139話 極めろ必殺技
西の都に行く準備をしなければいけない。
ミュルリに西の都に行く事と、セリア達と住む事になったと伝えた。
なぜか急に怒り出して大変だった。
ミュルリも寂しいのかもしれないな。
ナタリアさんはギルドで、親方もロイドさんも家にいないみたいだしな。
しっかりしているから勘違いしそうになるが、まだまだ子供なんだよな。
弟子達3人とも会いたかったが、時間が無いので次の機会にする。
俺の代わりで特効薬の材料集めを頼んでいたので、早めに礼を言いたいんだよね。
レーベンの南にあるレトアの港から船に乗る。
後はレイクウッドの港まで一直線だ。
馬車だと20日掛かる距離を、船だと10日もあれば行けるのは助かる。
生活の拠点としては、レイクウッドの森の近くにある西の都を使うことになるだろう。
そして、肝心のキラーパンサー戦においてなんだが、ひとつの考えがあった。
それは、居合いである。
力を収束させて一瞬で爆発させて斬る、最速の剣速を持つ剣術だ。
俺は、ここに勝機を見い出す事にした。
流派によって違いはあるだろうが、居合いの原理は反発力を利用するものだ。
剣を鞘に引っ掛けるようにして、生じた反発力を利用するのである。
ようするにでこぴんの要領だな。
ひらめいたのは超回転斬りの時だった。
剣が鞘に引っ掛かって窮地に陥った瞬間!
あの時にぴーんときたんだよね。
必殺技が生み出されるのは、いつの時代も主人公が窮地に陥った時と相場は決まっているのだ。
ちょっと、窮地の場面が情けないんだけどね。
その日から、ひたすら居合い抜きの練習が始まった。
剣と鞘に手を添えると、居合い抜きで抜刀しながら斬る。
そして、また剣を鞘に戻しては同じ事を繰り返す。
セレナとセリアが興味深そうにこちらを見ていた。
理合いがわかるのか何も言ってこない。
ただ、こちらをじっと見て観察しているみたいだ。
しばらくすると、セレナが面白がって真似を始めていた。
セリアも触発されたのか、俺に並んで槍の稽古を始めたみたいだった。
心なしか、稽古にも熱が入っている。
う~ん、なんか違うんだよな。
剣を抜いたまま、横にしたり斜めにしたり型の確認をする。
「なっ!? ちょっとその剣、とんでもない業物じゃないの」
隣で稽古をしていたセリアが突然驚いたような声を上げていた。
どうやら、俺の剣の凄さに驚いたようだ。
「わかるのか? 形も綺麗だろ? まあ、機能美ってやつだな」
「まったく、あんたって極端よね。最低クラスの剣をいつまでも使ってるかと思えば、いきなり最高クラスの剣になってるんだもの」
セリアが片目を閉じて溜息まじりに言っていた。
俺は絵画などの芸術とかいった美しさはまったくわからない。
何がいいのかさっぱりだ。
だが、俺は機能美ってやつの美しさはわかるんだ。
必要に迫られてその形になった。
その形こそが、もっとも自然で美しいと思うんだよ。
だから、刀や銃のフォルムなんかは最高なんだ。
「よう! 兄ちゃん、毎日頑張るねえ!」
「こんにちは」
暇を持て余しているのか、船で顔馴染みになった赤鼻の冒険者が声を掛けてきた。
周りを見ると、興味深そうに見物する船客達が何人もいた。
こいつら、やる事がなくて暇なんだろうな。
やり難いなあ。
まあ、こんな場所だからしょうがないんだけどね。
軽く挨拶をして剣の稽古に集中する。
剣を引っ掛けて、力を溜めてから外して、ひょいと振るように……
抜刀された剣は、ひょこりと情けない軌道を描く。
こんなんじゃ、駄目だ!
仕組みはわかっているのに、実際にやってみると中々上手くできない。
首を捻りながら繰り返し抜刀する。
剣の基礎は出来ているんだ。
そして、最低限の理合いも理解できている。
居合いの基本の型が完全には遠くても、形さえ整えばあとは何とかなるはずだ……たぶん。
本当にできるのか?
それ以前に間に合うのか?
できないかもしれない、間に合わないかもしれないけど、でも可能性を信じてやってみるしかないんだ。
そして、5日が過ぎた。
セレナはやはり天才である。
俺の追い求めていた抜刀をすぐに見せてくれた。
「たっつん! 見て見て? セレナすごぉい? セレナ偉い?」
つぶらな瞳を大きく見開いて何度も居合いを見せてくる。
褒めて欲しいんだろうな。
はは、居合いの概念を知らないはずのセレナが先に形にしてしまうなんてな。
無邪気に何度も居合いを見せてくるセレナに、悔しさで目から涙が込み上げてくる。
ステータスでも才能でも敵わない。
顔が俯きそうになるのを、歯を食いしばって……下げない。
能力が無くても、それでもやらなければならないなら、努力するしかないんだ。
「偉いぞ! セレナ……俺にも教えてくれ」
恥を忍んでセレナに教えを請う。
セレナを手本にして剣を鞘に収めて抜刀する。
精神を統一して無心になると、ただひたすら、ただひたすら、それを繰り返した。
そして、船がレイクウッドの港に到着した。
何とか形にはなったが……
荒くなった息を吐くと、抜刀して抜き放った剣を鞘に収める。
甲板から見えてきた景色を眺めると、そこには地平線まで延々と続く広大な大森林が広がっていた。
あれが、レイクウッドの森か?
予想していたより、かなり広いみたいだぞ。
まるでジャングルだな。
そして、西の都に到着するとそこは金の匂いに溢れていた。




