152話 達也、帰らず
夕方になっても、達也は宿に戻らなかった。
「あの馬鹿、何で戻って来ないのよ!」
セリアが苛立ったように部屋をうろうろとする。
「たっつんは何処なのぅ?」
セレナが不安そうにセリアに尋ねるも、答えは返ってこない。
セレナの目に涙がせりあがってくる。
「ぐすっ、セレナ、たっつんを探しに行くのぅ」
「セレナ駄目よ! もう、日が暮れてしまったわ。それに、夜中に戻ってくるかもしれないから」
居ても立ってもいられないのか、セレナが達也を探しに行こうとするがセリアが必死になだめて止めていた。
達也が行方不明になって2日目
一晩寝ずに待つも達也は帰らず、次の日にセリア達は達也捜索を開始した。
セリアは早朝にギルドへ向かい緊急クエストで達也捜索を依頼すると、そのままの足でレイクウッドの森に向かってゴブリン討伐中の冒険者達に聞き込みを始める。
ゴブリン討伐の緊急クエストが発令されて3日目と言う事もあってか、数万を超える冒険者達で戦場は混沌としていた。
「すいません、人を探しているのですが。身長が170cmくらいの黒髪で、いつも怯えているような頼りない感じの男なんですが何処かで見ませんでしたか?」
「なんだあ? 今はゴブリン討伐で忙しいんだよ! 此処に、どれだけ人がいると思っているんだ! わからねえよ」
「そうですか。ありがとうございました」
ゴブリン討伐で集まっていた冒険者の多くは殺気立っていた。
何度目かの聞き込みもすべて空振りに終わる。
「ふう、なかなか情報が得られないわね。これだけ冒険者がいるから仕方ないけど」
「たっつん」
しょんぼりと元気の無いセレナがセリアの腕に不安そうにしがみつく。
「セレナ、大丈夫よ。達也はあれで結構しぶといから」
「うん」
「ああ、やっぱりか。おい、ひょっとして、探している冒険者は達也とか言うやつじゃねえのか?」
セリアがセレナの頭を撫でて励ましていると、近くで話しを聞いていた赤鼻の冒険者がセリアに話し掛けてきた。
「知っているのですか!?」
セリアが驚いて慌てたように赤鼻の冒険者を見る。
「ああ、途中まで近くで戦っていたからな。探してるってことは、やっぱりあの後戻ってないのか」
「どういう事ですか?」
「ゴブリンの大軍に襲われたんだよ。あいつは森の奥……西の方へ逃げて行ったからな。ひょっとして迷ってるんじゃないのか?」
「西の方へ逃げて行ったんですね? ありがとうございました」
「セレナ、達也は生きてる可能性が高いわ。いいえ、きっと生きてる。ゴブリンが邪魔で戻るに戻れないのよ」
「じゃあ、ゴブリンを倒せば、たっつんが帰ってくるのぅ?」
「たぶんね」
セリアは赤鼻の冒険者に礼を言うと、セレナを連れて森の奥へと向かった。
その戦場の一角だけ、一方的な惨殺が繰り広げられていた。
遠巻きにして、冒険者の集団がひそひそと噂をする。
「あいつら、誰だ? 尋常じゃない強さだぞ?」
「この辺じゃ見ない顔だな?」
「結構、いや、かなり可愛いんじゃないのか?」
「は? お前馬鹿か? 今はそういう話じゃないだろ? いや、確かに可愛いんだけどさ」
冒険者達の噂話など、どこ吹く風で、セリアとセレナはゴブリンを次々と殲滅していた。
「セレナ、少しペースを落として。飛ばしすぎると、途中でへばってしまうわよ」
「やだ、たっつんを早く助けるのぅ」
「もう、しょうがないわね。それにしても、予想以上にゴブリンの数が多いわね。これは、私達だけでは無理があるか。何か手段を考えないと」
セリアがうんざりしたような顔でぼそりと呟く傍ら、セレナはスキル全開で戦場を駆け回っていた。
セレナがソニックブレードのスキルを使うと、トリッキーな攻撃の仕方で体力を温存させた戦い方をする。
剣のリーチを変幻自在に変化させて、剣を伸ばしては戻してと剣先を向ける角度を変えるだけで何匹も連続で突いたかと思うと、今度は伸ばした剣を横薙ぎにして何匹も同時に切り裂く。
最後には真空の斬撃をゴブリンが密集している場所に飛ばすと、数十匹のゴブリンが一度に切り裂かれて絶命していた。
セレナの猛攻の前にゴブリン達はただ逃げ惑うのみである。
一瞬で多数を失ったゴブリンの集団が恐怖でパニック状態になる。
瞬く間に総崩れになって我先にと逃げ出していた。
背を向けて戦場から逃げ出すゴブリンをセレナがすぐさま追いかけて行く。
「セレナ! 駄目よ! 戻って!」
セリアが大声で制止するもセレナは止まらない。
逃げるゴブリンを追撃しては後ろから斬り付けていた。
逃げるゴブリンを追いかけて、セレナが背丈ほどの草木が生い茂っている藪を抜けると突然開けた場所に出る。
そこには、多数のゴブリン達が矢を番えて待ち伏せしていた。
逃げ場が無いほどの矢がセレナに向けて一斉に放たれる。
しかし、飛んでくる矢を前にしてセレナは動じない。
セレナが疾風の魔法を全快にすると、風の結界に阻まれて矢はあらぬ方向へと逸れていた。
セレナが待ち伏せしていたゴブリン達を睨みつけると、疾風の如く突撃して行った。
そこには、数十、数百匹のゴブリンの死体が転がっていた。
ゴブリンの死体はすべて、鮮やかに一刀のもとに切り伏せられていた。
「ふう、ふう、ゴブリンを全部倒すのぅ」
「セレナ、駄目と言ったでしょ?」
セリアが追いついた時には、待ち伏せしていたゴブリン達はすべて切り伏せられていた。
セリアはセレナの姿を見ると慌てたようにソーンを取り出す。
「ほら、腕や膝に矢傷で血が出てるわよ。疾風の魔法でも、すべての矢は防げないんだからね。達也が心配なのはわかるけど、ゴブリン相手でも無茶しちゃ駄目よ」
「か、かすり傷なのぅ」
セレナは自分が怪我をしている事に初めて気づいたのか、慌てて言い訳をしていた。
「やっと見つけましたわ。あの、セリアさんでしたね?」
「え? エリス様? なぜこのような場所に?」
エリスの突然の登場にセリアが驚き戸惑って答える。
エリスは兄であるナインスに会うために西の都を訪れていた。
しかし、緊急クエストで達也捜索の依頼が出されている報告を受けて、急遽予定を変更してレイクウッドの森へと足を運んでいたのである。
「達也様が行方不明と聞きまして、及ばずながら捜索の手伝いに参りました」
「エリス様が? どうして? いえ、ありがとうございます」
セリアが腑に落ちないような顔で首を傾げながら答える。
「私達だけでは戦力が足りませんね。エバンス! 近くの町に待機させている第1軍団を召集して下さい」
エリスは大量に集まっているゴブリン達を凛とした顔で眺めながら、従者として傍にいるエバンスに指示を出す。
「姫様! それは無理でございます。レイクウッドの森に進軍するには、西の都を通らねばなりません。西の都は帝国領ではございませんので、帝国軍の進軍の許可は下りませんですじゃ」
「エバンス、何とかしなさい。命令です」
「姫様、無理ですじゃああああ!」
エバンスが血の涙を流すような困った顔をして嘆いていた。
「エリス様、それなら何とかなるかもしれません。一旦戻りましょう」
2人のやり取りを聞いていたセリアがエリスに提案すると、一行はいそいそと西の都へと戻って行った。




