105話 正義の商人
「勇者様遅くなりました」
恰幅の良い商人が商船から飛び出すように降りてきた。
「サムソンか? よくぞ、よくぞ来てくれた。すまないが火急にソーンが必要なんだ。レックスが重症で今はヒールも使えないんだ」
「レックス様が? それでしたら、すぐにでも試して欲しい品があるのです」
「何だ? まさかヒールポーションを入手できたのか?」
「いえ、さすがにヒールポーションは入手できませんでした。しかし、似た様な品です」
サムソンが船員に急いで運ぶようにと指示を出すと、バッカス達に特効薬の説明を始めた。
「特効薬という回復薬が発明されたのです。HPが今までの10倍、300も回復するという物だそうです」
「300だと!? そんな馬鹿な! ソーンの改良は今まで1000年以上誰にもできなかったんだぞ? それより、試してといったな? 試してはみなかったのか?」
「はい、今は1つのソーンですら無駄には出来ないと思ったものですから。もし、特効薬が偽物であったのなら、私の商人としての人を見る目の無さを笑ってやって下さい」
サムソンは自信に満ちたような表情で微笑んでいた。
バッカスはそんなサムソンを見ると笑みを作る。
そして、大声で笑い出した。
「はーはっはっはっは!」
「ちょっとバッカス? 大丈夫なのかい?」
心配そうな顔でアルテミスが声を掛ける。
「うん? ああ、大丈夫だ。サムソンの剛毅さに愉快になっただけだ。何だか久しぶりに笑った気がする」
「ふん、どうやら昔のバッカスに戻ったらしいな」
バッカスの言葉を聞くとミストがニヤリとした笑みを浮かべる。
そうこうしていると船員によって特効薬が運ばれてくる。
ソニアが運ばれて来た特効薬を受け取ると、今は意識を失っているレックスに使用した。
特効薬の効果は凄まじく見る見るうちにレックスの傷が治っていく。
「うおおおお! なんだこりゃ? 本物かよ?」
バッカスが大声で叫ぶと、バッカスの仲間達も驚いたような顔でみんなそろって固まっていた。
遠巻きに見ていた冒険者達からも同じ様に歓声が上がる。
「サムソン! 良くやってくれた。お前はグルニカの救世主だ!」
バッカスが褒め称えると、サムソンは一仕事を終えた男の顔をして微笑んでいた。
「ううう、これは、どうなっているんだ?」
意識の戻ったレックスは困惑しているのか辺りを見回す。
傍にいて看護していたソニアがすぐにレックスに事情を説明していた。
大量のソーンが船から降ろされると、次々と倉庫の方にいた冒険者達へと届けられる。
冒険者達に達也の作った最上級ソーンが配られるも、受け取る冒険者達の瞳は皆虚ろだった。
心身共に疲れ果て、絶望に打ちひしがれて、すでにあきらめていたからだ。
そんな、お通夜のように静まり返った倉庫に突如大声が響き渡る。
回復量に気づいた冒険者が大声で叫び出したのだ。
皆が慌てたように自分の冒険者カードを確認する。
騒ぎはしだいに大きくなっていった。
そして、それが5000個も届けられたと伝えられ、さらに特効薬の存在も伝えられるとお祭り騒ぎのようになった。
しかし、なぜか突如水を打ったように静まり返る。
奇妙な静寂の時が過ぎる。
そして、次の瞬間、冒険者達がまるで示し合わせたかのように一斉に雄たけびを上げた。
俯いていた冒険者達が1人また1人と立ち上がる。
虚ろだった瞳には光が灯っていた。
そして……これより人類の反撃が始まったのである。




