142話 闇の競売場
高級感ある薄暗い部屋にタバコの紫煙が漂っていた。
現在は、西の都にある競売場に足を運んでいた。
特効薬を持ち込むも、鑑定から受け渡しまで半年くらい掛かると伝えられる。
ここは駄目だな。
ゴブリン討伐の期限は3ヶ月ほどしかないんだ。
「すみません、なるべく早く現金の受け渡し可能な場所はないでしょうか?」
「急ぎとわかれば買い叩かれるぞ? まあ、紹介状がないと相手にしてもらえないだろうが、この場所なら」
人の良さそうな競売人に場所を教えてもらうと、早速その競売場の場所へ向かう。
着いた先は大きなホテルだった。
ここが競売場なのか?
ここは西の都で一番の競売場らしく、世界中の名品や珍品が集まってくると言っていた。
大きなホテルのロビーを外から覗くと、タキシードを着ているいかにもな人達の姿が見えた。
たぶん、ここであっているはずだ。
ホテルに入ろうとするが、入り口でホテルマンに止められてしまう。
正装をしていない俺は、ホテルのロビーにすら入れてもらえなかった。
「話しくらい、聞いてくれてもいいじゃないか?」
「駄目だ、帰れ」
文句を言うがまったく相手にされない。
それどころか、警備員のような人達が近づいてきた。
慌てて逃げ出す。
一旦戻って正装してくるか?
でも、紹介状がないと無理そうだな。
ホテルの裏口へと回り込むと、こそこそと辺りを確認する。
こういう競売場には、絶対と言っていいほど裏取引用の入り口があるんだ。
表立って売る事ができないような品を取り扱うために、目立たない場所にあるんだよね。
ホテルの裏手を歩いていると、不自然なほどに強面の人達が集まっている部屋があった。
たぶん、ここが裏口だろう。
正面からでは絶対に無理だろうから、ここから行くしかない。
特効薬を持っていると言えば、話しを通してくれるかもしれないからな。
でも、ちょっと怖い。
裏の競売場に入ると、スキンヘッドの大男が近づきてきた。
「紹介状はお持ちですか?」
「紹介状は無いが、特効薬を持ってるんだ」
「申し訳ございませんが」
「ちょっと、待ってくれ」
スキンヘッドの大男に腕を掴まれると、出口へ引きづられていく。
周りからは、くすくすとした嘲笑の声が聞こえてきた。
「坊やの来る所じゃないのよ?」
化粧の濃いおばさんに顔を睨まれて馬鹿にされた。
むかつくなあ! 後で覚えとけよ?
そのまま、問答無用で外へと追い出される。
「くそっ! 話しくらい聞いてくれたっていいじゃないか!」
入り口に向けて大声で怒鳴る。
くそっ! どいつもこいつも話しすら聞いてくれない。
どうするかな?
何とかして資金を作らないといけないんだけどな。
空を仰いで今後の行動を考える。
考えていると、くぅ~とお腹が鳴った。
腹減ったなあ。
ちょっと早いが、昼飯のついでに街を散策してみるか?
薬屋さんで特効薬が売れないか聞いてみよう。
西の都を散策しているとすぐに薬屋さんがあった。
薬師としての血が騒ぐ。
フフフ、大都市と呼ばれる西の都の薬師がいったいどれほどの腕なのか見せてもらおうか?
立ち並んでいた薬屋の中で一番大きな店に入ってみる。
店に並んでいたソーンはどれも最高品質の極上品だった。
思わず声が出そうになる。
まじか?
てっきり、見てくれだけの粗悪品を売ってるのかと思ってたのに。
西の都にしてはやるじゃない。
「達也君? 達也君じゃないか?」
ソーンを見て感心していると聞いた事のある声がした。
振り向くと、そこにはロイドさんがいた。
「あれ? ロイドさん? なんでこんな所に?」
「ははは、それはこっちの台詞だよ。ここは、ゼンの薬屋の西の都支店だよ」
「社長、お時間が押しています」
「ああ、わかっている。少し待ってくれ」
秘書さんだろうか? 髪の長い美人の女性がロイドさんと話していた。
「達也君は、この後に時間はあるかい?」
「はあ、大丈夫ですけど」
「じゃあ、馬車に乗ってくれ。積もる話しもあるだろう」
ロイドさんに促されるまま、店の外に待機していた馬車に乗り込む。
座席に座ると、馬車は何処かに向けてすぐに動き出した。
「ロイドさんすいません。帰ってきた挨拶をしようとしたんですが、モニカに居なかったものですから」
「ははは、気にしないでくれ。こっちもいろいろ忙しくてね。無事に戻ってきてくれて、本当に良かった」
帰ってきた挨拶から始まり、世間話しから今までの経緯を話した。
但し、ゴブリン討伐の事でお金が必要な事は言わない。
ロイドさんなら二つ返事でお金を貸してくれるだろうけど、大切な人達には大金は借りないと決めてるんだ。
「なるほど、それで紹介状が必要なんだね?」
「はい、そうです」
こくりと頷く。
「達也君、ちょっと待ってくれ。なんとかなるかもしれない」
「え? ほんとですか?」
ロイドさんが隣に座っていた秘書の女性と何事か話していた。
どうやら、この後の予定をキャンセルしてくれと言っているようだ。
う~ん、いいのかな?
「準備に少し時間が掛かるみたいなんだ。さすがに競売場には縁がなくてね。達也君はお昼はまだだろう? 内の系列のお店で美味しい所があるんだ。もちろん私のおごりだよ」
ロイドさんが茶目っ気たっぷりの笑顔でお昼のお誘いをしてきた。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
断る理由もないので二つ返事で了承する。
着いた先はなんとも豪奢な建物だった。
巨大な入り口の門扉は鉄で出来ていて、すべてにドラゴンの彫刻がされていた。
これは金が掛かっているぞ?
店の中に入ると、通路は落ち着いた色合いの大理石と温もりのある白い壁だった。
拍子抜けしたが嫌味な感じはまったく無くて、それでいて見事に高級感を醸し出していた。
さすがロイドさんだ。
金ぴかのお店を想像していたんだけどセンスがいいな。
店員に店内の個室に案内される。
案内されて着いた先は、個室と言うよりフロアと言った方がしっくりする程の広さだった。
黒塗りのでかい柱が中央にあるが落ち着いた趣の部屋で、お香のような匂いが漂っていて心が安らぐ。
椅子に座ると、テーブルに置いてあったお茶を飲む。
砂糖が入っているわけではないのに、ほんのりと甘いような味がした。
これはいいお茶だな。
座って待っていると最初に前菜が運ばれてきた。
どうしよう?
作法とか知らないぞ?
困ってロイドさんを見るといたずらが成功したような顔をしていた。
「ははは、作法とか気にせずに食べてくれ。そのために個室を用意してもらったんだ」
「良かった。せっかく美味しそうなのに、咽を通らない所でしたよ」
早速フォークを突き刺して食べる。
これは何の肉だろう?
サーモンかな?
アボガドみたいなやつが上に載っている。
良くわからないけど、あっさとしていて美味しい。
ほんのりとした薄味で、この後の食欲をそそるようだった。
その後は、サラダ、スープ、パン、魚料理と続きここでメインが来た。
すべて少量だったのでお腹の方は問題ない。
1品の量は少ないけど、コース料理は多くの種類を食べられるように少量づつ食べるんだよね。
「さて、本題に入ろう」
運ばれてきた料理に舌鼓をうっていると、ロイドさんが急に真剣な顔になった。
え? 何の話?
ゴクリと咽を鳴らす。
「達也君はミュルリの事をどう思っているのかね? 私はね、達也君がどうこうというわけではないんだ。なぜなら、誰が来ても最初から認めるつもりなどさらさらないのだから」
ロイドさんがすがすがしいくらい、キリッとした顔で言ってきた。
思わず、ずっこけてしまった。
「何を言ってるんですか! ミュルリはまだ子供ですよ? 俺には妹みたいなもん何ですから、変な事を言わないで下さいよ」
「そうか! それなら問題ないんだ。ははは、どんどん食べてくれ」
ロイドさんは予想以上の親馬鹿だった。
まったく、緊張して損したぜ。
運ばれてきたデザートを食べていると秘書が個室に入ってきた。
ロイドさんと何か話している。
秘書が出て行くとロイドさんが紹介状を渡してくれた。
よっしゃあ、これで競売場に入れるぞ。
お昼を食べ終わると馬車で競売場のホテルの前まで送ってくれた。
ロイドさんにお礼を言ってお別れすると競売場のホテルに向かう。
今度は正面からだ。
ホテルに入ろうとすると、すぐにホテルマンと警備員が近づいてくる。
「また君かあ」
めんどくさそうな顔をした警備員の男が俺の腕を掴もうとするが、その顔に紹介状を突きつけてやる。
ホテルマンは紹介状を見ると途端に顔が青くなっていた。
「申し訳ございませんでした!」
突然大声を出したかと思うと平謝りだった。
その後は、へりくだったかのような卑屈な態度で接してくる。
びっくりした。
いきなり大声を出すんもんな。
ホテルのロビーが水を打ったかのように静まりかえる。
ホテルマンの態度を見て笑いをぴたりと止めていた。
何だこの状況?
ロイドさんは一体誰に紹介状を書いてもらったんだ?
すたすたと歩くと野次馬達がさっと道を開ける。
何か気分がいいぞ?
あれ? あいつは坊やとか俺を馬鹿にした女だ!
あの女、顔を伏せてこそこそしてやがる。
いざ、復讐の時来たれり!
「がおおお!」
女の前で両手を上げると、突然大声を出して威嚇してみた。
びっくりしたのか女は尻餅をついて転がっていた。
「悪は滅びた」
ふう、気分爽快だぜ。
さて、受付で登録するのかな? 聞いてみるか。
受付嬢に話しかけると俺の身なりを見てか、初めはおざなりの対応だった。
しかし、紹介状を見せると急に態度が変わる。
はい、はいと緊張したような顔で返事をして、手続きから何まですべてをやってくれた。
本当は登録してすぐ競売に出される事などないそうなのだが、なぜかそれも特別扱いでフリーパスだった。
すぐに競売品として出してくれるそうだ。
ロイドさんは一体誰に紹介所を書いてもらったんだ?
ちょっと怖いんだけど?
気になったので名前を確認してみる。
紹介状にある名前はナインスと書いてあった。
あれ? どこかで聞いた名前だな?
う~ん、思い出せない。
まあ、何でもいいや。
競売場に着くと、そこは熱気に溢れていたが想像していた場所とは違った。
証券取引所のようながつがつした鉄火場みたいな場所を想像していたのだが、劇場みたいな広い場所にタキシードやドレスに身を包んだセレブ達がパーティをしているような厳かな雰囲気だった。
まあ、ホテルのロビーでそれらしき人達がいたからね。
俺1人だけ完全に浮いてるんだけど、こんな普段着で通されちゃって良かったのかな?
みんながジロジロとこっちを見ていて、ちょっと恥ずかしい。
それに、こっちをちらちら見ながら話しをされるとものすごく気になるんだよね。
何を話しているんだろう?
話しに耳を傾けると、何やら俺の事を話しているようだった。
「おい、あいつが陛下の紹介状を?」
「本物なのか?」
「わからんが、偽物なら極刑だろ?」
「ああ。だが、本物なら買いだな」
「そうだな。お墨付きみたいなものだからな」
極刑がどうとか、何やら物騒な話しをしていた。
この紹介状は、ほんとに大丈夫なんだろうな?
手に持った紹介状を見る。
ちょっと、どきどきするぞ。
ロイドさん! 信じてますよ?
競売が始まるとみんなが札のような物を競って上げていた。
どうなっているのかさっぱりわからない。
予想外に退屈になってしまった。
競売が終わるのを待っていると、女性と見間違えそうな容姿の美男子が話し掛けて来た。
「君が、達也君だね?」
「え? はい、そうですけど」
次の瞬間、頭の中に不快なノイズが走った。




