150話 迷子の達也と森の妖精(本物)
「うう、すっぱい」
付属していた梅の錠剤を舐めて、足りていなかった塩分補給をしていた。
塩分は必要だけど、今度は咽が乾いて水が必要になるんだよな。
あちらを立てればこちらが立たず。
まったく、上手くいかないものだ。
途中でじれったくなり、ガシガシと錠剤を噛み砕く。
「さてと、そろそろ行かないとな」
焚き火の残り火に水を掛けて、後始末をする。
でも、どうしようかな?
闇雲に彷徨っても迷うだけだ。
下手すると、この場所すらわからなくなってしまう。
よし! 決めた。
まずは、迷いそうな場所に目印をつけて行こう。
急がば回れの精神だ。
水場の方向がわかるように、目印を作りながら探索範囲を広げて行く。
いざとなれば戻ればいい。
森で迷っている状況は変わっていないのだが、水の確保ができた事と明確な行動方針を得た事で心が軽くなったような気がしていた。
困難な状況が続いている所為で、悲惨な状況になれてしまっただけかもしれない。
鼻歌交じりで探索する。
「ふんふんふ~ん。うん? あれは、人か?」
森の中を探索していると、美しい女性が木の根元にもたれるようにして倒れているのを発見した。
ただならぬ様子に急いで女性の傍へと駆け寄ると、服は血で汚れていて荒い呼吸をしていた。
生きてはいるみたいだが酷い怪我をしているようだった。
急いで手当てしないと。
ついでに道を教えてもらって助けてもらおう。
「おい、大丈夫か?」
「近づくな! ぐっ ごふぉ、ごほ」
近づいて声を掛けると、ぐったりとしていた女性が怒鳴るように威嚇してきた。
驚きつつも、怪我の具合を確認する。
まるで勢い良く崖からでも転がり落ちたような、打撲と裂傷まみれで酷いありまさだった。
かなりの重症だと思われる。
酷い怪我だ。
どうしたら、こんな状態になるんだ?
意識はしっかりしているみたいで、怪我の割には意外と元気そうだった。
近づいて気づいたのだが耳が尖っている。
どうやらエルフのようだ。
「おい、傷の手当をしないと危険だぞ?」
「かまうな人間。ぐっ、ごほ。どの道、この傷では助からぬ。はあ、はあ、貴様はヒールの使い手か? それともヒールポーションでも持っているのか?」
このエルフは、なんでこんなに威圧的なんだよ。
どう見ても助けが必要だろうに、プライドが高いのかな?
まったく、瀕死のくせに良くしゃべる。
エルフの態度に憮然としつつも、特効薬を取り出す。
「や、止めるのじゃ、ソーンでは助からぬ。人間などの情けは受けたくない。このまま死なせて欲しいのじゃ」
「いいから、黙ってろ」
文句を言っていたエルフに一喝すると、問答無用で特効薬を使った。
それにしても酷い傷だ。
それでこれだけ話せるのだから、体力が凄いんだろうな。
エルフは見た目で年齢がわからないそうだから、実際は熟練の冒険者なのかも?
まあ、特効薬を使ったから大丈夫だろ。
「くっ、死の間際に人間に情けを掛けられて、屈辱を受けるとは……このティア死んでも死に切れぬ」
エルフは絶望したような顔をして、未だぶつぶつと何かを呟いていた。
傷が治るまでしばし待つ。
「おーい、もう大丈夫なんじゃないか? 傷が治っているだろ?」
「貴様はたわけか? ソーンで治る傷では……なん、じゃと?」
エルフは自分の怪我が治っている事に驚いたのか、慌てたように立ち上がると自分の体をキョロキョロと見回していた。
もう大丈夫みたいだな。
とりあえず、ここがどの辺なのか聞いておくか。
「すまないが、ちょっと道に迷ってしまったんだ。ここは、レイクウッドの森のどこら辺か教えてもらえないか?」
「西の方じゃ。それより貴様、一体何をしたのじゃ? 答えよ!」
西の方か、やっぱり反対方向に来てしまっていたか。
それにしても、このエルフは命を助けてもらって礼の一つも無いのかよ。
「特効薬を使ったんだよ」
「特効薬じゃと? 特効薬とは何じゃ?」
「ソーンを改良して作った、ソーンの10倍の回復効果のある薬だよ。ソーンはエルフから伝わったんだろ? そんな事も知らないのかよ」
エルフはショックを受けたのか、罰の悪そうな顔をすると黙って俯いてしまった。
腹が立ってちょっと強めに言ってしまったけど、ちょっと言い過ぎたかな?
はあ、迷子だから助けて欲しかったんだけど、何か嫌われているみたいだし無理そうだ。
「それじゃあ、俺はこれで」
「待つのじゃ! その、命を助けられた。あり、ありがとぅなのじゃ……」
エルフは真っ赤な顔をして、消え入りそうな声でお礼を言ってきた。
なんだよ、礼を言えるじゃないか。
いやあ、ちょっと傲慢だけどこれはこれでありだな。
エルフだけあってかなりの美人だし、うへへへ。
「それじゃあ、体に気をつけるんだな」
片手を上げて格好をつけると、エルフに背を向けてその場を颯爽と去る。
これは完全に決まったんじゃないのか?
「あ! 待つのじゃ! そっちは」
「ぎぃやー」
地面がずぼんと抜けたかと思うと、崖を滑り落ちていた。
「そっちは崖じゃ。このたわけが」
死んだと思った時には、エルフに手を掴まれて助けられていた。
体が宙を浮いている。
風の魔法なのか、そのまま空を飛び地面に着地する。
「ああ、びっくりじた。助けてくれてありがとう」
半泣きになってエルフの手を握る。
しばしエルフと見詰め合う。
「くくく、あっはははは。オヌシ鼻水が出ているぞ? 間抜けな顔じゃ。ワシの名はティアじゃ。風帝ティアと言えば聞いた事くらいはあるであろう?」
「どっかで聞いた名前だな。でも、昔話だったような。ああ、俺は達也だ」
「フフ、ほんに面白いやつじゃ。さて、命を助けられたのじゃ、このまま返したのではエルフの沽券に関わる。褒美として達也と盟約を結んでやる」
「盟約? 何だかわからんが俺も命を助けられたんだから、お互い様だろ? 褒美とかいいよ」
「いいから、受け取れ。さあ、ワシの手を握るがよい。我、エルフの族長にしてハイエルフティアの名において命じる。汝との盟約を今此処に交わさん。ほれ、はいと答えよ」
「はい、これでいいのか?」
ほんのりと体が淡い光に包まれる。
「ところで、盟約ってなんだ?」
ティアが一瞬呆けたような顔をすると、次の瞬間には笑っていた。
「盟約を結んだ者はエルフの代行者になるのじゃ。大半のエルフが達也の指示に従ってくれるのじゃぞ? エルフの里も普通は入れんが達也は入れるのじゃ」
その後は、ティアに急かされるようにしてエルフの里に招待される事になった。




