123話 限界を超えた戦い
「バッカス、どうするのさ?」
「どうするも……やるしかねえだろ」
撤退するのか? と聞くアルテミスに、バッカスは苦虫を噛むような顔で戦うと答える。
バッカスは殲滅のつもりですでに部隊を広げてしまっていた。
後方から砂煙を上げて迫り来る魔物達の群れに、この期に及んで撤退するのは至難である。
そして、バッカス達はすでに前方の魔物の群れを相手にしているため、後方から迫り来る魔物の群れに戦力を割り振る事ができなかった。
このままでは挟撃されて全滅の恐れすらある危険な状態なのだ。
「ふん、私が行こう」
ミストが黒いフードをなびかせると、後方から迫り来る魔物の群れにたった1人で向かって行く。
「すまねえ、ミスト」
「気にするな、問題ない。だが、魔族までは無理だぞ?」
ミストはすでに上級魔法を1発放っていた。
並の冒険者では上級魔法を1発放つMPすらないのである。
しかし、ミストは本日2発目の上級魔法を放とうとしていた。
ミストが呪文を唱えると、体からパリパリと紫電が迸り圧縮されたプラズマが手のひらに凝縮する。
「プラズマブラスト!」
レーザー光線のような光の束が大地を焼き払うと、射線上にいた魔物達が弾け飛び蒸発した。
申し分のないタイミングでベストな攻撃ポイントへ発射されたプラズマブラストは、最大限の威力を発揮して後方から来た魔物達の大半をたった1発で沈黙させた。
しかし、さらにその後ろから別の魔物の増援が来ていた。
中級魔族は3体居るのである。
「ミスト!」
バッカスがミストに懇願するように叫ぶ。
ミストのMPは底無しなのか、さらに呪文を唱える。
「サンダーストーム」
強烈な爆風が巻き起こりミストのマントが風になびくと、増援で来ていた魔物の過半数が消し炭になっていた。
仕事を終えたミストがバッカス達の元へゆっくりと歩いて行く。
「さすが、ミストだぜ」
「ふん、問題ない」
バッカスがミストに労いの言葉を掛けると、ミストは当然だと言わんばかりの顔をして答えていた。
「みんな聞け! 残りの魔物の数は少ない! あの数なら何とかなる。いいか? 一旦、部隊を後方の魔物に集中させて一気に蹴散らすぞ?」
バッカスの号令で部隊が後方へと向けられると、生き残っていた魔物を一瞬で蹴散らして蹂躙する。
そして、即座に部隊を反転させると再び前方の魔物の殲滅を始めていた。
「バッカス!」
アルテミスが悲鳴に近い叫び声を上げる。
顔面蒼白のアルテミスが後方を指さしていた。
後方から、さらに魔物の増援が来ていた。
南の戦場に居た竜騎士のワイバーンや冒険者達を食い散らかしていた魔物達を、一旦戻った魔族が操って連れてきたのである。
バッカス達はそれを見て唖然としていた。
「まいったぜ。ミスト……」
バッカスが何とかならないかとミストを見る。
「さすがに打ち止めだ」
ミストが目を閉じて首を振る。
バッカスが苦悶していると、そこにセリア達とエリスが駆けつけて来た。
「大変な事になっているようね」
「ヒュッケはどうしたのですか?」
「セリアか? エリスもご苦労だった。だが、見ての通りだ。もう、どうにもならねえ」
答えるバッカスの声には張りが無かった。
このままでは魔物達に挟撃されて全滅すらありえるのだ。
もっとも、この状況で撤退した所で大して事態は変わらないのだが。
バッカスが苦渋に満ちた表情で撤退の指示を出そうとしていた時にそれは来た。
グルニカ王都の方向から猛烈な勢いで魔物を蹴散らす集団。
掲げられていた旗はグルニカ王家の印だった。
「バルバトス王か? ははは、やっぱりすげえぜ。すでに虫の息かと思ってたら、ぴんぴんしてるじゃねえかよ」
バッカスが口を呆けたように開けると独り言ちる。
「姫様~! お待ち下され~!」
さらに、重いフルプレートを着た重装甲の帝国兵が肩で息をしながら走って来た。
バッカスがその姿を見ると希望に満ち溢れた顔になる。
「はは、あいつらまだ戦えるのかよ。だが、おそらく魔族を倒す事ができねえだろうな……。それでも、やるだけやってみるか」
戦意を取り戻したバッカス達は再び戦闘を開始した。
グルニカ王バルバトスの進撃は凄まじかった。
バルバトスが通り抜けた後には、上半身が分断された魔物の死骸が転がっていた。
まるで魔物達がバルバトスを避けるかのように道が切り開かれて行く。
バルバトス自身の武力もさることながら、付き従う兵達や冒険者達の士気が尋常ではない。
バルバトスが自慢のハルバートを振り回す度に歓声が上がっていた。
グルニカでバルバトスを知らない者はいない。
王自らが先陣を切って戦うその姿は、いままで多くのグルニカの民に勇気を与えてきた。
昔から、そして今も絶大な人気を誇っていた。
冒険者達の士気がバルバトスの周囲から爆発的に高まって行く。
バルバトスを中心にして波紋のように戦局が傾いていった。
セリアとセレナの2人も必死に戦い続けていた。
しかし、いつもならセレナが元気に戦場を駆け抜けるはずなのに、セリアの近くで魔物を斬り続けているだけだった。
すでに疲労で足が動かないのだ。
それでも、長年積み上げてきた連携で堅実に魔物を葬る。
セレナが軽く斬るとセリアが強烈な突きで止めを刺すと、地味だが隙の無い見事な連携だった。
「これなら、達也にも来てもらうんだったわ」
セリアが肩で息をしながら自嘲気味に呟いていた。
エリスが魔物を剣で斬りつける。
しかし、エリスにいつもの余裕はない。
エリスの炎剣からはいつもの燃え盛るような炎が出ていなかった。
すでにMPが残っていないため素のまま斬りつけていたのだ。
「さすがに、厳しいですね」
「姫様、だから言ったですじゃ。ですが、死んでもお守りしますぞ」
すでに限界を超えているであろう帝国兵も、炎帝エリスを中心にして円陣を組むようにして魔物と戦っていた。
バッカスが息を切らして魔物を斬り伏せていたが、それは無謀という名の特攻に近かった。
すでに限界に近い体を放り投げるようにして、魔物の群れに突っ込んでバスターソードを振り下ろす。
何匹もの魔物がバスターソードの重量で押しつぶされるように即死するが、バッカスはすぐに魔物に突き飛ばされ倒れた所を襲われていた。
無謀にもソニアが戦場の最前線に飛び出すと、バッカスに覆いかぶさるようにしてヒールを掛けた。
魔物達が無防備なソニアに向けて殺到する。
それを見たレックスが捨て身で飛び出して魔物を強引に殲滅するも、その代償に傷だらけになっていた。
「ソニア!? この馬鹿野郎! こんな最前線にまで来るんじゃねえよ。怪我したらどうするんだ? ヒールは自分には効果がないんだぞ?」
バッカスが驚いてソニアを怒鳴りつける。
「バッカス! どうしてこんな無茶をするのですか」
「俺達に次は無いんだよ。何とか魔族を……。いや、俺じゃなくてレックスにヒールを掛けてやれ」
バッカスは首を振って立ち上がると、苛立ちと焦りからうるさそうにソニアに答える。
「すみません、バッカス。このヒールが最後です」
「そうか……何とか魔族が逃げる前に仕留めねえと」
バッカスが苦しそうな顔で呟くと、再び魔物の群れに向かって行った。
ゆっくりだが、しかし魔物達の数は確実に減っていた。
そして、2つの黒い影がついに射程に入る。
「見えた!」
バッカスが叫ぶ。
その声を聞いたレックスとセリアが魔物を蹴散らして勇者の通り道を作る。
しかし、出来た道にバッカスが突っ込むと魔族が魔法を放ち迎撃してきた。
その飛んできた魔法をバッカスが即座に斬る。
魔族が上空へ飛び立とうとする。
セレナが最後の力を振り絞るように加速すると、飛び立つ前に魔族を斬った。
しかし、マジックバリアに弾かれて阻止できない。
だが、数瞬だが確実に魔族の上昇を阻んでいた。
よろけながら浮き上がった魔族の翼をアルテミスが矢で射ると、魔族が体勢を崩した所にバッカスがバスターソードを投げつけた。
勇者の体から離れた剣はマジックバリアに弾かれていたが、魔族の動きを止めるにはそれで充分だった。
エリスがバッカスを踏み台にして飛び上がると、一刀の元に魔族を空中で両断する。
バッカス達は歓喜の声を上げるが……しかし、魔族はもう1匹居る。
そして、その黒い影は遥か上空を舞っていた。
バッカスがアルテミスを見る。
しかし、アルテミスは首を振る。
セリアがセレナを見る。
セレナも首を振る。
すでに2人ともMPが残っていなかった。
成す術のないバッカス達は、悔しさと絶望の混ざったような苦悶の顔をする。
「誰か魔族を倒してくれ~! ちきしょう!」
バッカスの嘆きの声が戦場に虚しく響き渡る。
バッカス達が呆然と見送る中、黒い影が西の方角へ飛んで行った。




