エルフの里を出てモンド大陸の方へ移住したのです。ですから、モンド大陸にはそこそこのエルフがいます。ちなみに、勇者ヒュッケはハーフエルフなんですよ」


 アニーが力なく笑う。


 「そこで、生活するためと大勢の人達と関わって友好な関係を築けるようにと同胞達で商会を起こしたのですが、契約の段階で騙されて借金まみれになってしまいました。かなりのエルフの同胞達が商会で働いていて、今回の特効薬の契約が取れないと……。初めは人間との友好をと言っていた同胞達も、今では騙した人達の所為で人間を憎むようになってしまいました。私も……」


 アーチェが危なっかしいと思ってたけど、こっちはすでに騙されてしまっていたみたいだな。


 「状況はわかった。ティアに話して助けを求めよう」


 「執行者様! 待って下さい。私達は自分達の主張を押し通して出て行ったのです。今になって、ティア様に迷惑を掛けるわけには参りません」


 アニーが急に立ち上がると、テーブルに手を付いて抗議する。


 「出て行ったのではなくて、追い出されたんだろ? ティアだってそのくらいわかってるさ。それに、そんな事を言っている状況じゃないだろ?」


 「自分達の力で何とかしたいのです。私は忘れていました。人間達と仲良くしたいと言う気持ちを。そして、そのために多くの人と関わりを持てる商人を始めたのだと。こんな形で、人を憎んだまま終わりにしたくない。これだけは…………これだけは譲れません」


 アニーが今にも泣き出しそうな顔で、それでも信念と決意の篭った眼差しを向けてきた。


 自主独立の精神か……


 フッ、俺もこういう精神は嫌いじゃねえ。

 嫌いじゃないし、アニーの意志を尊重して手を出さずに見守るだけにしたい所なんだが、助けを求めなければどうにもならない時もあるんだよ。


 うーん、しょうがねえな。

 こっちで何とかするか。


 「わかった。ティアには話さない」


 「執行者様、ありがとうございます」


 アニーが安心したような笑顔を見せる。


 「でだ、どうするかだが、まずはその契約を何とかしないといけないだろうな。俺が特効薬を渡した所で、右から左に取り上げられるだけで何の解決にもならないだろうからな。そして、俺はこの世界の商売に関しての契約に詳しくない。そこで、知り合いにプロの信頼できる商人を紹介してもらう」


 「わかりました。執行者様の指示に従います」


 アニーが了承して頷くのを確認すると、モニカにある商業組合から必要になるだろう書類を取得してミュルリがいる工房へと足を運んだ。



 受付嬢に案内されて、VIPルームのプレートが掛けてあった部屋でアニーと待っているとミュルリが部屋に入ってきた。


 顔をみると元気よく抱きついてくる。


 「おにいちゃーん!」


 「おお、ミュルリ元気にしてたか?」


 抱きついてきたミュルリの頭を撫でる。


 「えへへ、嬉しいな。用事ができて帰ったと聞いてたけど終わったの? あれ? こちらのおねーさんは?」


 ミュルリがアニーに気づいたのか首を傾げて聞いてくる。

 アニーに簡単に自己紹介をさせると、事情を説明して商人を紹介して欲しいと頼む。


 「それなら、ちょうどサムソンさんが来てるから、サムソンさんにお願いしてみるね」


 ミュルリがにっこりと笑顔で了解してくれる。


 『ちょっと待っててね』といつもの快活で可愛らしい笑顔を見せて部屋から出て行くと、数分と待たずにサムソンさんを連れて戻ってきた。


 「おお、達也君、久しぶりだね。少し見ないうちに、ずいぶんと落ち着いた雰囲気になったね」


 「お久しぶりです。サムソンさん」


 お互いに笑って握手を交わす。


 「話しは聞かせてもらいました。君とゼンさんが作ってくれたソーンと特効薬のおかげで、グルニカは助かったと言っても過言ではありませんからね。ぜひとも協力させてもらいますよ」


 「ありがとうございます。お願いします」


 笑顔のサムソンさんにアニーと一緒に頭を下げる。


 「こちらの女性が……」


 アニーの顔を見るとサムソンさんの言葉が途中で途切れる。

 サムソンさんはアニーを見つめたまま、いつまでも惚けたようにぼーと突っ立っていた。


 そんなサムソンさんに首を傾げたアニーが自己紹介をする。


 「モンド大陸で商会を営んでいるアニーと申します。このたびは、ご面倒をお掛けしてしまい申し訳ございません」


 「サムソンさん? どうしたんですか?」


 いつまでもアニーの顔を見つめたままだったサムソンさんに、どうしたんだろうと声を掛ける。


 「え? いや、あまりにも美しい、ではなくて、オホン、ああ、それじゃあまずは、契約書の方を拝見させてもらえますか?」


 焦ったようなサムソンさんが早口で促すと、アニーが契約書を差し出す。


 サムソンさんは契約書を受け取ると、うむうむと時々頷いたり、『うっ! ゴリガン商会!?』と驚いたような声を出していた。


 「これは酷い! 1600億モンドですよ! エルで換算したとすると、借りた金額が5000万エルなのに、返す金額が10億エルで年の利子が5割、現在は利子のせいで100億エルになっています。こんな契約内容では一生奴隷のままですよ。それにこれは詐欺だ! この契約書を作ったやつは商人の風上にも置けないやつだぞ!」


 契約書に一通り目を通したようすのサムソンさんが、顔を真っ赤にして憤っていた。


 ゴリガン商会? 西の都の評議会代表がそんな名前だったな?


 それより、詐欺か……


 予想していたとは言え、相当まずい状況みたいだな。


 「アニーはどうしてそんな契約書にサインをしたんだ?」


 「それは……」


 「金額の額面の部分の書類が2枚にまたがっています。おそらくは」


 言いにくそうにしていたアニーの代わりにサムソンさんが答える。


 「はい、後になって数字を足されていました」


 「サムソンさん、どうするんですか?」


 「そうですな……いくら酷い内容とは言え、契約は契約です。従わなければいけないでしょう」


 「え? 詐欺なんだから反故にしてしまえばいいじゃないですか」


 「達也君、商人の世界では駄目なんですよ。騙された方が間抜けになるんです。例え不当な契約であっても、一度でも成立させてしまった契約を後になって反故にしてしまったのならば、次からは誰も契約をしてくれなくなります。商人の契約を甘くみてはいけません」


 「では、どうにもならないのですか?」


 アニーが悲壮な顔でサムソンさんに尋ねる。


 「いえ、方法はあります。1つは達也君の言った通り、契約の不当性を国に訴えて契約を反故にして商人を辞める事です」


 「そうですか。やはり、商人はあきらめなければいけないのですか……」


 サムソンさんの言葉に、アニーがしょんぼりと俯く。


 「もう1つは、私が債権を買い取る事です」


 「え?」


 アニーは驚いたのか、俯いていた顔をがばりと上げるとサムソンさんの顔をまじまじと見る。


 「サムソンさん! だって、100億エルですよ?」


 「達也君、商人としての本懐ほんかいとは何だかわかりますか?」


 「え? えーと、どれだけのお金を稼げるかですか?」


 「いいえ、違います。稼いだお金を何に使うのかです。それによって、その商人の本当の値打ちが決まるのです。人間とエルフとの友好、すばらしいじゃあないですか。そのために使われるお金なら、私は惜しくはないですよ」


 「サムソン様!」


 アニーは感激したのか涙を流しながらサムソンさんの手を握る。


 「ま、まあ、私もモンド大陸に顔の利く商会が欲しいと思っていた所なのですよ」


 手を握られたサムソンさんは顔を赤らめながらアニーに言い訳がましく言っていた。


 サムソンさんかっけーな。

 あれが、真の商人だな。

 ちょっと腹が出てるけどね。


 「おにいちゃん。あれって、サムソンさんは」


 「ああ」


 ミュルリがこっそりと耳打ちしてくる。


 あれはアニーに惚れたな。



 話しがまとまるとサムソンさんとの談笑に花が咲く。


 「いやー、それにしてもミュルリちゃんが支配人として本店を任されてるのには驚きました」


 「そうですよね。ミュルリは確か……まだ、10歳になってないですよね?」


 「まあ、ミュルリちゃんなら大丈夫でしょう」


 ああ、やっぱり商人のサムソンさんの目から見てもそうなんだ。

 ミュルリはスーパー少女だな。


 「おにいちゃん、何の話し?」


 自分の名前が聞こえたのか、アニーと話していたミュルリが首を傾げて聞いてきた。


 「なあに、ミュルリは可愛いと話していたのさ」


 「本当? えへへ」


 嬉しそうにミュルリが笑う。

 歳相応の笑顔を見て、やっぱり子供なんだと少し安心する。


 「あっ! そうだ。おにいちゃん、私ね、帝都で開かれる立食パーティーに参加するから、しばらくはモニカにいないからね」


 「帝都?」


 「うん、おじいちゃんが帝国軍の偉い人に招待されてるから、モニカの本店の代表として挨拶に来て欲しいんだって」


 「そ、そうか、頑張れ」


 「うん!」


 まったく気負いが無さそうなミュルリに、前言撤回ぜんげんてっかい、子供だと思った考えを改める。

 ミュルリは間違いなく大物である。


 別れ際、サムソンさんにアニーの事を頼むと『私に任せて下さい。商人のいろはをばっちりと教えますよ』と少し出ていたお腹をぽよんと頼もしげに叩いて応じてくれた。


 サムソンさんはダイエットをした方がいいんじゃないかな?

 せっかくカッコいいのに、あの腹の所為で台無しじゃねえかよ。


 別れ際、餞別としてアニーに特効薬を渡す。


 「執行者さま、ここまでして頂いて、そのうえ特効薬まで受け取るわけには」


 うーん、めんどくさい性格だ。


 どうやら、アニーは弟子のチップと同じような堅物らしい。

 こういう堅苦しい相手には命令するのが手っ取り早い。


 「アニー、執行者としての命令だ。仲間のエルフ達の為に利用せよ」


 「わかりました。必ずやお役に立ってみせます」


 アニーが何か決意を込めたような真剣な表情で特効薬を受け取ると、サムソンさんと部屋から出て行った。


 大丈夫かな?

 頑張りすぎて過労死しなきゃいいんだけど。


 まあ、サムソンさんが付いてるから問題ないだろ。


 「ねえ、おにいちゃん。執行者って何の事?」


 「うん? さあな」


 「もう、おにいちゃん秘密ばかりなんだから」


 可愛らしく怒るミュルリの頭を撫でてお茶を濁すと、モニカの街を後にした。

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