114話 勇者ヒュッケ
ここは、モンド大陸にあるモンド王国騎士団の訓練場である。
「ビスケ、お前がドラゴンだったらなあ」
「キュア?」
1人の少年が1匹のワイバーンをビスケと呼んで頭を撫でる。
「ヒュッケ様、訓練をさぼってはいけませんよ」
「うるさいなあ」
年配の竜騎士団長がまだ青年に満たない少年を諌める。
しかし、その姿はまるで懇願するかのようであった。
モンド王国は、ドラゴンナイトと呼ばれる騎士団を有している軍事国家だ。
ドラゴンナイトとは、実際はドラゴンではないのだがワイバーンに騎乗して戦う騎士の事である。
その雄雄しい姿に憧れてドラゴンナイトに成りたい者は数知れずなのだが、しかし、ドラゴンナイトになるためには特殊な過程が必要であった。
それは、孵化直前のワイバーンの卵を盗んできて、孵化する瞬間に人間の赤ん坊を見せるのである。
すると、ワイバーンは仲間と誤認するのかその赤ん坊の言う事を聞くようになるのだ。
しかし、なぜか大人の人間だとワイバーンは言う事を聞かないため、ドラゴンナイトに成るには赤ん坊の頃にしかチャンスはないのである。
そして、このヒュッケはさらに勇者だった。
ドラゴンナイトであり勇者でもあるため、その存在は絶対で誰もヒュッケに口出しを出来ないのである。
バッカスが戦いに負けて逃げ続けることになった、グルニカ大陸防衛戦においても数多の魔族を葬っていた。
その実績もまた、本人を助長させる要因となっていた。
「ヒュッケ様。ドラゴンナイトであり勇者という立場であらせられるのですから、責務は果たさねばならないのですよ」
「勇者はわかるんだ。だけどさあ、ドラゴンナイトじゃないだろ? ワイバーンじゃねえかよ。ドラゴンとか言って見栄を張ってさ……みっともねえんだよ!」
ヒュッケは大声で叫ぶと、ワイバーンのビスケに乗ってどこかへ行ってしまった。
「困ったものじゃな」
「こ!? これはグラン陛下、このような場所にどうして」
長い髭を蓄えた白髪の老人が自らの髭を撫でながら呟くと、竜騎士団長は慌ててかしずいて臣下の礼を取った。
「ふむ、魔大陸……いや、グルニカ大陸で勇者バッカスが戦局をひっくり返したらしいのだ」
「なっ!? あの絶望的な状況からですか? 一体どうやって?」
この年配の竜騎士団長もヒュッケと一緒に魔大陸で戦っていた。
しかし、戦局が絶望的になり已む無く撤退したのだ。
「ほれ、これを見るがいい。特効薬と言うらしい。なんでも回復量がソーンの10倍という馬鹿げた効果だそうだ。勇者バッカスが戦局をひっくり返した事から、効果は推して知るべしじゃな」
「そんな物ができたのですか?」
「ああ、すぐに商人を手配して数を揃えるように命じたわ。まったく、とんでもない物ができたものじゃ。帝国のナインスの若造も動くじゃろうな。いや……あやつに比べればわしの方が若造か」
グラン王は豊かな白い髭をなでると、目を細めて何かを考えているように遠くを見る。
「でな、バルバトスの馬鹿者がまだしぶとく生きてるらしいのでな……まあ、恩を売っておこうと言うわけよ」
「では、ヒュッケ様を出陣させるのですか?」
「そう言う事だ」
「しかし、ヒュッケ様はあの戦いから、その……」
「わかっとるわ。良いかヒックス? 絶対に死なせるなよ?」
「御意!」
グラン王の『お前は死んでもヒュッケは死なせるな』と言う理不尽な命令に、竜騎士団長のヒックスは悲壮な覚悟を持って答えるのであった。




