15話 薬師達也とブラックミュルリ
あれからさらに1週間の月日が流れた。
ゴ~リゴ~リ、コンコン、ゴ~リゴ~リ、ズシャ、ドコドコ、バシャア。
朝から晩までひたすら繰り返す。
すでに親方からは免許皆伝と伝えられていた。
親方が言うには『達也が天才なのではなくて、教えるわしが天才だったということだな』とのことだ。
少し前までは『息子よ! 戻ってきてくれ~』とか言ってたのにな、まったく口の減らない親方だよ。
しかし、その後の親方は何か遠くを見るような憂鬱そうな表情をして工房の奥でぼんやりしている事が多くなっていた。
なので、今ではこの工房で作っているソーンは俺の手によるものだけなのだが、俺がすぐに親方と同レベルのソーンを作れる様になったからそれがショックだったんだろうか?
俺からすれば、同じ材料で同じ様に作るのだから当たり前だと思うんだけどな。
ちょっと心配だ。
「お兄ちゃ~ん、ちょっと来て」
いつものように工房で薬草をすり潰していると、ミュルリがお店のカウンターから俺を呼んできた。
なんだろうとカウンターまで歩いていくと、そこには小太りの中年のおっさんが待っていた。
「おお、まだ若いな……本当に君がこのソーンを作ったのかね?」
小太りのおっさんが俺の作ったソーンを見せるようにして尋ねてくる。
なんだろう?
何かまずかったのだろうか?
親方からは問題ないとお墨付きをもらっているのだが。
『そうです』と答えると『うんうん』と、カウンターの上に置いてあった俺の作ったソーンを見てひとしきり感心したような顔をする。
その後、商談を持ちかけてきた。
「私は、魔大陸と呼ばれているグルニカ大陸で行商を営んでいるサムソンと申します。単刀直入に言いますが、ぜひともソーンをもっと売って頂きたいのです」
魔大陸の商人?
海を渡ってグルニカ大陸から来たのか?
北の大陸は遠い。
ここはエル大陸の南の方に位置しているため地理的にもかなり離れている。
サムソンさんは親方の作るソーンを毎年購入しにきているらしい。
しかも、1000個単位で購入しているとか。
なんでも、ソーンは品質の違いで最大5倍くらいは効果が変わるため何処でも良いと言うわけにはいかないそうだ。
やっぱり親方は一流なんだな。
ソーンを注文したいと俺に言われてもと、判断に困ってミュルリを見る。
ミュルリはこくこくと頷いていた。
「え~と何個くらいでしょうか?」
「できれば5000個ほど」
頭を搔きつつ個数を尋ねると、あまりの膨大な数に思わず顔が引きつる。
ちなみに、朝から晩まで作っても60個がやっとである。
そして、お店では1日平均40個~60個くらいのソーンが売れていて、現在のソーンの在庫は1400個程だ。
嫌な予感に慄きつつも、簡単に数を計算してみる。
5000から在庫の1400を引いて残り3600個を60で割って60日。
いや、それだけじゃない。
1日最低でも40個売れたと仮定して、60日だと2400個増えるから…………
あれ? 計算がわからなくなったぞ?
いや、頭が途中で考えるのを止めてしまった。
考えるまでもなく無理だと本能が訴えている。
俺の体がやばい、とにかくやばい。
すぐに無理だとミュルリに伝える。
しかし『無理だ』と何度伝えてもニッコリ笑顔で『できるよね?』とエンドレス。
できないと言わせてくれない。
どうやらこれは、イエスと言わないと進まないイベントらしい。
しかし俺は『だが断る!』とできないボタンを連打して必死に抵抗を繰り返す。
「1つ5000エルの購入を、6000エルで購入させて頂きますがどうでしょう? 期限は3ヶ月以内でお願いしたいのですが?」
そこにサムソンさんが商機ありと判断してか、すかさず値を吊り上げてきた。
ミュルリが間髪入れずに『ご注文受けたまわりました』と笑顔で契約を交わしてしまう。
イベントは強制進行してしまった。
いや、まだ終わらんよ。
俺のターン! クライアントであるサムソンさんに直談判(ダイレクトアタック!)
最後の抵抗とばかりに、最終決定権を持っているサムソンさんに『物理的に無理ですよ』と直訴する。
しかし、サムソンさんは『何も聞こえないな』と答えると、早々に契約書にサインして前金を払ってしまった。
「さすがに、ご高齢のゼンさんに無茶は言えなかったけど、君なら大丈夫」
サムソンさんはがっくりとうなだれる俺の肩にポンっと手を置いて『良い取引ができた』と嬉しそうに帰っていった。




