147話 レイクウッド戦
ゴブリンを殺して、罰が当たったんだ。
殺気だった数千にも及ぶゴブリン達に、背後から追い立てられていた。
藪を掻き分けては、何処とも知れない森の中を闇雲に逃げる。
草や木の枝が痛いほどバシバシと当たっていたが、そんな事を気にしている余裕はさすがにない。
搔いた汗を拭く時間すら惜しんで、歩いてきた森の中を駆け抜けて行く。
あれから、森の出口付近まで戻って来てはいたんだが、そこで待機していたらしいゴブリン達とばったり遭遇してしまったんだ。
おそらくは、これから冒険者達と戦うために集まっていたゴブリン達なんだろうな。
まったく持って自業自得なんだが、後悔しているかと聞かれれば、答えはノーだ。
俺が生き延びるためにはどうしてもやらなければいけなかったからな。
その辺は割り切っている。
それに、窮地と言った所でゴブリン相手に弾を使うのはもったいない。
その程度のピンチだ。
「ついてないぜ」
藪を抜けた時に引っ掛かったのか、顔に付いていた蔦を払いのけながらぼやくと森の切れ間のような平坦な道を疾走していた。
今の俺は、進化していない通常のゴブリンより速い。
必死に走って距離を取ると、大隊規模だったゴブリン達の数は中隊規模までその数を減らしていた。
大半は足で振り切ったようだったが、ナイト、アーチャー、メイジがどうしても振り切れない。
さらに、俺より足の速いゴブリンもいるようで、そいつらが着かず離れずの距離を保って追跡してきていた。
こいつらが位置を伝えている限り、足で振り切るのは無理だろう。
後ろを振り返り、負い掛けて来ているゴブリンの数を認識すると、予想以上の数の多さに思わず憂鬱な気分になる。
殲滅するにはどう見積もっても矢の数が足りない。
足の速いやつだけ仕留めて矢を使い捨てにして逃げるか、接近戦を覚悟しないといけないだろう。
だが、今の状況で矢を失うのはかなりの痛手だ。
なんとか矢は回収したい。
だから、どう転ぼうと接近戦をやるしかないわけだが、多勢となるとゴブリンでも危険である。
「はあ、上手くやるしかないな」
覚悟を決めるとボウガンに番えた矢で攻撃を開始した。
狙いを定めて射るとゴブリンアーチャーを仕留める。
走って距離を取ると、撃ち終わったボウガンに矢を装填する。
いつもの基本戦術であるヒットアンドアウェイを繰り返す。
すると、何か強烈な違和感に襲われた。
戸惑って辺りを見回す。
何か変だぞ?
何かがおかしい。
理由はわからないが、何か腑に落ちない。
何か不可解な事が発生している。
必死に走って距離を取りながら、違和感の正体を探るべく身辺のチェックをする。
ボウガンと剣を調べる。
ボウガンにも剣にも異常は見当たらない。
これは、俺の問題じゃないな。
なんだ?
ボウガンに矢を装填して攻撃を継続しながら、ゴブリンの行動を注意深く観察する。
すると、ゴブリンの不可解な行動からやっと違和感の正体に思い至った。
「わかったぞ!」
俺がボウガンに矢を装填している時に攻撃を受けていないんだ。
なぜか、俺より足の速いゴブリンが襲い掛かって来ていないんだよ。
通常なら、足の速いやつが俺を足止めするために遅延攻撃を仕掛けて来るはずなんだ。
だが、なぜだ?
なぜ、俺がボウガンに矢を装填している隙に攻撃を仕掛けて来ない?
油断させる作戦か?
警戒して様子を窺うが、距離を取ったまま決められたようにじっと待機している。
試しに何度もボウガンに矢を装填するも、襲い掛かっては来なかった。
どうなってるんだ?
みんなが来るのを待ってから、集団で戦おうとでもしているのか?
でも、足の遅い連中を待っていたらいつまでも俺に追いつけないだろ?
これじゃあ、死ぬのを待っているだけだぜ?
「…………」
何を考えているのかわからない。
困惑しつつも、ボウガンの射程の差を最大限に利用して、安全なアウトレンジからアーチャーとメイジを集中して始末していく。
状況がわからないが今はやるべき事をやるだけだ。
意図の見えないゴブリンの不気味な行動に、何かの罠かと焦りが募る。
ゴブリンの一挙手一投足を細かく観察しながら、戦闘を継続していた。
何処から指示が出ている?
そこに注意していれば、ゴブリンの目的を見出せるかもしれない。
最初に動きを見せるやつが指揮官のはずだ。
しかし、指揮官から合図が出ている気配をまったく感じることができなかった。
それどころか、何かの合図が出ているかすらわからない状態だった。
どうなってるんだ?
集団の意志を統合するためには、何らかのアクションが必ずあるはずなんだ。
それとも、ゴブリンは何か不思議な電波でも受信できるのか?
それだと、どうにもならんぞ?
「はあ、まいったな」
思わずため息が漏れる。
う~ん、でも、何かこいつらの動きは部隊として歪なんだよな。
確かに集団で行動しているけど、合理性が無いと言うか……
しかし、その違和感の正体はわからない。
もどかしさから、感情が爆発して叫びそうになる。
ああ、わからん。
大体からして、ゴブリン達がどんどん数を減らしているんだぞ?
これじゃあ、作戦も何もないだろうが!
くそっ! 馬鹿の考える事はわからん。
うん? 馬鹿?
違和感の正体に気がついた。
「わかったぞ!」
こいつらの中に、初めから指揮官として命令しているやつがいないんだ。
おそらくは、単純な命令基準が決まっていて戦術を簡素化して行動を決めている。
そのせいで小回りが利かなくて、不合理な行動をしているんだ。
ようするに、マニュアル人間、いや、マニュアルゴブリンだ。
臨機応変に行動できないのは、集団戦においての最大の弱点だぞ?
そのための指揮官なのに、それを配置しないなど愚の骨頂だ。
なら、こちらは遠慮なくその隙を突いて削らせてもらうだけだ。
作戦変更。
アーチャーとメイジを集中して倒すのは変わらないが、足の速いナイトも始末しよう。
ああ、すっきりした。
理由がわかればこっちのもんだ。
足の速いナイトを始末した事によって、距離を稼ぐ作業もずいぶんと楽になっていた。
よしよし、いい感じだ。
でも、なぜだ?
なぜ、指揮官を配置しない?
ゴブリンロードは頭がいいんだよな?
今回も、見事にしてやられたくらいだからな。
ボウガンに矢を装填して、単調な作業をしながら理由を考える。
……たぶん、あいつらの中に指揮官になれるやつがそんなにいないんだろうな。
あいつら、頭が悪そうだもん。
殺されるまでじっと言われた通りに真面目に待機している、間抜けなゴブリンの顔を遠目に見る。
ゴブリンロードも苦労してそうだな。
まあ、悩んだ末の苦肉の策というやつだろう。
もっとも、指揮官がいるならそいつを狙うけどね。
うへへへへ。
親父に言われて矢を100本は持っていたのだが、予備としてリュックに入れていた50本もすでに使い果たしていた。
遅かれ早かれ接近戦を仕掛けないといけないのだが、少しでも有利な条件と場所で戦いたい。
限界までゴブリンの数を減らしてから、多数で戦う事が困難な場所で仕掛けることにする。
最後の一射でゴブリンアーチャーを仕留める。
俺の矢筒の中もこれで空っぽだ。
「はあ、はあ、はあ、疲れた」
ステータスのおかげで何とか体力が持ってるんだろうが、正直こいつはキツイぜ。
間抜けなゴブリン達のおかげで戦果は上々だがな。
残りは20匹ほどで、アーチャーが3匹、メイジが1匹、残りがすべてナイトだ。
雑木林に誘い込んでいたのだが、どうやらゴブリン達は俺を包囲して戦うみたいで、ゴブリンアーチャーが、左右正面と3部隊に分かれて距離を詰めてきていた。
ナイトはその護衛のようで3部隊にそれぞれ散っていて、さらに後方にかなり遅れてゴブリンメイジが1匹だけこちらに向かって走っていた。
兵法において、その部隊の10倍ならばこれを包囲して戦うとある。
だから、こちらの20倍の数のゴブリン達が分散して包囲しようとするのは戦術的には正しい判断だ。
しかし、それは俺という個人の戦力を見誤っている。
俺一人でゴブリン5匹分くらいの戦力はあるんだ。
ならば、これは各個撃破する絶好の機会なだけだ!
まずは、正面の集団に突撃して切り崩す。
その後は、左右どちらか組しやすい方に転進して各個撃破する。
「厄介だよな……フォーメーションを組まれて連携されるとよ。こいつらは、間違いなく訓練されたゴブリンだ」
フフフ、面白い。
この俺を止められるかな?
瞬時に作戦を決めると行動を開始した。
雑木林の木々に身を隠しながら接近すると、まずはミドルレンジで手裏剣を投げつけて3体いたゴブリンアーチャーの動きを止める。
投げナイフで正面の部隊にいたアーチャーを即効で仕留めると、左右のゴブリンアーチャーから矢を1~2射受ける覚悟で正面にいたゴブリン達を強引に殲滅した。
まずは1部隊を殲滅。
体勢を立て直したのか、すぐに左右に分かれた部隊からゴブリンアーチャーの矢が飛んできた。
咄嗟に盾で受けると、雑木林の木に身を隠しつつ左右のゴブリンの配置を確認する。
左右からゴブリンナイトが奇声を上げながら迫ってきていた。
だが、そのゴブリンナイトの歩みはずいぶんと緩慢でとても遅い。
生い茂った木々が密接に絡み合い狭い木々の隙間は集団では通れず、木の根っこが悪路となってゴブリン達の進行を阻害していた。
数瞬だろうがそれで充分だ。
左の部隊数の方が進行速度が速くて、向かって来ていたナイトの数が多かったがアーチャーの守りは薄かった。
怖いのは認識の外から来る不意の1発。
アーチャーを先に仕留めたい。
左に転進して肉薄すると、真っ先にアーチャーにナイフを投げつけ遠距離攻撃を沈黙させる。
HPが0になったのを確認すると、近くにいたゴブリン達の殲滅を開始する。
右にまだ1匹アーチャーがいるが、これだけ密集していれば矢を射る事はできないだろう。
集中してゴブリンの数を減らしていると、ドスリと俺の肩に矢が刺さった。
まさかと思いつつも、矢の飛んできた方向を目視すると残り1匹のゴブリンアーチャーだった。
この、馬鹿ゴブリン!
仲間のゴブリンが近くにいるのにお構い無しか?
近くにあった木に身を隠すと、案の定、続けて放たれた矢は俺の近くにいたゴブリンに当たっていた。
矢で射抜かれたゴブリンが、ぎゃーぎゃーと文句を言うように喚いている。
当たり前だよな?
唯でさえ、雑木林で障害物だらけなんだ。
こんな場所では弓がまともに使えるわけがない。
誰だよ? 訓練されたゴブリンとか言ったのは?
俺だよ、しくしく。
まあ、こいつらはあれだな。
中途半端に訓練されたゴブリンだ。
まったく、これだから馬鹿ゴブリンとの戦闘はおっかないんだ。
毒吐きながら左にいた部隊を殲滅すると、残りの数を確認する。
残りは、ナイト3、アーチャー1、メイジ1だ。
遥か後方に1匹だけいたゴブリンメイジが、やっと戦場に辿り着いたようで慌てたように詠唱を始めていた。
馬鹿が……
今頃、のこのこやって来やがって。
勝敗はすでに決している。
「遅い! 遅い! 遅い! 機動力が足りないんだよ!」
叫びながら、ゴブリンメイジに手裏剣を投げつけて詠唱を止めると、残り1匹のゴブリンアーチャーにも投げつける。
こちらに突進してきたナイトを居合いで両断すると、慌てたように矢を番えていたアーチャーとの距離を一気に詰めて切り伏せた。
最後に残っていたゴブリンメイジは、呆然としたように一匹で立ち竦んでいた。
まさか、逆に殲滅されるなど思いもしなかったのだろうな。
殺すという事は、殺される覚悟も持たないといけない。
だが、それはゴブリンも同じだ。
問答無用で斬り伏せると、追撃してきたゴブリン達を殲滅した。
多少の矢傷を受けたが、この程度なら問題ない。
ソーンを使って傷を癒すと、投げナイフと手裏剣を急いで回収する。
矢の方は西に都で購入すればいいけど、ナイフと手裏剣はオーダーメイドだからな。
投げナイフと手裏剣を回収すると、矢を回収するため来た道を戻る。
矢の突き刺さったゴブリンの死体から矢を回収すると、ゴブリンアーチャーの矢筒には多くの矢が入っていた。
しかし、この矢は使えない。
ゴブリンの矢が使えれば良かったんだが、そこらにある枝を削って作ったような歪な矢でボウガンに装填できないんだよ。
こんな事になるのなら、もっと矢を持ってくれば良かった。
まあ、結果論なんだがな。
矢を回収していると、俺の逃げていた方向から50匹ほどの小隊規模のゴブリンが迫ってきていた。
すでに間近まで接近されていて、戦闘回避は無理そうだった。
「な!? なんだと!」
別働隊に回り込まれていた?
あのまま進んでいたら挟撃されていたぞ?
ゴブリンロードの策略か?
ああ、くそっ!
増援の事も考慮しておくべきだった。
中隊規模のゴブリンとの戦闘で体は疲弊していた。
焦りと疲れから、体がぶるぶると震えている。
「落ち着け」
連戦は正直厳しいが、やるしかない。
でも、もたもたしていると、さらに増援が来て包囲されるかもしれない。
そうなるとさすがに危険だ。
退路を断たれる前に移動しないと。
銃器を使用する。
木を遮蔽物にして身を隠してM67破片手榴弾を放り投げる。
大きな破裂音がすると、粉々になった木片が撒き散らされ3匹ほどのゴブリンが爆散していた。
「え? たった3匹?」
予想外の戦果の低さに少なからず動揺する。
ゴブリンを確認すると、細かい破片で多数のゴブリンがダメージを受けていたようだが致命傷と呼ぶには程遠いような状態だ。
どうやら、周囲に生い茂っている木々が遮蔽物になってしまったようで、効果的なダメージを与える事ができなかったようだ。
くそっ! こんな初歩的な判断ミスをするとは。
どうやら、俺は相当焦っているみたいだ。
それより、これだとショットガンも効果が薄いだろうな。
ターゲットをピンポイントで倒す必要がある。
なら、ベレッタで始末しよう。
ゴブリンのステータスを見る。
アーチャーとメイジを狙う。
全部で7匹か……
胸元からベレッタを引き抜くと安全装置を解除する。
ふふ、こんな時だと言うのにな。
この黒光りしている先鋭的なフォルムを見ると、思わず顔がにやけてしまう。
戦友を握ると不思議と気持ちが落ち着いていった。
「いくぜ? 相棒!」
ベレッタに話しかけてトリガーを引く。
ノズルから火花が飛び散ると、まるで火花と連動しているかのようにゴブリンの頭部からは鮮血が規則正しく飛び散っていた。
木々の間を縫うように飛んで行った弾丸が、ゴブリンの頭部を正確に貫通しては砂煙でつくられた花火を地面から上げていた。
まだ、銃身が淡い熱を持っていた。
転がっていた薬莢は熱くて持つ事ができないだろう。
そう、まだ撃ち始めてから、5秒にも満たないわずかばかりの時間しか過ぎてはいなかったのだから。
「まったく、無駄弾を使わせやがって」
残ったゴブリン達は、戦意を喪失してしまったのか完全に棒立ちだった。
無理もない。
主力のはずの仲間が近づくことすらできずに瞬殺されたんだ。
おそらくは、これが現実だと理解できずに恐怖で竦んでしまったんだろう。
戦うでもなく、逃げるでもないゴブリン達を睨みつける。
ダンジョンで襲い掛かってきたゴブリン達は、考え無しで突っ込んできたんだがな。
知識を得て臆したのか?
さっさと逃げればいいものを……
だが、容赦はしない。
俺の居場所を報告されると面倒な事になるからな。
抜かば斬れ、戦うと決めたのならばその時は迷うな。
相手にも事情があるだろうが、こちらにもあるのだ。
だから、情けは掛けない。
戦場での鉄則だ。
手際よくゴブリン達を処理すると、何の痕跡も残さないように素早くその場を立ち去った。




