165話 エルフの商人アニー
すでに実家のようなものである大きな工房に入ると、受付のエントランスには数百人はいるであろう長い行列が出来ていた。
そして、何やら騒がしい。
「なぜですか? 私がエルフだから特効薬を販売してくれないのですか? これだから人間は! 私はモンド王国のグラン王の命により、わざわざモンド大陸から買い付けに来た大商人アニーですよ?」
「そう、申されましてもアポイントの無い方はお通しできません」
列の先頭までのらりくらりと歩いて行くと、以前に見知った受付嬢が困ったような顔をして応対していた。
順番を待っている商人らしき人達が、アニーと名乗っていたエルフの商人を迷惑そうな顔で睨んでいる。
この行列は特効薬を求めている商人達なのかな?
あの女、エルフとか言っていたけど、早速ティアが特効薬を入手する使いを出したのか?
いや、違うか。
モンド王国のグラン王の命令とか言ってたからな。
それに、ティアなら皇帝のナインスから融通してもらえるだろう。
このままではいつまでも埒が明かないので、話している最中に割り込んで声を掛ける。
「あの~、まだ時間掛かりそうですかね?」
「あ!? これは達也様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付嬢が慌てたように立ち上がると、先程まで話していたアニーの事はそっちのけで親切丁寧に応対してくれる。
どうやら、俺の顔を覚えていてくれたようだな。
1回しか会っていないのに、さすがはプロの受付嬢だ。
「何ですか君は? 今は私が話している最中でしょう? 非常識です!」
受付嬢と話していると、アニーと名乗っていたエルフの商人がバン! と受け付けの机を叩いて凄い形相で睨んできた。
まあ、一般人的な視点で考えれば当然だよな。
だけど、商人がそれじゃあ駄目だろう?
仮にも商人を名乗るのならば、受付嬢の俺に対しての応対からすぐに察するべきだよね?
現に、後ろに並んでいる本物の商人らしき人達は文句一つ言ってこない。
アニーの後ろで大人しく並んでいた商人らしき人達をちらりと見ると、下手に巻き添えにされないようにだろうアニーから少し距離を取って、完全に無関係ですよとそっぽを向いてアピールさえしていた。
どうしようかなと考えていると、警備員がすぐに駆けつけてくる姿が見えていた。
どうやら、俺は何もする必要がなさそうだ。
黙って突っ立っていると、アニーの後ろに並んでいた商人らしき人達からひそひそと話し声が聞こえてきていた。
「あのエルフの女商人は死にましたね。モンド大陸でアニーなんてエルフの商人は聞いた事がありません。ただのハッタリ野郎、いや、女郎ですか?」
「おい、あっちの男は見覚えがあるぞ? 確か皇帝陛下と親しそうに話していたやつだ」
「ああ、特効薬を何個も競売に出していたやつだ。やっぱり関係者だったんだな」
「確か達也と言う関係者ですよ。薬師ゼンから、達也という青年に迷惑を掛けたら取引はいっさいしないと警告文が出てますよ。知らないと言うのは怖いですな」
親方、俺の知らない所でそんな配慮までしてくれてたんだな。
今度会った時にしっかりとお礼を言っとかないと。
警備員のおじさんが駆けつけてくると、問答無用でアニーを取り押さえていた。
「達也様、失礼いたしました。すぐに叩き出しますので」
「どうも、ごくろうさまです」
警備員のおじさんが敬礼をして挨拶をしてきたので、手を上げて簡単に答える。
「なっ!? なんで私の方が? 悪いのはあちらでしょう? 離せ! 離しなさい! こんなの、こんな扱い納得できません! 私は、私は特効薬を手に入れないといけないのです!」
まさか自分が追い出されるとは思っていなかったのか、アニーはじたばたともがいて暴れていた。
あまりの暴れっぷりの前に少しだけ引いてしまう。
結局は警備員のおじさんに腕をつかまれて無理やり引きずられて行ったのだが、最後まで何かを叫んで俺を睨みつけていた。
うーん、かわいそうな事をしてしまったか?
でもなあ、あれは商人としての器が小さいだけで商才が無い事による自業自得なんだよな。
「……………………」
だけど、連れて行かれる時にアニーの目が据わっていたのが気になる。
あれは、追い詰められた人の目だった。
しょうがねえな。
ミュルリの顔を見るのは、また今度だ。
急いで受付嬢に話し掛ける。
「えーと、ちょっと近くまで来たんで、ミュルリの顔でも見ようと寄ったんだけど」
「そうでしたか、それはミュルリお嬢様もお喜びになると思います。係りの者を呼びますのでこちらでお待ち下さい」
「いえ、ちょっと用事を思い出したんで、またの機会にします」
VIPルームと書かれたプレートの掛かっている部屋に案内しようとした受付嬢に軽く断りを入れると、連れて行かれたアニーの後を追いかけた。




