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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第三章 超えて行く者
152/225

151話 エルフの里

 森の妖精に案内されて、代わり映えのない森を歩いていた。


 何の予兆もなく唐突に風景が変わる。

 眼前には、のどかな町並みが広がっていた。


 驚いて後ろを振り返ると、今まで歩いていた森の木々が確かに生い茂っている。


 どうなっているんだ?

 原理はわからんがワープとかではなさそうだな。


 「案ずるな、こちらに来るがよい」


 ティアに急かされるようにしてエルフの里に踏み入ると、美形のエルフ達が何処からともなく集まってきた。


 どの子も可愛い。

 美女しかいない。


 いや、美男子もいるけど俺の目には映らないのだ。




 「ティア様! よくぞご無事で」


 「うむ、心配を掛けたようじゃ。その様子だと状況は伝わっておるようじゃな」


 「はい、ドラゴン襲撃の報告は受けております」


 「生き残った者の数は、どのくらいじゃ?」


 「まだ詳しくはわかりませんが、生存者は1割にも満たないかと」


 「ぐっ、そうか、ご苦労じゃった」


 ティアが何も動じていないかのように報告を聞いていたが、その顔は今にも泣き出しそうでまったく隠せてはいなかった。

 むしろ、集まっているエルフ達の方がティアを気遣っているような状態である。


 ティアも心配させないように必死なんだろうけど、顔に出るタイプなんだな。

 あんまり落ち込まなければいいけど。


 でも、ティアは仲間のエルフ達に慕われてるみたいだな。

 良かった。


 それにしても、ドラゴンはモンド大陸にしか出ないんじゃなかったのかよ?

 聞いていた話しと少し違うぞ?


 エルフの魔法兵団が全滅に等しい損害を受けたと言ってたけど、ドラゴンとはそんなに戦闘力が高いのか?

 ただのでかいトカゲだと思っていたけど、考えを改めた方が良さそうだな。


 HERT弾があればな……


 今の俺の兵装では出会ったら逃げに徹するしかなさそうだ。


 「ティア様、ドラゴンの対策はどのように?」


 「うむ、それには少し考えがあるのじゃ」


 「おお、さすがはティア様。それより、そちらに居る御仁は……人間!?」


 「人間がいるぞ!」


 「どうして人間が? 結界はどうしたんだ?」


 俺が人間だと伝わると、集まっていたエルフ達から一斉に睨まれていた。


 人間とエルフは疎遠状態なんだっけ?

 そんなに毛嫌いしなくてもな。


 「皆のもの! 落ち着くがよい。こやつは、ワシが大怪我をして死に掛けていた所を救ってくれた命の恩人なのじゃ! その恩に報いるため、ワシはこの達也と盟約の契りを結んだ」


 「なんと!? それは本当の事でございますか? 長が人間に命を救われたと?」


 「盟約を結んだ? じゃあ、1000年前のカリバーン以来のエルフの代行者?」


 「では、これからは人間と仲良くするのですか?」


 「ふざけるな! 私は認めないからな」


 「しかし、我々の長が命を救われたんだぞ?」


 ティアが命の恩人であると公言すると、今まで険悪ムード一色だった空気が変わっていた。

 まるで英雄でも見るような、好意的な視線まで向けてくるエルフも居た。


 それでもすべてのエルフが納得しているわけではないみたいで、何人かは俺の事を忌々しそうに睨んでいた。


 「これより、我々エルフは人間達と友好的な関係を築いて行くことになるであろう。この話しは後日、皆に正式に伝えられる。追って沙汰があるまで待つがよい」


 ティアがはっきりとした口調で宣言すると、期待と不安が入り混じったような喧騒が集まっていたエルフ達に広がっていた。


 その後は騒ぎの収集がつかず、最後には追い出されるような形でティアの屋敷に向かう事になった。


 「達也、すまぬ。皆、変化に臆病なのじゃ。それに、オヌシを利用するような事をしてしまった。じゃが、ワシはずっと人間と仲良くするきっかけを待っていたのじゃ」


 「うん? いや、気にしないでくれ。エルフと人間との、友好の架け橋になれたのなら幸いだよ」


 「そう言ってもらえると、助かるのじゃ」


 「それより、きっかけを待ってたとか言ってたけど、自作自演でやれば良かったんじゃないのか?」


 「嘘は絶対に駄目じゃ! 信頼を失う事になるからのう。そうなれば、誰も指示に従ってくれなくなるのじゃ」


 ティアは潔癖だな。

 一理あるけど、嘘も方便と言う言葉もあるんだけどね。


 それに、リーダーになる人は潔癖であってはいけないんだ。


 綺麗ごとを言っていると、すぐに問題に対処できなくなって追い詰められる事になる。

 そして、土壇場になって卑怯な振る舞いをして裏切るか、遵守して死ぬ事になるんだ。

 しかも、皆を巻き添えにしてね。


 未来なんて誰にもわからないんだから、常にリスクヘッジを心がけてないとすぐに立ち行かなくなってしまうんだよ。

 生きていくには、浅ましくあってもいけないが潔癖であってもいけないんだ。


 エルフは大丈夫なのかな?


 でも、少なくとも1000年以上は続いているのだから完全に釈迦に説法だよな。

 まあ、何か助けられる事があればその時に助ければいい。



 案内されたエルフの居住区は変わった造りをしていた。

 大きな木の上に建築物が建っていたり、大きな木の中が家だったりと自然と調和した造りのようだ。


 自然と共に生きるわけだな。

 これはなかなか風流でいいな。


 だが、建物の中に入るとその考えが180度変わる。

 簡素なのは外見だけで、中に入ると近代的なオフィスのような作りだった。


 エレベーターはあるしドアはすべて自動ドア。

 テーブルも椅子も一部の調度品以外は金属加工だった。

 豪華なバスルームまであり、この世界の文明レベルとはあきらかに乖離していた。


 この技術は何処からだ?

 何かエルフのイメージが、がらりと変わってしまったな。


 汚れが酷かった為バスルームを借りる。

 久しぶりのシャワーを浴びると、体から流れ落ちる水が濁って黒くなっていた。

 並々と注いだ湯船に体を沈めると、久方ぶりのリラックスした時間を満喫する。


 森の中で、何日も仙人のように過ごしてたからな。

 ああ、生き返るぜ。

 やっぱり湯船はいいよな、シャワーだけだと疲れが取れないんだよね。


 着替えを終えると、趣きのあるバーのような部屋に案内された。

 ふかふかのソファに大人しく座って待っていると、美しい女性のエルフが飲み物を運んできてくれる。

 グラスにはフルーツが彩り豊かに乗っていた。


 お酒は飲めないと言っておいたから何かのフルーツジュースだろうか?


 美女のエルフからグラスを受け取ると、ゴクリと一口飲む。

 りんごのような果肉の食感とライムの風味が快い。


 「旨い!」


 思わず声に出してしまい、慌てて顔を上げると美人のエルフと目が合う。

 にこりと微笑んだエルフに思わずでれでれしてしまう。


 いや~これだよね?

 いかん、いかん。

 顔が緩みっぱなしだよ。

 うへへへへ。


 エルフがみんな友好的だったら良かったんだけどな。


 はあ、俺が何かしたわけじゃないのに。

 たぶん、人間の中の俺といった個人と、人間と言うグループに含まれる俺の区別ができてなくて、混同して考えてしまっているんだろうな。


 まあ、エルフだって聖人君子の完璧超人と言うわけではないんだろうし、気にしてもしょうがないか。


 「達也、どうじゃ? 楽しんでおるか?」 


 「おう、ばっちりな」


 3杯目のグラスを空にした所で、ティアが部屋に入ってきた。

 そのまま対面に座ると、テーブルを挟んでじっと俺の目を見つめていた。


 なんだ?

 まさか、俺に惚れたか?


 「やっぱり、驚いておらんようじゃな」


 「へ? 何が?」


 「自動ドアや電球などじゃよ」


 ティアが何か含む所があるような言い方をする。


 「え? ああ、びっくりしたけど」


 「達也、オヌシ異世界人であろう?」


 「うぎゃー! 死んだああああ」


 どさりと派手に倒れると、床をゴロゴロと転がる。


 なんでだよ?

 俺の冒険はここまでか! 無念。


 「たわけが! 落ち着け」


 「あれ? 死んでない?」


 のそのそと起き上がり状況を確認する。

 ティアはグラスに口をつけて、優雅に飲み物を口にしていた。


 「今までも、達也のような異世界人が何人かおったのじゃよ。異世界人だと知られれば、死ぬと言う制約も知っておる」


 「何だって!?」


 ティアの言った衝撃の事実に驚愕するも、薄々そうではないかと予想はしていた。

 なんせ、日本文化の象徴と言っても過言ではない醤油が売ってたからな。


 ただ、売られていた醤油は大人気と言うわけでもなく、かといってまったく売れていないと言うわけでもなかった。

 まるで、売れるとわかっている人が儲けようとして、マーケティングの段階で失敗してしまったような、どうにも間抜けな感じになっていたんだ。


 醤油の小瓶が2万エルで販売されていたが、素パンが100エルで販売されている物価状況では間違いなく高値だろう。

 大衆が使う調味料に対して値段設定を完全に間違っている。


 そして、決定的な理由は醤油という調味料が存在しているのに、弟子達やセレナが食べた料理を知らなかった事だ。

 調味料が販売されているのに、それを使った料理が知られていないなど普通は考えられないんだ。

 順序が逆で、料理に使われるから販売する人が出てくるはずなんだ。


 どうして、こんな状態になった?

 売れるとわかっているから、その調味料の使い方を広めるのを怠ったか忘れたまま販売をしてしまったのではないだろうか?

 その調味料を使用した料理の作り方を教えて広めてないから、知られていない状態になっている。


 つまり、チート知識を持っていたが上手く利用する事ができず、マーケティングの段階で失敗してしまったと考えるとしっくりくるんだ。

 もっとも、すべて私見によるただの憶測だったから、醤油の製造方法を偶然発見した人がマーケティングで失敗しただけという可能性もあったわけだが。


 それより、なぜ異世界人だと認識されたのに俺は死なないんだ?

 俺としては、そっちの方が疑問なんだが?


 「ティア、聞きたい事がある。異世界人だと知られたのに、なぜ俺は死なないんだ?」


 「ふむ、気づいておらんようじゃな。制約のルールはなんじゃ? 異世界人ではないかのう? ワシは異世界エルフじゃ」


 「へ? 何てこった」


 へなへなとその場にへたり込む。

 あまりの間抜けな答えに、体の力が抜けたみたいだった。


 「安心したか?」


 ティアは狼狽している俺が面白いのか、意地悪そうに笑っていた。


 「ただ、皇帝には気をつけるのじゃな。あやつは、異世界人の存在を知っておるからな」


 「どう言う事だ?」


 そうだよ。

 皇帝がなんで異世界人の事を知っているのか、それがずっと疑問だったんだ。


 「ふむ、どう説明するか……達也は、皇帝が代々記憶を引き継ぐのを知っておるか?」


 「いや、あんまり詳しい事は知らない」


 「そうか。ならば、少し昔話をするぞ?」


 コクリと頷いて了承する。


 「ずっと昔に、カリバーンという1人の人間がおったのよ。皆のためにと西へ東へ駆けずり回っておった。じゃが、そやつはどじで間抜けなやつでな、いつも失敗ばかりして、事が終わった後には1人で悔やんで泣いておるようなやつじゃったのよ」


 ティアが昔を懐かしむような、嬉しそうで、でも寂しそうな、そんな愁いを帯びた表情で話していた。


 「そして、カリバーンはいつも嘆いておった。後世の子孫達に同じ失敗をさせたくないと。ワシはその姿を見るのが辛くて忍びなくてな、禁術と呼ばれて使用を固く禁じられていたのじゃが、禁を破って記憶を引き継げる秘術を施してしまったのじゃ。ほんに愚かじゃった。そして、当時のワシは制約の事を知らなくてな、異世界人に出会った事をカリバーンに話してしまったのじゃ」


 記憶を引き継ぐ? 

 じゃあ、初代皇帝カリバーンの時代から1000年分の記憶を持ってるのか?

 とんでもねえ化け物じゃねえか。


 だけど、それで異世界人を知っていたのか。

 ノイズがした理由がやっとわかった。


 異世界人など知られるはずが無いとか思ってたけど、これは洒落にならないみたいだ。


 「正直ワシは後悔しておる。後世の子孫達に同じ失敗をさせたくないと、カリバーンに懇願されて禁術を施したが、あれが禁術とされていた理由が歴代の皇帝達の姿を見てわかったような気がするのじゃ。失敗に苦しむカリバーンの姿を見て、つい魔が差したのじゃ」


 ティアが悲しそうで申し訳なさそうな、なんとも切ない顔をしていた。

 しかし、今の俺はティアの事を気遣う余裕はなかった。


 当時は異世界人の制約を知らなかったと言っていたな?


 なら、今まで何人も来ているのか?

 そいつらはどうなった?

 無事に帰れたのか?


 それとも……


 いや、待て。

 一番知りたい事は、現在、俺だけでなく他にも異世界人が来ているのかだろ?


 共闘できるのなら生存確率は飛躍的に上がるんだ。


 「ティア! 聞きたい事がある」


 「うむ? なんじゃ? 何でも言うてみるがよい」


 「今、俺の他にも異世界人は存在しているか?」


 「それはわからん」


 「え? わからんって、今まではどうやって異世界人を探してたんだ?」


 「ああ、それはじゃな。突然妙な物が出回る事があってな、その時に作った本人を探すと会うことがあるのじゃ。前に会った時は50年くらい前だったか? ただ、1000年以上生きておるが、2人以上の異世界人に同時に出会った事はないな」


 それだけの期間出会わなかったのなら、時代に1人なのかな?

 やっぱり、1人でやるしかないのか。


 「ティアが会った異世界人は、どうなったんだ?」


 「……みんな、途中で突然居なくなった。恐らくは」


 ティアが悲しみに沈んだような、寂しそうな顔になっていた。


 死んだ、のか?


 「今まで、魔王を倒せた者は?」


 「魔王が倒された事は、ワシの知っている限り一度もない」


 くっ! 冗談じゃねえぞ。

 1000年もの間、誰も倒せてないのかよ。


 やばい、これはクリアーできる類の転移じゃない。


 「質問はもういいのか? なら、ワシからオヌシにプレゼントがある。」


 「プレゼント?」


 「達也は弓を使うのであろう? ならば、これをやろうと思ってな」


 ティアが年季の入った骨董品の弓をテーブルの上に置いていた。


 今はそういった気分じゃないんだが。

 でも、なんだろう? ずいぶんと古めかしい弓だな。


 興味が勝り、弓を見る。


 「これはエルフィンボウと言う弓じゃ。エンチャント装備を除けば、間違いなく世界最強の弓じゃぞ?」


 弓か……弓が使えたら楽なんだけどな。


 「世界最強? 悪いんだが、俺は力がないから強い弓は引けないんだよ」


 「まあ、いいから引いてみるがよい」


 弓を引いてみる。

 大して力をいれずに引く事ができた。


 「確かに引けたけど、俺の力で引ける弓だと威力がないんじゃないのか?」


 ティアが俺の手からエルフィンボウを取ると、バーにあったダーツの的を射った。

 矢は完全に板を貫通して根元の部分まで突き刺さっていた。


 なんだ? どうなってるんだ?

 強化ボウガン並の威力だと?


 普通の弓なら50ジュール、長弓なら100ジュール、ボウガンなら200ジュールくらいだ。

 信じられない威力の弓に唖然としていると、そんな俺を見て楽しいのかティアが微笑ましいものでも見るように笑っていた。


 「こいつには、風の魔法の力が宿っているのじゃ。エンチャント装備ではないぞ? 魔力のない者にも使える、エルフに伝わる正真正銘の魔法装備なのじゃ」


 「そんな大層な物を貰ってもいいのか?」


 「かまわぬよ。エンチャント装備の方が上じゃからな。全員魔法が使えるエルフにはあまり意味はないのじゃ。それに、エルフの代行者に持たせるのが昔からの慣例じゃからな。気にする必要はない」


 それならいいか。

 今は、少しでも戦力を上げておきたい所だからな。

 遠慮などしている余裕はないんだ。



 その後は、日本での生活の事やティアの昔話に花を添える。

 今まで誰にも相談できなかった事をティアに話すと、気分はすっきりとしていた。


 しかし、風呂上りにフルーツジュースを飲んで、いい感じに筋肉がほぐれて体は睡眠を欲していた。

 今までの疲労が溜まっていた事もあり、うつらうつらとしてしまう。


 「フフフ、どうやら疲れておるようじゃな。話しはこのくらいにしてそろそろ休むがよい」


 ティアに促されるまま、寝室に案内される。

 ベッドに横になって毛布を羽織ると、気がつけば泥のように眠っていた。

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