111話 魔境のダンジョン
ハッサンの町に着くと冒険者ギルドへと向かった。
セリアの話しだと、しばらくはここが拠点の町になるとの事だ。
ハッサンの町は活気に満ち溢れているようだった。
ざわざわとした喧騒や露天の商売人達の威勢の良い啖呵で賑わっている。
ギルドへ向かう道すがら商店街を通りぬけると、シナモンのような甘い匂いが辺りに漂ってきた。
これはドーナツかな?
「セリアちゃん、セレナこれ食べたい」
セレナが露天で売られていた焼き菓子を指さしてセリアにおねだりしていた。
売られていた焼き菓子の値段は1つ80グルニカとかなり安い。
「だめよ。先にギルドで用事を済ませてからにしなさい」
「むぅ! セリアちゃんのけちんぼ」
セレナが頬っぺたをぷくりと膨らませていた。
どうやら、機嫌が悪くなったみたいだ。
「たっつん、セレナこれ食べたいのぅ。買ってぇ」
「え? ああ、いいぞ」
セレナが俺の腕に抱きついて甘えるようにおねだりしてきた。
セレナに甘えられると弱いんだよな。
「達也! セレナを甘やかさないで」
セリアに睨まれて怒られてしまった。
「ちゃんと分別も教えないと駄目なのよ。わがまま放題だと協調性の無い自己中心的な人間になってしまうわ。そうなると最後には皆に嫌われて1人ぼっちになってしまうのよ」
「すまん」
セリアもいろいろと考えているんだな。
セリアに謝るとセレナに駄目だと伝える。
セレナは熟したリンゴのようにほっぺたを真っ赤にしていた。
う~ん、怒った顔もかわいいんだよな。
思わず苦笑してしまう。
ギルドに着くと、早速セリアが受付で現状の確認を行っていた。
俺も確認しようとしたが今の俺は動けなかった。
なぜなら、あれからずっと機嫌の悪いセレナがムスッとした顔をして俺の腕にしがみついていたからだ。
正直、何とかして欲しい。
状況を確認したセリアが戻ってくると現状を説明してくる。
「ギルドの方は問題無く機能しているわ。それでね、今、緊急クエストで討伐依頼がでているそうなのよ」
「緊急クエスト? ほう、そいつはうまいな」
この緊急クエストとは、有事の際などに通常よりも高額報酬で出されるものだ。
そして、今回の緊急クエストの内容は、近隣のダンジョンから魔物が溢れてしまっているため安全確保のための討伐依頼だそうだ。
「達也、お願いがあるのだけど」
「なんだ?」
「1回だけ魔境のダンジョンに挑戦したいの」
セリアが両手を合わせて拝むようにお願いしてくる。
魔境のダンジョンかあ。
かなり危険なんだよな。
世界にはそれぞれの大陸で有名なダンジョンがある。
エル大陸ならレギオンのダンジョン。
モンド大陸ならドラゴンのダンジョン
グルニカ大陸なら魔境のダンジョン。
そして、このグルニカにある魔境のダンジョンは出現する魔物が異常に強くて有名なのだ。
冒険者なら誰しもこのダンジョンに挑戦する事を夢みるそうで、このダンジョンで戦える事が真の上級冒険者であることの証になるのだそうだ。
ギルド員によって正式に確認されている魔物ではレベル50のケルベロスが最高だ。
しかし、魔境のダンジョンの深部においてはレベル70のヒュドラまで出現したなどという報告もある。
残念ながら、踏破した者がいないため詳しくは分からないのだ。
入り口付近でも30~40レベルの魔物が普通に出現する。
まさに、魔境と呼ばれるにふさわしいダンジョンだ。
ちなみに、このダンジョンでは運が良ければ雷の魔石が入手できるそうだ。
しかし、かなり奥まで行かないと手に入らないらしい。
今日はギルドの確認だけだと思っていたんだが、どうやら魔境のダンジョンへ討伐クエストに行くみたいだ。
さすがに町に着いたその日にダンジョン探索に行くとは思わなかったよ。
ダンジョンへ向かう前にセリアがセレナに焼き菓子を買ってあげていた。
セレナはニコニコしながら美味しそうに食べていた。
どうやら、機嫌はすぐに直ったようだ。
単純だよな。
そして、今は魔境のダンジョンの前にいる。
「達也、最初に言っておくけど……私もセレナも挑戦になるからね」
「ああ、わかっている。そのために、自分の力を高めて来たんだ」
セリアが自分の身は自分で守れと暗に伝えてくる。
セリア達ですら挑戦という領域のダンジョンなんだよな。
少し緊張してきたぞ。
気合を入れると、未知の領域にあるダンジョンに足を踏み入れた。
「セレナ! 下がって。達也はセレナの後退を援護して!」
「わかったぁ」
「了解」
すぐに、セレナが後退していた。
追撃しようとした魔物を矢で狙うと、矢は外れるが魔物の足は止まる。
ダンジョンを進んで5分と経たずに最初の戦闘が始まっていた。
再度セレナが魔物に突っ込んで斬り抜けようとするが、しかし、それはできなかった。
複数の魔物がセレナに反応して移動経路を塞ぐ。
魔物が強い。
セレナの表情が険しい。
いつもの余裕がないみたいだ。
俺もボウガンで魔物を何度も攻撃しているのだが、これが当たらない。
魔物が矢を避けるんだ。
あきらかに格上の魔物である。
セレナがセリアと合流して体勢を整えていた。
タッグを組んで戦うようだ。
「セレナ! スキルを使って全開でやるわよ」
セリアが叫ぶように言うとセレナが黙って頷いていた。
セリアとセレナがスキルを連発していた。
セリアからパチンと雷光が走るたびに魔物が弾け飛ぶ。
セレナがレイピアを振り下ろすと、見えない斬撃が魔物達を間合いの外から切り裂いていた。
俺は2人の戦闘を見ているだけだった。
戦闘がハイレベル過ぎて何もできやしない。
あれに参加するのは無理だ。
気づけば戦闘は終了していた。
「今日はこれで終わり。戻るわよ」
「え? まだ1戦しかしてないじゃないか」
「MPの消耗が激しいのよ。同じくらいの魔物が相手ならやれるけど、これ以上の魔物ならわからないわ」
答えたセリアの顔は苦しそうに歪んでいた。
この辺りの魔物からは、上級冒険者しかまともに戦えないそうなんだよな。
実際に戦闘を目の当たりにして、良くわかったよ。
魔法とスキルかあ。
俺は……何もできなかったな。
「予想はしていたけど厳しいわね。もう少しは、やれると思ったんだけどね」
ハッサンの町へと戻る道すがら、セリアが珍しく何度も悔しそうに愚痴をこぼしていた。
そして、次の日から近隣のダンジョンでレベル上げを兼ねての探索の日々が始まった。




