117話 森の妖精
ピシュ! ドス!
矢が突き刺さると魔物が崩れるように倒れた。
現在の俺はマイセンの近場にあるダンジョンに来ている。
適正レベル15の低レベルなダンジョンだ。
この場所に、お目当ての装備を入手するための魔物が出現するんだ。
セリア達は用事があるため、久しぶりにソロなんだ。
セリア達は決戦のための下調べをしているみたいだったんだよね。
セレナは『たっつんと遊ぶのぅ』と嫌がってたけど、セリアが『下調べは重要な事だから』と無理やり連れて行ったんだ。
俺はどうでもいいのか、セリアには何も言われなかった。
しくしく。
オホン!
まあ、この程度のダンジョンなら、1人で戦えるようになっているから問題はないんだ。
我ながら成長したもんだよね?
それを確認できる機会を得たんだから、セリアには感謝しないとな。
だから、ぜんぜん悲しくなんて無いのだよ。
え?
ものすごく気落ちしてる?
うるさい!
戦闘はいつものパターンだ。
まきびしを蒔き矢を射る。
そして、火炎瓶で燃やして投げナイフと手裏剣で殲滅する。
しかし、今日は剣の練習もしようと考えていた。
「さて、剣の練習といきますか」
魔物を1匹だけ残すとすらりと剣を抜く。
魔物が近づいてくる。
スローモーションとまでは言えないが、ずいぶんとゆっくりだ。
初太刀は袈裟懸けで急所に向けて斬りつけた。
斬撃は見事に決まる。
しかし、浅かったのか倒す事はできずに反撃を受けてしまった。
剣で押し出すように魔物を弾き飛ばして距離を取ると、魔物は派手に転がって隙だらけだったが追撃はしない。
今日は剣の練習をする事が目的だからだ。
はあ、動きは見えてはいるのに避けられなかったな。
これじゃあ、駄目なんだよ。
強い魔物だと、1撃もらっただけで余裕で死ぬからな。
う~ん、問題となっている箇所は全力で攻撃した後の体が伸びきっている所だな。
あのタイミングで攻撃されると、どうにも対処できないみたいだ。
つまり、体を伸ばしきっては駄目だと言う事か?
はあ、他にもまだまだ余計な動きがありそうだな。
魔物の様子を確認すると、どうやらやっと起き上がったようだった。
避ける練習のために魔物が攻撃して来るまで待つ。
魔物が攻撃してきたので剣で捌く、そして今度は脳天に唐竹割りで斬りつける。
その斬撃で魔物は動かなくなった。
まだまだ……だな。
その後も剣の練習を兼ねて戦闘を繰り返した。
そして、マイクエスト条件を達成する。
「よっしゃあ! これでゲットした」
お目当ての魔物を規定数倒したので、今日の剣の練習はここまでとする。
剣を鞘に収めると、逸る気持ちを抑えて宿へと戻った。
一休みすると、入手した装備を着用する。
今回ゲットした装備はギリースーツだ!
一般に言うと迷彩服というやつですな。
但し、草や葉っぱが服に付いているとんでもなくリアルな方の迷彩服である。
ミリタリーマニアなら必ず憧れる品なんだ。
これで偽装して近づいて、油断しているレインボーラットにズドンとやるわけですよ。
鼻息を荒くしてギリースーツを堪能する。
うおおお! テンション上がってきた!
う~ん、やっぱり実際に試してみないと駄目だよね? 駄目だよね?
うん、ここでは駄目だ。
森が俺を呼んでいる。
森へ行かなければ。
「ひゃっほい!」
ハイテンションでギリースーツを着たまま宿から飛び出した。
そんな俺の姿に驚く町民、泣き出す子供。
俺はそんな事は気にせずに、近くの森へと向かった。
しかし、宿屋の窓からその姿を見ていた者がいた。
宿屋の一室では、セレナが目をらんらんと輝かせていた。
「きぃやあー!」
セレナは奇声を上げると、ぴょンぴょンと跳ねたりどたどたと足踏みする。
「ちょっと、セレナ静かにしなさい!」
机に広げた地図を見ていたセリアがセレナを叱った。
「セリアちゃん! セリアちゃん! たっつんが変な格好してどこかへ行ったよぅ」
愉快でたまらないといった様子のセレナは、興奮したようにセリアに伝える。
「え? 変な格好? ちょっと、おかしな問題を起こさないでしょうね? しょうがないわね。セレナ、達也を追いかけるわよ」
「うん! わかったぁ」
怪訝な顔をして聞いていたセリアが溜息交じりでセレナに言うと、セレナが元気いっぱいに返事をする。
2人は達也の後を追いかけて行った。
「はあはあ、やっと着いた」
俺は近くの森へ到着すると、匍匐前進をする場所のチェックを始めた。
まず、柴があるか?
腰の高さくらいまでが良い。
柴の背丈が高いと、匍匐前進をして進む意味が少なくなるからな。
本当なら、身を隠す事ができるぎりぎりの膝の高さくらいがベストなんだ。
このわずかばかりの背丈の柴に身を隠すために、匍匐前進で進むんだよ。
次に、細い木の枝が地面に落ちてるか?
匍匐前進をする時に地面に枝があると痛いんだよ。
しかし、この痛みこそがリアルなんだ!
最後に、枯葉があるか?
リアルだと綺麗な場所で匍匐前進はできないんだよ。
汚泥や、枯葉なんかに塗れながら進むんだ!
枯葉をバリバリ、木の枝をボキボキと折りながら、腰の高さしかない柴へと向かっていく。
この匍匐前進のやり方こそが至高なんだ!
「柴よし! 枝よし! 枯葉よし!」
チェックを終えると、絶好のポイントに鼻息を荒くして地面にうつ伏せになる。
そして、匍匐前進を始めた。
バリバリ、ボキボキと音を鳴らす。
気分は完全に○ネークだ。
柴の近くまでくると、ポシェットを無線機代わりに耳に当てる。
「こちら、○ネーク。支援砲撃を要請する。何? 支援砲撃出来ないだと? 俺に死ねと言うのか?」
「たっつん! 何してるのぅ?」
「うぎゃー! セレナ!? いつからいたんだ?」
突然現れたセレナが目をキラキラさせて聞いてきた。
どうしてここに? いつからだ?
ああ、俺の○タルギアごっこが見られてしまった。
……死にたい。
「ねえねえ、たっつん。誰と話してたのぅ? セレナにも教えてぇ」
恥辱に耐えながらうつ伏せのまま黙っていると、興奮した様子のセレナが俺の上に圧し掛かってきた。
あれ? 背中に柔らかい感触が。
うへへへへ。
ガサリ!
セレナの胸の感触を堪能していると物音がした。
顔を上げると、目と鼻の先に誰かが立っている。
へ? 目の前にかもしかのようなおみ足が?
そのまま視線を上げると、いつものポーズのセリアがゴミを見るような視線で俺を見下ろしていた。
「何なの? そのおかしな格好は?」
「いや、これはその……ははは」
セレナの胸の感触に身悶えしながらも、笑いながら答えて平静を装う。
セレナの方はギリースーツに興味津々のようだった。
「たっつん! これすごぉい! すごぉいよぉ!」
「そうか! セレナにもこの良さがわかるか? でも、ギリースーツに付いてる葉っぱをむしっちゃ駄目だ」
セレナは興奮しているのかいつまでも食い入るように見ていた。
どうやら、完全にセレナのストライクゾーンに入ってしまったようだ。
セリアの方はセレナと対称的に、いつもの涼やかな顔でギリースーツの生地を触りじっと観察していた。
どきどきしながら目と鼻の先にいるセリアの横顔を見る。
キリッとした鋭い目と整った顔立ちに思わず見惚れてしまう。
やっぱり、セリアは美人なんだよなあ。
「まあ、作れない事はないかしら。それより、町で妖精が出たと騒ぎになってたわよ? おかしな事件を起こさないようにしてよね」
なぬ? まさか、そんな騒ぎになっていたとは。
つい浮かれていた。
「すいませんです」
素直に謝ると、自らの軽率な行いを反省したのだった。




