160話 迷子の償い
「たっつんは、セレナから離れちゃだめなのぅ」
ムスッとした顔をしたセレナが、俺の首に齧りつくようにしてしがみついていた。
帰ってきた次の日に飛びついてきてからずっとこの調子である。
しかし、セレナは怒っているのではないのだろう。
セレナの言動から、心配して俺の事を守ろうとしているのがひしひしと伝わってきていたからだ。
まあ、今は街の中で安全だからまったく意味が無いのだが、そこはお子様だからね。
でも、気持ちは嬉しい。
俺としては、幼いセレナにここまで心配をさせてしまい情けない限りだ。
う~ん、セレナの気持ちは嬉しいのだが困ったぞ?
これじゃあ、クエストにいつまでも行けやしない。
サバイバルナイフのクエストはソロ限定なんだよな。
困り果てて、セリアの顔をちらりと見る。
「あの、セリア」
「フン!」
いつもならセリアがそれとなく諌めてくれるのだが、ツンとした顔をして私は知らないと言わんばかりにそっぽを向いていた。
はあ、セリアに助けを求めても知らん顔だし……
これは、2人ともまだ怒っているよな。
そして、現在はセリアとセレナの2人と西の都を散策していた。
セリアはクエストをするでもなく西の都でスイーツ店巡りを楽しむようで、心配を掛けたお詫びとして2人にご馳走することになっていた。
特効薬を売ったお金の余りがかなりあるから、財布の心配は無いのだけど大した用が無いのならレーベンに戻りたいんだけどな。
キラーパンサーと戦って早くこの力を試してみたいんだ。
決意を新たにしてこぶしを握り締めていると、戦争になるだのと物騒な噂話しの声があちこちから聞こえてきていた。
セリアに簡単に状況を聞いてはいたのだが、俺が始めたゴブリン討伐が発端で何かとんでもないことになってしまったらしい。
気になって住民の噂話しに耳を傾けてみる。
「やっぱり、戦争になるのか?」
「それなら、皇帝陛下もすでに西の都から逃げてるだろ。知り合いの兵士から詳しく聞いたんだが、ゴブリン討伐のために集まっていただけだった冒険者を、ゴリガンが西の都に攻め込むために集まったと誤認した事が原因らしいぜ」
「はあ? 確認しなかったのかよ?」
「馬鹿なんだよ」
「悪いのはゴリガンだよ。あいつと皇帝ナインスのどちらが信じられる?」
「皇帝陛下様しかないだろ。先代はまだましだったけど、ゴリガンに代わってからは税金が高くなっただけだ」
「だよな、帝国は税金が安いのにかなり快適みたいだしな。西の都の評議会は税金だけは高いのに実際は何の役にも立ってねえ。役に立たったかのように誤魔化してるだけの連中だ。ゴブリン討伐も、国では何もやっていなかったらしいからな」
「ああ、報告されていたゴブリンの数の情報はすべて嘘で、実際は百万どころか1千万ちかくまで増えていたらしいからな。しかも、結局討伐してくれたのも隣の国の帝国様だ。これじゃあ、何のために高い税金を払っていたのかわかりゃしねえよ」
「頭が駄目なら、何をしても無駄なんだよな」
西の都の街の状態から予想していた通りと言うか、西の都の評議会は無能らしい。
状況から自業自得といった感じで、どうやら俺は何も関係なさそうだ。
「たっつん! セレナこれ食べたい!」
「ああ、はいはい」
住民達の噂話を聞いて安堵していると、セレナがお店に向かう途中にあった焼き菓子の露店を目ざとく見つけて、寸瞬の迷いもなくおねだりしてきた。
帰ってきてからのセレナは完全にわがまま放題だ。
セリアが止めてくれないとこの様である。
あれ? でも、何かいつもとかわらないような?
うん、きっと気のせいだ。
焼き菓子を頬張ったセレナに引きずられるようにして歩いていると、レンガ作りのお洒落な店が見えてきた。
どうやら、このお店が目的地のようである。
このお店はオープンカフェにもなっているそうで、今日は天気も良いので外で食べるそうだ。
店の前に配置してあった白くて丸いテーブルの前に座る。
機嫌の悪そうなセリアとセレナだったが、メニューとにらめっこを始めるとさすがに笑顔で顔がほころんでいた。
やれやれ、強いと言っても年頃の女の子だからな。
これで、少しでも機嫌が良くなってくれるといいんだけど。
注文した品が運ばれてくると、セリアとセレナはすぐに笑顔で食べ始めていた。
セレナはシンプルに生クリームがたっぷりと乗ったパンケーキで、セリアは上品に苺のタルトだ。
それにしても、この店で20店目だよな?
このまま、西の都のスイーツ店を制覇するつもりなのかな?
よく飽きないもんだ。
モンド産のコーヒーを飲みながら2人を眺める。
「セリア、まだ食べるのかよ? 太るぞ?」
「達也? 死にたいのかしら?」
「たっつん、美味しいよぉ」
つい、ボロッと言ってしまった一言に、目を細めたセリアと生クリームをたくさん口に付けたセレナの2人がニコニコした笑顔で答える。
セリアの笑っていない笑顔の前に思わずたじろいで愛想笑いをする。
余計な一言を言ってしまったと後悔していると、生クリームがたっぷりと付いていたセレナの口のまわりをセリアが甲斐甲斐しく布巾で拭いていた。
「達也様! ここにいらしたのですね。お探ししましたわ」
セレナのおかげで命拾いをしたと安堵していると、背後から急に名前を呼ばれる。
振り返ると、うっすらとした笑みを浮かべたエリスが何時の間にか佇んでいた。
なんでエリスがここにいるんだよ?
呆然としていると、慌てたように席を立ったセリアがエリスに挨拶していた。
「エリス様、その節はお世話になりました」
「いえ、セリアさん。達也様のためですから気になさらないで下さい」
俺のため? 何の話だ?
それより、俺の事を探しただと?
ああ、そういえば異世界人の事を知ってるんだよな。
まずい、エリスと一緒にいるのは危険だ。
気づくとエリスが俺をじっと見つめていた。
頭の中に当然のごとく不快なノイズが走る。
「達也様、どうして魔族を倒しにいかれないのですか?」
エリスが俺の手を握ると、突然顔を近づけてきて悩ましげな目をして訴えてきた。
ふんわりと風に漂ってきた甘い香りに頭がくらくらする。
ああ、ちきしょう。
本当なら、こんな美少女に迫られて嬉しいはずなのによ。
「たっつんをいじめちゃだめぇ!」
顔を強張らせてエリスの対処に困っているとセレナが突然抱きついてきた。
急に割り込んできたセレナに驚いたのか、エリスは戸惑ったような顔をしてセレナを見ていた。
「ええと、セレナさんでしたかしら? 苛めているわけではないのですわ」
エリスが真摯な顔つきで説得するようにセレナを見つめる。
セレナとエリスがしばし見つめ合う。
俺はと言えば、目と鼻の先で美少女2人が見つめ合っているのをまったりと堪能していた。
うへへへ。
おっと、そんな事を考えてる場合ではない。
どうしよう?
セリア、助けてくれ。
助けを求めてセリアを見る。
セリアはその場で立ち尽くして、セレナとエリスを交互に見てはおろおろとしているようだった。
う~ん、セリアもどうしていいかわからないみたいだな。
しばらく見つめ合っていた2人だが、エリスの顔をじっと見ていたセレナが唐突に自分の席に戻る。
そして、何事もなかったかのように生クリームたっぷりの焼き菓子を食べ始めた。
エリスはわけがわからないようすで、そんなセレナをきょとんとした顔で見ていた。
あれ?
セレナ探知機はエリスが悪人ではないと認識したのかな?
「姫様! そろそろお時間で御座いますじゃ」
話し掛けるタイミングを見計らっていたのか、エリスの傍に控えていた老人が囁くように伝える。
「わかりましたわ。達也様、またお会いしましょう。エバンス、行きますわよ」
溜息を付きそうな顔をしてエリスが答えると、エバンスと呼ばれていた老騎士と風のように去っていった。
「いったい、何だったのかしら?」
「さ、さあ」
セリアの呆けたような呟きに、曖昧な相槌を返しながら去っていくエリスの後ろ姿を呆然と眺める。
セレナだけが終始マイペースで、美味しそうにパンケーキを口の中に頬張っていた。




