134話 戦士の休息
モニカに着くと、工房へ一直線に向かった。
ミュルリに帰ってきた事を伝えて安心させてあげないとな。
工房の近くまで来ると、呆然として立ち止まってしまった。
なぜなら、そこには多くの工房らしき工場が立ち並んでいたからだ。
工房は……どれだ?
そして、工房があったと思しき場所には一際大きい工場があった。
なんだこりゃ?
頭を捻りつつも、とりあえず工場へと向かってみる。
工場に入ると、入り口はまるで大きな会社のエントランスのようになっていた。
「何か御用でしょうか?」
美人の受付嬢がにっこりと笑顔で対応してくる。
「ええと、親方はいますか?」
「あの? 失礼ですが、どちら様でしょうか?」
あまりの工房の変貌ぶりに戸惑いながら訊ねると、受付嬢が疑惑らしき表情を向けて返答してきた。
そして、なぜか警備員らしき人が俺の後ろに回ってくる。
あれ? なんだこれ?
「あの、俺は達也と言ってここの工房で働いていたんですよ。親方とは親子みたいな関係なんです」
「ちょっと、君。こちらへ来てもらいましょうか?」
「え? 何で? どうなっているんだ?」
警備室のような部屋へ連れてかれた。
「あの、ミュルリに連絡して下さい。そうすればわかりますから」
「ミュルリお嬢様? はは、みんなそういった言い訳をして近づいて来るんだ」
どうしよう?
不審者と勘違いされているのかな?
そうだ!
「すいません! これ見てください」
冒険者カードを警備員に見せる。
「あのね、冒険者カードなんて誰でも取れるんだよ? Cランク冒険者!? 少々お待ち下さい」
警備室で何時間かじっとしていると、急に部屋の外が騒がしくなった。
そして、警備室の部屋が突然開いた。
「お兄ちゃん!」
そこには、ポニーテルがチャームポイントのいつもの快活なミュルリがいた。
「おお、ミュルリ! ただいま」
「おかえりなさい」
ミュルリが笑顔で抱きついてきた。
そして、抱きついたまま嬉そうに甘えてくる。
しばらくミュルリの頭を撫でていると、満足したのかミュルリが離れる。
「ところで、どうしてお兄ちゃんが警備室なんかにいるの?」
ミュルリが目をぱちくりさせて聞いて来る。
「コレガワカラナイ、俺もそれが知りたい。久しぶりに帰ってきたら、ここに連れて来られた」
感情が抜けたような言い方で答えると、天井を見て嘆息した。
警備室から出ると、受付嬢の美人のお姉さんと警備員のおっさんに平謝りされる。
どうやら、工場が大きくなりすぎて末端まで情報が行き届いていなかったらしい。
ミュルリに聞くと、大きくなったのは工場だけではなくてモニカの町も巨大になったとのことだ。
ショッピングセンターやデパートまで建設されているそうで、まるで大都市のような賑わいだそうだ。
ミュルリに親方達の事も聞いてみる。
親方とロイドさんは帝都と西の都の方へ出張に行っているそうで、ナタリアさんはギルドの方にいるらしい。
親方とロイドさんに帰ってきた挨拶をしたかったけど仕方がない。
ナタリアさんには後で挨拶に行って来よう。
まずは、親父に戻ってきた挨拶をしておこうかな。
ミュルリと一緒に親父の武器屋へ行くと、増築したのか武器屋は巨大な製鉄所のようになっていた。
なんじゃこりゃ?
ミュルリに経緯を聞く。
なんでも、親父は斬鉄剣と呼ばれる名剣を作ったらしい。
帝都でも表彰されたらしく、打った剣を皇帝に献上したそうだ。
今では、剣匠ロドリゲスと呼ばれて天下に名を知らしめたと言う事だ。
製鉄所の方は、ロイドさんが資金面でバックアップをしたみたいだ。
やっぱり、親父は凄かったんだな。
早速、親父に挨拶をしてこようか。
久しぶりに会った親父の顔は自信に満ち溢れていた。
どうやら、さらに男に磨きが掛かったようだ。
「親父、グルニカから戻ったぜ」
「おお、達坊! よく無事で帰って来たな」
そして、待っていたとばかりに鍛冶場の奥から持って来た剣を見せてくる。
鞘から抜かれた刀身は妖しく黒光りしていた。
「こいつがそうだ。どうだこの刀身の黒光りする輝きは? こいつの名前は黒金の剣だ。特殊な炭を使ったら黒くなったんだ。黒い金のように光って綺麗だろ? 斬れ味はこの俺が保障するぞ」
その剣のあまりの美しさに声が出なかった。
ただ、その黒光する刀身を見つめてこくこくと頷いていた。
「こいつは試し打ちなんでな。いずれは真打を打ってやるよ。楽しみにしていろ」
その後は、ぼろぼろになった装備一式の整備補修と、失ってしまったまきびしや投げナイフの製造を親父に依頼する。
親父は俺の使い込まれてぼろぼろになっていた装備を見ると、なぜかにやりと不気味に笑っていた。
使わなくなった剣を処分してくれと親父に渡す。
親父は俺の渡した剣を抜くと、なぜかもの凄く険しい表情をしていた。
「よく折れなかったもんだな」
「え? 折れる? そんなにやばかったのか?」
「おうよ。何か硬い甲羅でも1回斬りつければ、ポキリと行くってとこだな」
「まじか? そいつは危なかった」
どうせ雑魚としか戦わないと、剣のことを軽視しすぎた。
反省しよう。
「達坊! ちょっと黒金の剣を振ってみてくれねえか?」
「うん? ああ、かまわないけど」
親父に黒金の剣を渡される。
黒金の剣を抜くと、手にはずっしりとした確かな重みを感じた。
1.2kgくらいか?
両刃の直刀はかっこいいよな。
正眼に構え剣を振る。
シュン! と空を斬る音が鳴る。
「だあはっはっはっは!」
親父が突然笑い出した。
「どうした親父? 何か変だったか?」
「いや、すまねえ。あのへなちょこの達坊が、なかなかの達人になってたもんでな」
親父の顔は、何か眩しい物でも見るような嬉しそうな笑顔だった。
親父に軽く挨拶をして武器屋を出る。
「さて、親父にも挨拶したし家に帰るか」
「お兄ちゃん、今はね、別邸に住んでるんだよ」
「え? 別邸?」
ミュルリ達は本邸の方は町から遠いからと、今は別邸に住んでいるそうだ。
別邸の方へ案内される。
着いた場所は、何処のお城かといった大きさの屋敷だった。
「別邸なんだよね?」
「そうだよ」
ミュルリは何でもない事のように答える。
案内されたスイートルームのような豪華な部屋に荷物を降ろす。
部屋から出ると、ミュルリがニコニコして待っていた。
「お兄ちゃん! 今日は何処に行く?」
「へ? 何の事だ?」
俺が疑問の言葉で返すとミュルリは途端に不機嫌になった。
魔大陸へ行く前に、何処かへ食事に連れて行くと約束してたんだよね。
ミュルリが可愛いもんで、ちょっと意地悪をしてしまった。
「はっはっは。びっくりしたか? 出発の時のお返しだぞ? 約束だったもんな」
「もう! お兄ちゃんの意地悪」
しかし、怒ったように言ったミュルリの顔は笑っていた。
今日はミュルリと、何処かでのんびり過ごす事にしよう。
恐怖と緊張で荒んでいた俺の心は、やさしい時間によって癒されたのだった。




