138話 ばら色の生活?
武器屋に向かうまでの間、歩きながら今後の事をずっと考えていた。
キラーパンサーに対処するには、速度が圧倒的に足りないんだよな。
速度を上げる方法は何があるだろう?
考慮するとすれば、やっぱり装備の軽量化とレベルアップによる速度の上昇かな。
剣の軽量化は駄目なんだよな。
キラーパンサーを斬るには鉈くらいの重さは欲しい。
「はは、エンチャント装備とは違うからな。はあ……」
じゃあ、防具の軽量化?
剣速が足りないのだから意味が無いな。
やっぱり、レベルを上げるしかないのかな?
でも、レベルが2~3上がった所で焼け石に水なんだよな。
だいたいからしてレベルを上げる事がすでに困難だ。
ボウガンで魔物を倒すのがすでに限界なんだよ。
親父も中堅クラスの魔物までだと言ってたし、俺と同じレベル帯の魔物だと剣で倒すのは命がけなんだ。
う~ん、根本的に戦い方を変えないと駄目だな。
となると、やっぱりあれかな?
形にできるかはわからないけど、まあ、いつも通りやってみるだけだ。
とりあえず、キラーパンサーは後にして先にゴブリン討伐を何とかするか。
武器屋に着くと親父に革の鎧を見せた。
親父の表情が途端に険しくなる。
「この爪でひっかいたような傷は、キラーパンサーか!? しかし、この鎧の傷跡なら致命傷になるはずだ。う~ん」
親父がぼそりと呟いて唸っていた。
防刃ベストの事は秘密だからな。
それにしても、傷跡だけで魔物の種類までわかるのかよ。
さすがは親父だ。
鎧の損傷具合から、親父ならどういった戦いだったかの察しはついていただろうが何も追及してこなかった。
怒鳴られるかもしれないと覚悟をしていたんだがな。
一人前の冒険者と認めてくれているのだろう。
親父の信頼と心遣いに感謝する。
修繕はさすがに無理だと言われたので、新しく作ってもらう事にした。
防具の修理を頼んだ後、別邸に戻ってシャワーを浴びて汚れを落とすとその足でレーベンへと向かった。
レーベンのセリア達の家に着くと、セレナが勢い良く飛び出して来た。
「たっつん!」
「おっと、元気にしてたか?」
抱きついてきたセレナを受け止めて頭を撫でる。
「ずいぶんと早かったわね? 用は済んだのかしら?」
声の聞こえた方を向くと、いつものポーズでセリアが飄々と佇んでいた。
駄目、だったんだよな……
思い出したら悔しさで涙が込み上げてきた。
「いや……う、上手く、い、行かなかった。だから、先にゴブリンの方を討伐する」
涙が零れそうになるのを必死に堪えて、無理やり作り笑いをして答える。
「酷い顔よ。少し休んでからにしましょう。準備もあるし、達也も疲れているみたいだしね。家に上がって」
セリアの声は心から労わるような優しい声だった。
セリアの表情が何だか柔らかい気がする。
「たっつん、どしたのぅ?」
抱きついたままだったセレナも、心配したのか覗き込むように俺を見てきた。
セレナのつぶらな瞳でじっと見つめられる。
まずい、泣いて甘えてしまいそうだ。
何でもないと答えてそっと抱きしめる。
そんなに顔に出ていたかな?
キラーパンサー討伐失敗は予想以上にショックだったようだ。
セリアのやつもいつもは厳しいくせに、こういう時は妙に優しいんだよな。
セレナに案内されて前に来た時の居間に通される。
大きいソファに座るとセレナが隣に座ってきた。
そのままごろごろと甘えてくる。
セレナの無邪気な無遠慮さが今はとても心地良かった。
腫れ物に触るような対応をされると、疲れてしまうからな。
柔らかくて、温かい。
心が安らいでゆくようだ。
本当に癒される。
気づいた時には眠っていた。
「う~ん、俺は……」
「やっと、起きたみたいね?」
寝ぼけ眼を擦るとソファの対面にセリアが座っていた。
起き上がろうとして、俺を膝枕にして眠っているセレナに気づく。
「フフフ、セレナは達也が寝ている間も、ずっと甘えていたのよ? 甘え疲れて、今は眠ってしまったみたいだけどね」
「そうなのか? すまん、つい心地良くて眠ってしまった」
「もう冷めてしまったけれど」
お茶を勧められる。
咽が乾いていたため、ゴクゴクと飲み干す。
「まったく、達也がモニカに帰った後は大変だったのよ? セレナがたっつんはまだなの? と何回も何回も聞いて来るんだから。よくもまあ、ここまで懐かれたものね」
セリアはお茶を一口飲むとセレナを愛おしそうに見ていた。
慈愛に満ちたセリアの顔に思わずどきどきしてしまう。
普段はクールに振舞ってるからギャップがあるんだよな。
「ああ、なんだか咽が乾くんだよな」
照れ隠しに、湯飲みにお茶を注ぐとすぐに飲み干した。
ゆったりとした時間が流れる。
こういう生活が送れたら、幸せだろうな。
空になった湯飲みに並々と注ぐと、ありえない妄想に浸りながらお茶を飲む。
「ねえ達也。私達と一緒に住まない?」
思わずお茶を噴出しそうになった。
いきなりなんだ?
驚いてセリアを見るとセリアの顔が赤くなっていた。
どうやら、冗談ではなさそうだ。
「勘違いしないでよ? セレナが達也がいないと寂しがるからよ。それに、パーティを組んでいるのだから、一緒に住んでいれば便利でしょ? いい? セレナのためなんだからね」
絶句して黙っていると、セリアが照れ隠しなのかまくし立てる様に理由を説明してきた。
「ああ、俺はかまわない。むしろ、嬉しい……かな」
「ほんと? じゃあ、決まりね」
身を乗り出すようにして言ってきたセリアの顔は、今まで見た事がないような可愛らしい笑顔だった。




