140話 震えて眠れ
西の都、ここは世界でも有数の富裕層達が住む大都市だ。
街並みを散策すれば、路面はすべて顔が映りそうな大理石で舗装されていて、商店街に並ぶお店でさえ無駄に豪奢なたたずまいである。
そして、住宅街に足を運べば所狭しと巨大なレンガ作りの豪華な建物が立ち並んでいると。
まあ、何処を見ても、金、金、金。
そんな、お金だけで成り立っているような大都市だった。
どの店もデパートみたいな大きい店ばかりだな?
おいおい、あの家は学校くらいの大きさがあるぞ?
歩道が全部大理石? 見栄えはいいかもしれないが水捌けが悪くなるんじゃないのか?
それに、コストがどれだけ掛かってるんだよ?
馬鹿じゃねえのか?
きょろきょろしていると、くすくすと通行人に笑われた。
「ちょっと達也、恥ずかしいから、あんまりきょろきょろしないで」
鬼のような形相のセリアに睨まれた。
「ああ、すまん。つい珍しくてな」
あれ? そういえばセレナが大人しいな?
いつもなら、すごいすごいと大はしゃぎなのに。
セレナを見ると、俺の腕にしがみついてじっとしていた。
どうしたんだろう?
元気が無いみたいだけど。
「セレナはこの街の事は、あんまり好きじゃないのよ」
セレナを見て首をかしげているとセリアが教えてくれた。
「何か嫌な思い出でもあるのか?」
「……さあね、ここは悪意の塊のような場所だもの」
セリアが忌々しそうに豪華な住宅街を見ていた。
セリアのやつ、何か含む所があるのかな?
セレナは不安なのか、俺に体を擦り付けるようにして甘えてきていた。
辛いのかな?
「セレナを連れてきて、大丈夫だったのか?」
「大丈夫よ。苦手なだけで駄目と言うわけではないから。とりあえず宿を取りましょう」
宿屋に着くと荷物を降ろす。
セリアは何か探し物があるみたいで、セレナを俺に任せると言うとすぐに宿屋から出かけて行った。
さてと、俺はゴブリン討伐の秘策のためにギルドへ行こうかね。
セレナと一緒にギルドへと向かった。
ここは何処だ?
俺は迷子になっていた。
ギルドまでの道がわからない。
道はごちゃごちゃしていて行き止まりばかりで、案内板はあるけどこんな迷路みたいな道を覚えられるわけがない。
「くそっ! また、行き止まりかよ」
何度目かの袋小路に行き当たる。
この俺を迷子にするとは、さすがは大都市だぜ。
どうするかな?
う~ん、ここで活動するには地図が必要だな。
本屋にでも行ってみるか?
本屋に辿り着くと唖然としてしまう。
なんと、道の途中に通路を寸断する形で本屋が建っていたのだ。
案内板の道が途中で途切れていたからミスかと思っていたのだが……
腹が立つな。
確かにこれなら目立つだろうけど、これは駄目だろ?
こんな事をしているから、道が袋小路だらけでわかり難くなるんだよ。
この街は風通しが悪くて蒸し暑くて空気も淀んでいる。
西の都の印象は最悪だ。
本屋に着くと地図を探す。
料理本から専門書などいろいろな本があった。
だが、品揃えは豊富なのに数が多すぎる所為で、肝心の欲しい地図が何処にあるのかわからなかった。
もうちょっと、探し易く分類して整理できないもんかな?
数が多ければいいと言うわけじゃねえぞ?
金に物を言わせているだけで頭を使ってないんだよ。
ああ、この街はいらいらするなあ。
苦労して地図を見つけると中身を確認する。
「年代が古すぎるな。これは駄目だ」
まったく、せめて古い地図くらいは処分しろよ。
ぶつくさと文句を言いながら探すと、なんとかお目当ての地図を見つける事ができた。
「すごいのぅ。お髭、もじゃもじゃなのぅ」
セレナの呟きに視線を向けると、あれこれと本を開いては何かを一生懸命見ているようだった。
覗いて見ると、描いてある絵を見ているようだ。
どうやら、不安より好奇心の方が勝ったようだな。
ただ、俺の服の袖だけはしっかりと握ったままだ。
可愛いもんだ。
ふと、セレナが開いていた本に目が止まる。
あれ? 何処かで見た事があるような顔?
本のタイトルは、特効薬誕生秘話!
親方の自伝だった。
あいたたたた。
頭痛が痛い、もとい、頭痛がしてきた。
何をやっとるんじゃ、あの親方は!
アグレッシブすぎるだろ。
しかし、興味が湧いたので少しだけ読んでみる。
なになに?
ついに特効薬が完成した!
だが、1つだけ問題があった。
そう、効果を確認しなければいけないのだ!
世の為、息子の為、わしは覚悟を決めた。
すがる孫、泣きながら止める弟子を払いのけると、わしは燃え盛る炉に手を突っ込んだ!
「ぶっ! あなた、俺に金槌で殴り掛かってきたでしょうが? 捏造するな!」
思わず大声を出してしまうと本屋の店員に怒られる。
すいませんと慌てて謝罪すると、地図を購入してセレナを連れて急いで本屋から出た。
「むしゅっ、セレナ、まだ読みたかったのにぃ」
「悪かった。許してくれ」
セレナはまだ本が読みたいとぶーぶー文句を言っていた。
ムスッとした顔で俺の腕にしがみついている。
このままだと精神衛生上よろしくない。
何とかセレナの機嫌を直さないと。
まったく、親方の所為で踏んだり蹴ったりだ。
ギルドへ向かう途中に焼き菓子の露店を見つけた。
ちょうどいい。
「すいません、1つ下さい」
「あいよ」
焼き菓子の値段が550エルと他の街と比べて少し高かった。
通常は300エルくらいだから西の都の物価は高いみたいだ。
もっとも、これでセレナの機嫌が直ってくれれば安いものなんだが?
機嫌の悪そうなセレナに作りたての焼き菓子を渡してみる。
すると、セレナはむすっとしたまま、もきゅもきゅと食べ始めた。
セレナの表情が変化する。
一口食べると口元が緩み、二口食べると完全に笑顔になっていた。
うああ、可愛いなあ。
美味しいものを食べていれば、この街でも平気みたいだ。
まったく単純なんだよな。
でも、少し安心した。
ギルドに着くと受付に向かう。
10万匹のゴブリン討伐については秘策があった。
それは、ギルドで報奨金を出して巨大なパーティを作ってしまおう作戦である。
数には数を持って迎え撃つ、ようするにお金の力でごり押しするのだ。
戦いは数だよ兄貴!
ちなみに、ゴブリン討伐の報酬の相場は1匹で3000エルくらい出せば人が集まる。
通常のゴブリン討伐クエストが1匹で1000エルだから報酬で1匹2000エル加算してやれば、10万匹討伐に問題が無いくらいの冒険者は集まるはずだ。
つまり、1匹に報酬を2000エル上乗せして10万匹で2億エル必要という計算だな。
ふふふ、大金だが問題はない!
なぜなら、為替で稼いだ大金があるんだ。
さらに、予備の軍資金として真珠を20個も用意してある。
西の都では真珠ブームらしくて、今だとモニカでの買取価格の50倍で売れるようなんだよね。
お金持ちの奥様方の間で激しい争奪戦が繰り広げられているそうなんだ。
ちなみにこの情報は、船で移動している時に顔馴染みになった赤鼻の冒険者に教えてもらったものだ。
真珠1個が250万エルで売れたとして、20個売れば5000万エルにはなる。
そして、今持っているお金は金貨200枚で2億エル。
真珠を売った金を足して2億5000万エル。
軍資金はたんまりあるのだ。
よし! 作戦名はマネーイズパワーだ。
ゴブリンよ! 震えて眠れ!
「すいません、緊急クエストを依頼したいのですが?」
はい、どのような依頼でしょうか?」
「えーとですね。ゴブリン討伐に追加報酬を出すと言う形で、緊急クエストを依頼したいんです」
「はい、承りました。緊急クエストの依頼地域はどうなさいますか? 周辺地域だと1億エル、エル大陸だと10億エルになります。残りは褒賞としての金額となります」
「1億エル!? そんなにするんですか?」
「はい、西の都では手数料込みでその金額になります。料金はキャンセル無しの先払いでお願いします」
あまりの金額に計算が狂ってしまった。
へなへなとその場に崩れ落ちる。
周辺地域は知っていたから、わざわざ西の都まで来たんだ。
ギルドの場所や条件によって手数料が違うのは知っていたが、いくらなんでも1億エルとは高すぎだろ!
普通の相場ならせいぜいが100万から高くても1000万エルくらいだ。
さすが金に汚い西の都。
どうしよう?
地域に発令する緊急クエストじゃなくて、この西の都だけの通常依頼にするか?
でも、通常クエストだと受理されるまで時間が掛かるし、人が集まるかわからない。
それとも、報酬を1000エルの上乗せだけにして募集してみるか?
しかし、人が集まらないのであれば10万匹討伐までどれだけの時間が掛かるか……
デスゲームのリミットに間に合わないかもしれない。
ああ、どうしよう?
お金が足りないよう。
デスゲームのリミットまで、あと3ヶ月くらいしかないんだぞ?
それに、キラーパンサーだってまだ倒してないんだ。
こんな状態で間に合うのかよ。
がっくりと項垂れて宿屋に戻ると、その日は毛布に包まって震えて眠った。




