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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第三章 超えて行く者
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153話 帝国軍第1軍団、レミングス隊

 悪趣味とすら思えるほど豪華な調度品が並んでいる部屋で、醜悪な顔をした男が自業自得を絵に描いたような理由で地団駄を踏んでいた。


 「ああ、腹が立つ! 深夜しか時間が無いと言えば普通はあきらめるだろ? 何でこの俺様が、あんな若造のために夜遅くまで仕事をせねばならんのだ。あの仕事の虫め! とんだ薮蛇だ」


 「ゴリガン様! 少し判断を仰ぎたい案件がありまして」


 眼鏡を掛けた腰の低そうな男がノックをして部屋に入ってきた。


 「ああん? なんじゃい? 事務処理はすべて任せると言っておいたのを忘れたのか? 明日の夜にはナインスの若造と重大な会談があるんだぞ? 少しはこの俺様を休ませろ! この愚図が!」


 「ひぃ、すみません。我々評議会議員だけでは少々判断に困る案件でして。その、代表のゴリガン様の判断を仰ぐ必要があるかと思いまして、と、とにかく、こちらを御覧になって下さい」


 「使えんやつだな、さっさとよこせ! 何だこれは? グルニカ王国特例命令書? グルニカ王バルバトス直筆の署名入りだと!?」


 怯えたように差し出された羊皮紙をゴリガンはひったくるようにして受け取る。

 書かれていた署名を確認すると途端に目を大きく見開いて驚いていた。


 「はい、そうです。バルバトス王の署名が入っています。つまり、これを断ればグルニカを敵に回す事になるわけで」


 「わかってるわ! これは本物なのか?」


 「はい、確認させましたが、間違いありません。ご存知の事かと思いますが、現在のグルニカは飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を続けております。何百年もの間手付かずだった質の良い魔石も大量に発掘されて……」


 「…………何を要求してきた?」


 しばらく黙ったまま、何かを考えていたゴリガンが苦渋の表情で尋ねる。


 「それが、どうにも意図がわからない事でして。その、ゴブリン討伐のために帝国軍第1軍団をレイクウッドの森に進軍させてくれとの事です」


 「なにぃ!? 帝国軍だと? まさか、帝国とグルニカが手を結んだのか? あの若造め! 会談前に仕掛けてきたか?」


 ゴリガンは醜い顔をさらに醜悪に歪め、額に青筋を立てて怒鳴り散らす。


 「いえ、そのような情報は上がってきておりません。何人もの間者に大金を握らせているので間違いないと思います」


 評議会議員の男はゴリガンの剣幕に怯えたのか、機嫌を窺うように揉み手をしながら答える。


 「ちぃ、あのナインスのやる事だ……ただのゴブリン討伐ではあるまい。目的は何だ?」


 意図のわからない焦りから、ゴリガンは額に汗を流して呻くようにして熟考する。


 「確か、第1軍団は少数部隊だったな?」


 「はい、軍団とは名ばかりで、3千ほどの少数部隊です」


 「もし、反転して西の都に攻め込んできたとしても、兵数が3千では何もできんか。意図はわからんが、ゴブリン討伐ならこちらにとっても損ではない。いいだろう、許可してやれ」


 「わかりました。では、そのように手配いたします」


 卑屈なほど頭を下げていた評議会議員の男は、少しでも早く退出したいのか逃げるようにして部屋を出て行った。



 達也が迷子になって3日目


 帝国軍第1軍団と数十万匹はいるだろうゴブリン達との戦闘を、冒険者達が遠巻きに戦いながら眺めていた。


 「遠くてあんまり見えないな。あれがお姫様かな?」


 「おい、あんまり近づくなよ? 下手するとゴブリンの大軍がこっちにも来るからな。でも、あいつら帝国軍だろ? 何で西の都管轄のレイクウッドの森に進軍しているんだ?」


 「別に、理由なんざどうでもいいさ。あいつらがゴブリンの主力を相手にしてくれるおかげで、俺達は後ろで安全に戦えるんだからな」


 「あいつらは、帝国軍第1軍団のレミングス隊だな。元は500人規模のプリンセスガードだったんだが、お姫様のおてんばが高じて激戦地への転戦を繰り返していつしか最強の戦闘集団と化してたんだよ。今では、皇帝直属のロイヤルガードになりたいやつらの登竜門みたいなもんになってるな」


 「いや、そんな事は聞いてないんだけど」


 「おい、あの連中さすがにやばいんじゃないのか? ゴブリンに完全に包囲されちまってるぞ?」


 「いくらなんでも、あれは無茶だよ」


 「大丈夫だろ。俺は魔大陸で一緒に戦ったんだが、あいつらフルプレートを着て戦場をマラソンしてたぞ?」


 「まじか? 噂通り、いかれてやがる」


 大半の冒険者達はゴブリン討伐が目的のため、戦場には深入りせずに戦っていた。



 「姫様! お待ち下され! タッカート副団長、全軍の指揮を任せる」


 「はっ! お任せ下さい。右翼は後方からの襲撃に備えろ! 左翼は前に出ろ! トニー! 先行して蹴散らせ! 死んでも前に出ろ! ゴブリンを姫様の後ろに回りこませるな!」


 混乱極める乱戦の中、タッカートと呼ばれた渋みのある中年の騎士が堅実な指揮を執って戦線を支える。

 タッカートはゴブリンで埋め尽くされていた最前線に、左翼を指揮している特攻隊長のトニーを単身突撃させる。


 「わかってるじゃねえか! もっとだ! もっとゴブリンの多い場所に俺を出せ! 俺に斬らせろ!」


 トニーと呼ばれた若い騎士は、数え切れないほどのゴブリン達に怯むどころかむしろ喜び勇んで突撃して行く。


 単身で乗り込んだトニーは陣形を組んだゴブリン達にすぐに囲まれていたが、大剣をハンマー投げのように振り回して戦うと数で勝るゴブリン達を逆に圧倒する。

 トニーの剣先に触れたゴブリンは、まるで割れたざくろのように弾け飛び下半身だけをその場に残して消えていた。


 他の兵士達も負けず劣らずで、一人一人が多数のゴブリン達を圧倒している。

 帝国軍第1軍団、通称レミングス隊には一騎当千の強兵たちが集まっていた。


 レミングス隊が奮戦するかたわらでは、彼らの苦労など知った事ではないようにエリスが傍若無人にどんどんと前線を押し上げていた。

 自慢の炎剣でゴブリン達を造作も無く塵にする。


 「所詮はゴブリンですね」


 「姫様! われわれの部隊だけ突出しすぎておりますじゃ。ゴブリン相手とは言え、包囲されて遠距離から矢を雨のように射掛けられればたまりませぬ。どうか、お下がりくだされ」


 指揮を部下に任せて、やっとの思いで追いついたエバンスがエリスを説得する。


 「そうですか。では、皆さんは下がってください」


 「ですから、それができれば苦労はしませんですじゃあああ」


 感情が死んでいるかのようなエリスの返答にエバンスがいつものように頭を抱える。

 心から血の涙を流して絶叫を上げていた。



 日が沈み、空には星が瞬いている。

 西の都にある帝国軍が管轄する大使館の一室では、こんな時間だというのに皇帝ナインスが机に向かい書類に目を通していた。


 「陛下、諜報員のジェペが謁見を求めております」


 「わかった、すぐに通してくれ」


 秘書の女性がナインスに一礼すると部屋から出て行く。

 入れ替わりに、ジェペと呼ばれた胡散臭そうな男が部屋に入ってきた。


 「陛下、ご機嫌麗しゅうございます」


 ジェペは部屋に入って来るなり膝を付いて、うやうやしく頭を下げる。


 「堅苦しい挨拶は抜きだ。早速、報告を頼む」


 「御意。御命令を受けました監視対象の冒険者達也ですが、西の都に向かう船の上で妙な剣技を練習していました。西の都に到着すると、ゴブリン討伐の緊急クエストを発注。自らもこれに参戦して、そこで剣を鞘に収めた状態からゴブリンを斬り伏せていました」


 「剣を鞘に収めた状態から?」


 「陛下?」


 「いや、すまん。報告を続けてくれ」


 「はい。その後、ゴブリンを追撃している最中に伏兵に襲われて、西の方へ、森の奥地へと逃げて行きました。さすがに危険だと判断しましたので、それ以上の追跡は断念いたしました。その後は行方がわかりません。次にエリス様の件ですが……」


 「レイクウッドの森? 僕は何もしていないんだけど、エリスはどうやって第1軍団を西の都に進軍させたんだい?」


 「それが、何処から入手したのかグルニカ王国から特例命令書が提出されまして……しかもグルニカ王直々の署名がされた最高のものです。グルニカでは現在、数百年手付かずだった質の良い魔石が発掘されておりますから、取引の多い西の都の評議会は断れなかったようです」


 「グルニカ王? バルバトスがなぜ?」


 「申し訳ありません。何分、急でしたので詳しい事はまだ。レイクウッドの森より戻りましたら、エバンスより詳しい話しを伺います」


 「まあ、いいか。それにしても、エリスは相変わらず無茶をしているようだね。エバンスには苦労を掛ける。……確か、リュカ元帥が休暇で西の都に来ていたね?」


 「はい、お気に入りの薬屋がオープンするとのことで、現在は西の都に滞在しておりますが」


 「リュカ元帥にはすまないが、休暇を返上して第1軍団の指揮を執るよう伝えてくれ」


 「元帥をゴブリン退治にですか?」


 「そうだ。エリスに臆さずに物を言えるのは、僕かリュカ元帥くらいしかいないからね。報告は以上か?」


 「御意、ではこれにて失礼させて頂きます」


 ジェペが恭しくお辞儀をすると部屋から退出して行った。


 「陛下、お願いがある。私もゴブリン討伐に参加させて欲しい」


 ジェペが退出すると、護衛として傍に控えていた美しい女性の騎士がナインスに陳情していた。


 「アイラ! この馬鹿者! 貴様は陛下の護衛としてここに参じているのだろうが! 陛下申し訳ございませぬ。私の指導が足りておりませんでした。アイラはまだ若い身空、何卒ご容赦をお願いします」


 ロイヤルガードの隊長であるノヴァークが、アイラの不敬を庇い必死に頭を下げてナインスに罰の軽減を請う。


 「くくく、確か第1軍団はアイラの古巣だったね。いいよ、行っておいで」


 ノヴァークの心配をよそに、ナインスはアイラを見て微笑ましげに笑っていた。


 「陛下、ありがとう!」


 アイラが子供のような無邪気な笑顔を見せて喜ぶ。


 「これ、アイラ! 陛下よろしいのですか?」


 「かまわないよ。それとも、アイラがいないと護衛は不安かい?」


 「滅相もございません! 私1人でも充分でございます。この剣聖ノヴァークの名に掛けて」


 ノヴァークが鼻息を荒くしてきっぱりと断言していた。


 「うん、任せるよ」


 「陛下、そろそろ評議会の代表ゴリガンとの会談のお時間です」


 少し前から部屋で待機していた秘書の女性が、話しの途切れるタイミングを見計らったかのようにナインスに話し掛ける。


 「わかった」


 ナインスの表情ががらりと変わる。


 先程まで朗らかだった表情は影も形もなく、外交の為の厳かな顔に変わっていた。

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