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超えて行く者(異世界召喚プログラム)  作者: タケルさん
第一章 特効薬開発
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12話 ナタリアさん家の事情

 あれから1週間の月日が流れた。


 ゴ~リゴ~リ、コンコン、ゴ~リゴ~リ。

 乳鉢で薬草をすり混ぜる。

 できたら親方に見せる。


 「馬鹿野郎! そうじゃねえ、こうやるんだ」


 ゴ~リゴ~リ、コンコン、ゴ~リゴ~リ

 何処が自分と違うのか、まったくわからない。


 「わからない所があったら聞けよ? じゃあ、わしは自分の仕事があるからな」


 それだけ言うと、親方は奥で自分の仕事をやり始めてしまった。


 まずいな……

 これは、教え方を知らない人のパターンだ。


 親方は間違いなく薬師として優秀な人なんだと思う。

 親方の作った薬をわざわざ遠くから買いに来る人がいるほどなのだから。


 しかし、一流選手が名監督とは限らない。

 人に物を教えるには教える技術が必要なんだ。


 どうしようか? 親方に教え方を教えようか? 


 うーん、下手な対応をすると意固地になって関係が修復不能になってしまうかもしれない。

 紹介してくれたナタリアさんの顔に泥を塗るような真似はできないからなあ。


 う~ん、と腕を組んで唸る。

 気づくと、ミュルリが泣き出しそうな顔で俺を見ていた。


 どうしたんだろう?

 この1週間のミュルリはいつも元気いっぱいだった。

 そのミュルリがなぜか今にも泣きだしそうな顔をしている。


 不審に思った俺は『どうしたんだ』と問い掛けた。

 すると、ミュルリがぽつりぽつりと理由を話し始めた。


 「あのね達也お兄ちゃん、2年前にはね……この工房にはたくさんのお弟子さんがいたの。でも、お爺ちゃんが怒鳴り散らしてみんな辞めてしまったの。お父さんも出て行っちゃった。ひっく、うぅ」


 語るミュルリの顔はとても辛そうだった。

 目からはぽろぽろと涙が零れていて、悲しみが込み上げてきたのか嗚咽でミュルリの言葉が途切れる。


 工房の広さは数百人規模なのになぜか従業員は俺以外誰も居ない。

 親方の教え方からなんとなく予想はしていたんだよな。


 そうかと相槌を打ちながらミュルリの話しの続きを待つ。


 「お母さんも私を連れてお父さんについて行こうとしたんだけど、お爺ちゃんが1人になっちゃうと思ったから、私は残ると我侭わがままを言ってここに残ったの。頑張ったけどみんな辞めて行って、どうにもならなくて……もう、おわかれは嫌だよ! 達也お兄ちゃん辞めないで! 何処にも行かないで!」


 ミュルリが泣きながらしがみついてきた。


 なるほど、ミュルリは俺も我慢できずに出て行こうとして悩んでいると思ったわけか。

 ミュルリの様子がおかしかった理由は理解できた。


 補足すると、5年前に親方の奥さんのマーサさんが事故で死んでしまって、親方をいさめる人がいなくなってしまった後に急速にこうなったんだそうだ。

 親方との間で緩衝材となる人がいなくなって、従業員との関係が破綻してしまったという所かな?


 最愛の人を失った行き場のない怒りやいきどおりが、今まで以上にお弟子さんへ向かってしまったんだろう。


 ここに来てからの1週間で、ミュルリを本当に大切にしている姿を見てきたからな。

 親方も悪い人じゃあないんだよな。


 ミュルリは『自分がおばあちゃんの代わりになれれば良かったんだけど』と悔やんで言っていたが、あなたその時3歳くらいですよ。

 ミュルリさんは苦労してますな。


 そして、ナタリアさんはここにはいられないと家は出たそうだけど、近くに家を借りて今は別々に住んでいると言うことだ。


 思慮深く返す言葉を考える。

 無責任な事を言えば信頼を失うだけだ。


 「1つだけはっきりと言える事がある。ミュルリは、ここに残ったのは自分の我侭だと言ったがそれは違う。それはミュルリの優しさであり強さだ。それは否定してはいけない」


 ミュルリの頭をそっと撫でる。


 自分の行いが正しいのか不安になっているのだろう。

 現状で俺にできるのは正しいと思う事を肯定する事だけだ。


 「大丈夫、俺は何処にも行かないよ。なんとかするさ」


 俺が言葉を掛けると、泣いていたミュルリは安心したのかぐずりながらも笑顔を見せてくれた。


 さて、どうしたもんかな?


 原因は何かはっきりとわかっている。

 そして、その解決策も。

 まあ、やってみなければわからんが。


 後は、どうやってきっかけを作るかなんだが……


 目を閉じて頭を搔いて悩んでいると、ガシャンという何かを落としたような音がした。

 そして、どたどたと工房の奥から誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。


 ……それも何とかなりそうだな。


 「どうした! ミュルリ~」


 ゆっくりと閉じていた目を開けて声のした方に視線を向けると、予想通り親方が転がるようにしてこちらに向かって走って来ていた。

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